自制心にかかる誘惑
あたしはそっと指をある方向に伸ばし、しかし躊躇ってからそっと降ろした。
視線を落とせば、すぐ隣で眠る赤い宇宙人が目に入る。
日頃軍人だ任務だと騒いでいるこの吊り目の蛙は、この家に来たばかりの頃は誰かが側によるとすぐ警戒してきていた。今あたしの目に映る姿には、そんな様子はもう微塵も感じられない。
寄り添うようにして眠っているギロロのその寝顔は、あたしに対しての信頼の証だ。
あたしはギロロからまた視線を外し、先程指を伸ばした方向を見つめる。
縁側で眠ってしまったギロロの隣に座った際にあたしが置いた、ノートや問題集。その上に置いた大きめの筆箱。
ペンや鉛筆の他にも、はさみやカッターまで入った大きめの筆箱。
あたしは、再度指を伸ばした。ギロロは全く気付かず、無防備にすうすうと寝息を立てている。
今起きてくれれば、と一瞬願う。そうすれば、あたしは指を引っ込めざるを得ない。
しかしギロロは起きず、あたしはついに筆箱をつかんだ。
筆箱を手元まで引き寄せた時、カチャ、という小さな音が立った。
なのにギロロは目覚める気配すらない。本当によく眠っている。
すぐ側に、刃物の入った袋を持った敵がいるというのに。
あたしは細心の注意を払いながら、筆箱のチャックをつまみ・・・・・・・。
「姉ちゃん。」
心臓が跳ねた。
振り返ると、いつの間に来たのか冬樹が立っていた。
あたしの手の中にある筆箱と、横で眠るギロロを見て、全てを理解したようだ。悲しげに、先ほどと同じ静かな声で冬樹は言った。
「・・・やめなよ、姉ちゃん。それは、ギロロを裏切るような行為だよ。」
「・・・・・・・・・・元々、敵同士じゃない。」
「姉ちゃん。」
「あんただって、あたしとおなじ事をしようと思ったことがあるんじゃないの?ボケガエルはあんたのこと信頼してるし、隙を見せることぐらいあるでしょ。今だって、アンタあたしのしようとしてることすぐ分かったものね。」
冬樹がうっと口ごもる。どうやら図星のようだ。
と、そこまで考えて、弟の痛いところをついていい気になった自分にひどく嫌気がさした。
わかってる。冬樹の方が正しいって。
今あたしは、ギロロの信頼を裏切ろうとしているんだって。
冬樹も同じようなことをしようとしたみたいだけど、結局やらなかった。
冬樹は裏切らなかった。冬樹は誘惑に打ち勝ったのだ。
けど、あたしの手は今も筆箱を離してはくれない。
「・・・・わかってるのよ。やっちゃいけないってことぐらい。
ギロロはやっとあたしのこと信じてくれて、ここまで来るのに何年もかかって、だからギロロの信頼を崩すようなことしちゃいけないのよ。
ううん、本当はしたくないの。ギロロが悲しむようなこと、したくない。
でも・・・・・・。」
ギロロの顔を見た。穏やかな顔。
静かに眠る、宇宙人の顔。
あたし達の住む星を奪いに来た、侵略者の寝顔。
あたしの胸の中で何かが膨れ上がる。
「でも、もうこれ以上抑え切れないのっ・・・!」
あたしは筆箱からソレを取り出し、ギロロの額めがけて振り上げた。
数十分後。
「なっ、なんじゃこりゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
(ああ・・・・ごめんね、ギロロ・・・。どうしても、どうしても我慢できなかったの・・・・・・!)
顔面中落書き(例:まぶたの上に目、ないはずの眉毛、頬の3本線の猫ヒゲ等)されたギロロの絶叫を聞きながら、あたしはそっと涙を拭い、証拠の油性ペンをゴミ箱に放ったのだった。
完
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シリアスもどき。色々と馬鹿なことしてます。
夏美ちゃん、反省しつつもキッチリ証拠隠滅してるし。おまけに油性だし。
多分この後夏美は内部告発(冬樹)によりきっちりギロロに叱られます。いやー、ギロロじゃ夏美叱れないし、ここは大人の余裕をみせてケロロか、妥当なところでドロロ?
なんにしても、あののっぺりした顔立ちにはたまに眉とか鼻とか耳とかつけてやりたくなりますよね。え、私だけ?
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