5 聖夜を一緒に


 街中が華やかに彩られ、人々の顔に笑みが溢れる。
 鈴の音は優しく辺りに響き、今日が特別な夜であることを空気に刻んでいるかのようだ。
 そう、今日はクリスマス。
 一年の中で最も聖なる夜。




 道を曲がった途端、突然現れた大きな光る木を見て、少女は思わず立ち止まった。
 電球で飾り付けられて闇夜に輝くその木は、まるでクリスマスの象徴のように見える。美しいその光をぼぉ・・・・っと眺めていた彼女は、ハッと我に返ると,慌ててまた歩き出した。

 最初は小走りだったが、色とりどりに飾られた街に目を奪われ、また歩みを緩くする。赤や、緑や、金色。また、貫くような光は本来夜の支配者だったはずの闇を退けて、人々を照らし出している。
 街を歩く人々は皆同じように幸福そうな顔をしていた。プレゼントを買いに行くらしい親子連れや、おしゃべりをしながら入る店を探している少女達。一人で街灯の下に立っている人もいるうが、その顔は期待に満ちている。きっと、大切な人との待ち合わせなのだろう。
 少女は辺りを見回した。
 大勢の人が歩いているが、その大半は恋人同士のようだ。腕を組んでいたり、顔を赤らめて話をしていたり。誰もがみな、このクリスマスという夜を大切な誰かと過ごしているのだ。

 そう。
 そして彼女も、まもなくその中の一人となるのだ。

 軽いビニール袋と紙袋をぎゅっと抱きしめ、少女は微笑んだ。ビニール袋の中には今夜の夕食の材料が、そして紙袋にはクリスマスプレゼントが入っている。今夜、この聖なる夜を一緒にすごしてくれる、あの人にあげる為のプレゼントだ。
 さっきまでクリスマスの装飾に気を取られて遅くなっていた足が自然と速くなった。
 あの人の喜ぶ姿を思い浮かべるだけで胸が弾む。
 あの人が自分の帰りを待っていてくれると考えるだけで、早く帰ろうという気になる。
 この特別な夜を、一番大切な人と過ごせる自分はなんと幸運なのだろう。


 でも、あの人は今、幸せだろうか。


 いつの間にか大通りを抜け、家の側まで来ていた。電灯がぽつぽつと弱弱しく辺りを照らしているものの、その光の届かない場所では以前闇が空間を包んでいる。
 まるで、自分こそが夜の支配者だと主張しているかのようだ。

 あの人は、自分と過ごすこの夜を幸せだと思っていてくれるだろうか。
 あの人には友達がいる。ずっと前から友達だった、お互いを信頼しあっている大切な友達。そんな人と過ごすクリスマスのほうが、あの人にはずっと幸福だろう。
 それに、あの人には夢がある。夢も希望も、いつだってあの人の大切にしているもの。それを貫く事が彼にとって何より幸福な事。

 だから、自分と過ごすクリスマスなど、彼にとっては幸福などではないのかもしれない。



 いつの間にか家が近付いてきた。と、暗闇の中に見知った顔を見つける。家の前で立っているのは、ずっと思い浮かべていたあの人だった。

「お兄ちゃん!」

 思わず叫ぶ。彼は少女を見ると、

「ラビー!待っていたぞ!」

 と叫んだ。
 もしかして、自分の帰りを待っていてくれたのか。そう思った少女に、

「アレを、見ろーッ!!」

 と叫び、バッ!とオーバーリアクションで斜め上を指差す。

 少女・・・・ラビーがそちらを見ると、巨大な塔があった。自分達の住んでいる安アパートの側からでも見える巨大な西澤タワー。しかし兄が示したいのはそれではなく、その頂点で製作されているらしい巨大なオブジェのことらしい。
 なんとなく、兄の友人であるケロロに似ている気がする。

「わかるか!?どうやらケロロたちが、何かを企んでいるようなんだ!
 平和を愛する宇宙探偵として侵略宇宙人の所業は無視できない!しかぁし!困っている友人を見捨てるなど、悪の権化!正義の味方である俺には出来ない!
 さあラビー!ケロロたちを助けに行くぞぉ!」

 叫ぶ兄の姿は輝いて見える。いま自分がしなければならないことをする、という使命感に燃えているせいだろう。
 そんな兄を見て嬉しく思うと同時に、やっぱり、という思いが胸を掠めた。
 正義や、夢や、使命。それが彼の中で最も大切なもの。だから、彼にとっての幸せなクリスマスとはこれなのだ。

 決して、自分と過ごす平穏なクリスマスなどではなく。

「どうしたラビー!行くぞ!とうっ!」
「あ、うん!」

 兄に続いて慌てて走り出した。
 そう、兄は今幸福なのだ。それを見ているだけで、自分は今幸せだ。そう言い聞かせながら。








「今日は大変だったね、お兄ちゃん。」
「はーっはっはっはっはっは!」

 兄が同意してくれて、ラビーは微笑んだ。

 現在、午前1時半。ケロロたちとの作戦が終わり、ついさっきまで彼らは日向家のクリスマスパーティ(1日遅れ)に参加していた。今はその帰り道だ。
 クリスマスが終了したも同然の26日、それも深夜とあってはもう人通りも少ない。ましてやここは大通りではなくそろそろアパートの近くだ。人通りは皆無に等しい。

「ケロロさんたち、ペコポンにいられることになってよかったね。」
「はーっはっはっはっはっはっは!」

 兄も喜んでいる。それだけで嬉しい。
 アパートが見えてきた。今年は、二人でクリスマスを過ごすことは出来なかった。けど、兄は自分の正義を貫く事が出来て幸せだろう。なら、それでいい。そう考える事にした。

 アパートの前においてきていた、ビニール袋と紙袋のことを考えないようにして。


 そう思っていたのに、アパートに着いたときにいやでもその袋は目に入った。とりあえず、兄に見つからないようにそっとその袋を拾い上げ、一緒に階段を登る。夕食はもういいだろう、パーティでご馳走になったから。明日の分に取っておこう。買ってしまったプレゼントは、また別の機会に出せばいい。今渡してもいいはずなのだが、何故かそんな気になれなかった。

 あれ、と思った。兄の表情が、かすかに変化した気がする。
 しかしそれを読み取る暇もなく、彼は部屋の扉を勢いよく開けた。扉が毎回の仕打ちにギシギシと不平をもらすが、兄はかまわずにずかずかと部屋に入った。
 ラビーも同じく部屋に入り・・・・。


「あっ・・・・・・!」


 思わず、声がもれた。
 部屋の中はいつもの状態とは見違えるかのようだった。常にカラーボックスで邪魔されて見えなくなっている壁には紙で作ったわっかの飾りがついていて、所々に小さな星もくっついている。非常にいびつなそれは、一目で兄が作ったものだとわかった。
 机代わりにいつも置いてあるカラーボックスの上に、紙袋が1つ。それはいま自分が持っているものと非常によく似ていた。

「驚いたか、ラビー!」

 兄が胸を張って叫ぶ。ババッ!とポーズをとりつつ、

「去年学んだ、ペコポンのクリスマスの飾り付けを真似て、部屋を、飾り付けてみたぞぉぉぉぉっ!」

 もともと細かい作業がおそろしく苦手な兄がこれを作ったなんて信じられなくなる。それに・・・・・・。

 机(カラーボックス)の上の、小さな紙袋。

「さあっラビー!そいつを開けてみてくれっ!きっと気に入るはずだっ!」

 そう叫ぶ兄にしたがって、ラビーは紙袋を手にとった。そっと、ガラス細工でも扱うようにそっとその袋から箱を取り出し、開けた。

「あ・・・・!おにいちゃん・・・・これ・・・・・!」
「おうっ!部屋に余っていたカラーボックスを売って、それを買ったんだ!流石に陶器はカラーボックスで代用は出来ないからな!はーっはっはっはっはっはっは!」

 そう。箱の中にあったのは、小さなマグカップだった。綺麗な色のうさぎの模様がついている。紅茶でも緑茶でも、どちらでも合いそうな色合いだ。陶器は少し薄めで、壊れやすそうだった。何かを丁寧に取り扱うのが涙が出るほど不得手な兄がこれを壊さずに持って帰るのはさぞかし大変だっただろう。

「ラビー!メリークリスマス!俺からの、クリスマスプレゼントだ!」

 そう叫んでくれた兄の言葉に、涙がこぼれた。嬉しさがこみ上げてくると同時に、ほんの少しでも『大切に思われていない』なんて兄を疑った自分を恥じる。
 どんなに違っていても、どんなに『似てない』と言われても、やっぱり自分達は兄妹なのだ。それも、世界でたった二人だけの。

「お兄ちゃん・・・あ、ありがとう・・・・・。」
「どうしたラビー!なぜ泣くんだ!泣いちゃ駄目だ!涙は、人の心を弱気にするぞ!」
「うん・・・・ごめんね・・・・・。あの、あのね、これ・・・・・。」
「おうっ!なんだっ!」
「これ・・・・開けてみてくれる・・・?」

 そういって、ラビーは兄に紙袋を手渡した。いま自分が開けた紙袋と非常によく似ている紙袋。兄に買ってきたクリスマスプレゼント。
 兄が(彼的に)慎重にその紙袋を開けて、中から出てきたのは・・・・・。

「こっ・・・・・これはぁ!」

 マグカップだった。小さな、でもラビーが今兄から貰ったものより一回り大きい、同じうさぎの模様のマグカップ。こちらのうさぎの方が少々目つきが悪い。彼はそっと、そのマグカップを机(だからカラーボックス)の上に置いた。
 よく似た、でもほんの少し違うそれらは、まるで兄妹のように見えた。

「お兄ちゃんに・・・・クリスマスプレゼント・・・。」
「ラビー・・・。」

 兄が呆然としている。顔はほとんど変わらないが、感動してくれているらしい。
 ラビーは、涙をぬぐってやっと微笑んだ。自分の方を見てくれている、宇宙で最も大切な兄に向かって、言った。

「メリークリスマス、お兄ちゃん!」
「・・・・おうっ!メリークリスマス!ラビー!」





 今日はクリスマス。ペコポンの神様のお誕生日で、奇跡の起こる夜。
 パーティの準備は成功し、友達とは仲直りし、侵略作戦はうまくいく。そんな、特別な夜。

 幸せな人はより幸せになれる、一年の中で最も聖なる夜。



 メリー・クリスマス・・・・・・・・・。








おわり



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恋人用ペアマグカップをバラバラに買っていた、というオチ。
恐らく当サイトの中で最もラヴラヴな小説だと思います。うーむ、クリスマスにこんなものを書く奴の心境が知れませんね(お前じゃ)。
ギリギリCD聞く前からかなり好きなんです、556。同時にけなげなラビーも大好きです。シスコン&ブラコンペア、最強ですな。



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