First Food Story





1.KERORO




 某月某日春。
 日向家の住民に新たにカエル型宇宙人が加わったその日の、夕方である。


 キッチンの前で日向冬樹は悩んでいた。
 目の前には火にかけられた鍋があり、その中では姉お手製ビーフシチューがふつふつと煮込まれている。だが別に、悩みのタネとはこのシチューではない。これは単なる今晩の自分達の夕食だ。
 今隣で難しい顔をしている姉も、どうやら自分と同じことを考えているらしい。

 本日、なんだかわからないうちに家に住み着くことになったケロロ軍曹。それこそが現在の問題であった。
 無論の事ながら地球人とともに暮らす宇宙人など(とりあえず文献上では)前例がない。生態、能力、文化などその謎は思いつくだけでキリがない。だが現在彼らの脳の大部分を支配するこの悩みは、その中で最も重大であり、かつ切迫したものであった。

 ふいに、隣に立つ夏美が口を開いた。


「・・・・・・・・・冬樹。とりあえずアンタ、外行ってミミズとか捕まえてきてよ。」
「ええええっ!?いやそーいう身体動かしたりとかは姉ちゃんがやってよ僕無理だよ!」
「何言ってるのよ!あたしそういうヌメッとした系苦手だって知ってるでしょ!?かろうじてカエルならどうにかなるから、あたしがあのボケガエル見張ってるうちに適当に2,3匹捕まえてきてよ。出ないとアイツ今晩から絶食ダイエットよ!?」


 そう。
 現在頭を占める問題とは只一つ。


『食文化』である。




「ほらファイト冬樹!アレあんたの友達になることになったんでしょ!?」
「えーでも・・・・って待ってよ!そもそも確かに軍曹はカエルだけど同時に宇宙人でもあるんだから、別にエサとか食事とかは完全にカエルと同じってワケじゃないかもしれないよ!?」
「じゃ例えば何よ。」
「・・・・・・・う、宇宙食とか。」
「それは真空パックでマジックテープのついてる宇宙船用の食事でしょが。」

 オカルト少年に対しかなり真面目なツッコミを返してから、夏美はふむ、と顎に手をやった。

「でも・・・・・そうね。あたしも虫なんて料理したくないし、かといって生で食べるところなんて見たくないし。他のもので代用するってのはいい案よね。
 例えば・・・・・・・ほら前にトリビアでやってたカエルカレー。」
「それはカエル用カレーじゃなくてカエル入りカレー!食べる側から材料へはやがわりって『注文の多い料理店』じゃないんだから!」
「あれ、そうだっけ?」
「もう、真面目に考えてよ姉ちゃん。」
「そんなこと言ったって・・・・。第一、今まで宇宙人なんて見たことも触ったことも話したこともなかったのに、食べるものなんてどうやってわかったらいいのよ?」


 姉の至極最もな訴えに、冬樹は静かに考えをめぐらせた。


 確かに、ケロロとは今日はじめて出会ったため、好物どころか特性も活動時間も、趣味も特技も身長体重もわからない。それでも、これから一緒に暮らすことになった『友達』のことを、もっとよく知っていきたい。
 だからといって直接食べるものを尋ねてトンデモナイ答えが返ってきても怖すぎる。ともあれ今は、自分の中にある知識を総動員させて相手のことを考えるべきだろう。


 他のことならまだ大丈夫。時間はたくさんあるのだから。
 これから一緒に暮らしていくのだから、少しずつ知ればいい。




 しかし食事のことだけは、今でなければならない。







 冬樹は目を閉じ、12年間集めてきたオカルト知識を頭の中に並べ、熟考した。

 数十秒後、目を開く。


「・・・・・カリフォルニア州で見られた事例では、確か犬の死体の内臓だけが抜き取られてて・・・・。」
「やーめーてーよー!あたし犬なんてさばけないわよ!そんな虫よりレベル高い!」



 と、その時。


「お、何事でありますか?」

 見ると、問題の軍曹がポテポテと歩いてくるところだった。どうやら家の中の調査(という名目の探検)を終えたらしい。
 事情を説明しようかどうしようか冬樹が迷っていると、

「おや?この匂いは・・・・・もしや、今晩の夕飯でありますか?
 おお!これはシチュー!我輩、子供の頃から大好きなんでありますよー牛肉の柔らか煮込み!やーっぱ新しい生活とか特別な日の夕飯ッつったら、カレーかシチューと相場が決まってるでありますよなー!」





 その、さっきまで自分たち姉弟二人が延々頭を悩ませた問題の渦中の人(カエル)は。

 あっさりと、そう言ってのけた。







「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・あり?二人とも、どうしたんでありますか?」

 もはや口も身体も完全に硬直してしまった冬樹とは違い、夏美はゆらり、と動いた。そのまま、一歩、二歩、と軍曹に近付いていく。
 いまだ事情の呑み込めないらしい(当たり前だ)ケロロは、困惑しつつそんな姉を見ていたが、不意に何か思いついたように、言った。




「・・・・あ!もしかして、あの、実はハヤシライスだったとか?」

「カエルが牛食べるなんてショートコントかあんたはぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」









 こうして。
 その一撃のアッパーカットによって、夏美とケロロの今後の関係が決定するとともに日向家最大の議論に決着が付けられたのだった。







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やっぱり何が困るといったら食事でしょう。あとお風呂。
そんな感じで別名『ケロン人とごはん』は、地球にやって来たばかりの宇宙人たちや彼らに食事を提供することになってしまった地球人たちの苦悩を描いていく、異文化コミュニケーションの問題を鋭くつつく問題作です。いや意味わからんとか言わないで、お願いだから。




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