4 クリスマスの準備をしよう
25日深夜。具体的にいうと、12月26日午前0時30分。
そのマンションの小さな部屋は前から整頓されていた。というより、もともと物がないと言った方が正しい。生活に対して執着がないようなその部屋には、必要最低限の物しかないようだった。
その部屋が、今は多少華やかになっていた。壁に申し訳程度にカラフルな紙飾りがついており、観葉植物はツリーに見立てられて天辺に星がつけられていた。
小さなテーブルには、今晩の夕食であるらしいケンタッキーのチキンと、コンビニで買ってきたらしい二人分のカットケーキ。
椅子も二つ。元々は一つしかなかったのだが、少し前に新しい住人が入ってきて急遽買ってきた物だ。子供用で、足ばかり非常に長い作りをしている。
その椅子に座るべき者は今、ここにいない。
ゆっくりと、この小さな部屋にただ一人存在している少年は溜め息をついた。うつむき、頬杖をつくと色素の薄い髪がさらりと垂れた。
しばらくその姿勢でぼぉっとしていた少年は、ふとポケットから一本のペンを取りだした。席を立ち、引き出しの中をかき回してメモ帳を取り出し、一枚を乱暴に破る。
その破った紙切れを机に置き、ペンを滑らせる。同時に耳に蘇る声。
『ねークルル?イヴの夜ってヒマ?』
自分の声だ。そして、その後に聞こえてくるのは自分のマブダチの声。
『あん?空いてたらなんだって言うんだよ?』
『いやー、もし予定無いんだったら俺と過ごさないかなーと。』
『ナンパかぁ?』
『そんなとこ。で?どうなの?』
『ク〜ックックックック・・・・ちょいとイヴは無理だな。〆切前の書類があるんでな。』
『ヘー、クルルでも仕事に追われることがあるんだ。』
『隊長の後始末でな。』
『相変わらず大変だな。
じゃ、さ。クリスマスじゃ駄目?25日の方。俺どっちでも空いてるよ?何せ収録ももうその日には終わってるし。』
『ヒマジンだねぇ。ま、いいぜ?ンじゃクリスマスの夜にでも行ってやるよ。
しっかし、てめぇだったら女でもはべらせてよりどりみどりなんじゃねーのかぁ?』
『今回は、宇宙人と奇妙な夜を過ごしてみたいのさ。それより、約束忘れんなよ?』
『わーってるよ。ちゃんと夜には行ってやるよ・・・・ク〜ックックックックック・・・・・・。』
ほんの、3日前に交わされた会話。
25日の昼の間、とりあえず準備をした。折り紙で輪っかを作っていると自分が幼稚園生に戻ったような気分になり、非常に楽しい気分になった。
そして、作るのは面倒なので買ってきた夕食とケーキを用意し、現れるであろう黄色い宇宙人を待った。
待った。
待ちに待った。
ひたすら待った。
現在、12月26日午前0時36分。
ペンを動かし終え、少年は一息ついた。すると、その紙からもこり、と何かが盛り上がり、次の瞬間その塊は少年の望む姿となった。
黄色くて、眼鏡をかけた蛙の宇宙人。
今夜一緒にクリスマスを過ごそうと思っていた友人。
出てきたそのぬいぐるみを向かいの席に置く。するとそいつは「クーックックックックックック・・・・・」と笑い出した。振動や声に反応して笑う仕掛けにしてみたのだ。
そして、少年はもう一度自分の席に座った。ラジオでは623、日常生活ではサブローと呼ばれるその少年は、シャンパンを開けて自分のグラスと相手のグラスにそれをなみなみと注いだ。
そして、自分のグラスを持ち上げ、掲げてみる。一瞬視界が歪んでグラスが見えなくなり、サブローはそっと目尻を左手で拭った。
彼は呟いた。悲しくなることぐらい分かっていたが、それでも呟かずにはおられなかった。
「メリー・クリスマス・・・・・・・俺。」
声に反応して、目の前のクルル人形がまた笑い出していた。
同時刻、日向家にて。
「ん?」
現在日向家にてママも迎えてみんなでクリスマスパーティをしていたクルルは、ふと首を傾げた。彼のそんな動作が珍しかったのか、側にいたギロロが
「どうかしたか?クルル。」
「んー・・・・なーんか忘れてるような気がしたんだが・・・気のせいかねぇ。」
「今日は忙しかったからな。なにやら忘れていてもしかたがあるまい。」
「そりゃ記憶力弱い伍長だったらそうかもしれねぇが、天才の俺が物忘れとは・・・・。」
「ちょっと待て!記憶力弱いとはどういうことだ貴様!」
と、今までひたすら盛り上げ役に徹していたケロロがその様子に気付いて言った。
「クルル?ひょっとして、あの壊れたオラニ電気ヲワケテクレ装置、まさか回収してなかったりしてないよね?」
「・・・・・・・・あ、それか。」
「おいこらっ!」
「大丈夫ですぅ。あそこモモッチのお屋敷ですから、多少何か落ちてきたってだーれも気にしないですぅ。」
「おお、そうでありましたな。」
「なら回収は明日だな。さすがに今夜まだ動く気力など無い。クルル、何をしている?まだ何かあるのか?」
「んー・・・・・そんなもんだったかなー・・・・・・ま、いっか。」
気付いてやれ、クルル。
おわり。
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