重い扉が開く音。同時に、がやがやと人の声が溢れてきた。
 裁判が終わったのだ、と御剣は気づいた。時計はいつの間にか二時を回っていた。

 退廷していく傍聴人にまぎれて自分の待ち人が出てくるのを見て、あわてて御剣は立ち上がり叫んだ。

「お父さん!お父さん!」

 声は届き、父はこちらに気づいて振り返った。自分の姿を見て少し驚き、それから笑って、こっちに手を振ってくれた。嬉しくなって、御剣も小さく手を振り返る。と、

「パパぁ!」

 と叫び、メイがケイスケの膝から飛び降りて駆け出していく。そして同じく法廷から出てきた、妙に派手な青い服を着た男に足にタックルした。
 男はメイを抱き上げ、御剣の父と向かい合う。どうやら知り合いのようだ。

「・・・・・・・・・・・・・あなたにお孫さんがいたとは知りませんでした。」
次女だ。孫ではない。・・・・あの少年二人は何だ?」
「小さいほうは、私の息子です。もう一人は見たことがありませんが、多分怜侍の友人でしょう。」
「ふん、まぁよい。それより御剣、そろそろ我輩にたてつくのはやめるべきだな。これ以上やったところで、貴様が我輩に勝つことはありえん。」
「・・・・いいえ、まだ諦めるわけにはいきませんよ。」
「わかってないようだな。狩魔のロジックは常に完璧なのだ。貴様などに・・・・・・・・・・・・・・ム、何をする、冥。」
「あの、娘さん、頭によじ登ろうとしてますよ。」
「言われなくとも分かっている!あ、こら冥、動くな落ちる。・・・・・・・・・よし。ウム、それでよい。」

 後頭部にしっかりしがみついた娘を少し撫で、男は腕組みをした。そして胸をそらし、しかし娘の重みでバランスを崩しかけあわてて体勢を元に戻し、それから言う。

「えー・・・・狩魔のロジックは常に完璧なのだ。貴様なぞに敗れることは決して・・・・・・。」
「あの・・・・言い直さなくて結構ですから。
 今日はもう私も息子と帰りますし、狩魔さんも・・・・ほら、娘さん退屈そうですよ。」
「ムウ・・・・・・仕方がない。今日のところはこの程度にしておいてやる。ゆくぞ、冥!」

 まるっきりガキ大将のような捨て台詞を言い放ち、男は父に背を向けて歩き出した。と、その後頭部にくっ付いているメイがひょいとこちらを振り返り、片手を振った。

「レージー、ケイー。・・・・・・・・バイー。」

 御剣が手を振り返すと、彼女は嬉しそうに笑ってみせた。




 父が御剣の元に駆け寄った時には、もうケイスケは歩き出していた。
 「また来るから、さ。」とだけ言って、御剣の頭を撫でて、あっという間に出口へと向かっていってしまった。「また会えるから」とも言ってくれたが、彼があまりこの近くに住んでいないという事はなんとなくわかっていた。
 裁判所が近所にあるならば、裁判に遅刻したとしてもまた次に来ればいいのだからすぐに帰るに決まっている。わざわざ資料室にまで寄っていったのは、なかなか来れないところを来たから未練があったのだろう。
 またこの裁判所で彼と再会するのは、恐らくとても難しい。

「怜侍!来てくれてたのか!」
「はい!あ、これ、お弁当。お母さんから。」

 ずっと鞄に入れていたお弁当を差し出すと、父は笑ってそれを受け取ってくれた。

「ありがとう。さっきの子は、怜侍のお友達かい?」
「ええと、ケイスケさんは・・・・今日会ったばかり。でも、すごくいい人だった。」
「そうか。随分待ったろ。ごめんな、裁判が長引いたんだ。」
「いえ、ケイスケさんもずっといてくれたから。・・・・あの、今日の裁判は、どうだった?」

 そう尋ねると、父は少し悲しげな表情になり、

「裁判は・・・・・・・・すまない、負けてしまったんだ。」
「・・・・・・そっか。」

 残念に思いながらも、少しだけホッとする。ケイスケが遅刻したおかげで、父の負ける姿をケイスケに見られなくて済んだ。

「二人でいたのか?退屈じゃなかったか?」
「大丈夫。メイっていう子もいて、三人で話をしていたから。メイもすっごくしっかりした子で・・・・・・。」


 言っている間に、胸にある言葉が浮かんできた。さっきまでは思いつきもしなかったような言葉。
 けれど今その言葉は、自然と御剣の口からこぼれた。


「・・・・・・・・あんな妹や、お兄さんがいたらなって、ちょっと思ったんだ。」


 御剣の言葉を聞いた父は黙って微笑み、御剣の頭を優しく撫でる。
 それは、ケイスケが先ほどやってくれたのとよく似ていた。



「さ、帰ろうか。怜侍。」
「はい。あ、お、お弁当は?」
「車の中で食べてしまおう。怜侍、今日はわざわざありがとうな。」
「うん。・・・・・・・・あの、お父さん?」
「ん?どうした?」





「あの、メイを抱えてた人・・・・・・・・・・最近のボクサーの人って、みんなあんなに派手な格好なの?」

















 その後御剣は、父がその時何故突然爆笑したかについてしばらく頭を悩ませることになる。
















          

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