某月某日。
日本のある地域の上空に、突如謎の巨大飛行物体が出現した。
それは地球の危機の開始であると同時に、ケロン軍特殊先行工作部隊ケロロ小隊にとっても、日常の崩壊を意味していた。
奇跡のような時間は、終わりを告げたのだ。
「夏美・・・・・・・・・。」
刃のように激しい雨の降る中、ギロロは己の手の中でまだ煙をあげている銃を見つめていた。
今まで生死を共にし、幾人もの敵を共に倒してきた愛用の銃。しかし、今はその銃も、彼に対して何の言葉も伝えてはくれない。
降り続ける雨はケロン人の彼に力を与え、そして地面や彼の体に残った戦いの痕跡を洗い流してゆく。
けれども、いくらそこに立ち尽くそうとも、最も大きな痕跡だけはそこに残り続け、決して消えようとはしてくれなかった。
倒れ伏した、赤い髪の少女。
その身体の下に広がる、紅い液体。
「・・・・・・・・・夏美・・・・・・・っ!」
名を呼ぶことしか、もう出来ない。
守りたかった。何に代えても。
何故、出来なかったのか。
それは、敵同士だったから。
桃華は、一歩だけ前に進み出た。
しかしその瞬間、金切り声が響く。
「来ないでですぅっ!」
泣き出しそうな表情の彼の、その小さな手には、同じように小さな凶器が握られている。
人の命を奪うために作られたそのナイフを、突撃兵である彼は持ち慣れているはずなのに。なのにその手はカタカタと震え続け、今にも両手で持ったその刃物を取り落としてしまいそうだった。
「タマちゃん・・・・・・お願い、話を・・・・・。」
「来るなぁ!」
小さなナイフを構えたまま叫ぶ彼の目には、大粒の涙がたまっている。
震える声で、彼は言葉を続ける。
「モモッチ・・・・・・・・・。僕、僕・・・・いやなんです・・・・・・こんなの、いやなのに・・・・・何でこんなことしなくちゃいけないんですかぁ・・・・。」
後半は完全に涙声だ。しかし、それでも手の中のナイフは外れない。
タママの混乱と葛藤は、限界に達しようとしていた。
今まで見ずにいられた矛盾を、急に目の前に突きつけられて。
大事にしてきた居場所を、粉々に破壊されて。
大好きな人に、ずっと一緒だと約束した人に、ナイフを向けている。
「タマちゃん・・・・・・・!」
傷つけたくない。傷つけなきゃいけない。
ふたつの心は、己の二つの性格よりも激しく対立し、遂に・・・・・・・・・
「う・・・・・・・・うわあぁぁぁぁぁぁっ!!」
哀しい悲鳴が、響く。
「裏切れよ。」
精一杯に、言う。
「簡単だろ?お前なら。
・・・・今なら、助けてやれるんだ。無駄なことはすんな。」
声をいつも通りに保とうとしながら、必死に虚勢を張りながら、言う。
お前は俺と同じだから。他とは違うと言われ続けてきたから。だから、こんなところ裏切るくらいワケないだろ?
言葉の裏にそんな意味を込めて、クルルは顔を上げ、サブローを見た。
目の前の少年は、いつもと変わらず笑っている。
まるで、彼を取り巻く世界がいつもと何も変わっていないかのように。
「それって、さ。俺を助けてくれるって言ってんの?」
「オレはダチを殺す趣味はないんでね。戦況は優勢とはいえ、情報は必要だ。裏切って、スパイにでもなりゃ・・・・殺される確率は減る。生かす価値があると思われれば死なずに済む。」
「どうせなら、地球ごと助けてよ。」
「そうしたかったよ。それが出来りゃこんなこと言ってねぇ。ちっとばかり・・・・・・遅すぎたのさ。
でも、まだ。」
お前だけなら。
そう言葉を続けようとした時、サブローは不意に言い放った。
「じゃ、お前が来いよ。『こっち』にさ。」
「・・・・・・・・っ!?」
「カンタンだろ?・・・・お前なら。
お前が地球側に入ってくれりゃ、形勢逆転だって狙えるし。」
その言葉に、何も言い返せない。軽い口調とは裏腹に、サブローの声にはどこか深い悲しみが含まれていた。
「そういうことなんだよ。俺も、お前も、そーゆー奴なんだ。わかってたんだろ?」
いつもの笑み。何一つ変わらないはずなのに、先程よりも空っぽに見える。
サブローがこう答えることを、既にある程度は予測していた。自分が答えにつまることも。
ただ、もがいてみたかった。
大嫌いだった争いの世界に飛び込んだときも、自分でそうすることを決めた。
人の命を奪う暗殺兵を生業とした時だって、誰かに強制されたわけじゃない。自ら選んだ結果だ。
だから、今も彼は自力で決めた。
己の心に従い、最も後悔しない道を選んだ。
「ドロロ・・・・・・・。つらいなら、無理しないで、」
横に立つ小雪が、不安げに言う。
眼下に広がる戦乱を見つめたまま、ドロロはその声にこたえた。
「心配は無用でござる、小雪殿。
拙者は決断した。命ある限り、この美しき星を・・・・・・地球を、守ると。」
「でも、お友達が・・・・・。」
「もとより拙者は除隊を申した身。互いの思想が対立し、どちらも譲る気がないのであれば、袂を分かつのは必至でござる。」
いずれこうなるとはわかっていた。いつかはこんな日が来ると。
最終的に自分がどちらを選択するのかは、その時はまだわからなかったが。
けれど、こうなったからこそ気がついた。
今の自分があるのは、この地球があるから。
変わることが出来たのは、ここにいられたから。
自らの思いを曲げてはならない。
心の叫ぶ声に耳を塞いではならない。
この地球を守ると誓った自分を、嘘にしたくない。
「でも・・・・・・ドロロ・・・・・・・。」
なのに。
「なら、どうして・・・・・・・泣いているの・・・・・・・・?」
ああ。
故郷。
家族。
友達。
今まで自分を救ってくれた、かけがえのないもの。
けれど、今はそれが。
この胸の決意を鈍らせる。
友達だった。
家族だった。
全ては、もう過去形。
「ケロボールを、渡すであります。」
「い・・・・・いやだ!」
「冬樹殿!」
ケロロは叫ぶ。しかし、すぐにつらさや悲しみを押し殺して、できるだけ淡々と言葉を続けた。
「・・・・・・・・ケロン軍本隊は既に地球中枢の制圧を完了したであります。今冬樹殿がこうしていたところで、地球侵略の完了は時間の問題。
抵抗は無意味であります。我々は武器を奪還し、本隊と合流せねばならない・・・・・。
ケロボールを、こちらへ。」
「いやだ!渡すもんか!」
「冬樹殿!我輩は、冬樹殿を死なせたくない!」
言いたくなかった。友達に、『死ぬ』なんて言葉。
ずっと一緒だったのに。ずっと笑いあっていけると思ったのに。
いつまでも、そばにいられると思ったのに。
二人の距離は、いまやこんなにも遠い。
「いやだ・・・・・僕一人になったって、ケロボールは渡さない。」
「冬樹殿。我輩が奪還しなければ、いずれ本部の将校達がこちらに向かうであります。そうすれば、冬樹殿は必ず殺される。
そうなる前に、どうかそのケロボールを渡して欲しいであります。そうすれば・・・・。」
戦いが本格的になる前に、冬樹はケロロに言われた。
ケロボールを渡して、逃げてくれと。
日向家があった場所の地下には、今も小型の宇宙船が保管してある。既に前線基地ですらなくなってしまったそこにたった一台だけ置かれた、脱出用のカプセル。行き先はもう設定されていて、乗り込んで発射さえすれば自動的にある星へとたどり着く。地球とケロン星の争いに何の関係もない、平和な中立星へと。
けれど、今もケロボールは冬樹の手の中にある。
たとえ自分がどうなろうとも、これだけは離さない。そう決めたから。
「冬樹殿!お願いだから・・・・・・!」
「・・・・・・・・・・嫌だ・・・。」
「冬樹殿・・・・・!」
「軍曹・・・・・ごめんね。でも・・・・・・・・・・。」
ごう、と不意に風が吹く。見上げると、数多くの宇宙船が空を埋め尽くしていた。
ケロロが息を呑む。ということは、あれがケロン軍の将校たちなのだろう。
身体が震える。それでも、腕に抱えたケロボールを離さぬよう、しっかりと抱きしめた。
帰るはずの家も、一緒に買ったガンプラも、何より大事だった日常も、何一つなくなってしまった。
それでも。
今この腕の中にあるのは、彼と友達だった最後の証。
「絶対に、離すもんか!」
幸福の崩壊。
戦いの運命。
消えゆく者と、残される者。
誰も望まなかった戦いの果てに待つのは、果たして。
絶望か。
空虚か。
それとも・・・・・・・・奇跡か。
史上最大の物語が、ここに幕を開ける!
『超劇場版 ケロロ軍曹 ハイパー!
終末の鐘が響くとき』
乞うご期待!
お察しの通り。
映画版お試し予告編上映会が終わった後、製作責任者であるケロロ軍曹が隊員4名にボコられたことはいうまでもない。
完
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という訳で皆様お待たせしました、『水色の宝箱』2周年記念小説です。
昨年以上に大幅に遅刻したにもかかわらず、その成果が全然見られないようなくだらなさ全開の話となりました。もはや言い訳は致しません。すみません。
つーか真剣に「シリアス→超シリアス→ものっそシリアス→とおもったら最後にギャグ」っていうおとし方が好きです。書くのも楽だし、読む側でも好きだし。
しばらくDLFにさせていただきました。でももしまだ欲しい方がいたら構いませんのでどうぞ。
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