059: 鎖を外せ。
いきなりタママの押しかけ女房になりに地球へやってきたカララは、彼女が父親が迎えにきて、彼女自身帰る決意を固めた後もなかなか帰らなかった。というもの、クルルが成り行きで破壊したカララの父親の重機動ロボを修理しなければならなかったからである。
現在クルルはカララの父親とともにその作業にあたっている。『他人の壊したモン直すならともかく、何で俺が壊したモン俺が直さなきゃならねーんだ』などと彼なりのよくわからない理屈でぼやいてはいるが、クルル曹長の腕なら今晩中に修理は完了するだろう。ただし、今もクルルの周りをうろちょろしてアタックを続けているカララに、クルルがいつキレないとも限らないのが。
それらすべてのことを考えて、タルルは小さくため息をついた。キレたら怖い人No.2(師匠の手紙参照。ちなみに第一位は日向冬樹)らしいクルルに、幼馴染が八つ裂きにされるところをうっかり想像してしまった。
今タルルは地下基地の廊下に座り込んでいた。すぐ隣にタママがいて、自分と同じように足を伸ばした姿勢で座っている。他の人たちは、今回の馬鹿騒ぎに呆れて帰ってしまったり、あるいは夕食をとりに行っていたりする。廊下には自分たちの他に誰の人影もない。
タルルは、そーっとタママの表情を盗み見た。
やはり、明るい表情ではない。そりゃあそうだ。いきなり奥さん(予定)が心変わりしたのだから。
「・・・・師匠、スンマセン。まさかカララの奴があんなにホレっぽい・・・っつーか、気の早い奴とは思わなかったんス・・・・。」
「別にいーですよ。お前のせいじゃないですし。」
あっさりとした口調でタママが言った。その寛大な言葉といつもと変わらない口調に、タルルは少しほっとした。そういえば表情も、確かに明るくはないが落ち込んでいるようにも見えない。ショックが少なかったのならまだ救いがある。
今のタママは、まるで何かが抜け落ちてしまったような、静かな顔をしていた。
あまりに静かで、少し怖くなるほどに。
「・・・・師匠?今、何考えてます?」
「んー・・・・色々。カララこれからどうなるのかなーとか、メカいつ頃直るのかなーとか・・・・・。
そういえば、あのメカに僕の攻撃全っ然通じませんでしたねー・・・・。やっぱ僕って格闘家として未熟かなー。」
「たまたま調子が悪かったんスよ!師匠が誰より強いって、俺が一番知ってるッスから!」
「買い被りですよ。」
「まったまたぁ。」
そういってタルルは笑って見せたが、ポツンと胸の中に不安が浮かんだ。タママは昼間もこんな風に自分をさげすむような言い方をした。だが、先程とは何かが違うような気がしてくる。
そういえば、師匠は自分に対して敬語なんて使っていただろうか。
「・・・・っあーあ!そっれにしても、カララってホント見る目ないッスねー!」
胸に沸いた不安をかき消すように、タルルは少し大きい声を出した。そのまま続ける、
「せっかく師匠のお嫁さんになりに来たっていうのに、まさかあの、あの!クルル曹長に惚れるなんて!師匠の良さがわかった奴だと思ったのになあー!オレなんて、師匠が幼年訓練所にいたときからずーっと師匠以外の奴なんて目に入らないッスよ!」
「・・・・それは、なんか意味が違う気が。」
「ったく、師匠がゴールインして幸せになるチャンスだったのにー。ホント、師匠にとっちゃ今回単なるバカ騒ぎッスよねー。」
「そーですねー。」
「うわ、はっきり。」
「・・・・・でも・・・・・。」
少しうつむき気味だったタママが、顔を上げてタルルの方を見た。そのまま、薄く微笑んで言う。
「カララが心変わりして、よかったですよ。」
「・・・・へ・・・・?」
「そりゃ、クルル曹長がお相手っていうのはちょっと、てかかなり心配ですけど・・・・でも、僕よかマシですよ。」
「・・・・・なんで。」
「だって僕、卑怯でやな奴ですもん。」
さっきまでと全く変わらないあっさりとした口調で言ったタママは、しかし表情は口調よりずっと悲しげだった。
いつ涙がこぼれてもおかしくない表情で、それでも口元には薄く笑みを浮べたまま、言葉を続けていく。
「僕、カララと結婚なんて・・・・ゼーんぜんしたくなかったんです。でも僕、それをカララに言わなかった。」
タルルは黙ったままでいる。
師匠の言葉を聞いていたくない。
「言った方がカララのためだったのに、嫌いだとか絶対に言わなかった。
しかも、言わなかった理由って、別にカララを傷つけたくなかったとか、そんなんじゃないんです。」
今すぐタママの言葉を止めてやりたい。
「ただ、言ったら周りの人に嫌われるって思ったから、言わなかったんです。」
やめてくれ。
「言ったら・・・・あの人に嫌われちゃうから。だからカララのこと何にも言わなかったんです。
あのままクルル曹長に心変わりしなかったら、多分僕諦めてカララと結婚してましたね。でも、カララきっと長い間僕と一緒にいたらどっかでサメてましたよ。そうでなければ僕のほうが我慢できなくなってたかも。」
やめろ。
「クルル曹長なら、嫌いなら嫌いってはっきり言うから大丈夫。僕みたいな卑怯者とは違いますから。」
やめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろ・・・・・・・・・・!
タルルは目の前の師匠のために、耳を塞ぎたい衝動を必死に堪えた。
違う。
これは、自分の知っている師匠ではない。
だって、師匠はもっと堂々としていた。自信に溢れていて、いつだって自分が間違う事なんて考えてもいなかった。幼年訓練所の頃からずっと、胸を張ってタルルの前に立っていた。
こんなに小さい肩をしていなかった。
こんなに弱弱しくなかった。
こんなに後輩に弱さをさらけ出したりしなかった。
こんなに辛そうな目をする人ではなかった。
何がいけなかったというのだろうか。
タルルは今回、タママに会うのを楽しみにしていた。そのためにわざわざ軍の上司に休暇届もだして、渋る上司に地球の侵略状況の偵察任務につくと申し出て、訓練も何もかも放り出して準備をした。
既に自分が幼年訓練所を卒業していることや、前回やってきたときもケロロ小隊の侵略作戦の調査をしていたことをタママに隠すのは少し心苦しかった。だが、たとえ階級を既に追い越していようとも、タルルにとってタママは尊敬にあたる男だった。
いつまでも追いかけていたい背中を持ったタママは、ずっとタルルの憧れだった。
「・・・・・何言ってるんスか、師匠。らしくないッスよ!
だって、師匠は優しいし、強いッス!」
よい弟子を演じて、いつまでも幼いふりをして。
かすれそうな声でタルルは言った。
タママはそれに答えて優しく、しかし弱弱しく笑った。
違う。
「・・・・タルルは、いい奴ですねぇ。」
違う。
昔の彼はこんなこと言わなかった。こんな風にゆるやかな否定なんてしなかった。
こんな悲しい目をしていなかった。
師匠は、変わった。傷つけられた。だからこんなに悲しい目をして、誰も責める事が出来ないから自分自身を責めて、また傷つく。
師匠は、変えられたのだ。
誰かが、彼を変えてしまった。
「うん。僕、タルルに話せてよかったですぅ。」
悲しい顔をしないで。そんなあなたは見たくない。
タルルは、タママの顔を見つめ続けた。本当は目を逸らしたくて堪らなかったが、ふつふつと湧いてくる誰かに対しての怒りで全く目が離せない。
誰か。タママを変えた、誰か。
誰が師匠を変えた?誰が師匠を傷つけた?誰が師匠にこんな悲しい顔をさせた?
誰が。誰が。誰が。
許せない。許せない。許せない。
彼を傷つけた誰かが許せない。
誰が。
誰のせいで・・・・?
「お、タママ二等。」
ぱっ、とタママはタルルから目線をはずし立ち上がった。タルルは座ったまま、タママの視線の先を見る。
そこには、ケロロ軍曹がいた。現在この地球で侵略作戦を展開しているケロロ小隊の隊長。タママの上司にあたる男。
「あ、軍曹さん!どーしたんですか一体?」
「いやー、クルルたちの様子見てきたとこ。タママこそ、何やってたんでありますか?」
「えへへー、タルルと久々に話してたですぅ!なんせ師弟ですしぃ。」
そういって笑うタママには、さっきの悲しみの表情は微塵も見られない。
「それでどーですか?クルル曹長達、修理はまだかかりそうですか?」
「いや、あともーちょいって感じでありますよ。せいぜい長くても30分って所かな。」
「そうですかー。よかったなータルル。これでやっと帰れるぞー。」
「いやー、しかし今回は大変でありましたな、タママ二等。やっぱ残念だったっしょ?カララのこと。」
その瞬間、タママの表情が僅かに変化した。
「うーん・・・まさかクルルっつーのはねー・・・タママもショックだったでありましょう?今ギロロが彼女の安否を気遣って決死の覚悟で最後の説得に行ってるんだけど、タママも行くでありますか?今ならまだ・・・・・。」
「別にいいですってそんなの!ギロロ伍長も、そんなことやってるとクルル曹長に殺されちゃいますから早めにやめさせといて下さいですぅ。
第一ほら、僕まだまだ現役軍人で任務中ですし、色恋沙汰なんかより僕は軍曹さんについていくですぅ。」
「おお、頼もしいでありますな。けどタママも、ギロロほどは困るけど少しぐらいなら、好きな子の為になんかやっても別にいいんでありますよ?」
ギュッ・・・・・と、タママが拳を握った。ケロロは気付かない。タママの表情はほとんど変わらない。
タルルの頭の中に、タママの手紙が浮かんだ。慣れない地球の生活のことを綴って、たくさん送ってくれた手紙。その内容に、一番よく出てきたのは『軍曹さん』という単語だった。
『・・・・軍曹さんがいるから、僕は頑張れるんだ・・・・・・』
『・・・・それで、その時の軍曹さんが本当に頼もしくってかっこよくって・・・・。』
『・・・・僕の大好きな軍曹さんが・・・・・』
軍曹さん。それは、このケロロ軍曹に他ならない。
「軍曹さんが部下思いで、僕幸せですぅ。じゃ、僕もーちょっとここでタルルと話してますからー。」
「んじゃ我輩もこれで。」
そういって背中を向けて歩いていくケロロを見つめ、タルルは確信した。
アイツだ。
ケロロがタママに向けた発した言葉は、さっきタルルが投げかけたものとほぼ同じだった。なのに、比べようにならないほど、タママはまた傷ついた。必死に笑顔を維持していて、それが余計に痛々しかった。
なのに、あの男はそれにかけらも気付かなかった。
許さない。
許さない。
殺してやりたい。
消してしまいたい。
そうすれば、師匠は・・・・・・。
だが、タルルがケロロの後ろ姿から視線をずらし、タママを見た瞬間、タルルの中で煮え立っていた激情はすっと冷えた。
タママもタルルと同じようにケロロの後ろ姿を見つめていた。ただし、タルルのような殺意のこもった視線ではなく、切なげな、辛そうな思いがこもっていた。
そして、タママはため息とともにタルルの横にまた座り込んで、言った。
「・・・・どうして伝わらないんでしょうねー・・・・。」
タママの呟きを聞いて、タルルは理解した。
ケロロを消してしまっても駄目だ。ケロロを殺しても、タママは元には戻らない。ケロロがいなかったことにはならない。むしろ好きな人を突然失うことになれば余計に傷つくかもしれない。
タママの中のケロロを消してしまわなければいけない。
タママの中の、ケロロが好きだという気持ちを取り除かなければならない。
報われることのない恋、それこそがタママを傷つけ続けるもの。
それをなくしてしまえばよいのだ。
恋心を失わせる、という事は簡単だ。恋とは、憧れと夢と美化によってできるもの。失わせるには、現実を見せればいい。
タママがケロロのことを好きなのは、自分より強くてカッコいいから。
けど実は、師匠は気付いていないだけなのだ。彼は彼自身が思っているほど強いわけでもなく、世界や宇宙どころかケロン軍にだって彼より強い人はたくさんいて、でも彼はそんな人たちに会ったことがないから自分を強いと思い込み、自分より強い男を強いと勘違いしているだけ。だから気付きさえすれば、師匠より強い人はこの世にはたくさんいてあのケロロという男なんか実は強くもなんでもないということを理解すれば。
例えば元弟子だった俺ですら師匠を倒せるほどの実力を持っていると知れば。
「あ、そろそろ外出て待ってないと。クルル曹長の事だからどーせ軍曹さんの予想の三倍くらいのスピードで・・・・。」
「師匠。」
「ん?」
立ち上がった彼に声を掛けると、彼はきょとんとした顔で振り返った。悲しい顔はまた引っ込めたらしく、昼間見ていた顔だ。
いつだって言いたい事をはっきり言って感情を露わにしていた師匠が、こんなに表情を隠すなんて。
だが、そんなことを考えても、タルルの心は恐ろしいほど静かだった。数分前にこの心が激情に支配されたなど、タルル自身信じられないくらいだった。
「師匠、オレ、ヒーローになるッス。」
「・・・・唐突にガキくさいこと言うなぁ。」
「オレ、師匠の事助けますから。」
そういって静かにタルルは笑って見せた。
胸の中で言葉を続ける。
大丈夫。師匠は今、変な鎖でがんじがらめになっているだけ。その鎖のせいで身動きが出来ずに苦しいだけ。
オレが鎖を外してあげますから。オレが師匠を救ってあげますから。師匠を助けるヒーローになってみせますから。
鎖を外すとき、オレは人のこと助けた事なんてないから少しだけ師匠のこと傷つけるかもしれないけど、師匠なら強いから、強いっていつも言ってたから大丈夫ですよね?
何があろうとあなたに絡みついた鎖を外してあげますから。何があろうと傷ついたあなたを助けてあげますから。たとえほんの少しあなたを傷つけることになろうとも、壊れてしまうよりマシだから。
だから。
「・・・僕はお前に助けてもらうほど弱かねーぞ。」
「オレ、また来ますから。」
すぐに。あなたを助けに。
「待ってて下さいね、師匠!」
多分あなたを師匠と呼ぶのも、これが最後。
例え何があろうとも。
例えあなたに罵られようと。
例えあなたを傷つけることになったとしても。
悲しい顔を見たくないから。だからあなたの鎖を外す。
おわり
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タルルはこの後、決戦24時にてタママと再会します。タママを倒して、タママの目を覚まさせるつもりでもあったわけです。
タママは、単に24時までタルルのことを自分の弟子だと思ってます。でもかなり信頼してますので、普段他の人に見せない弱さもタルルに相談できたわけです。それは信頼故なんですが、そうやって弱さを見せたことによってタルルはタママを倒す決意をしてしまうのです。一応そこまで考えてあるのですが書くことは出来ませんでした。
ちなみに『カララ&タルル ペコポンを貰っちゃおう!』の話との関係には、そっと目を逸らして下さい。
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