053: 失くしたものを探せ。
遺体の眼球を手に入れてから、ある夢を繰り返し見るようになった。
夢には、いつも同じ男が出てくる。
金髪に紅い瞳、端正な顔立ちで、なぜかひどく俺に似ている。体格は俺よりもずっと大柄で筋骨隆々としているのだが、どうしても俺自身のようにしか思えない。親とも兄弟とも違う、何か妙な雰囲気がそいつからは感じられた。
そして、そいつは俺と話をしている。……いや、正確には俺ではなく、俺が見ている視点の主と。
夢の中で、俺は俺ではない別の誰かになっている。そして俺に似た男とそいつは、向かい合ってただ延々と談笑しているのだ。
目の前の俺に似た男は、とても穏やかな表情をしている。話題は取るに足らないくだらないことだが、心の底から今の時間を楽しんでいるというのが伝わってきた。話している俺側の誰かも、楽しそうに笑っている。
話しながら、そいつはわずかに手元に視線を落とした。テーブルの上に組まれた浅黒い肌の両手が映る。細い指だが、たぶん男のものだ。
二人はテーブルをはさんで、向かい合って座っている。他には誰もおらず、静かな部屋に互いの笑い声だけが響いている。
こんな部屋、俺は見たことがない。
なら、ここはどこだ。
俺が見ているこいつは一体、誰なんだ。
そして、俺は理解する。
これは、眼球の記憶だ。
聖人と呼ばれる者の生前の記憶を、今俺は見ているのだ。
さらに俺は感じる。聖人の前に座る金髪の男、あれは「俺」なのだ。
俺は聖人と会った記憶なんてない。男は、似てはいるが俺であるはずがない。
けれど感じる。たしかに、目の前にいる男は俺であり、今俺が乗り移っている聖人とこうして話をしていたことがあったのだ。
何故だろう、全てが理解できる。ああ、やっと思い出した。
俺たちは、互いになくてはならない存在だった。互いに心を許し、共にいる間は心穏やかな時間を過ごせた。なによりも、お互いの存在をたしかに必要としていた。俺は目的のために、相手は生きてゆくために。
どうして忘れていたんだろう。あんなにも、彼を失いたくないと思っていたはずなのに。
やがて、目の前の『俺』は立ち上がり、そして背を向けて歩きだした。
それを見た相手は、慌てて引き止めようとする。行ったら、もう二度と俺が戻ってこないとわかっているから。
けれど、俺は振り返らない。彼は必死で手を伸ばすが、どうしても俺の背には届かない。彼は声を張り上げる。行かないでくれ、と。しかし、俺の歩みは止まらない。
ああ、泣かないでくれ。俺だって、君と別れたくないさ。だが、行かなくてはならない。それが俺に課された宿命なんだ。
さよなら、***。俺が静かにそう言った。
闇の中へと消えていく、俺の後ろ姿。
その左肩にある星形の痣だけが、やけにくっきりと目に焼き付いて。
そして、俺は目を覚ます。
薄く眼を開けると、無数の星が浮かんでいるのが目に入った。どうやら、まだ夜明けには遠いらしい。
身を起こすと、傍らの樹につないだシルバーバレッドが気配に気づいたようで、ブルル、と小さく鼻を震わせた。
やれやれ、またか。
俺はゆっくりかぶりを振る。
いつもの夢だ。意味もない、抽象的なばかりのただの妄想。夢の中ではまるで全ての真実を得たかのように感じることもあるが、目が覚めてしまえば所詮ただの夢だ。
おそらくあの奇妙な夢は、この遺体が見せていると考えて間違いないだろう。うっとおしいとも感じるが、この「能力」を手に入れたその代償だと思えばどうということもない。
この遺体が一体誰のもので、どんな人生を送ってきたのか。そんなことは、俺には関係ない。
俺はただ、俺の目的のためにこの力を利用するだけだ。俺には俺の野望があり、目的がある。この遺体はあくまでその「手段」であり、取引の「材料」。余計な事を考える必要などない。あの妙な感覚も、全てはただの夢だ。
ただの、夢。
その、はずなんだ。
ああ、なのに。
何故、俺の左目からは、涙があふれているのだろうか。
「………必ず……遺体を、すべて………。」
泣きながら、俺は呟く。そうだ、必ず遺体をすべて集めなければ。
遺体を必ず完成させて、そして……。
『彼』に、再び会わなければ。
私の、親友に。
足の小指がずくりと痛んだのは、俺の気のせいなんだろうか。
End
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SBR読みかけの頃は、「聖人=神父」説を心の底から信じていました。
バラバラ神父の思考に同調しちゃって一巡前の事をちょっぴり思い出すディエゴ。そんな感じの話です。捏造サーセン。
最後の小指の描写は、DIO様が抜き取った「骨」の記憶です。プッチのねじれた指の話ではないのであしからず。
ラスボスでなくてもいい。せめて本篇でディエゴが、悲しい死に方をしませんようにと祈る……!(死ぬのは仕方がないかと思ってる)
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