そして。
それから、17年もの時が流れた。
愛くるしい少女、真っ直ぐな眼をした少年、そして心優しき青年だったあの日の三人は。
現在、検事局にて不毛な言い争いをしていた。
「いい加減にしろ、冥!そろそろ君も、妥協という言葉を覚えたまえ!」
「それはこちらの台詞よ!その自分の都合ばかり優先させる性格、このムチで叩き直してあげましょうか?」
「ふふふふ、二人とも落ち着くッス!こんなことで争っても無意味ッスよ!」
「お黙りなさい、ヒゲ!馬鹿は馬鹿らしく馬鹿面晒して引っ込んでいなさい!」
「これは私と冥の問題だ、糸鋸刑事。部外者は口を挟まないでもらおうか。」
「ぶ、部外者って、自分、立派に当事者ッスよーーーー!」
ぎゃあぎゃあと口論の声響き合う、上級検事室。
その様子を眺めながら、成歩堂は「ええっと・・・・・・」と頬を掻いた。
「・・・・とりあえず、よかったら何があったのか説明してもらえるかな・・・・?」
「ム、いたのか、成歩堂。」
「まあね。別の用があったんだけど、廊下どころか下の階まで聞こえてくるような声がしたもんだからから。一体どうしたんだよ。」
「来週の裁判についての話だ。」
ふぅと御剣がため息をつく。眉間に刻まれたヒビがより深くなる。
「来週の月曜、裁判が行われる。事件の担当刑事は糸鋸刑事だ。」
「裁判・・・・って、御剣の?それとも、狩魔検事の?」
「両方だ。」
「え。」
「私と冥、どちらも来週の月曜に裁判の予定が入っているのだ。開始時刻はほぼ同時で、隣の法廷にて行われる。そして、どちらの事件でも、糸鋸刑事が捜査に携わっている。」
「・・・・てことは、ええと・・・・。」
「どちらの裁判でも糸鋸刑事が冒頭弁論をしなければならない、という事だ。しかし裁判は同時に始まるし、糸鋸刑事は一人しかいない。すなわち・・・・。」
「怜侍が、他の刑事に証言をさせれば解決するのよ。」
御剣の言葉をさえぎり、狩魔冥がそう言い放つ。途端に、御剣がバンと机を叩き、
「だから、何故私がしなければならないのだ!君が他の刑事を使えばよいではないか!」
「何言ってるの!貴方の都合如きで狩魔の完璧なロジックを変更しろというの!?それに怜侍、あなた裁判といったら必ずと言っていいほどそのヒゲが一緒じゃないの!たまには貴方が譲りなさい!」
「他の刑事の中には、私に対し未だに疑いを持っている者もいる。ましてや今回私が担当する物件は、検事局内で起こった事件なのだ。下手な刑事を起用して、また癒着だの黒い噂だのと騒がれ裁判を疎かにされてはかなわない。
冥、君であれば別段警察局のどの刑事であろうとも問題なく裁判を行えるだろうが。」
「この国の警察なんて、情けないヤツばかりよ。このムチで少し鍛え直してやろうとしたら、腰が抜けて証言も出来なくなるような馬鹿ばかり。ヒゲは確かに馬鹿には違いないけど、頑丈ではあるからね。」
「・・・・それは君がムチを使わなければ済むだけのハナシだろう。君の都合で話を進めないでもらおうか。」
「それを言ったら、あなたの黒い噂とやらも貴方自身の責任でしょう!とにかく、ヒゲは私の裁判で証言させるからね!」
「勝手なことを言うな!来週の裁判で、糸鋸刑事は私の裁判で証言台に立ってもらう!」
激しく火花を散らしてにらみ合う二人。
それを見ながら、成歩堂は、
「・・・・・・・・そういえば、ここに来る途中で熊のぬいぐるみを取り合っている兄妹を見かけたなぁ・・・・。」
と、二人に聞こえない程度の小声で呟いた。
―――おにいちゃん、私もそのくまがいい!
―――だめだよ、これは僕のなんだから。
―――やだやだ、私もくまであそびたい!
―――お前は他にもウサギとかネコとか、いっぱい持ってるじゃないか!僕にはコレしかないんだから、他ので遊べよ。
―――ウサギもネコも、耳がとれちゃったんだもん!
―――そんなの、お前がひっぱるからだろ!僕のも乱暴にするんだから、絶対貸さないからな!
―――私だってくまがいいもん!おにいちゃんばっかりズルい!
―――ズルくなんかないったら!
で、そのうち父親らしき男がやってきて、「お前たち、どうしてそんな古くてボロイの取り合うんだ!もっと綺麗で色んな機能のついているヤツ買ってやるから、いい加減もうそれは捨てなさいって言っているだろう!」と叫ぶのだが、兄妹はどうしてもそのボロボロのクマを離そうとしないのだ。
「・・・・・・てことは、さしずめお父さんは狩魔豪かな・・・・。」
「あ、アンタ!そんなところでブツブツ言ってないで、早く二人を止めるッス!このまんまじゃドードー巡りッス!モグラごっこッス!」
「いや、イトノコ刑事、モグラごっこじゃなくていたちごっこでは・・・・。」
「どうでもいいから、何とかしてほしいッスーーー!」
悲痛な叫びを上げるイトノコ刑事。
「何とか、って言ったって・・・・・イトノコ刑事、自分で言ったらどうですか?あなたのことで争っているんだし、どっちの裁判に出るって自分で決めれば・・・・。」
「・・・・自分、そんな恐ろしい選択できねッス。どっちを選んでも後が怖すぎるッス。」
「・・・・・・・・確かに。」
御剣の裁判に出ればムチの嵐、狩魔冥の裁判に出れば給与査定の惨劇、どちらを選択しても、イトノコ刑事に待っているのは地獄である。
頭を抱えるイトノコ刑事に、成歩堂は深く同情した。と同時に、今回自分が担当する裁判の相手があの二人でなかったことに不謹慎ながら心底ホッとする。
「どうしたらいいッスか・・・・この状態。」
「・・・・うーん・・・・・・・・・・あ、そうだ。なぁ、御剣。」
「・・・・・・・・・・なんだ。」
今だ睨み合いを続ける御剣に、成歩堂はこう続ける。
「御剣か、狩魔検事か・・・・どちらかの裁判で、刑事の冒頭弁論よりも先に被告人の証言を入れたらどうかな。そうすれば、時間的にもズレが出来て、イトノコさんも両方の裁判に参加できるだろうし。」
以前、成歩堂自身が被告人となった時、あるいは弁護士となってから初めての裁判でも、同じ形式がとられていた。もっともその時は刑事の証言自体が省略されていたが、証言をする者の順番を入れ替える程度ならば検事の独断で行っても大丈夫だろう。
成歩堂の提案に御剣が返事をするよりも早く、
「おおおお!それッス!名案ッス!」
と、イトノコ刑事が、
パチィィン!!
と、指を鳴らす。
その途端、今まで険悪なムードを保っていた御剣と狩魔検事が、急に妙な顔をしてイトノコ刑事のほうを振り返った。
「・・・・・・?ど、どうかしたッスか?お二人とも。」
「ム・・・・・・いや、なんでも・・・・・・・・。」
「今、なにか、懐かしかったような・・・・・・?」
揃って首を傾げる二人。その様子に、イトノコ刑事もつられて首を傾げる。
「懐かしいって・・・・指パッチンが?僕も確かに懐かしいといえば懐かしいけど・・・・・・・・できれば、あまり思い出したくない感じの懐かしさだな。狩魔豪検事を連想するから。」
「馬鹿にしないでちょうだい、成歩堂龍一。狩魔の指パッチンは完璧なのよ。それに、パパのはもっと鋭い音がしたわ。」
「いや、狩魔豪検事のあの『シャキーーン!』って音は、もう指パッチンの音じゃなかった気が・・・・。そもそも『狩魔の』って、僕は君が指パッチンしているところなんて見たことがないんだけど。」
言うと、狩魔冥はうっと口ごもる。御剣がぽんと成歩堂の方を叩いた。
「・・・・・・成歩堂、察してやりたまえ。何のために冥が常に裁判でムチを携帯していると思っている。君や裁判長を叩くのが第一の目的ではないのだ。」
「うるさいわよ怜侍!貴方こそ、もう出来るようになったの!?」
今度は御剣が沈黙する番だった。
「はっはっは、なんか意外ッスねー。そういえば、お二人とも指振りとか鼻で笑う仕種はよくやってたッスが、指パッチンだけは狩魔豪検事以外やってるのを見たことがな・・・・・(ビシィッ)ぎゃっ!」
「黙りなさい、ヒゲ。それより、さっきの案。本来ならば怜侍が折れるのが最も簡単な解決法ではあるのだけれど、そうならないならばその方法が一番良さそうね。
喜びなさい、成歩堂龍一。貴方の意見、採用してあげるわ。」
「・・・・・・・・喧嘩の仲裁をしたはずなのに、なんでこんなに上から見られなくちゃいけないんだろう・・・・。」
「そうと決まれば怜侍、早速裁判の流れを見直したほうがいいわよ。証言の順番一つでも、裁判長の印象というものは大分変わるのだからね。気をつけなさいよ。」
「ま、待て!冥!何故私が変更すると勝手に決め付けるのだ!成歩堂は、私か君のどちらかがすればいいと言ったのだぞ!?」
「さっきも言ったでしょう、完璧に組み上げたロジックを変更するつもりは、私はないと。それに、私がこれほど貴方の言うダキョウとやらをしているのだから、貴方もいい加減観念しなさい。
さ、行くわよヒゲ!証拠品を出す順番を指示するわよ!」
「りょ、了解ッス!」
「あ、こら、冥!まだ話は終わっていないぞ!」
「え、えーと・・・・・・じゃあ、僕はそろそろ依頼人のところに行くから、これで・・・・・・。」
これは本当にいたちごっこになりそうだと、成歩堂はそそくさとドアのほうに向かった。
が、狩魔検事たちが出て行ったドアから部屋を出ようとした時に「待て、成歩堂。」と、部屋の主に呼び止められる。多少げっそりと、成歩堂は振り返った。
「な・・・・・・なんだよ。言っておくけど、これ以上は流石に付き合いきれないぞ。あとは三人でじっくり話し合って・・・・・・。」
「いや、そうではない。君は確か一人っ子だったよな?」
「・・・・・・?あ、ああ、そうだけど。御剣も確か、兄弟はいないよな。」
「兄弟が欲しいと思ったことはあるか?あるいは、姉妹とか。」
「ああ・・・・昔は少し思ったなぁ。弟を連れてきてる友達とかを見て、うらやましいって。まぁ、今はもう、真宵ちゃんたちが妹みたいなもんなんだけどさ。
で、それがどうかしたのか?」
尋ねると、御剣は少しだけ微笑んだ。
いつものように皮肉気に、しかし。
「・・・・・・・・・・いや、なんでもない。
ただ、少し思い出しただけだ。私も昔、兄や妹が欲しいと思った時期があったな、と。」
ほんの少しだけ、幸せそうに。
夢見た未来ではなかったけれど。
望んだ形ではなかったけれど。
あの時のことも、皆もう記憶の彼方に眠ってしまっているけれど。
それでも。
今、確かに、彼らは同じ場所にいる。
END
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お、終わった・・・・・・・!
お待たせしました!三人の過去捏造編、完!でございます。オチのこの話だけ最近書いたので文章が大変なことになっていますが、どうかご容赦下さい。
随分前に書いて未完のまま放置した話を掘り起こしてUPしたのですが、今読んでみると色々無茶のある設定だなぁ。過去の三人があまりに別人だし。ただそのあまりの別人っぷりに、書いててやたらと楽しかった記憶が微かに残ってます。
なにはともあれ、長々とお付き合いありがとうございました!こんな長い話書いたのサイトで初めてかもしれん!
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