ああ、ミスタ。おはようございます。

 起きてていいのか、って‥‥そんなに心配しなくとも、もう大丈夫ですよ。あれから何日経ったと思ってるんですか。
 仕事も溜まっていますし、いつまでも皆に迷惑かけられません。
 それに、確かに長く意識不明の状態ではありましたけど、別に怪我や不調は元々ないんですよ。あのスタンド攻撃は、ただ眠り続けるだけの能力でしたから。
 せいぜい、しばらく寝たきりだったせいで多少筋力が衰えているという程度でしょう。なおさら、少しは動かないと。

 ‥‥‥後遺症?
 見ての通りです。特にはありません。
 ‥‥‥‥‥‥敬語?

 ああ‥‥確かに、最近は部下に対しても、貴方にも、敬語なんて使っていませんでしたね。
 すみません、別に何かに乗っ取られたり、操られたりしてるわけじゃありませんよ。
 ただ、夢での口調を少し引きずってしまっているんだと思います。それだけですよ。

 ‥‥ええ、夢です。眠っている間、ずっと夢を見ていたんです。とても、幸せな夢でした。‥‥‥‥知ってる、とは?
 ‥‥‥そうですか。眠っている僕は、ずっと微笑んでいたんですか。
 心配かけて、本当にすみません。でも、本当にいい夢だったんですよ。


 夢の中で、僕は父と暮らしていたんです。
 以前写真を見せたことがあったでしょう?幼いころエジプトで死んだ、出会ったこともない、僕の実の父親。その彼と、一緒に暮らしているんです。
 しかも、弟までいたんですよ。それも、三人も。母親が違うから、顔も性格も皆ばらばらで、その上3人とも僕より年上なんですよ。弟なのに。奇妙でしょう?まぁ、夢だから何でもありですよね。

 父は、バラバラな僕ら四人に対して常に平等に接して、よき父親になろうとしてくれるんです。全員に向かって「愛してる」って言うんです、何度も。絶対に僕らを傷つけない、裏切らないって、毎日のように繰り返し、言葉や行動で伝えてくれるんです。
 優しい声で、毎日毎日、飽きもせず、「愛してる」って、「可愛い子」って、そう言うんですよ。


 ‥‥夢には、ギャングの仲間も出てきましたよ。ミスタ、貴方も。
 それに、ブチャラティ達もいたんです。ナランチャに、アバッキオも。ああ、不謹慎なんて言わないでくださいね。夢の話です。
 夢の中では、チームの皆が、誰も欠けることなく生きていて、僕の仕事を支えてくれていて‥‥たまに、家族の話にも付き合ってくれて。なぜか暗殺チームや、ディアボロまでいたんですけどね。
 でも、殺し合いになるわけでもなくて、毎日穏やかに過ぎていくんです。そして、仕事を終えて家に帰れば、父と、弟達が出迎えてくれて。

 一緒に食事をしたり、くだらない喧嘩をしたり、季節の行事を一緒にやったりして、毎日を過ごすんです。
 クリスマスや、ハロウィンの仮装やら。小さい子供みたいでしょう?でも、皆普通に付き合ってくれて、最近じゃディエゴも‥‥‥‥ああ、いえ、弟の名前じゃあなくて、もう一人いたんですよ。親戚というか、そんな感じの家族が。
 とにかく、毎日本当に騒がしくて、でも、とても楽しくて。


 本当に、とても、とても幸せな‥‥‥‥‥‥幸せな、夢、でした。



 ‥‥‥あのスタンド使い。
 てっきり、そういうスタンド能力なのかと思いました。幸福な夢を見せることで、対象を自ら目覚めさせないようにする能力。
 でも、違ったんですね。彼はただ眠らせるだけの能力で‥‥あの夢は、僕自身が、望んで見ていたんですね。

 大丈夫ですよ、ミスタ。何も問題はありません。
 僕は正常ですし、現実と夢を混同しているわけでもない。
 あれは夢だとちゃんと理解しています。

 ただ、本当に、素晴らしい夢だったんですよ。


 病室で目を覚ました時、これまで見ていたすべてが夢だったと気が付いた時、目の前が真っ暗になりました。
 信じられない、とも思った。‥‥けれど、同時にどこかで納得もしていたんです。
 あんな矛盾だらけの、都合のいい、出鱈目な世界。現実であるわけがない。
 時間も、場所も、生命も、何もかもが無茶苦茶で、僕にとって都合のいいだけの世界。

 ‥‥それでも。
 たとえ夢幻であろうとも、ずっと触れていたいと、そう思ってしまうくらい、幸せな世界だったんです。
 あの日の僕にとって、どうしても欲しかったものが、全て手に届く世界。夢にまで見た、夢のような場所。
 優しくて、暖かくて、皆が笑ってて。
 父さんがいて、家族がいて、大切な人がいてくれて。愛されて、愛して。
 本当に、本当に、本当に。





 ‥‥‥ねぇ、ミスタ。
 夢を現実に変える方法、ご存知ですか?
 とても簡単なことですよ。


 二度と目を覚まさなければいいんです。











 最後の言葉を言い終えると同時に、ジョルノは突然右手を動かした。
 手の中で生み出した鋭い木の枝を、自らの咽喉に勢いよく突き立てる。
 ゴポ、とジョルノの口から血があふれ、前のめりに身体が崩れる。止めるどころか、倒れる身体を受け止める暇すらなかった。
 脱力した身体が床に叩きつけられ、重い音が部屋に響くのを、おれはただ茫然と見ていた。

 ジョルノは、おれの目の前で息絶えた。

 深々と突き立てられた木の枝は、ジョルノが事切れた後も成長を続けるように枝を伸ばしていた。赤く染まったジョルノの首に、蛇のように巻き付いてゆく。
 白かった首に細い枝が絡みついて、まるで傷跡のように首を一周した。


 最期の瞬間まで、あいつは微笑んだままだった。










































 ぱちり、と僕は目を開ける。
 視界に飛び込んできたのは、見慣れた天井。ベッドに腰かけた大きな背中と、鮮やかな金髪。

「ハルノ?」

 耳に馴染んだ、優しい声。心を落ち着かせる、低い声。
 僕が「父さん」と応えると、肩越しにこちらを振り返って少し目を細めた。

「ようやく起きたか。全く、休みとはいえ少々寝過ぎだ。
 人間の分際で、このDIOより後に起きるとは。」
「すみません。起こしに来てくれたんですか。」
「まあな。
 疲れがたまっているんじゃあないのか?深夜に書類仕事をするなとあれほど言っているだろう‥‥‥まあ良い。
 早く顔を洗って来い。アイスに朝食を用意させよう。もっとも、既にブランチという時間だがな。‥‥‥よいか、二度寝するなよ。」

 そう言ってベッドから立ち上がると、小さく手を振って部屋から出てゆく。
 その背中を見ながら、僕もゆっくりと身を起こした。


 顔を洗って身支度を整えて、食堂へ入る。
 すると、父と共に既に席についていた兄弟たちが、僕の姿を目にするなり一斉に声をかけてくる。

「あ、やっと起きてきたな。おはよう、兄貴。」
「相っ変わらず朝弱いよなぁぁ〜。」
「ディエゴなんかもう仕事出ちまうとこだぜ?全くよォォォォ。」

 次々かけられる声に何と返事しようか考えていると、背後からトンと肩を軽く叩かれる。
 振り返ると、コーヒーの入ったカップを片手にディエゴが薄く笑い「突っ立ってないで、早く席につけ」と言った。


 ありふれた、いつもの風景。その中で、僕はそっと自分の首に手を当てた。
 咽喉元に触れる。指先に伝わったのは、さらりとした感触。傷はない。あるわけがない。
 僕は、ゆっくりと息をついた。



「‥‥‥‥‥よかった。
 ちゃんと、戻ってこられた。」




「ん?何か言ったか?」
「いいえ、なんでも。
 ああ、ヴァニラさん、ぼくにもエスプレッソを一杯頂けますか?」

 奥の厨房へ声をかける。ただ今、という言葉を聞きながらテーブルにつき、正面に座る父の顔を見た。僕の視線に気づくと、クスリと微笑む。つられるようにして、僕も少し笑った。







 そうして僕は、何も変わらず、この何でもない日常を生きていく。





End


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 原案はお察しの通り「胡蝶の夢」より。
 どちらが夢で現かなんて誰にも分からない。夢診断や夢占いも結局「本人の信じたいものを信じる」もの。

 ジョルノは夢から醒めて、自分で生きる世界を決めた。それだけの話。


 ‥‥いやに最終回チックになってしまいましたが、別に終わりません。
 ご安心ください、無駄家族シリーズは今後も好き勝手に続きます。
 サイト13周年ありがとうございました!


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