「友達が欲しいんどす。」
「無理だ。」
「シンタローはんやトージ君もおるけど、それじゃ駄目なんどす。わてのことを一番に想うてくれる人、誰よりも何よりもわての事を考えてくれるようなお人が、わてには必要なんどす。」
「そんなものはいらん。」
「マジック様にとってのシンタローはん、シンタローはんにとってのコタロー様。ジャンにとってのサービス様、サービス様にとってのジャン。忍者はんとミヤギはんにとってのお互い。
そんなふうに、わてのことが他の誰よりも大切だって言ってくれはるお人が欲しいんどす。」
「うるさい。
そんなものを求めるな。誰かに依存しようとするな。それは、お前にとって弱みになる。
友などは必要ない。自分以外は全て切り捨てろ。強くなるためには、一人で生きろ。」
「・・・・せやけど師匠。
そないな風に一人で強うなって、一体何の意味があるんどすか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「師匠はわてに、強うなる術を教えてくれはりました。せやけど、わては師匠の教えに従って、何のために強うなるんどすか?
わてがあの島で昔学んだ強さっちゅうんは、誰かを守るための強さどす。自分の大事な人を守りたくて、そのために強さを求めるのに、強さのためにその大切な人を切り捨てるなんて本末転倒どす。」
「私の教えを否定する、というのか。」
「へぇ。せやけど、別に師匠に反発したいわけやないんどす。
あの島で、わては誰かのために戦うっちゅうことが出来るようになった。シンタローはんが友達や言うてくれたおかげで、わては守るための戦いをすることができた。それはえろう素晴らしいことやけど、せやけど、それだけじゃ駄目なんどす。
わてはシンタローはんのために戦っとったけど、シンタローはんがわてのことを一番大事やと想うてくれうことは、絶対にない。シンタローはんにとっての一番は、コタロー様以外ありえへんのやから。わては、わてのことを一番に想うてくれる人が欲しいんどす。
わては確かに何かを守るために戦えるようになったけど、わてには守るお人がおらへん。わてがおらんとあかんっちゅう人がいてくれはれば、わてはその人を絶対に守ってみせる。そのお人を守るためにわては戦ってるんやって、胸張って言うことができる。
わてを想うてくれるお人が欲しい。わてのことを誰より好きになってくれる人が欲しい。わてのことを他のどんなものよりも大事だと思うてくれる人が欲しい。わてを一生必要にしてくれる人が欲しい。
それだけなんどす、わてが欲しいのは。そないな人にもし会えたら、わてもその人のことを何より想うことが出来る。その人のために戦って、その人のために強うなることができる。」
「そして、そいつのために死ぬのか。」
「・・・・・・へぇ。わてを想うてくれるお人を守るためやったら、命かて投げ出します。
わてはただ、傍にいて、わてを誰よりわかってくれる人がおればええんどす。ずっと離れず、ずっと変わらず、決してわてを裏切らない、そんな存在が。
わてを一番に思うてくれる人、そんな人がたった一人おってくれれば、わてもその人のことを一番大事に思うてみせる。お互い支え合って必要とし合って、ずっと傍におる。そないな友達が、親友が、欲しいんどす。」
「・・・・・・結局、そんなものはいない、という結論に落ち着くわけだな。」
「今はおらんけど、けどきっとどっかにおります。わての全部を受け入れてくれて、友達になってくれるお人が。そしたら。」
「いいか、アラシヤマ。」
「師匠。」
「お前に そんな者は、 現れない。」
噛んで含めるかのように、ゆっくりと言ってやった。
目の前に立つ弟子の顔が、かすかにくしゃりと歪むのが見えた。
「酷いことするよねー、マーカーも。」
振り向くと、ソファにもたれかかった同僚が軽薄な笑みをを浮かべた。私はわずかに肩をすくめ、答える。
「何を言う。師として、当然のことをしたまでだ。私ほど弟子思いな師もそういないだろう。」
「よく言うよ、全く。あの子泣いてたんじゃない?お前も、いちいち言う事全部否定しちゃってさ〜。大人気ないったら。」
「真実を伝えてやっただけだ。あいつのことを全て受け入れる者など、絶対に現れない。」
確信を持って、私はそう言った。
奴が部屋を出る直前、私は言ってやった。『殺してやろうか?』と。
あいつは、首を横に振った。
『何故だ?強さも、生も、もはや意味を成さなくなったろう。死にたいのであれば、楽に殺してやる。』
『・・・・・・・・それでも、わては死にとおないんどす。』
愚かな奴だ。あれほど否定してやったというのに、まだ諦める気がないらしい。
「あんな奴を好く者など存在しない。例えいたとしても、あいつは決してそいつの一番にはなれん。」
「ま、確かに難儀な子だよね〜。勘違いもあそこまでいくと、見ていて笑うより先にいっそ可哀想だよ。『いつか自分を全部受け止めてくれる人が現れるハズ』だって?
それってさ、何にもせずにただぼーっと王子様が来るのを待ってるお姫様みたいなもんじゃん。」
その通りだ。信じていれば、いつか何の努力もなく夢が向こうからやってくるものと思い込んでいる。あいつの切実なる願いとは、単なる子供の夢物語と同じなのだ。
「人に好かれようという気持ちも、自分を変えようという意識も、あいつは持ち合わせていない。欲ばかりが強くて、思い込みが激しくて、そのくせ常にどこかで自分を他人より上に見て、優先する。そんな人間を、誰が思ってくれるというのだ。」
「だよねー。しかも、そんな欠点が自分じゃ一つも見えてないんだし。自覚のない自己中心主義者だなんて、厄介の極みじゃん。どーしてあんな性格になったかは知らないけどさ。」
「当然だ。私がそう育てた。」
「・・・・・・・・・・鬼かよ。」
ジト目でそう言うロッド。わかっていない。私は、あいつのためにそうしたのだ。
手を振ってロッドを横に移動させ、ソファに座り込む。上を仰ぎ、嘆息交じりに私は言葉を続けた。
「あいつは、どうしたって一人で生きていくんだ。ならば、今の内に一人で生きる覚悟を決めさせておくのが、師としての優しさだろう。」
「そのために、一人でしか生きられないような性格にした、ってこと?そりゃいくらなんでも極端すぎやしない?」
「どうせ、今となっては全て無駄なことだ。強さの意味など問うようになってはな。」
何のために強くなったのか、と問われれば、「生きるためだ」としか答えられない。私が自らの人生を長引かせるためには、それを阻む者をすべて排除できるほどの強さがなければならなかった。私は、私自身が生きるために強さを求めた。そこに意味などは存在しない。
だから、あいつの言う「守るための強さ」など、私は見たことがない。
たった一人しか。
だから、言えなかった。
私が生涯ただ一人見た「誰かのために戦う姿」とは、己の命と引き換えに他を生かそうとする姿だ。
だから、口先だけの「親友」すら命がけで守ろうとしたあいつの主張を、私は決して肯定するわけにはいかなかった。
肩越しに振り返って、あいつの出て行った扉を見やる。
「あいつも薄々わかっているはずだ。自分の性質がどれほど厄介か。だから私にもすがらなかった。長い付き合いの私ですら、あいつを最も想ってやることなどないと、あいつ自身わかっていたからだ。
あいつには一生、心を許せる友などできんよ。」
涙をぬぐおうともせずに歩いていくアラシヤマ。
その後ろ姿を影から眺め、三人はそっとため息をついた。
「要は、馬鹿なんだっちゃね、あいつ。ま、前段階でつまづいてるせいなんだろうけど。」
「シンタローの件には、ようやっと気づけたっちゅうのにのう。」
「仕方ねぇべ、あいつも、オラたちを含めたその周りも、全っ然縁が無かったし。あいつん中の人間関係の最大値は『心友』で止まってんだべ、きっと。」
口々に好き勝手なことを言いながらも、彼らの顔には微かに笑みが浮かんでいる。
知っているからだ。ネクラで、引きこもりで、友達いないあの同僚。その彼の歩む道が、決して永遠に孤独な道などではないということを。
友すらいなかったアラシヤマは知らないのだ。普通の人にとって「一番大事な人」に位置するのは、ほとんどの場合友達ではない。
普通は、家族だとか、それから。
「アラシヤマは、確かに友達はできんと思うベ。オラだってヤだし。」
「僕も。」
「しかしのう、友達じゃのぉても・・・・・・『受け入れてくれる人』なら、の。」
世の中には、友情よりも強いとされるものが存在する。
全てを許し、決して変わらず、いつまでも消えない。そして、何よりも強いとされるものが。
人は、それを「愛」と呼ぶ。
「普段『バーニング・ラブ』なんて言ってるくせに、本っ当に鈍チンだっちゃ。こげなことでは、成就にどんだけかかるやら・・・・。」
「まぁ、気長に待つベ。どうしても気づかんようなら、オラたちで無理やりにでもひっつかせてやってもええし。」
あと一つ角を曲がったら、アラシヤマも気づくだろう。その先でずっと彼が来るのを待っていた、一人の雄雄しき少女の存在に。そして気づいたとき、果たしてあいつはどんな顔をするだろうか。
仲間以上、友達未満の三人は、その様子を想像して少しだけ笑った。
End
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