目の前に、壁が現れた。


 俺の前を覆い尽くすかのように、巨大な壁が立っている。
 見上げるほどに大きく、分厚く、見るからに頑丈そうな壁。それが、俺の行く手に立ちはだかっている。

 遠くから見えていた時には、これほど大きくはなかったはずだ。
 なのに、いざ目の前で見れば、それは到底乗り越えられそうにないほどに大きい。

 迂回は、もしかしたらできたのかもしれない。
 ずっと壁沿いに歩くとか、道を引き返して別の道を選び直せば、もしかしたら壁のない道に辿り着くことができたのかもしれない。


 だが、壁を目にした時真っ先に俺の頭に浮かんだのは、「ふざけるな」という思いだった。





 ふざけるな。
 こんな馬鹿な話があってたまるか。

 今まで、ずっと一人で、やっとここまで歩いてきたというのに。







 人は皆、生まれた時から自分の道を歩く。
 道順も、障害も、ゴールさえも全て人と同じではない道。それを、死ぬまで歩き続ける。

 どんな人間も、自分の足だけで道を歩く。
 だが大抵の奴は幼いうちに、歩くために必要なものを親から受け取って歩き出す。

 凍えないために上着を。
 足を傷つけないように靴を。
 行きたい場所へ行けるように地図を。

 誰もが、受け取る。与えられる。


 だが俺は、本当に必要なものは何一つもらえなかった。


 母は俺に、地図の読み方と、転び倒れた人間がどうなるかを身をもって教えてくれた。
 だけど母がくれた地図には、大きな上向きの矢印しか書いていなかった。

 前を歩く父のふらつく歩き方を見て、険しい砂利道でも足を傷つけない歩き方を覚えた。
 けれど父が歩いた後は道がさらに険しくなるので、しかたなく父を転ばせて倒し、踏み越えて先を歩いた。


 それからはずっと、一人で道を歩いてきた。
 必要なものは全て自力で手に入れたし、目的地だって自分で決めた。
 誰にも頼ることなく、自分で選んだ道を歩いて、ようやくここまでたどり着いた。

 あともう一息、あとほんの少し前に進めれば、きっと望んだものを手に入れられる。そのはずだった。





 それなのに、壁がある。



 俺の中に耐えがたい怒りがこみ上げる。
 何に対して?
 理不尽な運命に対して。そして勿論、目の前の壁に対して。


 いい加減にしろ。
 お前はどこまで、俺の邪魔をするつもりだ。


 俺は壁を睨みつける。

 こいつが最初に俺の道の上に現われた時、それはただの小石だった。
 気に留める必要もない、ただ蹴飛ばしてやればいいだけの、ちっぽけな存在。
 だが、それは徐々に大きくなり、俺の道を阻むほどになった。

 やがて小石が壁になった時、俺は勢い余って強くぶつかり、痛い思いをした。
 仕方なく、俺は壁に当たる最短の道を避け、時間のかかる別の道を選んだ。
 俺はあの時、壁から逃げた。



 だが、今度は迂回路が見えない。

 あの時よりずっと大きく、強く成長した壁は、今俺の前方全てを覆い塞いでいる。
 右を見ても、左を見ても、壁の切れ目が見えない。
 俺が前に進むための道には、どうしてもこの壁が邪魔をする。

 壁を避けるためには、壁の端に辿り着くためには、また長い長い道のりを歩かなくてはならないのだろう。
 今まで歩いた7年よりもずっと長い間、壁のすぐ横を歩き続かなくはいけない。

 決して前には進めず、ただこいつから逃げるためだけに、砂利だらけの険しい道を、ずっと。






 ふざけるな。

 お前なんかが、どこまで俺の前に立ちはだかる気だ。



 一度も壁にぶつからずに、ずっと平坦で幸福な道を歩いてきた奴なんかに、どうして俺が負けなくてはならない。



 ジョジョ。

 ジョナサン・ジョースター。

 俺とは正反対の男。


 生まれた時から何もかもを与えられ、誰からも愛され、何の苦労もなく生きてきた、そんな男。







 そんな奴に、何もかもを奪われてたまるものか!!








 俺は必ず、前へ進む。
 壁の向こう側へ行ってみせる。

 例え乗り越えられなくても、たたき壊してでも進んでやる。
 お前に穴をあけて、ばらばらにして、瓦礫の一片を踏みにじってでも、前へ進んでやる。

 お前がどれだけ巨大であろうと、強固であろうと。
 例え人間には超えられない障害だとしても。



 それなら、人間であることをやめてでも。



































 なぁ、ジョジョ。





 今度は、俺がお前の道に立ちはだかってやるよ。














End



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 アニメ放送開始記念に。

 元ネタ…というか、思い付いたきっかけは、時雨沢 恵一さんの「お茶が運ばれてくるまでに」「夜が運ばれてるまでに」という文庫に収録されている、「かべ」「かべ2」という話からです。
 人生とは長い長い道を歩くがごとし。道順も歩幅も舗装具合もすべて人それぞれ。
 要するに「How do I live on such a field?」の4兄弟の話と同じく、心象的な話です。

 本来ならジョナサンの人生に侵略者ディオが現れた、というのがジョジョの正しい筋なんだろうけど、ディオの視点からしてみたらこんな風にも見えるのかもしれない、と考えました。
 「OVER HEAVEN」読んだら余計に、多分1部ディオはこんな憎しみにも似た怒りをジョナサンに抱いていると感じました。人間やめると大分余裕が出来るんだけどね。
 正直大分理不尽な怒りだけど、自分よりよっぽど恵まれた人間が延々自分の人生邪魔し続けたらそりゃ腹も立つと。


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