3 君と一緒にこたつでみかん
『えー、次に気象情報をお伝えいたします。関東地方はここ数日で今年最低の気温を記録しましたが、寒さは収まるどころかますます厳しくなるでしょう。今日は最高気温で6度、最低気温で1度です。雨や雪の心配はありません。次に東北地方では・・・・・・。』
「・・・・・冬樹ー。このラジオ今すぐアッパーカット飛天昇龍波で破壊したら少しはこの部屋あったまるかしら?」
「やめてよ、今夜八時に『必聴!これがネッシーの鳴き声だ!』っての放送するんだから。」
うー、とあたしは口の中で文句を言った。誰に対しての文句はよくわからない。多分弟とアナウンサーと気温と季節と世界に対してだろう。
某月某日、季節は冬。温暖化が進んでいるはずの世界は今日も氷河期のような冷たい風を吹かせまくっている。今あたしと冬樹の入るこの和室はストーブをきかせコタツがついている為そんなに寒さを感じずにいられるが、もし少しでも戸を開けたり廊下に出たりすれば、たちまち全身が凍りつくに違いない。そのため、あたし達は買い物も掃除もほったらかしにして炬燵にたてこもっているのだ。
軟弱者だと笑いたければ笑え。どうせ現代っ子とはみんなクーラーとストーブの恩恵のもとで育ってきたのだ。それにあたしは特別寒さに弱い。冬生まれでありながら、急激な温度変化にあうと身体が割れてしまいそうになるほどだ(土鍋かアタシは)。
そういうわけでアタシも冬樹も暖房の効いた部屋でコタツに足を突っ込んで、ママの帰りが今日も遅いだとか正月になると特番ばかりでテレビが面白くないだのということをぐだぐだ話していた。
が、しばらく経って。
「・・・・・・そういえば姉ちゃん、外の洗濯物もう取り込んだ?」
「えー、いいわよ今日は。どーせ乾くどころか完全に凍結してるだろうし、もう少しあったかくなって溶けてから。」
「溶けたらまた濡れちゃうじゃないか。それに、これからまた寒くなるって言ってたし、今のうちにやっとかないと。」
「ボケガエルに・・・・。」
「今日の当番は姉ちゃん!」
ぴしりと言われてしまい、仕方なくあたしは立ち上がった。
別にジーパンやら靴下やらが凍結しようと砕けようと構わないが(ちょっとは構うけど)下着類はほったからしにしておくと狙われてしまう。いや、この寒さなら流石に下着泥棒も休業かな?
ためらいながら戸を開け、その途端に襲ってきた寒さに身をすくませた。
震えながら外に出ると寒さは更に強さを増す。堪らなくなって掛けてあった上着を着込んだが、やはりそんなには変わらない。
ふと、猫ちゃんの鳴き声が聞こえた。
なぁん、なぁん、と声がする。またギロロの所にいるのだろうか。
「そーだ!ギロロの焚き火にちょっと当たらせてもらおっ!」
そうだった。うちの庭には焚き火のプロがいるのを忘れていた。ひょっとしたらまた焼きたてのおイモをくれるかもしれない。
いったん洗濯籠をその場において、あたしはギロロのテントに向かった。
だが残念な事に煙は上がっていなかった。ギロロはどうやらテントの中にいるらしく、ネコちゃんの声もそこから聞こえてくる。
ここまで寒いと、下着ドロどころか焼きイモ職人も休業中らしい。
ふと、不安が胸をよぎった。
猫ちゃんは、いつもこんなに長い間鳴いていただろうか。
バッ!とテントの入り口を開けて中を見た。予想通りギロロと猫ちゃんは中にいた。
ギロロはどうやら眠っているらしい。傍らに猫ちゃんがいて、あたしが入っていたことにも気付かずにギロロに向かって鳴きかけている。
その猫ちゃんの様子があまりにも必死で、いつもと全く違うような気がして、不安はますます強くなった。
「ギロロ・・・・・?」
恐る恐る声を掛け、あたしは手を伸ばした。ようやくあたしの存在に気付いた猫ちゃんが慌てて飛びのいたが、構わずにあたしはギロロに触れた。
ひやり。
冷たい。
「ギロロっ・・・ちょっと、ギロロ!」
呼びかけながら、あたしの頭はおそろしいことを考え始めていた。
冬。
外。
テント。
野宿。
最低気温。
そういえばここ数日ギロロの姿を見かけなかった。
ギロロだけじゃない、ボケガエルも。
それらすべての不吉な想像を振り払うように、あたしはギロロを激しくゆすった。
「ギロロ!ねえ、ギロロったら!嘘でしょ!?ねえ、起きてよギロロ!」
生物の温かみが全く感じられない冷たい皮膚に、涙が一滴落ちた。
どれだけ叫んでも、ギロロは起きるどころか身じろぎ一つしてくれない。
それでもあたしは、グイッと拳で涙を拭い、ギロロを抱えて立ち上がった。
まだ諦めない。まだ、泣くには早すぎる。
あたしは全速力で部屋へと書け戻り、驚く冬樹を尻目にギロロをコタツへ放り込んだ。そして温度設定を『中』から『最強』へ切り替える。
冷えたのなら温めればいい。幼稚園児並の知識だが、あたしはそれを信じた。
待つこと30秒。
「どあっちゃぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
ぶあさぁっ!とコタツ布団をめくって、ギロロが飛び出してきた。
「ギロロ!」
「あち、あち、な、なんだ一体!俺は確かテントに・・・・っておうわ夏美ぃ!?」
戸惑うギロロに構わず、あたしはギロロをしっかりと抱きしめた。
コタツ効果でほかほかになった身体が、気のせいか更に熱くなる。
「ギロロ・・・・よかった・・・・!ほんとに、死んじゃったかと思った・・・・・!」
「な、夏美・・・・。」
「ああもう・・・どうして心配ばっかりかけるのよ!」
「す、すまない・・・よくわからないが、お前に助けられたようだな・・・・礼を言う。」
「ギロロ・・・・・。」
「あのー。」
感動の場面に水を刺す、少々刺々しい声がした。
声のほうを見やると、冬樹がよろよろ立ち上がるところだった。
何故か部屋の中は荒れ果て、飲んでいたお茶が二つともひっくり返り、障子が一部破けている。
かろうじてコタツの上のみかんは無事だ。
「僕のほうも全っ然事情が飲み込めないから、できれば早めに説明してくれる?」
ギロロをコタツに入れる際に慌ててあたしが蹴り飛ばしてしまった弟は、冷ややかにそう言った。
部屋の片づけをしながらあたしはギロロが凍死寸前だった事を話した。
話の途中でにゃあにゃあとギロロを心配して鳴いていた猫ちゃんを家に入れてやり、洗濯物籠を回収した。当然洗濯物はほったらかしだ。
尋ねてみると、なんとギロロにはここ数日間の記憶が全くなかった。ということは数日前から生死の境目を彷徨っていたことになる。それで助かったのだから、奇跡としか言いようがない。あるいは脅威のコタツパワーか。
とにかく無事で本当によかったとあたしが話を締めくくった時、黙って話を聞いていた冬樹がゆっくりと口を開き、とんでもない事を言った。
「ねえ、姉ちゃん・・・・。それってまさか・・・・・。
冬眠、なんじゃ・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・え?」
和やかな雰囲気になりかかっていた部屋の空気が、ピシリと音を立てて固まった。
長い・・・長すぎる沈黙。
やがてあたしはゆっくりとギロロのほうに向き直った。きょとんとしているギロロを見つめ、静かに息を吸い込み・・・・・・・。
「っどーしてそんな紛らわしいマネすんのよアンタはーっ!!」
「俺に言うなーっ!!」
「あんた以外の誰に言うっていうのよ!あーもう、うっかり泣きそうになったあたしの立場はどーなんのよ。何?あたしの涙、価値ゼロ?」
「いやだから夏・・・・・!」
「あ、冬樹。今思い出したけど多分ボケガエルも冬眠してるわよ。最近見てないから。」
「ええっ!?大変だ、僕すぐ見てくる!」
自分のペット(友達)の話になった途端に冬樹が慌てて立ち上がった。
が、冬樹が部屋を出ようとして戸に手をかけた瞬間、戸は自動的に勢いよく開き冬樹をふっとばした。
そして。
「夏美ちゃんっ!」
「さ、サブロー先輩!?」
部屋に勢いよくサブロー先輩が入ってきた。ぜえはあと息を切らし、脇に抱えた黄色い物体をグイと突き出して、
「助けて夏美ちゃん!今クルルのラボにペンで描いた『ど○○○ドア』使って行ってみたらクルルが、クルルが冷たくなっててあああどうしよう!クルルが死んじゃったよう!」
「・・・・あー、今コタツの温度また『最強』にしますから好きなだけどうぞ温めて下さい。」
あたしがそういうのとほぼ同時に、吹っ飛ばされた冬樹が力一杯サブロー先輩を突き飛ばして地下に走っていった。
「ったく・・・・・エライ目にあったぜぇ・・・・。」
10分後、クルルとボケガエルの蘇生が完了し、地球人三人とケロン人三人はやっと平和にコタツを囲むことが出来た。
「なーるほど、最近タママ二等が遊びに来ないのは、そういう事情だったのでありますか。」
ボケガエルがみかんをむきながら呟く。
タママはなんと言っても住んでいる家があまりに広いため、敷地を出る前に冬眠してしまったらしい。よってさっさと家の人に発見され、以来今まで桃華ちゃんの家から出ないようにしていたらしい。
何故そんなことを知ることが出来たかというと、冬樹が桃華ちゃんに確認の電話を入れたからだ。冬樹の携帯には桃華ちゃんの携帯の番号がきっちり登録されてあり、無論あたしは、弟の幸せを何より願う一人の姉として、『こーのしあわせ者ー!』と冬樹をからかいまくった。
「にしても、冬眠とはな・・・・・・全く、んな大昔の特性がまだ残ってたとはよ・・・・。」
「は?冬眠って、あんた達いつもしてるんじゃないの?」
クルルの言葉にあたしがそう尋ねると、
「んな訳ねぇだろ、第一去年はやらなかったし。
オレたちケロン人は元々寒さに弱い生物だったらしいから、昔はコールドスリープ能力を持っていたらしいって話はあるがな。
何せペコポンと違ってケロン星では気象コントロール技術があるからなぁ。わざわざ自分たちに不利な気象状況を残しとくわけもねぇだろ?大抵ケロン人にとって都合のいい気候に設定してあるんだよ。」
「へー。そーいやクルルたちの星って、雪も台風もないんだっけ?」
「まぁな。おーざっぱな四季ぐらいは残してあるが、それだけだ。
俺らも冬眠なんざしたのは初めてだな。何せ何代も全く使われなかった能力ってのはすぐ退化してくし、残ってるかどうかなんて誰も確かめなかったしなぁ・・・・・クーックックックックック・・・・・。」
「なーるほど。確かに、今年の冬はホント寒いもんなぁ。カエルじゃなくたって冬眠ぐらいしたいよなぁ。」
クルルとそんなことを話しながら、サブロー先輩はみかんを一房口に放りこんだ。そんな庶民的なはずの仕種さえ、優雅に見えてしまう。
周りにつられてあたしもみかんを一つとってむき始めた。最近のみかんは本当に甘い。寒くなってくると、今まで酸っぱくて仕方がなかったみかんが途端に急激に甘くなってくる。
見ると、ギロロの前にもみかんが置いてあった。皮をむいて、一房食べたままの状態で放置してある。
もしやみかんですら、甘いのは苦手なのか。
「いやーしかし本当に冬眠でよかったよ!冷たくなったクルルを発見した時は、マジで過労死したかと思ったし。」
「言っとくがあと数日発見が遅れたら本気で死んでた可能性だってあったんだぜぇ?」
あたしのみかんをむく手が止まった。
「ええっ!?クルル、それどゆこと!?説明するであります!」
「わかんねぇのかい?普通冬眠ってのは準備が必要だ。仮死状態みたいに生命機能を一時的に中断させるわけでもなく、機械を使ったコールドスリープみたいに生命活動をいったん機械任せにするでもねぇんだからな。自力での冬眠ってのは、飲まず食わずでしばらく生きていられるぐらいに食いだめしとくか、必要な栄養分を摂取するためにたまに起きられるようにしておく必要があるんだよ。
つまり、今回の場合オレたちは単に何もせずに爆睡してただけ。数日なら生きてられるだろうが、一週間以上続きゃあ確実にオダブツだろうなぁ・・・・クーックックックックック・・・・。」
「むぅ・・・・なるほど、言われてみれば確かに腹が空いていたり皮膚が乾燥しているような気がってのわああぁっ!?」
なにやら色々言っていたギロロをあたしは片手でつかみ上げ、
「って何冷静に状況分析してるのよっ!よーするに餓死寸前って事じゃない!とりあえずみかんよ、みかんを食べるのよギロロ!」
「むごごごごごぉっ!!な、なづ、むぐぅぅぅっ!!」
なにやら言いかけたギロロの口にあたしはむいたみかんを一気に詰め込んだ。傍らではサブロー先輩達が、
「うっわー、ラブラブぅ。」
「サブロー先輩それちょっと違います。多分姉ちゃんは『はい、アーンv』なんていう軽い気分じゃなくて結構真剣ですから。」
「夏美殿ったら・・・・過保護なんだからv」
「お、隊長それかなり正解。」
などと色々話していたが、とりあえず無視してみかんを完全に押し込んだ。
今夜は何か栄養のつくものを作るとして、とりあえず応急処置はみかんで大丈夫だろう。みかんには現在ギロロに不足しているはずの水分も多く含まれているし、ビタミンなども豊富だ。今は脅威のみかんパワーを信じよう。
ふと、なんとなく違和感を覚え、あたしはギロロを降ろして呟いた。
「ねえ・・・・・誰か忘れてない?」
忘れてる、といったら思い出せるのは一人だけ。
ケロロ小隊の最後のメンバー、ドロロだ。
ドロロの住んでいるところは小さな小屋で、空調設備は当然皆無。何より、一緒に住んでいるのは小雪ちゃん。
そう。
田舎育ちで、文化には疎いけど自然には詳しいくノ一の小雪ちゃん。
胸の中の違和感は、ギロロの時と同じ種類の不安へと変わった。
小雪ちゃんは、あたしの予想したとおり蛙の生態にも詳しかった。
ドロロが眠りこけているのを見ても、あたしのように凍死とカン違いしたりせずにきちんと冬眠だと理解したらしい。
そして、蛙は普通地面の上で眠ったりせずに、地面に潜って眠る事ももちろん知っていたらしい。
よって。
「・・・よい、しょっと。さードロロー、穴掘り終わったよー。
もう、地面の上で眠っちゃうなんて、ドロロもうっかりさんだなー。
春になったら起こしてあげるから、それまでしばらくお別れだねー・・・・。」
「埋めちゃだめぇぇぇぇぇっ!!
待ってお願い気付いて小雪ちゃん!それエサとか取れなくて死んじゃうからだめ待ってぇぇぇぇぇぇっ!」
と、いうわけで。
このクソ寒い中ドロロ救出に来たあたしたちは、小雪ちゃんの説得に一時間を要したのだった。
おしまい
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どうやら日向家のコタツには「最強」コマンドがある模様。なんか燃えそうだ。
蛙たち、ただでさえ寒さに弱そうなのにその上常に全裸でおまけに肌湿ってるはずですからね(カエルだから)。
そりゃ寒さ抜群でしょう。人間に置き換えたら雪合戦の時とか想像するだけで震えてくる。
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