<総帥の場合>



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」



 その部屋で、男はただ悩んでいた。


 漆黒の長い髪が、まるで対比するかのように赤い団服の上に流れている。日本人離れした彫りの深い顔には現在苦悩の皺がわずかに寄せられ、彼が今どれほど苦しんでいるのかをあらわしているかのようだ。
 髪と同じく闇の色をした瞳は、ただひたすら一点を見続けている。デスクの上におかれた卓上カレンダー。そのある日につけられた赤い丸印。

 12月24日。


 やがて、男・・・・・・・・このガンマ団において最強とされる<総帥>シンタローは、おもむろに立ち上がった。
 彼は、決断したのだ。

 無論まだ迷う気持ちはある。けれど、あの島で自分は学んだはずだ。
 本当に大切なものからは、決して手を離してはならない。


 選択を誤ってはならない。
 かつて父が、弟の手を取ったあの時のように。




「・・・・・・・・・よし。」

 無人の部屋で呟き、シンタローはゆっくりとした足取りで歩き出した。。














<一般団員の場合>



「・・・・・・・・えー、以上で今日の報告を終了する。なお今日は総帥よりガンマ団員全員に通達があるため、全員その場で引き続き待機するように。」

 朝礼の最後にキンタローがそう言って壇上から降りると、整列する全員から発せられた押し殺したため息が、部屋中に響いた。


 要は、毎年のことなのである。
 この時期の総帥からの話といったら決まっている。『最近クリスマスだ年末だと騒いでる奴が増えてると思うが、てめーらガンマ団に勤めててそんなもんがあると思うなよコラ。浮かれて仕事おろそかにするような暇があるんならキリキリ働きやがれ年末締め切り間に合わなかったら問答無用でクビにすっぞ』といった意味のことを、ややオブラートに包んで(あるいは包まずに)10分ほど説くという、ただそれだけである。

 無論旧体制の頃からガンマ団に勤めているものなどにとっては既に周知の事実であるし、当然覚悟も済んではいるのだが、改めて正面から完全否定されるとやはり切なくなるものなのだ。

「せめて書類通達にするとかさ・・・・。」
「反抗されない為だろ。総帥の言葉っていうだけで逆らう気なんて消えうせるし。恐怖で。」
「どん太なんて泣いてたぞ。なんか顔中ボコベコにしながら。何があったんだか。」


 などと団員達がひそひそ話していると、やがて壇上にシンタローが上った。慌てて口をつぐみ、姿勢を正す一同。

 シンタローは設置されたマイクをつかみ、「あー、あー、」と声を出す。もはや形式美とも言えてしまいそうな、お決まりの様子。






 だが、今日はそこからが違っていた。


「おい、お前。」
「・・・・・・・・・・え、は?」

 マイクテストを終えたシンタローは、唐突過ぎるほど唐突に手近な団員を一人指差した。

「じ・・・・・自分ですか?」
「そう、お前。いや誰でもいいんだが、とにかくお前。
 12月の24日が一体何の日だか言ってみろ。」
「は・・・・・・・・えーと、それはもちろんクリスマスイ・・・・・・・・・」



ずどごおおおぉぉぉぉんっ!!



 一瞬の隙も与えず、タメなし掛け声なしのガンマ砲が団員Aを華麗に吹っ飛ばした。


 凍ったように沈黙する団員。シンタローは無造作に人差し指を僅かに虚空でずらし、

「隣のお前。答えてみろ。」
「はっ!12月24日といえば無論我らがガンマ団トップシンタロー総帥の弟君にあらせられるコタロー様のご生誕記念日にあらせられますっ!!」
「ちっと文法が気になるけど、まあその通りだ。よく言えたな。」

 眉一つ動かさずに言うシンタロー。その顔は確かに前総帥”覇王”マジック様の血を受け継いでいる。
 おののく団員達の中でも比較的勇敢な者達が、涙ながらに愚かな敗北者、団員Aをこっそりと部屋の隅に片付けた。


「さて、答えてもらうまでもなく12月24日といったらコタローの誕生日なわけだ。」

 答える必要がないのならわざわざ答えさせるなよ、というツッコミはこの場の誰も入れられない。

「無論今年だけでなく去年も一昨年もそのまた前も、コタローが生まれたその時からコタローの誕生日はずーっと決まっていたわけだが、今年は今までとは違う。
 皆既に知っているだろうが、コタローは2年前まではずっと眠り続けていた。」

 その言葉に、皆一瞬ハッとする。


「そしてその前の6歳から3歳の間、コタローはずっと誕生日を祝うことのできない環境におかれていた。だから俺は、3歳の時までしかコタローの誕生日を祝ってやれなかった。
 再会したらきっと今までの分も含めて盛大にお祝いしてやろうと・・・・・・毎年、今までで最高の誕生日を迎えさせてやろうと、そう俺は思っていた。
 だが、コタローは6歳から10歳になるまでの四年間、ずっと眠り続けていた。俺もその頃は総帥になったばかりで、時間的にも立場的にもコタローに何一つしてやることが出来なかった。今までの12月24日は、せいぜい一日の終わりにコタローの寝顔を眺めておめでとうを言ってやる程度だった。
 だが、今年は違う。」


 決然とした顔で、シンタローは言う。





 その顔は威厳と・・・・・そして、優しさに満ちている。




「今年は・・・・・・・・。」
「お兄ちゃあん・・・・・・・・・・。」


 言葉を続けようとしたシンタローが、はっと顔を上げる。
 集会用の大部屋の入り口、その扉が僅かに開いている。そこから、小さな話し声か聞こえてきた。


「・・・・だめだよ、コタローちゃん。シンちゃん今お仕事中だから、もう少し待っててね。」
「えー?あとどれくらいかかる?」
「もうちょっとだよ。だから、それまで僕の部屋で一緒におやつにしよ?高松からもらったクッキー缶分けてあげる。」
「ホント?ありがとう、グンマお兄ちゃん!」



 ひそやかな兄弟の声が離れてゆく。扉のほうを振り返っていた団員たちが顔を正面に戻すと、シンタロー総帥は既に相応しい顔つきになっていた。

 ガンマ団総帥として。そして・・・・・・・・・・・・・・・・一人の兄として。



「・・・・・・・・今年は、コタローの誕生日を祝ってやれる。ようやく、俺は兄としてコタローに、『おめでとう』って言ってやれる。生まれてきてくれて、俺の弟でいてくれてありがとうって・・・・・・・・そう、言ってやりたいんだ。俺のたった一人の弟に。この世で何より大切な、俺の弟のために。」


 優しい眼差しでそう語るシンタロー。
 団員達の中から、鼻をすする音まで聞こえてくる。
 シンタローはそんな自らの部下達の顔をひとりひとり見つめ、ゆっくりと頷いた。そして、握ったマイクに力を込め、静かに深呼吸。更に思いっきり深く息を吸い込み・・・・・・・・・・。



 ハウリングが起きないのが奇跡というほどの大音量で叫んだ。












「そーゆーわけで、今年は俺はコタローと兄弟水入らずでクリスマス&誕生日を過ごしたいので、24日は休みっ!!以上ッ!!!」









・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。







「んなにぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!!!!!」




なんだそりゃ!横暴!休みたいのはこっちも同じだ!!総帥だからってやっていいことと悪いことがあるだろ!このブラコン!わしだって妹と過ごしたいわい!いい加減にしろ!なめとんのかワレ!いてまうぞコラ!父親も父親なら息子も息子だな!おい、誰かオー人事に連絡しろ!こんな組織辞めてやる!


 などなどなど、一斉に大部屋は罵詈雑言の嵐となる。先ほどの感動ムードが嘘のようにその怒りはすさまじい。
 特に前総帥の代から入団しているものたちは、前例があるのか一層激しく叫び続けている。

 それらほぼ労働組合かデモか一揆のようにも見えるその騒動、というか暴動をざっと眺めたシンタローは。
 ただ黙って、開いた右手を前に突き出した。




 途端に部屋に静寂が戻ってくる。




「なぁーに話も聞かずに騒いでやがる馬鹿ども。だいたい、誰がいつ俺一人で休むっつった。」
「え・・・・・・・・・・・?」
「それじゃ・・・・・・・・・・・・。」

 つい聞き返した団員二名は、総帥から右手を顔に向けられてあわてて口をつぐむ。

「俺としては別段俺とコタローのみ休んでも全く全然これっぽっちも支障は出ないんだが、そーゆーことにやたらうるさく口出してくる奴がいてな。」
「うるさくではない。俺は上に立つ者として当然しなければならないことについて助言したまでだ。古来より王族、貴族が下級市民を働かせて自分たちのみ義務を免除しようとするのは非常にありふれた光景ではあるが、そういった行政を行った国家は必ずといっていいほど民衆から反感を買うことになり、最終的には謀反や革命の可能性というのも強まることにな・・・・・・。」
「あーはいはいはいわかったわかった。」

 後ろから長文攻撃で口を挟んできたキンタローを右手で押しのけつつ、シンタローは嘆息した。そのまま団員達に言葉を続ける。

「とまあこのように、クソやかましい奴がいるわけだ。ついでにさっきの暴動でも言っていたように、親父という悪い前例もあるからな。色々とそれがマズいってのは俺も見てきたんでよーくわかっている。
 ちなみにさっきそう発言した奴、顔は覚えたから後で総帥室に来るように。聞こえたか?右から3列目の一番後ろにいる銀髪のお前だよお前。」

 ビクゥッ、と一人の団員の身体が震える。
 それらも完全に無視して、シンタローは更に続けた。

「そんな感じで、俺一人休んでテメーらだけ馬車馬のごとく働かせるというのは色々と面倒っつーことになった。よって・・・・・・・・。」

 シンタローがそこで言葉を切る。




どよ・・・・どよ・・・・

ざわ・・・・ざわ・・・・




 まさか・・・・・・・・・・・・・・・・。






「つーことで、今年はガンマ団全体が24日から25日は完全休業とする。里に帰る奴もデートでいちゃつきてぇ奴も、全員好きにしやがれ。」

 先程とはうってかわって静かな声で、シンタローはそう告げた。








うおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!



 部屋中が熱気にあふれる。歓喜の叫びがガンマ団全体に広がるかのように発せられた。


ありがとう、ありがとう!嫁とクリスマスが過ごせるぞ!えがった!えがったよう!俺、今年こそ彼女にプロポーズするんだ!総帥アンタ最高だ!一生ついていきます!兄貴と、いや、お兄ちゃんと呼ばせてください!むしろ抱いてくれ!ガンマ団万歳!シンタロー総帥万歳!!


「てめぇら、さっきの態度とえれぇ違うじゃねぇか・・・・・・。あ、それと、一応組織的な運営が停止するわけにはいかないから、俺ら一族と伊達衆、あと最低限の人員には残ってもらうからな。どうせ伊達衆はクリスマスに個人的に忙しい奴なんて絶対いねぇだろうし、一般団員からも予定のない奴をあとで募集するからそのつもりで・・・・・・・・って聞いてんのかコラ。」

 どれだけ言おうと、団員達の喜びの声が途絶えることはなく、涙や抱擁と共に感謝の言葉が次々紡がれる。
 顔中アザだらけのドン太はこの世の最高の勝利者のごとくガッツポーズして泣き叫んで喜びを表現しているし、普段そういうものから無縁だと思われる特戦部隊の面々まで何故か互いに抱き合って生の賛歌を口にしている。
 けれど何があったのか、と問う者はいない。クリスマスとは、各々様々な事情や思いを胸に抱えているものなのだ。第一皆自分の喜びに精一杯で他人を気にする余裕などそもそも持っていない。



 騒ぎが収束するまで、今度はシンタローも待っていてくれた。やがて部屋内の興奮がようやく収まってくると、シンタローは再度口を開いた。

「全員異議はねぇようだな。よかった。
 俺も決めるまで大分悩んだんだが、それほど喜ばれるってことは、どうやら俺の選択は正しかったらしい。本当によかった。」

 異議などあるものか。団員達の心は今や完全に一つだった。『ガンマ団万歳』。それしかない。

 シンタローはふぅとため息をつき、手のマイクを壇上の台に戻しながら言葉を続ける。そろそろ話を終える、という意味だろう。

「まぁ、そーゆーことで俺からの話は以上だ。居残り人員など詳しいことは後から書類で通達するからな。それから、コレは毎年言えることだが、たとえ指が折れようと脳が爆発しようと締め切りは厳守すること。ただでさえ今年は早くなるんだから全員死ぬ覚悟決めとけよな。じゃ、全員解散!何か質問のある奴は?」
「・・・・・・え?あの、総帥、『早くなる』って・・・・・・・・・何の話でしょうか?」

 最前列にいた団員の一人が、慌てて挙手して尋ねる。その言葉に、お祭りムードだった団員達もふっと我に返る。

 シンタローは、はぁ?とでも言うかのように首をかしげ、それから団員全体を見渡して口を開いた。



「まさか、わからねぇなんていう奴はいないだろうな・・・・。だから、今年はクリスマスは団内全体で休日とするんだから、当然それまでに年末決算を終える必要があるだろ。つーことで、今年の締め切りは23日ってことになるからな。」









「「「「「「「え゛。」」」」」」」









 室内の団員達の心が、再び一つになった。

 そういえば、普通に考えれば当然そういう事になる。喜びのあまり誰も気づかなかったが。
 毎年の年末決算締め切りはだいたい30日ほど。それでさえ毎年ギリギリであり、なおかつ間に合わなくて粛清される団員も常に二桁以上存在する。そして、今年は総帥一族不在だの心戦組との交戦だのと色々忙しく、通常以外の業務にも追われたため、例年以上の書類量となると予測されていて・・・・・・・・。

 導き出される結論は、一つ。

 伊達衆などはどうやら既に事態を予測していたらしく、ただ同情とも哀れみともとれる何ともいえない表情を浮かべるだけである。が、その他の団員達、たった今まで歓喜の叫びを上げていた面々は、まだ脳が状況を理解するのを拒絶しているらしく呆然としている。


「いやー、本っ当によかった。なにしろ、今年はそりゃあもうハンパじゃねぇ仕事量になるだろうからな。そんな状態で更に締め切りを早めるなんていう決断、総帥という立場としてはたしてやっていいのか否か散々悩んだんだがな。
 だが、結局俺は総帥である前にコタローの兄なんだ。例えどんなことがあろうと、あいつの為に、あいつを祝うために俺の一日を丸ごと使ってやりたいって思ったんだよ。だから、どんなにお前らに反対されても押し切るつもりだったんだが、全員そんなにも喜んでくれるとは思わなかった。いやー、俺は本当に部下に恵まれたよ、うん。」
「シンタロー。団員達の現在の表情から俺が察するに、どうやら団員全員まったくその可能性について考慮していなかったのではないか?ゆえに反対が出ないのではなく、単に放心しているだけというように見えるのだが・・・・。」
「あぁ?んなわけねぇだろ、キンタロー。天下のガンマ団で働いてるようなエリート集団共の中に、そんなマヌケな阿呆がいるわきゃねーだろうが。」

 伊達衆が、無言のうちにそっと目じりをぬぐった。団員達からは一つの声さえあがらない。

「本当によかった。いや、ホント何よりだ。ぜひとも全員幸せなクリスマスを迎えられるよう頑張ってくれ。
 あ、それと、今年はコタローの誕生日がかかってるんだから、締め切り遅れなんてのは例外なく認めねぇからな。もし一人でもそんな奴が出たら、その部署の団員全員皆殺しだと思いやがれ。
 じゃ、そういうことで解散!」


 言うだけ言って、シンタロー総帥殿はあっさりと背を向けて退室していった。


 後に残された団員達は、もはや何の言葉もなかった。悲鳴も、抗議も、何一つ発せられない。
 ただただ、魂が現世から取り残されてしまったかのように身動き一つせず、整列したままで立ち尽くしている。

 当然だろう。常人がこれほど激しい怒りと歓喜と絶望を次々高速で体感して、精神が無事でいられるわけがない。




 涙も絶叫もないままに、哀れなるガンマ団員たちはひたすら放心し続けていた・・・・・・・。





















 彼らが、無事年末の書類を終え、心安らかなクリスマスを過ごせたか否か・・・・・。

 それは、ご想像にお任せしよう。



 ただ、12月24日の夜、総帥一家が家族そろって"Happy birthday"を歌ったことだけをここに記しておく。











fin









----------------------------------------------------------------------------------------------------------
 一年越しで完結ーーーッ!!
 あー、やっと着地した・・・・。ネタだけは去年から決まっていたのに、書き終わるまでなんと1年もかかってしまいました。未完のまま一年も放置してすんません。
 しかも放置した挙句なんと報われないオチ・・・・。最後無理やりほのぼのさせたけど。

 うお、しかも今気づいたが、伊達衆とか年末更に忙しくなっただけで何もいい事ない!!なんてこった!!
 まあ、多分25日にギリギリ帰ってきた女子高生ちゃんが差し入れしてくれたりするのだろう。うん、OK。ギリギリでハッピーエンド。(?)






BACK