078: カレンダーに印をせよ。




 暇にまかせて携帯のスケジュール帳をさかのぼって見ていたら、奇妙な書き込みを発見した。

 日付は、数年前の今日。
タイトルは『×』のみ。
 気になって詳細を見たが、「神父共と出かける」としか書かれていなかった。

 一体何があった日だったか、しばらく考えてみたが、一向に思い出せない。
 数年前の話じゃ記憶があいまいになるのも仕方ない気もするが、あのクソ神父と出かけるなんてのは俺にとっちゃ滅多にないこと‥‥できれば避けたいぐらいの、珍しい出来事のはずなのだが。


 思い出せないとなると、余計に気になってくる。
 だがいくら一人で考えても分からない。仕方なく俺は、一旦携帯を握ったまま弟どもの部屋へ向かった。
 こんな細かいこと(いや、細かくなくとも)兄貴に頼るのは癪だし、親父は記憶力は良いだろうが何しろ100年生きてる吸血鬼だ。数年程度の昔の話じゃ近すぎてわからないかもしれない。

 ちょうど一緒にいたらしいリキエルとウンガロに、携帯の画面をつきつけて尋ねる。
 最初、二人とも黙って首をひねっていたが、ややあってウンガロが「ああ!」と声を上げた。

「なんだ、それってアレだろ。」
「あぁ?」
「この時期で、んで今の季節っつったらさ。」

 事もなげに、ウンガロは言った。


「オレらが、初めてこの家に来た日だろ。」





 あぁ。

 そういえば。




 一瞬ぽかんとしてしまったが、すぐに俺も思い出した。
 そうか。俺らが神父に連れられて、初めてこの館に来た‥‥要するに、初めて父親に会いに来た日だった。

「そっかぁー、あれって今頃のことだったっけか。」
「これ何年前だよ?‥‥うわ、もうこんな経ってたんだな。」

 俺の携帯を覗き込んで、リキエルとウンガロが楽しげに言い合っている。

「確かオレら退院した直後だったよなー。ヴェルサスなんか車椅子から解放されたばっかりでさあ。」
「あー、だったかもな。あんの神父、こっちは病み上がりだってのに『早く来い』ってせかしやがってよォォーー。」
「ていうか、この『神父共』ってなんだよ、ヴェルサス。俺たちのこと『共』扱いって‥‥。」
「まー、あの頃オレらまだ兄弟って感じでもなかったし、あんま話とかもしてなかったしなぁー。ここ来るまで本当実感がなかったって言うかさ。」

 言いながら、ほい、とウンガロが携帯を返してくる。
 そのにやけたツラがなんとなくムカついて、

「別に、今だって俺はお前らを兄弟だなんて思えねーけどな。」

 と返すと、

「「だよな!!!」」

 何故かハモって同意された。





 部屋に戻ってからも、俺はしばらく携帯の画面を眺めていた。
 さっきまでは全く思い出せなかったのに、一度きっかけがあると色々思い出せるものだ。

 普段は予定なんか滅多に携帯にいれないのだが、その時は退院直後の予定ということもあって神父から「忘れないようにしておけ」と釘を刺され、仕方なく書き込んだのだ。


「‥‥‥あの頃は、あんな嫌だったんだよなぁ‥‥。」


 ベッドに寝転がったまま、つい一人ごちる。
 あの時は、エラソーな物言いの神父に対してもムカついていたが、それ以上に、顔も知らない父親に会いに行くということがとにかく嫌だった。

 銃で撃たれて入院している最中に突然妙な神父がやってきて、会ったこともない父親の話をされ、いることすら知らなった腹違いの兄弟に会わされ、その上その父親とこれから一緒に暮らすために顔を合わせに行く‥‥‥なんて、今思い返したって無茶苦茶な話だ。おまけに胡散臭い。当然、最初は行くつもりなどなかった。
 結局、クソ神父があまりにしつこいのと、その父親がかなりの金持ちで、俺ら全員を養うつもりだと知ったことで、ようやく行く気になったのだ。
 何しろ定職もなかったし、兄弟だの父親だのはうざってぇが一人でいるよりは楽な暮らしができると思った。
 本当に、それだけだった。



 それだけ、だったのに。








 今では。







 携帯画面には未だに、今日と同じ日付と『×』のタイトルが表示されている。

 俺はしばらく考えていたが、ふとその画面を編集に切り替えた。
 タイトルを選択し、『×』の文字を消して‥‥‥悩んでから、『○』と入力する。

 別に、何か意味のある行為じゃない。単なる気まぐれ、自己満足だ。
 こんなことで過去の俺の考えが変わるわけじゃないし、俺自身こんな何年も前の記録なんか今後見返すこともないだろう。言うまでもなく誰かに見せる訳もない。

 ただ、なんとなく。


 編集を終了する。
 画面に映っているのは、今日と同じ日付と、『○』の文字。

 俺はしばらくの間、その画面をただ眺めていた。






コン、コン。


 不意に、転がるようなノックの音が部屋に響いた。
 慌てて身を起こし、手の中の携帯を思わずポケットに突っ込み「あぁ!?」と返事をする。と、ドアの向こうから声がした。

「ドナテロ。」

 声よりも前に、その言葉ですぐわかった。俺をそう呼ぶのはこの家で一人しかいない。
 ガチャリ、と扉が少し開き、予想通りの顔が部屋を覗き込んだ。


 吸血鬼で、帝王で、最強のスタンド使いで、そのくせやけに息子に弱い、俺の父親。


「ドナテロ、もう支度はできたのか?そろそろ日も沈んだぞ。」
「支度‥‥?一体何のだよ。」
「なんだ、忘れたのか?お前が買い物に付き合って欲しいと言ったのだろう。
 確か、携帯を新しいものにすると‥‥‥ええと、すま‥‥スマート携帯、とやらに変えるのではなかったか?」
「‥‥スマホのことな。スマートフォン。」

 そういや、そんなことも言ってたか。何しろ俺の携帯、二つ折りでさえねーからな‥‥。
 親父の言葉を受けて、俺は一瞬ポケットに手を伸ばしかけ‥‥。

「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥。」

 やっぱり、思い直してその手を下ろす。

「‥‥?どうかしたか、ドナテロ?」
「んー‥‥別に。あー、携帯だけどさ、もうちょっとこのままでいーや。」
「何?いいのか?」
「ああ。機種変とかメンドくせーし。
 それよりよ、親父。折角出かけるんなら、久々に外でメシ食おうぜ。ヴァニラのメシも旨いけど、たまにはさ。
 俺今日、コースでイタリア料理が食いてぇ。」
「何ィ?随分唐突だな‥‥。まあ、私は構わんが。
 ならば、ハルノ達を呼んでくるか。」


 背を向けて部屋を出る親父。それを追いかけるように、俺もベッドから降りて歩きだす。
 出かける支度など何もしていないが、どうせ支払いは親父がするんだろうし、財布なんか持たなくても別に平気だろう。
 手ぶらのままで、俺は部屋を出た。



 ポケットの中にあるのは、携帯だけ。

 『○』の予定が入った、古びた携帯が一つきり。




 それだけ持って、俺は歩き出した。





End



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 今日(12月10日)が無駄家族始動の日だった事に気づき、突発的に書いたもの。
 無駄家族記念日なんだし6部3兄弟の話を書こうと思ったら、ふと気付いたらヴェルサスの話になっていた。ごめんよリキエルウンガロ‥‥。

 当サイトの3兄弟(ジョルノも含めりゃ4兄弟)はDIO様に懐きすぎてるあまりすっかり別人状態です‥‥申し訳ない。
 でも反省はしない。色々悲惨なこの3人がせめて二次だけでも幸せなところが見たい!と思ったのが無駄家族の始まりだから!
 そのうち、館に初めて来た時の3人の話とかも書きたいと思っていたりします。



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