08 何年か前の冬の頃
そんなに昔じゃないけれど、
遠い過去のような気もする。
その頃、僕はまだ小学生で、
でもその年の春には中学生になる、という頃で。
そして、まだこの地球に、軍曹達がやってきていない頃だった。
「うわぁ・・・・寒・・・・。」
家から一歩出た瞬間思わず僕は呟いた。
鉛色の空からは今にも雪が降りそうだが、今日の降水確率は20%。雪さえ降ってきてくれればまだ寒さも我慢できるのに。
「ひーっ!何よこの寒さ〜!家から出たくないー!」
家から姉ちゃんが出てきた。セーターにマフラーに上着に手袋に、と完全装備だ。
出来れば僕だって家から出たくない。だがそろそろ買い物をしないと家の中の食料が尽きてしまう。もう少し科学が発展すれば、家で一言呟くだけで食べ物の出る時代になるだろうか。
「無理だろうな・・・・。」
「何ブツクサ言ってんのよ!あーあ、せめて雪ぐらい降ってくれてもいいのに。さっきから降りそうで降らないのよねー。」
さっき僕が思っていたことと同じことを姉ちゃんが言った。似てなくてもやっぱり姉弟だな、と感じる。
「あ、でも降りすぎても問題よね。電車やら車やらが止まるとママ帰ってこれないし。」
「クラスの子も雪が厄介だって言ってたよ。お父さんが鉄道会社に勤めていて,ちょっと雪が降っただけでも電車が止まるから休みの日でも仕事に行っちゃうんだって。」
「へー、大変ねー。でもうちのママなんて休日自体そんなにないじゃない。」
「まあね・・・・。」
降るわけないとわかっていても、ついつい空を見上げてしまう。冬の空は晴れていることが多い。しかも空気が乾燥しているから空は怖いほど青くなる。だからといって曇っていても少し怖い。なんだか雲のせいで空が近付いて見えてしまうからだ。上から雲に圧迫されている気になる。
「・・・・こんな天気じゃUFOも見れないし・・・・。」
「アンタそのオカルト趣味どーにかしなさいよ。そろそろ中学生なんだし。」
「え〜?中学にオカルト部ないのー?」
「あるわけないでしょ!全く、たまには女の子と出かけたり友達と遊んだりしなさいよ!」
「あはは・・・・。」
笑って誤魔化してしまった。
とりあえず、一瞬思ってしまった姉ちゃんへの反論は、妙な誤解を招かない為にも飲み込んでおいた方が良さそうだ。
トモダチがいたらそうするよ、なんて。
誤解しないで欲しい。別にイジメにあっているとか学校で孤立しているだとかの意味ではない。『友達』と呼べる人は何人かちゃんといるし、オカルト部の仲間ともとても気が合う。
僕が言っていろトモダチとは、一緒にいられて楽しいだけの人じゃなく、信頼できたり、お互いを理解する事が出来るような、世間一般では『親友』と呼ばれる人のことだ。地域ではこころの友と書いて心友と読ませたりすることもあるらしいが、とにかく僕には、他の人と明確に違うほど仲がよいと思える友達がいない。
別に僕に限ってではなく、姉ちゃんだって特別な友達はいないようだ。学校で友人もたくさんいて、信頼もある姉だけど、『一番仲のよい友達』の話が出てきたことは無い。たいてい『テニス部の子で』とか『クラスの女の子が』と話し始める。
とはいえ、僕も姉ちゃんも別に親友と呼べる人がいないからといって不自由した事は無い。学校内で孤独なわけでもないし、僕の場合そんな小学校ともそろそろお別れだ。友人に依存した人、された人を見たりすると、いなくて良かったと思うときすらある。けど。
けど。
僕がオカルトがすきなのは、宇宙人にあってみたいからだ。
宇宙人に会うことが出来たら、友達になりたい。そう考えてる。
価値観も、ものの考え方も、姿かたちさえも違う存在と『気が合う』というのはかなり無理があるだろう。ましてや『信頼』とか『理解』なんて。
けどもしそんな人と友達になれたら。もしも、『親友』になれたら。
僕はまた空を見上げた。相変わらずの鉛色の空。雪は降りそうで降ってこない。
「冬樹!なにぼけっとしてんのよ!早く行くわよ!こんな寒いのに長く外になんかいたくないんだから!」
ハッと我に帰り、僕は慌てて歩き出す。かなり長い時間考え込んでいたようだ。
歩きながら、それでも僕は空を見る。雲のせいで空は落ちてきそうなほど近くに感じられる。
でも、違う。
近くに見えるのは雲だけ。雲を隔てて、空ははるか彼方だ。
どれだけ見上げても、空はいつだって遠く、届かない。
季節は少しずつ流れていき、鉛色の空は減り、卒業式の練習が始まり。
そして、僕の家に、宇宙人がやってきた。
ゆっくりと扉を開け、外に踏み出し、思わず一言。
「うわぁ・・・・寒・・・・。」
「なっさけないでありますなー、これだから最近の若いモンは!」
「軍曹それ自分がもう若くないって言ってるよー。」
アハハ、と僕は笑って足元にいる緑色の宇宙人を見た。僕も彼も同じ色のマフラーを付けている。姉ちゃんとママがこの冬のために編んでくれたものだ。僕のはママお手製で、軍曹のは姉ちゃんの手編み。もちろんアンチバリアはマフラーにも作動中だ。
「あんたたち、こんな寒い日によく出かける気になるわね・・・・・・。」
「ぬおぁっ!?夏美殿!?うわーセーター上着にマフラー耳あて手袋マスク!熊狩りにでも出かけるので?」
「何で都会でクマ狩りよ!だいたい出かけたくもないし。はいこれ買い物リスト。予算内でね。」
「うわ!我輩パシリ!?」
その前に姉ちゃん、買い物リスト渡す為だけにそのカッコ?僕だって今日はマフラーセーター手袋と冬の三点セットだけなのに。
「んもー、どーしてこーも寒いのよ!せめて雪が降ればなぁ〜!」
「寒いといっても例年よりは暖かいし、今年は無理だよ。」
降りそうで降らない鉛色の空を見ながら僕が言うと、軍曹はゲロ?と小首をかしげ、
「雪が見たいのであれば、気象衛星コマワリはまだ浮いているし・・・クルルに頼んで大雪という手も・・・・。」
「あ・ん・た・は・どーしてそういう風情のないことをすんのよぉぉぉぉ・・・・・!」
「ああー姉ちゃん!軍曹歪んでる歪んでる!」
姉ちゃんが力任せにつかんで縦に横にと大変なことになっている軍曹を慌てて奪い、ふにふにと丸顔を元に戻す。
「全くもう、こんな寒い日におもちゃ屋行くのは宇宙広しといえどもアンタだけよ。」
「なにおうっ!今日は新発売でありますよ!?ルナマリアの赤で三倍っぽさでありますよ!?」
「知らないわよアスランの女難に拍車かけておいて結局シンの所いった女のことなんて!」
知ってるじゃん。
僕は笑い、軍曹を抱っこしなおして姉ちゃんに「行ってきます」といった。まだ姉ちゃんと口げんかしたそうな軍曹を持ったまま僕は歩き出し、ふと空を見る。鉛色の空は久しぶりだ。
「・・・・冬樹殿?」
「ん?何?軍曹。」
「先程から空が気になっているようでありましたから・・・あ、天気が悪いから?なら、買い物終わったらロードランチャーで雲の上にでも行くでありますか!青空とか見放題でありますよ?」
「わあ!いいねえ!でもいいの?軍の機械でしょ?」
「もちろんであります!冬樹殿はお友達でありますから!」
友達。
その言葉を聞いたとたん、笑顔が溢れてくる。
「うん!親友だよね!」
「もちろん!友達で、親友で、家族であります!」
これだけは、たとえ何があっても、胸を張っていえる。
僕達は、友達だ。
おわり
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