03. 叶わぬ恋とは知りながら
何も知らずに全てが終わってから到着したフォンロシュフォール卿へのフォローに
陛下たちが走り回っている頃、俺と猊下は中庭で夕日を浴びていた。
陽の光で赤く塗りたくられた世界は、さながら彼女の色に全て染められたかのようだ。
そんなことを考えてしまうほどに、何もかもが赤く光っている。草木も、俺も、噴水も、庭石も、巨大魔動装置も。
「いやー、よく運びだせたもんだね、ホント。そもそも部屋から出せるとも思えないような大きさだったってのにさ。」
「成せば成るもんスねぇ。まぁ流石に木づちなんかは分解できないんで苦労しましたけど。」
そう言葉を交わす俺と猊下の視線の先には、バラバラにされてもなお巨大な魔動装置の腕やら木づちやら遂げつきの車輪やらが山積みになっている。
これらは、先刻の愛の駆け落ち(偽)から華々しく帰還された閣下の命により、俺が部屋からここまで移動させたのだ。
最初見たときはあまりの大きさに手も足も出ないとしか思えなかったのだが、製作者のアニシナちゃん自ら分解箇所を教えてくださったおかげで、なんとか撤去することができた。恐らく明日にも廃棄されるか、さもなくば彼女の手により再びどこかで組み立てられるのだろう。
「確かにこんな巨大ロボットが大暴れするんなら、そりゃ何をおいても止めるよねぇ。流石はフォンヴォルテール卿、責任感の強さが違う。」
「いやいやー、それよりも俺は閣下のその理解力の方に称賛を贈りたいっスね。建て普通気づきませんよ?アニシナちゃんがこんなこと企んでるなんて。特にこの二日間、二人とも露骨に互いを避けていたらしいってのに、やっぱ分かるところはわかるんですねー。」
笑いながら俺は言う。猊下もいつも通りの笑みを浮かべているようだ。
「なんだかんだ言っときながら、結局最後は見合いをぶち壊す手伝いまでしちゃって。さっすが閣下!俺たちにできないことを平然とやってのける!そこにしびれる憧れるゥ!」
「君の場合、『できなかった』じゃなくて、『しなかった』んだろ?」
横を向き、猊下の顔を見る。
猊下は相変わらず微笑んでいたが、その笑みは何か含みのあるものに変っていた。
こういうときの猊下にすっとぼけても無駄な事は、よく知っている。それでも、俺は言った。
「……どーゆー意味ですかい?度胸うんぬん以前に、俺は今朝まで任務中だったんですよ?」
「ああ、フォンヴォルテール卿から聞いているよ。その任務ってやつ、君が自分で希望して行ったんだろ?別に今で差し支えなかったのに。」
流石は猊下。そこまで知っているとは。俺は内心舌を巻く。
そう。あの任務は確かに俺が予定を繰り上げてもらったのだ。閣下には「厄介事には係わりたくないんで」と茶化して。
「おまけに、それでもギリギリ間に合うように帰ってこれたじゃないか。君の場合、『できなかった』って言い訳は通用しないよ。」
「……それでも、俺は『できなかった』の側ですよ。」
「候補にされもしないから、ってことかい?」
俺はぐっと息をのんだ。猊下は平然と笑っている。夕日がいやな感じに反射し、眼鏡が白く光った。
「彼女に、『貴方は論外』って言われるのが怖くて、自分から逃げ出したんだろ?」
キッツイ言い方をしてくれる。
が、反論する材料もない。仕方なく俺は嘆息と共に言葉を返した。
「………『ロメロとアルジェント』ってのは、強力な魔力を持った女性と、魔力をわずかしか持たない、身分違いの男性の恋物語なんですよ。学のない俺でも、話の筋くらい知ってます。」
そう、強力な魔力を持つ女性と、魔力のわずかな男性。
決して、「魔力を全く持たない男」ではない。
俺は手近な柱に背を預け、もたれるようにしながら猊下から目をそらした。
視線の先では変わらず魔動装置の山が赤く光っている。さらにその先で沈みゆく夕日は、俺の気など知るよしもなく美しい。
「ま、たとえ小説がどうだったとしても、俺に機会はなかったでしょーけどね。何せ俺、まるっきり眼中にないですもん。」
「君が自虐とは、珍しいね。」
「自虐なんかじゃありません。事実ですよ。さっき猊下が仰ったとおり、アニシナちゃんの中に俺っていう選択肢はありませんよ。」
『貴方は論外』。
そう言ってもらえたら、むしろよい方だろう。恐らくは、話を持ちかける前に、身代わり候補の男性の心当たりを尋ねられる程度。彼女の中で俺はその程度の男だ。
「でも君は、ちゃんと帰ってきた。ギリギリ見合いの時間に間に合うように戻ってきた。
それはやっぱり、いざって時には自分が見合いの場に乗り込もうって気があったんじゃないのかい?」
「まっさかぁ!俺ぁそんなに怖いもの知らずじゃありませんよう。
ただ、誰がどうなるのか見れずに後から人づてに話を聞くだけ、ってのはちょっと勿体ないと思っただけですよ。」
これは嘘ではない。そもそも、俺のような一介の兵士が十貴族同士の見合いの場へ割り込んでいっても、鼻で笑われるのが関の山だ。アニシナちゃんがやろうとしたように心中未遂でもして見せなければ説得力など無い。それ以前に、彼女ならば誰かの手助けなど無くとも自分ひとりで必ずこの危機をなんとかしてみせただろう。現に目の前の鉄の山がそれを証明している。
だから俺は、本当に、ちょっと様子が見たいと思って帰ってきただけなのだ。
そして、戻った俺が見たものは、普段と立場を逆にして外へと向かうお二人の姿だった。
「ほんっと、革命的光景でしたよねー。いつもなら引きずられているのは確実に閣下の方だってのに、今日はその閣下の方がアニシナちゃんを引っ張ってっちゃって。
あれを見れただけでも、超特急で任務を終わらせてきた甲斐があったってもんですよ!」
「で、それを見て君は、二人が城外へ脱出するのを手伝ったってのかい?まぁ非常事態だったし邪魔するとまでは言わないけど、もっとこう、嫉妬したりとかさぁ。」
「おやおや。猊下がそんなに痴情のもつれだの何だのがお好きだったとは。知りやせんでしたよ。」
「別に、昼ドラ的な展開を望んでたわけじゃないんだけどね。
ただ、僕はこれでも君の恋路を応援しているんだよ。特に、全然見込みがないって自分で言っている割に絶対あきらめる気がないっていうその根性は、称賛に値するよ。」
「あっはは、そりゃ逆ですよぅ、猊下。要するに、歯牙にもかけられなかったんでマジになってるんですよ。」
「………そりゃまた、マゾ的な。」
まぞ、とやらが何かは知らないが、とにかく猊下はどうやら俺の言葉に多少ならず呆れたようだ。まあ普通に考えても、冷たくされて燃えるというのは倒錯した趣味に聞こえるだろう。
俺は笑って、半眼で俺を見る猊下に向かい言う。
「猊下、恋愛のご経験は?ああーっと失礼、四千年の歴史を持つ大賢者様に対して、馬鹿な質問でした。」
「いやいや、そーでもないよー。この体になってから色恋にはとんと縁がなくなっちゃって。特に、幼稚園ん時の初恋の子がだいーぶ性格イッちゃってる子でねぇ。そのトラウマか、現在は恋よりも友情優先のお年頃なの。」
「それはまた、苦い経験をお持ちで。でも猊下のお目にとまるほどってことは、相当可愛かったんでしょう?」
「まあねー。それはもう初対面時は天使と見紛うくらいに。でも僕と違って、君がアニシナさんに惚れてるのは、別に顔だけが理由じゃないだろうに。」
おやおや、今の言い方は猊下でもちょいと頂けない。猊下の初恋の君とアニシナちゃんを重ねるような言い方では、まるでアニシナちゃんが性格悪いと言っているように聞こえるではないか。
彼女は、本当に優しい女性なのだ。彼女を『毒女』と呼び恐れおののく兵士達や貴族方は知らないだろうが、城内の女中や女使用人達は皆ちゃあんと理解している。
しかしまぁ、猊下がそんなつもりで言ったのではないのはわかっていたので、俺はそのことは飲み込み、答える。
「ま、そーですね。いや、勿論キッカケは顔でしたけどね!モロ好みでしたね。
ただ最初は、ちょっとお近づきになれたらいいな、程度だったんですよ。身分の差もありますし、高嶺の花として見る程度、ってことで。
けどそのうち、全然相手にされないってわかってきましてね……。」
実際は、そんなもんじゃなかった。何しろ初対面の時からいきなり「用無し」宣言である。声をかけたり、噂を調べたりしているうちに、徐々に理解していった。彼女の中に俺はいない、と。
彼女の目指すものは「女性の地位向上」と「魔力の有効活用」であり、そのどちらの項目にも俺は引っかからない。
相手にされない、どころではない。視界にさえ入れてもらえないのだ。
「そこまで脈がないって分かったら、意地でも見てもらいたい、って思いのが、男ってもんでしょう。」
俺はそう言って、目線を再度山積みの魔動装置へと向けた。
夕陽の光はじんわりと薄れ始め、辺りには若干闇の色が入り込みつつある。先刻までまるで燃えているかのように赤く光を照り返していたその鋼鉄製の山も、熱が冷めるように少しずつ鈍色に近くなっていく。
「……僕にはやっぱりマゾヒストの考え方っぽく思えるんだけどね。
まぁでも、わからなくもないよ。」
「そりゃどーも。自分でも少数派の考えだとは思っているんで、そう言っていただけると嬉しいですよ。」
「そうかい。で、結局どうなんだい?」
脈絡のない疑問形の言葉に、俺は一瞬首をひねる。何が「どうなんだい」なのかわからず、猊下の顔を見やった。
「ほら、君、まだ答えてないだろう?なんであのとき、二人を城の外に逃がしたか。
見てもらいたいって思っているならなおさら、そこでフォンヴォルテール卿とタッチすべきだったんじゃないのかい?姫の手を取る役目をさ。」
「ああ、その事でしたか。」
随分とまぁ、猊下も無茶を言うお人だ。いくらなんでも、そんな美味しい所だけかっさらうような真似できるはずがない。しかもお相手は俺の直属の上司だ。
俺は確かにアニシナちゃんのことが好きだが、同じようにグウェンダル閣下のことも敬愛している。その閣下に対して「じゃ、ここからは俺が」なんて言えるはずもないし、恐らくアニシナちゃんも納得しない。
だから俺は、あの場で最善となる行動をしたのだ。
まだ納得していないという顔持ちでこちらを見ている猊下に対し、俺は笑って見せた。
「あのですね、猊下。
内緒ですけど、さっきそこの機械の解体作業中に、アニシナちゃんに声かけられたんですよ。しかも、何て言ったと思います?
『先程はありがとうございました』って。『貴方が馬を用意していたおかげで、兄やその他の者たちに追われずに済みました。あそこで万が一連れ戻されていてはさらにややこしいことになっていましたから』……って、そう言ったんですよ。比べちゃ悪いだろうけど、命まで張ったダカスコスには何も言わなかったらしいのに。
要は、そういうことなんですよ。」
「……感謝されたかった、ってこと?けど……。」
「それもありますけどね。俺もだんだん、やり方っつーか、目指すものってのがわかってきたんです。」
はじめて彼女を見たときから、もう2,30年が過ぎている。その間に、俺は悟った。
俺は女でもなければ、強い魔力を持っているわけでもない。だから彼女の二大欲求には、決して関わることはできない。彼女の興味の対象、彼女の傍に立つ者には絶対になれない。
それならば。
「便利な奴だ、って思われたいんです。」
守る対象にもなれず。
力を提供することもできず。
それならば、近くにいると都合がいい、役に立つ存在。そんな風に思って欲しい。
……そう思われるくらいしか、方法がない。
「大体、それっくらいが俺にはちょうどいいんですよ。
傍にいさせてもらえるかもしれないし、うっかり目に留まって声をかけられるかもしれない。それくらいが、深みにもはまらなくて丁度いいんです。」
そう言うと、俺は柱から背を離し、歩きだした。
振り返らぬまま背後の猊下に手を振る。
一拍置いて、猊下による容赦のない一声が、俺の背中をぐっさり刺していった。
いくじなし、と。
End
---------------------------------------------------------------------------------------------------------------
マニメ3期「花嫁はアニシナ!?」のその後の話。
どうあがいても叶うはずのない恋。
そもそも何を持って『叶う』とするのか。
ヨザの場合結婚とか両想いとかは色々と不可能の域ですが、それ以前の最低限の望み「見てもらう」ことで既に躓いてる、というのが余計切ないのかも。
アニシナ嬢とヨザックって本当に一方通行気味だから……。
ただ、ヨザが思っているほどアニシナ様はヨザックを見ていないわけじゃないとも思う。評価もしているだろうし。
でもヨザックは、隣に立つグウェンダルや庇護の対象である女性陣、あるいは『実験』という形で彼女の夢に協力できるギュンター他魔族の皆さまの立ち位置が羨ましい。手に入らないからこそ求める。悲しい…。
Wikiのヨザックの説明で「アニシナに一目惚れしている」と書かれていたことを発見して、正式にヨザアニが認められてる気がして嬉しくなりました。
50000HITありがとうございます!よろしければお持ち帰りください。
BACK