けたたましく鳴り続ける電話から受話器を取り上げ、もしもし、と言った。
二秒待ち、返事がないので更に、どちら様ですか、と続ける。
すると。
『・・・・・・・・・・・・なるほどくん?』
返ってきた言葉は、ここしばらく呼ばれることのなかった自分の愛称。
一瞬、息が止まる。しかし、驚きはすぐに懐かしさと切なさに変わった。
開いた目を少し細め、そっと電話の向こう側の彼女に、言葉を紡いだ。
「・・・・・・久しぶり、真宵ちゃん。」
Motherland
「パパ、どうしたの?誰から?」
後ろから声がかかった。振り返って見ると、みぬきが心配そうにこちらを見ている。
弁護士を辞めたばかりの頃は毎日ひっきりなしに非難や追及の電話がかかってきたため、いまだにそれについて懸念しているようだ。成歩堂は、彼女に向かって静かに微笑み、
「大丈夫だよ。ちょっとした知り合いだから。それよりみぬき、そろそろオドロキ君との待ち合わせの時間なんじゃないか?」
「えー?まだ早いよー。」
「そう言って、この間も遅刻してたろ。早めに行くにこしたことはないよ。毎回オドロキ君が許してくれるとは限らないんだから。」
「でもぉ・・・・・・。」
「そういえば、待ち合わせ場所ってひょうたん池だっけ?昔、あそこでヒョッシーっていう怪物が出たって噂があったんだよ。」
「えええええ!本当!?行ってきまーす!」
勢いよく事務所から飛び出してゆくみぬき。それでも鍵をかけ忘れないあたり、立派な子だ。
ふと、受話器からくすくすと笑い声が漏れているのに気づいた。言うまでもなく、彼女の声だ。
『ひどいなぁ、なるほどくんは。あれはヤッパリさんのせいでできたカンチガイだったってとっくにわかったってのに、娘さんのこと騙して追い出すなんてさ。』
「騙してなんかいないよ。別に、『いた』と言ってはいないだから。噂があったのは事実だろ。」
『あくどいねー、相変わらず。
あーあ、それにしても、「知り合い」かー。』
「真宵ちゃん・・・・・・・・。」
『・・・・昔は「副所長」だったのにね。』
ほのかに淋しげなその声は、しばらく聞かないうちに随分と大人びているように聞こえた。それでも、脳裏に浮かぶ姿はまだ成人もしていない少女の頃。
別れた時、真宵はまだ19歳だった。今の彼女はもう、弁護士を辞めたときの自分と同い年になっているはずだ。
『元気?』
「まぁね。」
『今、話せる?忙しくない?』
「大丈夫だよ。ここのところ暇をもてあましているから。少し前までは、捕まったり、事故にあったり、極秘任務をしたりして色々忙しかったんだけど。」
『相変わらず、大変そうな毎日だねー。』
「ここ数年が平和すぎたんだよ。そっちはどうだい?」
『変わってないよ。はみちゃんが、今年から高校生。』
「大きくなったなぁ。前は漢字も読めなかったのに。」
『最近じゃ、今年中に漢検三級を取るのです!って息巻いてたよ。』
「それでも三級なんだ、二級じゃなくて。」
話しているうちに、嬉しくなると共につい泣きたくなった。交わされる言葉は、悲しいほどに昔のままだ。まるで、あの時から何もなかったかのように。
どうでもいいような話をしばらくしてから、ふいに真宵が黙った。つられるように成歩堂も口を閉ざし、事務所の中が静寂に包まれる。
『・・・・・・・・・・・新聞、読んだよ。』
彼女の声。
恐らく、迷って悩んで、やっと本題を切り出したのだろう。声は静かなままだったが、微かに震えていた。
『シュミレート裁判、成功だってね。おめでとう。』
「まだ、どうかはわからないよ。成功か失敗かは、これから話し合っていくんだ。それに、僕の力じゃない。頑張ったのは、実際にその裁判に立った人たちだよ。」
『それでも、委員長だったんでしょ?なるほどくん。すごいよ、やっぱり。』
「ありがとう。でも、本当にたいしたことはやってないんだよ。せいぜい、弁護士と裁判員を選んで、事件の説明をしただけ。今回、被告人の子が無罪になったのは、弁護士と検事の努力、それに裁判員さんたちの良識のおかげだ。」
『・・・・そっか。うん、そうだね。
・・・・・・・・それで、さ。その新聞に、載ってたんだけど・・・・・・・・。』
「・・・・・・・・・・何が?」
『「捏造」、なかったって・・・・・・・・証明、されたね。』
震えた声は、泣いているようにも聞こえた。けれど、きっと彼女は泣いていないのだろう。
『何にもしてないって・・・・・・立証・・・・されたんだよね・・・・・・・・?』
「真宵ちゃん・・・・・・・・。」
『・・・・・・・・よかった・・・・・・・・・・。』
耳に届く声は、彼女の心をダイレクトに伝えてくる。この七年間音信不通だったというわけではないが、やりとりしたのは手紙とレポートだけだ。紙に綴られた文字は、感情の勢いを消してしまう。
互いの気持ちをこれほど直接に伝え合うのは、どれほどぶりだろう。
「・・・・・・ありがとう、真宵ちゃん。」
『・・・・・・・・・・知ってたよ・・・・・・。』
「え・・・・?」
『なるほどくんが、そんなことしてないって・・・・・・知ってたよ・・・・・。なるほどくん、ごまかしとか絶対しないもん・・・・・・。
うん、多分、あたしだけじゃない。きっと、みんなちゃんと知ってたよ。なるほどくんがなんにも言わなくても、みんな・・・・・・・・なるほどくんは無実だって、わかってたよ・・・・・・。』
泣いているかのような声は、いつしか、泣くのをこらえているような声に変わっていた。
真宵は、『信じていた』ではなく、『知っていた』『わかっていた』と言った。それは彼女が自分の事を本当に信頼してくれていたからだろう。それを嬉しいと思うと同時に、彼女に対し申し訳ないという思いがこみ上げる。
7年間手紙のやりとりしかなかった男を信頼し続けるのは、きっと恐ろしく困難だったろう。
しかも、あの裁判は。
「・・・・・・・真宵ちゃんたちは、あの裁判を直接見ていない。あの時、僕がどうしていたかを知らずにいたのに・・・・・・・・それでも、僕の潔白を、信じていたのかい?」
そう。あの時、彼女達は故郷の里に帰っていた。だから成歩堂は一人で法廷に立ち、そして弁護士バッジを失った。
その次の日に、彼女達に弁護士を辞めたことだけを告げたのだ。
今と同じように、電話で。
二度目の呼び出し音が鳴り止まぬうちに、カチャ、と音がした。相手の声が聞こえる前に「もしもし」と言うと、
『あっ、なるほどくん!おーいはみちゃん、なるほどくんだよー!』
と、元気な少女の声が耳に飛び込んでくる。
いつもならば勇気をくれるはずのその声も、これから自分が彼女に告げる内容を考えると、悲しく胸に沈んだ。
『もしもしー?なるほどくん、どうしたの?いきなり電話してくるなんてさ。明後日にはまたそっちに行くのに。』
「・・・・・・うん。ちょっと、そのことについて話があるんだ。」
『なになに?あ、ひょっとして、お金貸してほしいとか?家賃の取立てとかで。』
「違うよ。」
『あ、じゃあじゃあ、仕事の話?依頼、あったの?』
「・・・・・・・・・・うん。昨日、裁判をやった。」
『お!やっぱりねー。それで、あたしの力が必要だってことだね?しょうがないなー、なるほどくんは。』
しょうがないですね−、と、春美の声が小さく聞こえる。肩にのしかかる何かに押しつぶされないよう、必死に歯を食いしばった。
『そうだねー、とりあえず今から行くとして、そっちに着くのは・・・・・・3時ごろ、かな?そしたら、色々調査して、明日の裁判に・・・・・・。』
血を吐くような思いで、彼女の言葉をさえぎる。
「明日は、ない。昨日が、僕の最後の裁判だった。」
『・・・・・・・・・・え?』
きょとん、としたような声。
「終わったんだ。裁判は負けた。そして、それが僕の最後の裁判だったんだ。」
『え・・・・さいご・・・・・・・・って、何・・・・・・?』
か細い声。不安なその声をあえて無視して、短く息を吸う。
「昨日で、僕は弁護士を辞めた。事務所も閉める。だから、もう来る必要はない。」
叫びだしたい衝動を押さえつけ、一息で言った。
電話の向こうで、真宵がどんな表情をしているのかがくっきりと伝わる。きっと最初は言葉の意味が理解できず呆然とし、しかし次第に混乱して、受話器を握り締め、そして隣の春美が彼女の様子を見て何事かと心配している。そんな空気が、確かに感じられる。
『な・・・・・・なるほどくん、どういうこと?やめるって、何?どういうこと!?
何があったの!?ねぇ、なるほどくん!』
悲痛な声に、息が苦しくなる。思わず自らの襟を強く握り締めた。
昨日までそこにあった硬い感触は、今はもうない。
「・・・・・・・・・・・・ごめん。」
『なるほどくん!待って、なるほどく・・・・・・!』
受話器を、置いた。
部屋の中は静寂に満ちている。しかし成歩堂の耳の中には、真宵の悲鳴のような呼びかけがいつまでも響いていた。
倉院の里にも、新聞は届く。きっと今日か明日の新聞には、昨日の裁判の詳細が載っていることだろう。そこに、自分の捏造疑惑についても書かれているはず。
しかし、もし新聞を読んで彼女が事情を知ったとしても、あるいは知らないままでも、きっと真宵は自分に真相を尋ねようとする。先程成歩堂が答えなかった問いを、もう一度繰り返そうとするだろう。
胸が締め付けられる。しかし、迷わなかった。
携帯の電源を切ってから、電話のコードをつかみ、力の限り引き抜いた。
彼女達への未練すら、断ち切るかのように。
『ホント、ひどいよねー、なるほどくん。何にも説明しないで切るんだもん。』
「・・・・・・・ごめん。」
『事務所行っても入れてくれないし。手紙だって、お返事返してくれたのはトノサマンのレポートと近況報告だけだし。』
「・・・・・・・・・・・・・・・・ごめん。」
『謝るよりも、まずすることがあるでしょ!ほら、説明説明。
何があったか、は、もういいから、どうして話してくれなかったの?』
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
7年前、真宵たちを自分から遠ざけた。詳細を話さず、弁解もせず、ほとんどの連絡を絶った。
それは、罠にかけられた自分の側にいると真宵たちも危険かもしれないから、真宵たちを巻き込まないためだと、そう自分にずっと言い聞かせてきた。
けれど、本当は。
「・・・・・・・・こんな僕を、見られたくなかった。」
真宵ちゃんたちと顔をあわせるのが、怖かったんだ。」
弁護士を辞めたくなかった。
ずっと憧れを持っていた職業で、なるまですごく努力して、一人前になるまで大勢の人たちに助けてもらった。
だからこそ、辞めたくなんかなかった。今はもういない師の心を継いでいきたかった。これからも、もっと誰かのことを助けていきたかった。
それでも辞めなければならなくなって、あがくことすらできなくて。
悔しく、辛くて、何よりも自分が惨めだった。たった一度の裁判で何もかもを失った自分を、誰にも見られたくなかった。
だから、繋がりを全て絶った。大切な人たちの前から姿を消し、『弁護士成歩堂龍一』をこの世から消し去ろうとした。これでは、昔の御剣を責められない。
『・・・・・・・・・・なるほどくん。』
「・・・・・・なんだい。」
『ごめんね。』
一瞬、彼女の言葉の意味が分からなかった。謝るべきなのは、自分のはずなのに。
『なるほどくん、辞めたくなんかなかったんだよね。弁護士。
だから・・・・・・ごめんね。』
「な・・・・なんで、真宵ちゃんが謝るんだ!真宵ちゃんは・・・・何も悪くない!謝るのは僕の方だ!」
『違うの、なるほどくん・・・・・・。あたし・・・・・・あたし、一緒にいられなかったから。あの時、隣にいなかったから。』
真宵は大きく息を吸った。泣くのをこらえるためだとすぐに気づく。聞こえてきた彼女の声は、まだ震えていなかった。
『あの時、あの裁判のとき、あたしが隣にいられたら・・・・って、思うの。
もちろん、あたしじゃほとんど何にもできないけど、でも、叫ぶことはできた。「なるほどくんはやってない!」って、自信を持って叫ぶことぐらいはできたと思う。』
「・・・・真宵ちゃん・・・・・・でも・・・・・・。」
『わかってる。あたしが叫んでも、証拠は何にもなかったから、きっと疑いは晴れない。でも、あたし、もしもあの裁判のとき、なるほどくんの隣にいたら、きっと言ってたよ。』
「・・・・何を・・・・・・・・?」
『やめないで、って。なるほどくんにむかって、諦めないで、弁護士を辞めないで、って、言ったと思う。手を離さないで、まだできることがあるって、そんなことを、きっとなるほどくんに言ってたと思う。
それで、そうしたら、なるほどくんはきっと、逆転するんだよ。ムジュンを叩きつけて、自分の無罪を立証してみせるんだ。いつもみたいに。』
小さく、真宵は笑った。恐らく、7年前の成歩堂の姿を思い出したのだろう。
毎回、絶体絶命の状態から奇跡的に逆転していた、危なっかしいあの姿。
『なるほどくん、きっと、一人だったから、手を離しちゃったんだと思う。あたしが隣で、もっと頑張ろうって言ってれば、きっとなるほくんは、うんって頷いてくれてたと思うんだ。だから・・・・・・。』
そこまで言って、真宵は少し黙った。成歩堂の目の中には、少し困ったような顔をして言葉を捜す少女の姿が見える。
ああ、と気づいた。先程笑った真宵も、7年前の姿を思い出そうとしていたわけではないのだ。ただ、今の自分と同じで、7年前の姿しか思い浮かばなかっただけなのだ。
自分と彼女、最後に顔をあわせたのはもう7年以上も昔だ。だから、その先の姿、今の互いの姿を思い描くことが出来ないのである。
弁護士をしていた頃はほぼ毎日のように顔をつき合わせていたのに、もう互いに今の姿がわからない。
それは、ひどく悲しいことに思えた。
『・・・・・・うん、なるほどくん。ホントは、違うんだ。辞めなくてすんだとか、あたしができたこととか、そんなんじゃなくて、ただ、隣にいたかったの。あたしが、あの裁判をちゃんと見て、しっかり受け止めたかった。そうすれば・・・・・・・・なるほどくんの側に、いてあげられた。』
「・・・・・・・・・・!」
『なるほどくんの、一番辛かった時に、一緒にいてあげられなかった。側に、いてあげられなかった。
なるほどくんは、あたしが大変な時にいつだって側にいてくれたのに、あたしはそれが出来なかった。
だから・・・・・・・・・・ごめん、ね。』
「・・・・・・・・・真宵・・・・・・ちゃん・・・・・・。」
みぬきを外にやっていて良かった。電話で話しながら涙ぐむ姿なんて見られたら、父の威厳が崩れてしまう。
「・・・・・・今まで、本当にごめん。」
『ううん、あたしこそ、ごめん・・・・・・・。』
「違う。やっぱり、真宵ちゃんが謝ることはないんだ。
真宵ちゃんは何も悪くない。君たちを遠ざけたのは僕だ。
側にいて欲しかったのに、僕の強がりで君たちを遠ざけてしまった。真宵ちゃんのせいじゃない。だから、もう謝らなくていい。」
言ってから、少し頬を緩める。声は立てなかったが、笑みを浮かべた雰囲気はきっと向こうに伝わっているのだろう。
「・・・・・・・・っていうか、謝ってほしくないんだよ。なんか、自分が謝るよりも辛いから。」
口を閉じ、彼女の反応を待つ。少しの沈黙の後、ふっと受話器の向こうで真宵が笑った。やはり、声は立てずに。
『・・・・・・しょうがないな。そのかわり、なるほどくんももう謝っちゃダメだよ。』
「わかったよ。」
それから、今度は二人で声を立てて笑った。
『でもさ、大丈夫だったの?7年間も、一人で。』
「まぁ、一人ってわけじゃなかったからね。みぬきがいてくれたから。」
『ああ、娘さんね。』
みぬきのことは、随分前に手紙で伝えた。詳細は書かず、ただ『娘が出来た』という事だけを綴って、トノサマンレポートと一緒に送ったのだ。届いた返事には「可愛い子?」とあり、次の手紙に写真を添えた。
「今度連れてこようか。この前の墓参りのときも一緒に行けなかったし、千尋さんにも報告しないと。」
『ええええええっ!なるほどくん、お姉ちゃんのお墓参り行ってたの!?』
「もちろん。お盆は流石に無理だったけど、命日にはちゃんと毎年行ってるよ。」
『あたし達も毎年行ってたのに・・・・全然知らなかった。』
「まぁ、深夜に着くようにしてたしね。見つからないように。ああ、そういえば今年からもう一人増えたよ。弁護士なんだけどさ。」
『あ!それって、例のシュミレート裁判のときの弁護士さんでしょ?名前は、ええっと・・・・・・ビックリさん!』
「・・・・・・名前以外は合ってるよ。まぁ、いいや。それから、もう一つ。」
「え、なになに?」
一瞬、彼女がどんな顔をするか想像する。きっと仰天するだろう。受話器を持たない方の手でにやける口を押さえ、イタズラを告白する子供のように、告げる。
「また、受けようかと思ってるんだ。司法試験。」
『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え。』
きょとん、としたような声。一瞬言葉の意味が理解できず呆然としている。しかし、その次に彼女の顔に浮かぶのは、きっと涙でなく喜び。
「本当はまぁ、軽口と言うか、冗談のつもりだったんだけどね。みぬきたちに言ったら、二人ともすっかりその気になっちゃってさ。」
『・・・・・・ホントに?ホントに、受けるの?なるほどくん、また・・・・・・・・弁護士に、なるの?』
「そのつもりだよ。いつの間にか、弁護士歴よりピアニスト歴のほうが長くなっちまったし。まぁ、時間はかかるだろうけどね。勉強もやり直さないといけないだろうから。」
半年前までは、こんなつもりはなかった。疑いをかけられ、抵抗も出来ずに逃げてしまった自分には、そんな資格はないと思っていた。
けれど彼が、全ての疑いを晴らしてくれた。彼のおかげで、やっとあの事件にすべての決着をつけることができた。
「・・・・・・ま、これでもう、世を忍ぶ必要もなくなったわけだしね。」
『うわぁ!すごいすごい!じゃ、ホコリかぶってたお姉ちゃんの本も、やっと日の目を見るんだね!』
「そうだね、今色々と引っ張り出してるよ。何しろ7年ぶりだし、あちこちあやふやになってるからね。」
『元々あちこちあやふやだったけどねー。』
「あはは。」
軽く受け流す。大人になったといえば聞こえがいいが、単に否定が出来なかったのだ。
『あ、じゃあじゃあ、日取り決めないとね。』
「日取り?なんの?」
『決まってるじゃない!成歩堂龍一弁護士の、復活記念パーティの日取りだよ!』
「おいおい、まだ弁護士試験どころか、司法試験も受けてないんだぞ。いくらなんでも、気が早すぎだって。」
『こういうのは、早め早めに決めておかなくっちゃいけないからね!』
「早すぎだって。大体、まだ受かるかどうかもわからないんだよ。」
『受かるよ。』
どきり、とする。きっぱりとした、静かな声。
『なるほどくんなら、絶対大丈夫だもの。』
凛と響くその声は、彼女の姉にとてもよく似ていた。
「・・・・・・・・・・・・・・。」
『・・・・・・?どうかした、なるほどくん?』
「いや・・・・・大人になったんだね、真宵ちゃん。」
『?何の話?
それよりさ、パーティやるなら当然、会場は事務所だよね。娘さんや、ビックリさんも一緒にさ。』
「そうだね。そういえば、茜ちゃんとも最近会ったんだよ。彼女、刑事になったんだって。」
『わぁ!じゃ、みつるぎ検事にも連絡とらないと。それに、イトノコさんに、ヤッパリさんに、かるま検事に・・・・・・。』
「うーん、事務所に入りきらないと思うな、そんな大人数。ただでさえ、色々と物も増えて手狭になっちゃったし。」
『えー?じゃあじゃあ、バンドーホテルでも借りようよ!大丈夫、300円までなら、アタシも出してあげるから。』
「てことは、やっぱり僕が出すのかよ。」
『あはは。それから、マコちゃんに、ニボサブさんに、星影先生に、霧尾さんに、夏実さんに・・・・・・・・。』
楽しげに、いろんな人の名前を挙げる真宵。きっと電話の前で指折り数えているのだろう。今まで関わった人たち、お世話になった大切な人たちを。
7年前のあのころ、成歩堂は本当に多くの人と知り合った。それは数々の裁判を通じて、助けた人、助けられた人、迷惑をかけられた人、と様々だ。長い年月が経った今も、全ての人をはっきりと思い出すことができる。
『・・・・・・・・・・でね、みんなで、言ってやるんだから。』
「え?」
いつの間にか、真宵の声は震えていた。今度こそ泣いている。けれど、その涙は、悲しみのせいではなく。
『みんなで、言うんだから、なるほどくんに・・・・・・・・。おめでとうよりも先に、おかえりって。だから・・・・・・。
だから、早く、帰ってきてよね・・・・・・・・!』
震えた声。懐かしいその声は、昔と違って、昔と同じで。
「・・・・・・・・・・うん。」
その日になったら、きっと自分は言うのだろう。大切な人たち、みんなに向かって。
ありがとうよりも先に、ただいまと。
帰ろう。『成歩堂龍一』は、そう思った。
END
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