雪だるま
静かな町に、雪を踏む音だけが響く。
世界は今、地面を覆う白に支配されていた。
『雪がたくさん降った』という現象を純粋に喜ぶことが出来るのは、恐らく多くの子供と一部の風流人だけだろう。それ以外の一般的な社会人はどうしても仕事等と結び付けてしまう。
彼、車のチェーンを巻き忘れ成歩堂法律事務所まで徒歩で移動中の御剣伶侍、その一般人の中に含まれていた。
コートの襟を直し、大きく息をつく。その息すら白く染まっているのを見届け、彼は空を見上げてみた。
雪は止んでいるが、相変わらずの曇り空。世界は今や空まで白い。
(雪、か・・・・・・)
雪についての思い出なら色々ある。失踪中(と呼ばれている期間中)に行った国での小規模の雪崩。修行中『体力作りだ』と狩魔先生に言われ手伝わされた雪かき。幼い頃父に買ってもらったスノードーム。
だが、どうしても一番初めに思い出されるのは、やはり小4のときのある事件である。
今年のようにかなりの量の雪が降ったある日、矢張がクラスからいなくなった。
皆で探してみたがどこにもおらず、こっそり帰ってしまったのではないかと思われた頃、成歩堂が校庭で雪だるまを発見した。
なかなか巨大な雪だるまで、頭部が上にギザギザしていることから矢張に似せて作られたことがわかった。そうか、矢張はこれを作って授業をサボったのか、と皆が納得して戻ろうとした時、成歩堂が誤って矢張似のその雪だるまの首を落としてしまった。
昔からそそっかしい彼だが、その時だけはそれがよかった。
なにしろもし彼が雪だるまの首を落とさなければ、矢張は数十分後には凍死していただろう。その雪だるまの中で。
矢張が病院に担ぎ込まれた後、クラスでは「矢張を雪に閉じ込め殺害しようとした犯人」が誰かと言う事でかなり揉めた。当時まだ弁護士を目指していた御剣も当然犯人探しに協力したのだが、わかった真相は結局「矢張が皆を驚かせようと思って自ら雪だるまの中に入り意識を失った」というマヌケなものだった。珍しく矢張が事件の『影』でなく『表』に立った事件である。
(全く・・・・・・昔からあの二人は、どうして厄介なことばかり引き起こすのか・・・・・・。)
自分が一緒にいた半年間だけで、彼らの起こした事件は両手の指に余る。中学、高校と彼らに関わったものはさぞや苦労しただろう。
そこまで考えて、御剣はつい笑みをこぼした。
なんだかんだと言ったところで、結局彼らのことを大切な友人と考えている自分がいる。どれだけ事件に巻き込まれ、どれだけ迷惑を掛けられたとしても、彼らは自分にとってかけがえのない親友なのである。
御剣は昔から口下手で、人と他愛のない話をするのが苦手だった。また父と同じ弁護士を目指していたため、同世代と共通の話題を持つことも少なかった。
そんな自分があの半年クラスメイトと自然に接することが出来たのは、側にいてくれた矢張や成歩堂が自分のペースを崩してくれたお陰なのである。
あの学級裁判で救われたのは成歩堂だけではない。
御剣自身、彼らに救ってもらっていたのだ。
そして、今も。
検事になった今でも彼らと友人として接することの出来るこの現状が、ひどく嬉しくて。
(そろそろ、成歩堂の事務所かな。)
腕に提げた土産の袋を確認しながら、足を緩める。
そして事務所の前に到着した時、御剣はそこで白い塊を発見した。
それは巨大な雪の塊、いや雪だるまだった。
御剣の身長ほどもあろうかという大きさで、歩道の真ん中に作られているため通行の邪魔極まりない。
それどころかその雪だるまは顔もなければバケツもかぶっておらず、後頭部にあたるはずの箇所が妙に横にトゲトゲと尖っていて、それはまるでそうよく知った彼の髪型のようで・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
次の瞬間から御剣伶侍は、大切な親友を救出する為に即座に雪だるまの破壊を開始した。
一方、成歩堂法律事務所内にて。
「なるほどくん大変だよ!外でみつるぎ検事が、あたしとヤッパリさんで作った『クリソツ!なるほどくん雪だるま』を親の敵みたいに破壊してるよ!?」
「なにぃっ!?あいつ僕のことそんなに恨んでたのか!?」
おしまい
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