「レイジ君のお父さんって、弁護士なんだよな?」
「はい、そうですけど。」


 ケイスケの膝の上でうとうとしているメイの頭を撫でる手を止めて、御剣は頷いた。散々騒いだせいか、どうやらメイも疲れてしまったらしい。やはりまだまだ2歳なのだ。

「で、今仕事中なんだろ?てことは、今日遅刻さえしなきゃオレが見てたのはレイジ君のお父さんの裁判だったわけだ。」
「まぁ、そうなりますね。」
「そっかー・・・。くっそー、惜しいことしたなぁ。見れないとなると余計に見たくなる。なぁ、今度お父さんいつ頃裁判するか知ってたりする?」
「いつも色んな裁判をしているので、いつ行っても多分大丈夫だと思いますよ。お父さん、忙しいですし。」
「そっか。うっし、今度は遅刻しないように・・・・・・。」
「あ、あの、ケイスケさん。」
「うん?」
「ケイスケさんはどうして、裁判を傍聴しようと思ったのですか?」

 ずっと気になっていたことを尋ねてみた。

 ケイスケはいかにも、どこにでもいるような普通の高校生に見える。何か理由がない限り、その普通の高校生が法廷にやってくることなどまずありえないだろう。裁判中の事件の関係者でもないようだし、御剣のように身内に法廷関係者がいるとも考えにくい。
 ケイスケは小さく笑うと、先ほどメイにやったのと同じように御剣の頭をくしゃくしゃとかき回した。

「・・・・・・オレさ。警察になりたいんだよ。」
「警察・・・・警官ですか?」
「うん。町のおまわりさんとかもだけど、どっちかっつーと殺人事件とか担当するやつになりたいんだ。
 刑事ドラマとかで、犯人と格闘したり銃で撃ち合ったり、ダイニング・メッセージ解いたりするやつあるだろ?見ててカッコイイし、なるならコレかな、って思ったわけ。」

 楽しそうに語るケイスケ。どうでもいいが『ダイニング』ではなく『ダイイング』だ。
 ケイスケは、次の言葉を発する前になぜか少しバツの悪そうな顔をして、後ろ頭をかく。

「・・・・・・・・ただ、さ。警察って、公務員なんだよ。なるには、すげー難しい試験とかやらなきゃいけないんだと。しかも法律とかそういうたぐいの試験らしくて。
 オレ、あんまり頭良くないし、参考書とか読む程度じゃ絶対何にも覚えらんないと思うんだ。実際セーセキもそんなんだし。だから、手っ取り早く覚えようかと思って。」
「それで・・・・・・裁判の傍聴を?」
「そ。目の前で法律について色々言われたら、いくらオレでも覚えるかなって。あとは、裁判中本物の刑事とか見れたらいいなー、と。」


 へらりと笑い、ケイスケは今度は御剣に尋ねてきた。

「レイジくんは、将来なりたいものとかある?」
「はい!弁護士です!」

 はっきりと答えてみせる。
 父のような、孤独な人の味方になってあげる弁護士になりたい。それが御剣の夢だった。

「そっか、お父さんのあと継ぐんだな。じゃ、いつか法廷で会えるかもしれないぜ?」
「そうですね。あ、でも、大抵刑事っていうのは、弁護士の敵の検事の味方の場合が多くて・・・・・・。」
「あれ、そうなの?んー、じゃあその時は手加減してやるよ。レイジ君のためにも。」
「大丈夫です。そんなものなくとも、僕は必ず無罪を勝ち取ってみせます。」
「お、言うねぇ。」

 ケイスケが笑う。


 と、ふいにケイスケの膝の上で、

「・・・・・・にゅー・・・・・・?」

 メイが目をこすりながら顔を上げる。お、とケイスケはメイの顔を覗きこんだ。そして、

「メイちゃーん、メイちゃんは、大きくなったら何になりたい?」

 と尋ねる。
 流石に2歳児に対してその質問はちょっとレベルが高すぎではないか、と御剣が突っ込むよりも早く。

「・・・・んー・・・・・・・・・・・・・・パパ。」


 ズリ。


 あまりの爆弾発言にずっこける御剣。
 ケイスケもたまらずブハッと噴き出し、それでも震える声でなんとかツッコミを入れる。

「ちょっ・・・・・・ちょっとそれは、難しいかなー?」
「えー・・・・・・?」
「だってほら、女性ボクサーってそんな多くないし、しかもメイちゃん女の子だから、いくらなんでもパパにはなれないし。」
「んー・・・・・・・・じゃ、ママ。」
「うんうん、それがいいって。そっちの方が似合うよ、きっと。」

 笑いながらそういうケイスケと、小さくあくびをするメイを見ながら。







 御剣は、静かに幸せを感じていた。
















          

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