俺のことを「ボス」などと呼ぶものがいるが、とんでもない。
 残念ながら俺は、こいつの携帯だ。







ジョルノ・ジョバァーナの場合




「お待たせ致しました!こちらお預かりしておりましたお客様の携帯でお間違いないでしょうか?」
「ええ、そうです。ありがとうございます。」
「はい。
 …………それから、お客様。少々確認の為にお尋ねいたしますが………失礼ですが、携帯の修理は今月に入って……三回目になられるかと思うのですが…………。」
「………ええ。三回目ですね。ちなみに先月は四回です。
 購入してからまだ3ヶ月ですので、まだ保証期間中だったと思いますが。それがなにか?」
「……………いえ、大変失礼いたしました。
 こちらの機種は衝撃に対して少々弱い傾向がありますので、どうぞ丁寧にお取り扱いくださいますよう、お願いいたします。」
「……………………………………はい、気をつけます。」

 喉の奥に苦々しいものを感じながら、僕はようやく携帯ショップを出た。
 店員の視線が自動ドアに阻まれてしまってからも、不快な気分は消えなかった。

 完全に、悪質なクレーマーだと思われている。あるいは携帯を無茶に扱い無料修理を乱用する迷惑な客だと。前者はともかく後者は半分以上正しいので反論もできない。
 腹立ち紛れに僕はまだぐったりと白目をむいているディアボロの体をつかみ、その左胸をグリッと強く押した。
 瞬間、「ごふっ」と彼が息を吹き返す。

「痛ッ……!おい、電源ボタンはもっとそっと押せ!
 病み上がりの身なんだから、少しは丁寧に扱おうという気はないのかッ!!」
「うるさいですね、さっさと起きなさい。
 どうせ強く押そうがそっと押そうが壊れるときは散々壊れまくるくせに、無駄なんですよ無駄。待遇改善を要求したいのなら、せめて最低限働いてみせたらどうです。」

 意識が回復した途端にやかましく騒ぐディアボロを冷めた目で見ながら、それでも一応は正常に電源が入ったことに安心した。
 調子の悪いときは一度電源を押した程度では起き上がらず、心臓マッサージのごとく繰り返し押す必要がある。(絶対機体に悪いと思うのだが、説明書にそう書いてあったし)流石に修理直後は大丈夫だろうとは思ったが、万一これで直ってなかったらあの店員にまたディアボロを預けることになり、気まずいどころではないような思いをするところだった。


「だいたいですね、防水や耐衝撃設計の携帯が当たり前のこのご時世に、たかだかカーペットに落っことしただけで機能停止する携帯がどこにあるっていうんですか!!」
「頭から落ちたんだぞ!?人間だって死ぬとまではいかずとも気絶くらいは仕方がないだろう!!」
「人間なら雨の水滴が顔に当たった程度で失神したりなんかしませんよ!」

 ちなみに雨の水滴というのは、前回のコイツの故障原因である。

「もともと携帯ってのは精密機械で湿気厳禁なんだ!!それぐらい考えればわかるだろう!?」
「柱の男モデルや『DIO』シリーズは防水防塵が通常仕様の上に、凄い省エネ設計で一週間充電なしで起動していられるそうじゃないですか。」
「あんな人外の化け物どもと一緒にするなッ!!俺はあくまでスタンダードな機種なんだ!」

 人外って、アンタだって人じゃなくて携帯だろ。
 ツッコミをそのままため息に変えて吐き出す。

「はぁ……いっそ、今すぐにでもその化け物携帯に買い換えたいくらいですよ。こんな一ヶ月に3回も4回も故障する不良品を持ち続けるくらいなら。」
「俺も正直お前に扱われると命の危機を感じるが………お前、買い換える金があるのか?」
「……………余計なお世話ですよ。大体最近は機種変も無料でやるところが多いし、0円携帯だって珍しくなくなったし。」

 本当に、どうしてこんな携帯を買ってしまったのか。
 というか、元々はこいつを買うつもりさえなかったのだ。


 当初は、トリッシュが今使っている携帯と同じものを買う予定だったのだ。
 薄い紫色のボディに、手になじむコンパクトなフォルム、トリッシュ自身も「使いやすいしオススメよ」と言っていた『ドッピオモデル』という種類を買うつもりで、3ヶ月前にショップを訪れた。カラーバリエーションも豊富だと聞いていたので、できれば黄緑か橙色がほしいと思っていた。
 ところが、運悪くほとんどが売り切れ。唯一在庫が残っていたのがこの『ディアボロモデル』だったのである。

 どぎつい濃いピンク色のボディカラーに、グリーンのキーバックライトが目にまぶしい。おまけに、手のひらからわずかにはみ出すほどのゴツい形。
 正直、買うつもりはほぼ全くなかったのだが、そのとき僕はそれまで使っていた旧式の携帯を既に手放してしまっていた為、すぐにでも新しい携帯を持つ必要があった。
 加えて、そのときの店員が「こちらはデータ保護やセキュリティ管理に優れてるんですよー」「目立つし絶対になくしませんよー」「今これが最新モデルで、この先この会社の新製品はもうでないかもしれないんですよー」等の巧みな言葉で誘い、結局うやむやのうちに契約させられてしまったのである。
 つくづく、自分が情けない。


「……そういえば、トリッシュの使っているドッピオモデルは最近『とぅるるるるるん』のコール音が止まらないっていうバグが見つかって回収されたそうですが、あなたは回収されたりしないんですか。」
「問題が見つかったのはあくまでドッピオの方だからな。俺とは無関係だ。」
「そうですか。いっそ無料回収でもされれば買い換える手間が省けるかと思ったんですが、残念です。」
「…………そこまで俺のことが気に入らないなら、いっそ本当にとっとと買い換えたらどうだ。
 俺だって、お前のようなやつに毎度毎度壊されて生死の境をさまようくらいなら、中古ショップで新しい出会いを待つほうがまだマシだ。」
「それはまた、気が合うことで。
 僕としても、そうしたいのは山々ですがね。」

 ため息をつく。
 僕だって、こんな腹立たしい携帯を持ち歩くのも、しょっちゅう携帯ショップにお世話になるのも正直御免だ。購入して三ヶ月の携帯をまた買い換えるというのは無駄なことだが、心の平穏の為にはそれも仕方がないと言えなくもない。

 だが、僕には今こいつを手放すわけにはいかない事情があるのだ。


「……何だ、そのため息は。」
「いいえ、別になんでも。とりあえず、修理の間に来たメールを見せてください。」
「ん、ああ……。
 組織フォルダの方は、幹部からの定期連絡が5件、ポルポより新規入団の人員の許可申請が一件、いずれも特に問題はなし。
 ポルポからのメールは入団予定の者の写真画像が添付されている。後で正式に書類を郵送するそうだが、一応メールは保護設定にしておいた。
 それから、友人フォルダの方は、グイード・ミスタから1件、ナランチャ・ギルガから1件。どちらも15日に約束しているカラオケの話だ。送信から二日経って追加のメールが来ないということは、既に口頭で話は聞いているんだろう。そうでないのなら内容を読み上げるが。」
「いえ、昨日二人から聞きました。
 15日13時にいつものレストラン前で集合、だそうです。スケジュール帳に個人予定として登録を。」
「わかった。あと、俺が手元にない時は早めにそれを周囲の人間に伝えておけ。受信が無駄だ。」

 ぺらり、とディアボロが取りだした手帳をめくり、新しく書きこむ。
 視線を手帳に落としたまま、更に彼は言葉を続けた。

「それから、今月21日に2時から定期会議の予定を入れているが、同日に学校の中間試験が入っている。移動が間に合わないんじゃないか?」
「試験は12時までには終わりますから、移動時間を考えても十分間に合うかと。」
「確かに移動時間自体は合計1時間25分の計算だが、あの路線は昼の時間本数が少ない。12時21分の電車に乗り遅れれば、次は12時35分だ。万一学校で何かあって足止めを喰らえば確実に間に合わない。
 ついでに、たとえ時間通りに乗れたとしても昼食を食べる時間はないな。組織のトップが会議中に腹の音を鳴らす気か?」
「………………………。」
「ペリーコロに連絡して、会議の日取りを23日に移した方がいい。土曜がつぶれるが、表に仕事を持つ者にとってはその方が集まりやすい。時間はそのまま2時でいいだろう。」
「……日取りは21日のまま、開始時間を1,2時間遅らせるという手もありますけど。」
「中間試験は20日から22日の三日間だろう。しかも最終日の科目は数学と英語だ。会議で時間と意識を持っていかれるよりは、試験終了後に頭を切り替えて会議に臨んだ方が効率がいい。違うか?」
「……………わかりました。では、ペリーコロに電話しましょう。」
「ああ。だが、今はやめておくべきだな。普段と同じ行動なら、今頃は奴は電車の中だ。あと20分待つか、もしくはメールで済ませるかした方がいいだろう。」


「…………………………ッ………!」
「……ッ!?ど、どうしたジョルノ・ジョバァーナ、突然頭を抱えて。何か問題でもあったのか?」
「いえ………なんでも……。
 ただちょっと……やはり今あんたを手放すわけにいかないという現実を再認識しただけで………。」


 
 これなのだ、問題は。
 この携帯、本当に有能なのだ。


 店員が主張していた通り、データやスケジュールの管理は以前僕が使っていた携帯と比べものにならない。
 現にディアボロを購入してから迷惑メールや勧誘メールは一切来なくなったし、組織内のデータが外に流出するような心配も全くなくなった。
 おまけにネットの接続が異常に早く、指示するより前に既に必要な情報が検索され終えている場合が多い。フォルダの振り分けやスケジュールの分類もほとんど自動で行われるし、メールや通話記録から仕事に必要な情報を抽出して記録していることさえある。
 どうやらディアボロ自体がビジネスに適した機能に特化しているらしく、ロック機能や通話メモ機能などだけでなく、考え方自体が経営者としての視点に立っている。
 単なる一学生ならば無駄でしかない機能だが、つい最近大組織の責任者になったばかりの僕にとっては、これらの助言は正直ありがたいという他ない。

 本当に……。



「本当に………これで、身体さえ丈夫なら………!」
「……何かわからんが、とりあえずペリーコロの連絡方法をどっちにするのか、さっさと決めろ。メールはもう起動しているぞ。」


 便箋とペンを取り出しながら言うディアボロ。
 その顔面と、額に張り付けたエピタフ(覗き見防止シール)を睨みつけながら、僕はとりあえず『帰ったらネットで耐衝撃・防水用の携帯ケースを探そう…』と決意した。




End










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 携帯ラスボスシリーズ第4弾、ボス携帯。
 もし固定電話だったらドッピオは子機だった(笑)

 死にやすさ(=故障頻度)の他にも特徴がほしくて、経営能力の高さをあげたら思った以上に好評でした。
 いくら最強スタンドもちとはいえ、18歳で故郷飛び出してきたばかりのガキがギャング組織設立して15年でヨーロッパ全土に影響を与える程に拡大させるって‥‥どれだけ有能なのかと。しかも「ヨーロッパの麻薬犯罪の件数は1986年を境に急激に増加し」とのことなので、設立直後から影響が出始めてる。恐ろしい。

 DIO様‥‥こういうのを「組織」というんだよ。
 DIO様の部下はあれ組織って言わない。秩序も決まりもないし上下もトップしか定まってないし。ただの帝王ファンクラブに近い。


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