ラスボスとごはん その3





「あ。」

 と気づいたときにはもう遅く、フライパンの中の野菜はぶすぶすと嫌な音と煙を出しながら炭へと変わっていた。

「あちゃあ・・・・・・またやってしまった。やれやれ。」

 肩をすくめ、私はコンロの火を止めた。そして、かつて野菜炒めだったものの処分に取り掛かる。


 一人暮らしをするようになってから随分長いつもりなのだが、いまだに料理だけはどうしても苦手である。大概今のように、ほんの少し意識を他のものに移していたり、あるいは少しの間席を外しているうちに致命的な失敗を犯してしまう。
 ほぼ毎回こうではあまりに食材が勿体無いため、最近ではほとんどの食事は外食か、勤務先の食堂でとるようにしていた。が、今日のような非番の日の昼は外に行くのが面倒で、こうして多少の努力をしてみることがある。結果はといえば、ご覧のとおりだ。

 昔はよく妹に、「お兄ちゃんは絶対キッチンに入っちゃ駄目よ」なんて言われたりもした。
 また、親友DIOには、「君は実に基本に忠実だなぁ」と感心された。どうやら、彼に言わせると@焦がすA塩と砂糖を間違うB謎の調味料を使う、は料理下手の三大要素らしい。確かに、その時私が彼に作ったスクランブルエッグは、ジャリリと甘くほのかにオタフクソースの香りが漂う濃茶と黒のまだらな物体だった。(わざとではないのだ、アジアの地域ではソイソースを使うと聞いて代用しただけで)

 友人の困ったような苦笑が浮かんでくるのを皮切りに、今は亡き二人の記憶が次々に脳裏に溢れてくる。
 私はふっと目を閉じ、過去の懐かしくも切ない、そして美しい思い出たちに浸るように息をつき・・・・・・・・。




『・・・・・・39にもなって自炊もできないなんて、まさに駄目中年だな。』(ボソッ)




ピタリ。



 私は動きを止める。

 部屋の中には、私以外の人間はいない。5秒ほど待ってから、私はゆっくりと振り返った。

 私の背後に立つ、私のスタンド、ホワイトスネイク。
 しれっとした顔でつっ立っているそれに向かって、私は静かに口を開いた。


「・・・・・・・・今、何か言ったか?」
『いいえ、何も。』
「嘘をつけ。明らかに今言っただろう。」
『聞き間違いですよ。
 そんな、39歳にもなって料理一つ満足にできないなんて自立できない電波サイコ野郎だな死ねばいいのにむしろジャンクで栄養偏ってメタボと糖尿病で醜く死ねこの駄目中年がだなんて、そんな恐ろしいこと言うどころか思ってもいませんから。』
「・・・・・・・・こんのクソスタンドがッ!!それが主人に対する口のきき方か!!」
『主人じゃなくて、本体でしょう。そもそも本体でなければ敬語なんて使いませんよ。』
「どこが敬語使ってるんだどこがッ!!あからさまに不敬な態度のくせに!」
『部屋の中で一人で騒いでると、更に電波だと近所に誤解されますよ。ま、誤解どころかまぎれもなく真実なんだが。』
「なんだと・・・・・・!」
『ほら、電波受信してないでとっととそのゴミ片付けたらどうですか?火、消えてませんよ。』
「え?・・・・・・・・あっ!」

 言われて振り向くと、コンロにはまだ青白い炎がちろちろと燃えている。私はあわてて火を止め、フライパンを流しに移した。じゅう、と、鉄が水につかる音が響く。

『・・・・・・あーあ、言わなきゃよかった。そのまま火事にでもなって燃え死にゃあよかったのに。』
「・・・・・・・・わかっているんだろうな・・・・・・・・?私が死んだら、スタンドであるお前も当然消滅するんだぞ・・・・・・?」
『ええ、言われずともわかっていますよ。非常に残念なことに、俺はあんたと運命共同体なものですからね。・・・・・・・・ま、本体が死んでも活動し続けるスタンドってのは割といるらしいがな。死なない程度に本とか岩とかに変形させるという手もあるし・・・・。』

 小声でかなり物騒なことを呟くホワイトスネイク。



 思わず、ため息が漏れた。嗚呼、旧友DIOよ。君は昔、「スタンドは鏡だ」と私に語ってくれた。スタンドとは魂の一部であるから、そのものの性質、内面などを様々な形で映し出すものなのだ、と。
 ならば、認めたくないが、こいつの心底ムカつくこの性格も私の中に内包される何かの部分から来るものなのだろうか。

 嗚呼、DIO。私は君に、「攻撃など考えたこともない」と言った。
 けれど、本当は。
 罪深いことだと思うが、本当は何度も、君のスタンドDISCを抜き取ってしまいたいという衝動に駆られたことがあったのだ。

 ああ、DIOよ。



『・・・・だーから、脳内でお喋りはじめるなっつってんのに・・・・・・この電波(ピーーー)神父が。』




 ああ、この口汚く下品でやたら不敬なホワイトスネイクと、君の無口で従順で物静かなザ・ワールドを、交換してしまいたいと一体何度思ったことか!!!






「・・・・・・・・お前の能力で、お前のスタンドDISCを抜き取れさえすれば、私もこんなに悩まずに済んだだろうにな。」
『そこだけは本当に心の底から共感しますよ。でも物事には出来ることと出来ないことがあるんです。さ、いい加減現実を見ましょうか。』










 ああ・・・・早くスタンド進化させたいなぁ。






End




    

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 言わなきゃ絶対何もやってくれなくて、妙に表情豊かでお喋り。
 ホワイトスネイクは、キラークイーンとは正反対でやたらと無礼だといいと思ってます。
 しかし、コレは明らかにやりすぎた。




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