「にしても、未成年ばっかで裁判所ってのも珍しいよな、オレたち。」
「普通の人はなかなか来ないところですからね。僕の友人や同級生も、裁判所の場所すら知りません。ましてや、今日は休日ですし。」
「休日返上なんて、裁判所の人ってキツそうだなー。」


 午後一時十六分。御剣はケイスケと共に、並んでベンチに座っていた。メイはケイスケの膝の上に行儀よく座っている。
 まだ幼稚園にも行っていないような年齢だろうに、嫌がって暴れたり奇声を発したりもしない。なかなかしっかりした子だ。時折ケイスケの学生服をひっぱったりして遊んでいるが。


 ふと気になり、御剣はケイスケに尋ねてみた。

「あの、ケイスケさん。ケイスケさんは、今日はどうして裁判所に来ていたんですか?それに、今日は休日なのに何故学生服を?」
「カタいしゃべり方するんだな、レイジ君って。いや、別にそう大した理由じゃないんだけどさ。」

 言って、ケイスケは照れくさそうに後ろ頭をかく。

「今日、裁判見に来たんだよ。ボーチョー、って言うんだっけ?で、やっぱちゃんとした服着て行かないと入れてもらえないかと思ったんだけど、持ってる服でちゃんとしてそうなのがコレしかなくて。
 しかも、服探してたのと迷ったので時間食って、結局遅刻して裁判は見れずじまい。悔しーからさっきまで地下で資料室ってトコ覗いてたんだけど、また読めそうなのがなくってさー。喫茶に行こうにも金がないし。で、こっちに来てみたわけ。」
「そうでしたか。ケイスケさんは中学生ですか?高校生ですか?」
「今年高校入ったトコ。レイジ君は何歳?」
「9歳です。小学4年で、今年で10歳になります。」
「へぇー。メイちゃんはいくつぐらいだろ。言えるかな?ほらメイちゃん、今いくつですかー?」

 呼ばれたことが分かったのか、メイはふにっと顔を上げた。
 そして、自信たっぷりにビシッ!と人差し指と中指を立てて見せる。

「・・・・・・ピースサイン!」
「多分、2歳なのでは。」
「あ、そっか。しかし2歳でこんだけシッカリしてるのはすごいなー。頭もいいし、親御さんの教育がいいのかね。」
「普通の親なら2歳の女の子をこんなところに置き去りにするとは考え辛いのですが・・・・・・この子も、僕と同じで親が法廷関係者なのかな。」
「実は、父親が犯人とか。」
「・・・・・・裁判中ならまだ被告人ですよ。」
「ちょっと訊いてみるか。メイちゃーん?お父さんは何してる人ですかー?」
「パパ?」

 ケイスケの言葉に、メイは嬉しそうにする。きっとよほど父親のことが大好きなんだな、と思い、御剣は少し親近感を覚えた。
 メイは小さな拳を握り締めてぶんぶん振り、目をキラキラさせて笑い、つたない言葉で言った。

「あのねぇ、パパね、つおいの。つおくて、かっこいーの。びしっで、じゃじゃーん!なの。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・?そ、そっか。それで、何やってる人?」
「んーとね、やっつけるの。つおくて、じゃじゃーん!で、カンペキなの!」
「・・・・・・・・・・・・・・ゴメン、『カンペキ』しかわかんなかった。」

 バツの悪そうに後ろ頭をかくケイスケ。御剣にも、メイの父親が何をしている人なのか見当もつかない。『つよい』『やっつける』の単語から、何か戦う職業を連想したが、それ以上はさっぱりだ。

 どうやらメイも、二人に父のすごさが伝わってないことが分かったようだった。ぷぅっと頬を膨らませると、突然ケイスケの膝から飛び降りた。そのまま走り去ってしまうかと思いきや、くるりと二人に向き合って腰に手を当てた。そして、

「・・・・・・・・はんっ!」

 両手をあげて手のひらを上にして、肩をすくめ、鼻で笑う。いかにも「やれやれ」と言いたげな動作だ。
 同世代にやられたらカチンときたかもしれないその動作も、2歳の女の子では可愛らしいだけである。

「・・・・・・えーと、なにしてんのかな、メイちゃんは。」
「さあ・・・・・・。」

 と、メイが更に動いた。右手を前に突き出し、人差し指だけを立てて、左右に振って見せる。そして、

「ちちち!」
「うわ口で言った!『ちちち』って鳴らせずに口で言ったよ!あーもー可愛いなあ!」

 ケイスケがオーバーに反応して、メイの頭を撫で回す。どうやら子供好きなようだ。その様子を見ながら御剣は、

「・・・・・・もしかして、父親の真似、ですかね。」
「へ?」
「2歳の子供がこういう動作をよく知っているとは思えない。おそらく、父親がどういう人なのか伝えようとしているのではないかと。」
「あーなるほどー・・・・・・・・って、お父さんがするのか?これ。どんな仕事してるお父さんだよ。」
「・・・・・・人を小馬鹿にしたような仕種・・・・馬鹿にする、優位に立つ、挑発する・・・・・・・あ、もしかして、ボクサーでは?」

 先程の連想と繋げてそう言うと、なんとなくしっくりときた。ケイスケもそのようで、

「あーそっかボクサー!強いとかカッコいいとか言ってたもんな!てことは、お父さんは今頃人を殴り殺したとかの容疑で裁判中か。」
「あ、あの、別に被告人だとはまだ限らないんじゃ・・・・・・。」
「いやー、オレそういうの好きなんだよ。連続殺人事件とか、脱獄して逃走中の凶悪犯とか、ヤクザの跡取り問題の抗争とか。ま、ヤクザさんは怖いけど。」

 どれも怖い御剣にはよくわからない。


 メイはまた何かやろうとしている。ボクサーだしジャブでもやるのかと思ったのだが、どうやら違うらしい。右手をまた前に出し、その手を左肩の上あたりにさっと素早く動かす。

 今度は何も言わない。

 あまり挑発しているような動作には見えない。というか、何の動作かすら分からない。御剣が首を傾げて見ていると、メイはもう一度同じ動作を繰り返した。なぜかメイも首を傾げてしまっている。

 やっぱりわからない。

「・・・・あ、指パッチンか。もしかして。」
「え。」
「ほら、指の形がそれっぽい。メイちゃん、もう一回。」

 言われて、メイがもう一度腕を振る。確かに、よく見てみると指と指を擦り合わせている。ケイスケが、な、と言って、笑って右手を上げた。そのままメイと似たようなポーズをし・・・・。
 パチィィン!と、いい音が響く。

「きゃー!」
「ほらメイちゃん、これだろ?」
「きゃー!すごいの、パパなのー!」

 メイは大興奮でケイスケに跳びつく。御剣はボクサーと指パッチンの関係性について一瞬頭を悩ませたが、ふと自分の右手を見た。
 指パッチン。
 やり方は見ていた。中指を親指とくっつけ、力を込めて中指をずらして親指の付け根に勢いよくぶつける・・・・・・。


 スカッ。

「・・・・・・・・・・・・・。」

 スカッ。スカッ。スカッスカッ。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・別にこんなもの、人生に役立つわけでもない・・・・・・・・。」
「どうした?ああ、あんま子供の頃から鳴らさない方がいいぜ。指が太くなるらしいから。」

 メイがビックリして手を引っ込める。それを見てケイスケは笑い、もう一度腕をあげてみせた。

パチィィン!

「きゃー!」

パチィィィン!

「きゃーきゃー!」
「はっはっはー、すごいだろー?」

 指を鳴らすたびに大喜びするメイと、そのメイの様子に喜んで更に指を鳴らすケイスケ。



 そのあまりに楽しげな様子に、いつの間にか御剣までつられて笑っていた。












          

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2歳でしゃべりすぎだろとも思ったが、御剣の年齢にあわせるとどうしても仕方がない。狩魔のカンペキな言語教育という事で。




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