代用品







「・・・・・・・・・・・・随分と、髪が伸びたね。」

 ふと私がそう言うと、彼は無造作にこちらを振り向いた。そして「ああ、」と、不揃いに背にかかる黒髪を指でいじる。

「ホントだな。気付かなかった。つーか、半年もこんな所で暮らしてたら、そりゃ髪も伸びるって。」

 はにかんだように笑う、黒髪の男。それがはたして私の甥なのか、それとも学生時代のあの旧友なのか一瞬わからなくなり、私は思わず軽くかぶりをふった。

「・・・・・おじさん?どうかしたの?」

 心配そうに呼びかけてくる、声。
 大丈夫。目の前のこの子は、シンタローだ。

 ここで修行するようになってから、シンタローは随分と成長した。筋肉もついたし、戦闘技術も士官学校にいた頃より格段に上達している。
 しかし、そうなればなるほど・・・・・・彼の姿に近くなってゆく。
 容姿も、体格も、何もかもがあの日のあいつに似てきた気がする。



『罪悪感のあらわれ、じゃないですか。』

 以前その予感について話した時、学生時代のもう一人の友人はそう答えた。

『彼は貴方にとって、罪の象徴ですからね。貴方の中の、兄君に対しての・・・・・そして、シンタロー様に対しての罪の意識が、貴方にあの男の姿を見せているんでしょう。
 私だってね、時折グンマ様がルーザー様そっくりに見えることがありますよ。おかしいでしょう?そんなことがあるはずはないのに。
 ましてや、あの男とシンタロー様は何の繋がりもないじゃありませんか。似てるなんてのは、貴方の気の迷いですよ。』

 では、あの黒髪は?
 一族に決して現れるはずのない、あの黒髪はどう説明するというんだ?

 シンタローが幼い頃は、まだ微かに面影があるだけだった。しかし最近になってからは、一挙一動が昔の記憶につながってしまう。
 もはや似ているというより、違う部分を探す方が難しいと感じてしまうほどだ。

 シンタローは、日を追うごとにあいつに近付いていく。






 ジャン。


 私の親友。私の罪。

 私が殺した男。


 あいつは、18で死んだ。間もなくシンタローもその年齢に追いつくだろう。
 あれからもう20年近く経つというのに、いまだにあいつの言動一つ一つが鮮明に思い出せる。

 目の前に座っているシンタローが、伸びた黒髪を指に絡めている。
 そういえば、ジャンもこれくらい髪の伸びた時期があった。忙しくて、切りにいく暇がないからと放ったらかしにして。


 私の中に、ある古い記憶が浮かび上がってくる。





『サービス!ほら、見ろよこれ!どう?』
『・・・・・・・・・・・・・・・なんだ、それ。自分で切ったのか?』
『ま、な。で、どうよ?サッパリして男前度が上がったと思わない?』
『不揃いだ。みっともない。もう少しまともに切れないのか。』
『・・・・・・そこまで言う事ねーだろうが。フン、どーせ俺は青の一族サマと違って、美容院に行くような金もありませんよーだ。』
『大体、何でいきなり切ったんだ。』
『ああ?そりゃ、あれだよ。そろそろ初陣だろ?』
『ああ・・・・。』
『激戦区だって噂だしさ。俺ら二人、無事に帰還できますようにって思って。』
『願掛けのつもりか?だったらむしろ、髪は伸ばした方がいいんじゃないか。』
『いーんだよ、気分の問題なんだから。だいたい伸ばしておいて「オレ、この戦いに生き延びたら髪切るんだ・・・・」とかになったらモロ死亡フラグじゃねーか。』
『・・・・・・お前の例えが分からん。』
『はは。サービス、お前も一緒に切っちまうか?あーでもせっかく綺麗な金髪なのに勿体無いよな。あ、むしろお守りってことでオレの切った髪、一房持ってくか?今なら特別に、もう一房つけちゃうけど。』
『いるか、馬鹿。そんなもの、守りどころか厄が寄ってくる。』
『ひっでーなぁ。』




 結局、あいつの願いは果たされなかった。
 あいつは死に、あいつを殺した私は一人で帰還した。

 その日から、私は一人で生き続けている。兄弟からも、共犯者からも、ガンマ団からも離れて。全てを切り離して。
 ただ、どうしても離れることの出来ない者が一人いる。
 たった一人。それは。




「・・・・・・・・切っちまうかなぁ。」

 突然耳に届いた現実の声に、私はびくりと震えた。目を向けると、やはりシンタローは己の髪を見つめている。


「・・・・・・今、なんと言った?」
「え?いや、だから・・・・切っちまうかなって。邪魔だし、修行の邪魔になるかもしれないし。士官学校でも大体肩より上ぐらいにしてたんだよなー。」

 こともなげにそう言うシンタロー。頭の中にいくつもの言葉が氾濫した。



『切る暇がない』『18で死んだ』『よく似ている』『黒髪』『近付いている』『間もなくシンタローもその年齢に』












 ・・・・・・・・・・・・この子も、私が殺すのか?






「あーでもハサミとかねえからな・・・・。おじさーん、なんかナイフとかなんか持ってない?あ、そーだ料理用のやつなら確か・・・・・・。」
「シンタロー。」
「うん?何・・・・・・・って、え・・・・・・・・・。」

 私はシンタローの目の前に立ち、そっとその髪に触れた。
 美しい黒髪。癖もなく、しなやかで真っ直ぐな髪。太く強く、彼の心の意思を宿したような髪。
 ずっと前にも触れたことのある髪。

 髪に触れた手をそのまますっと頬に移動させ、微かに撫で上げる。顔を寄せ、私はそっと囁いた。


「・・・・・・切らない方がいい。」
「う、あ、うん?あの、えと・・・・お、おじさん・・・・?」
「綺麗な髪をしているんだから、切らない方がいい。きっと、長く伸ばした方がよく似合うよ。」
「え、と、その・・・・・・・・。」

 目を見つめたままで、そう告げる。
 シンタローはかなり狼狽しているようだったが、かまうことはない。どうせこの子は、私を好いている。

 シンタローは動揺したまま視線を彷徨わせていたが、やがて、

「・・・・・・・・そ、そうかな。」
「そうだとも。」
「・・・・・・・じゃ、せっかくだし、伸ばしとこうかな。」
「それがいい。」
「うん、だよな。・・・・おじさんも伸ばしてるし、伸ばそっかな。」
「ああ。邪魔なら、紐でも貸してあげよう。」

 微笑を浮べて、私は言う。シンタローも照れたように笑っている。
 それでいいと思う。

 真意など、彼が知る必要はない。





 修行が終わり、シンタローは18になり、そして生き続けた。

 それが全て髪のおかげだとは私も思っていない。けれど、今もシンタローは髪を長く伸ばしている。腰に届きそうなほどの黒髪を一つにくくったその姿に、私は見覚えはない。
 あいつがそんなに髪を伸ばしたことは一度もなかった。

 修行が終わってから、私はまた放浪の旅に戻った。
 しかし、私の懐にはいつもシンタローと一緒にとった写真が入っている。
 大切なものだから。全てを捨てた今でも、唯一私が捨てきれない大切な存在だから。


 シンタロー。

 死なせはしない。お前は私の大事な存在だ。

 亡き友によく似た、死んだ兄の忘れ形見。
 私の、大切な。




 愛しい、代用品。








end







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 サービス様がシンタローのこと大事にしたり信じてるよとか言ったり写真持ち歩いたりしてた理由が、ジャン絡み以外まるきり思いつかない私はもしや腐っているのでせうか。
 そんくらいミドルズはガチ臭いやつが大勢いて困る。全く、こっちは全力ホモ否定派だというのに、こうもそれっぽかったらいくらなんでも言い訳が思いつかないじゃないか!(逆ギレ)





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