05 懐かしさ纏う秋の夜




 バン!とノックもなしにドアが開き、同時に騒がしい声が飛び込んできた。


「ディオ!
 ねえ、君はもうハロウィンの衣装用意したのかい?」
「‥‥はぁ?」

 突然の言葉に、思わず顔を上げて来訪者を見る。 

 部屋に入ってきたジョナサンは、期待のこもったまなざしでこちらの返事を待っている。
 その子供っぽい顔を見て、ようやく質問の意味を理解した。
 読んでいた本をパタン!と閉じ、ディオは半ば呆れのこもった声で言葉を返した。


「ハロウィンって‥‥まさかジョジョ、お前本気でアメリカ式のハロウィンなんかするつもりなのか?」
「え、そのつもりだけど‥‥ディオだってこの間誘ったろう?」
「てっきり冗談かと思っていた。
 にしたって、正気か?あんな馬鹿げた子供じみたことをするなんて。」
「そんな言い方‥‥だって、楽しそうじゃないか!皆で集まってお化けの格好をして、近所をめぐり歩くなんて!その上お菓子までもらえるなんてさ。
 それに、アメリカ式って言っても元々はケルト人の文化なんだし、イギリスでやったって別におかしくはないと思うけど。」

 楽しげに言うジョナサンに対し、ディオは軽く肩をすくめた。

「僕はごめんだな、あんな物乞いみたいな真似。
 菓子が欲しいだけなら、ガイ・フォークスの日まで待ったらどうだ?あれだってケーキが出るだろ。」
「そうだけど‥‥あんまりあの日好きじゃないんだよね。ケーキと花火は楽しみだけど、あとは人形を引きずったり燃やしたりするだけじゃないか。
 それにさ、父さんだってハロウィンの仮装に乗り気だったじゃないか!現に31日は仮装してお祝いしようって言ってたし!」

 必死に言い募るジョナサンに、思わずため息がこぼれる。
 ジョースター卿は貿易商の仕事で海外に出かけることも多い。その為国外の風習にも他の頭の固い貴族よりは理解があるのだろうが、こういう時は厄介だ。

「確かに言っていたが‥‥あれはもっと、仮装舞踏会みたいな意味合いが強かったんじゃないか?
 パーティ用の衣装なら、一応用意はしてあるが‥‥。」
「え、本当に!?なになに、一体何の仮装をするの!?」
「別に、仮装ってほどじゃない。ただのマントと仮面だけだ。」
「仮面‥‥って、広間の石仮面とか?」
「あんな不気味なものつけてパーティに出れるか阿呆!!もっと普通の、目元を隠すだけの奴だ。」
「ええー、それじゃあ面白くないじゃないか。」
「面白くするつもりもないからな。ジョースター卿にお披露目だけしたらさっさと外すつもりだったし。
 というか、なんでお前が俺の仮装を気にするんだ。別に何を付けようとお前には関係ないだろ。」

 言うと、ジョナサンは途端に気まずそうな顔になった。
 少し視線を落とし、

「それが‥‥実は、僕まだ何の仮装をするか決められてないんだよね。色々調べていたら迷っちゃって‥‥。」
「お前な。ハロウィンまでもう3日もないぞ?」
「うん、だからディオの仮装を参考にさせてもらおうと思ったんだけど‥‥‥思った以上に面白くなかったしなぁ。」
「悪かったな。別にお前に面白がらせるために着る訳じゃない。」
「ディオがつけないんだったら、いっそ僕がつけてみようかな。石仮面。」
「‥‥‥本気でそうしたいのなら止めないが、いいのか?一応母親の形見なんだろ。」
「流石に父さんに怒られるかなぁ‥‥。」
「そういう問題じゃないだろ、間抜けめ。」

 眉間にしわを寄せ、フン、と鼻を鳴らす。
 しかしジョナサンは気にした風もなく、「あ、それから」と話を続ける。

「エリナは、天使の格好をするつもりなんだって。」
「なんだ、エリナまで参加するつもりなのか?医者の娘だってのに、よく親が許したな。」
「いや、御両親には内緒でこっそり来るって。」
「おい‥‥‥いいのか、それは。」
「衣装も少しだけ見せてもらったんだけど、本当に可愛いんだ!真っ白で、ふわふわで、背中に小さな羽根もついていて!
 凄く似合っていたし、まるで本物の天使みたいだったなぁ‥‥。」
「はいはい。言ってろ。」
「あ、あと、ワトキンはかぼちゃを被るって言ってたよ。」
「ああ、ジャックランタンか。
 ‥‥‥ん?かぼちゃを、被る?かぼちゃの形の被りもの、じゃなくて、かぼちゃをそのまま?」
「うん、くりぬいたかぼちゃを、そのまま。」
「‥‥流石ボクシングチャンピオン、首が丈夫だな。」

 妙に感心してしまった。
 にしても、切り裂きジャックの出るこのイギリスで『ジャック』と名がつくものを演じるとは、なかなかに不謹慎である。

「ねえ、やっぱりディオも一緒にやろうよ。エリナや皆も、ディオが来た方が喜ぶと思うよ。
 ディオだったら、そうだな‥‥吸血鬼なんか似合うと思うなぁ。」
「吸血鬼?」
「ああ。マントは用意があるんだろう?あとはシルクハットとか、薔薇の花とか、十字架とか持ってさ。」
「十字架はダメだろ、吸血鬼なら。
 吸血鬼ねぇ‥‥そんなに好きじゃないんだよな、吸血鬼。人を襲う怪物にしては弱点が多すぎるところが、なんか貧弱なイメージがある。
 大体、不死の怪物の分際で、ニンニクが嫌いだの川を渡れないだの招かれないと家に入れないだの、いちいち細かいんだよ!せめて一つに統一しておけ!フランケンシュタインの怪物や人狼はそんな我儘は言わないぞ!?」
「いやそんな、伝説相手に怒らなくとも。」
「フン!ともかく、そんな軟弱な化物の仮装なんかする気は起きないな。やるならせめて、太陽光しか弱点のない吸血鬼だったらやってやってもいい。」
「それ、仮装でどうやって表現するの?」
「‥‥つぶれた十字架でも持つか。」


 馬鹿な話をしているな、と流石に自覚し、ディオは軽く手を振った。そして、テーブルに置いていた読みかけの本を再度手に取り、椅子に座り直す。
 それをディオの『この話はこれで終わり』という無言の意思表示として受け取ったジョナサンは、あわてて声を大きくした。

「ねえ、ディオったら!
 せめて、僕の仮装何にしたらいいか一緒に考えてよ!」
「知るか。シーツでも被ったらどうだ?」
「そんな適当な!!」
「じゃあ、狼男とか。犬耳は、そうだな、お前のアホ犬からちぎっ‥‥ゴホン、借りてくるとか。」
「今ちぎって言ったよね、ていうか借りるってつまりはちぎるってことだよね!?なんてこと言うんだい君は!?」
「うるさいな‥‥。悪いが、僕は物乞いごっこに興味はない。わかったらこの話は‥‥‥‥。」






 プルルルルルルル、プルルルルルルルルル‥‥‥‥‥






 突然響き渡る、この場に似つかわしくない電子音。



「うおっ!?」
「ディオ、携帯鳴ってるよ。」
「わ、わかってる!」

 慌ててポケットから携帯電話を取り出して開く。

「ええと、通話ボタン通話ボタン‥‥。」
「左ひだり。ディオは本当機械苦手だなぁ。」
「黙ってろジョジョ!」

 悪戦苦闘しながらなんとか通話ボタンを押し、耳に当てる。

 聞こえてきたのは、耳に馴染んだ優しい声。


「もしもし‥‥ああ、どうも、はい。
 ‥‥‥え?いや、僕は‥‥‥‥はぁ、そうですか。でも、あれは‥‥‥。
 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥はぁ‥‥‥。
 ‥‥はい、わかりました。ええ、ありがとうございます。
 いえ、大丈夫です。はい。‥‥はい、それでは、その日はよろしくお願いします。
 はい。失礼します。」

 ピ、と電話を切り、ふぅと安堵の息を吐いた。
 ふと見れば、目の前のジョナサンがくすりと笑って言った。

「もしかして、ジョルノおじさんかい?」
「‥‥‥まぁな。」
「やっぱり。ディオがあんな顔するのってあの4人相手だけだものね。」
「うるさいぞ、ジョジョ。」
「それで、何の話だったんだい?」
「‥‥‥‥‥先手を打たれた。」
「え?」

 首をかしげるジョナサンに対し、むっすりと難しい顔をしてディオは答えた。

「今年のハロウィン、ぜひ仮装をして家に遊びに来てほしい、とさ。」
「え!本当かい!?」
「ああ‥‥くそっ、そう言えばあの人たち3人はアメリカ生まれだものな、そりゃあハロウィンもアメリカ式だよな!予想しておくべきだった!」
「ふふふ‥‥。で、ディオ、行くんだろ?」
「‥‥‥‥‥待っていると言われたし、菓子を用意してるとまで言われちゃあ、断る方が失礼だろう。」
「そんなこと言って、単におじさん達のお誘いが断れないだけのくせにー。本当に素直じゃないんだから、ディオは。」
「うるさいッ!」

 怒鳴っても、ジョナサンは楽しそうに笑うばかり。

「にしても、おじさんたちも本当にディオのことが好きだよね。お気に入りって言うかさ。
 あそこへ遊びに行くと、露骨にディオの方ばかり贔屓されてる気がする。」
「そうか?俺はもうちょっと放っておいてもらえないかと思ってるんだがね。毎回質問攻めされたり、変な遊びにつき合わせたり、4人に平等に話していないと喧嘩になったり‥‥‥全く、厄介な人たちだ。」
「ふふふ、そんなこと言って‥‥。」
「黙ってろ、ジョジョ。連れて行かないぞ。」
「あっそんなぁ!行くよッ!僕も行くッ!行くんだよォ――ッ!!」
「全く‥‥‥さて、と。」

 観念したように、ディオは一つ息を吐いた。
 携帯をポケットに突っ込み、椅子から勢いをつけて立ち上がる。そして、きょとんとするジョナサンに向かって声をかけた。

「なにボサッとしてるんだ。出かけるぞ、ジョジョ。」
「え?どこへだい?」
「決まっているだろ!ハロウィンの仮装を準備しに行くんだよ!
 あの4人相手にマントと仮面なんてチャチなものじゃ納得されないに決まっている!もっと本格的なものを用意しないと‥‥‥。ああ、それと、ジョースター卿にパーティが終わる時間も聞いておかないと。あまり時間が遅くなるようなら昼間行くことになるかもな。
 ふん、ジョジョ!運がよかったな!俺の衣装を準備するついでに、お前の分の衣装も見つくろってやる!わかったらとっとと出かける支度をしろ!」
「わぁ!ありがとう、ディオ!」
「勘違いするなよ!お前がみっともない格好だと、一緒に行く俺まで恥をかくからだ!
 ‥‥それと、ついでだからな。一応エリナ達の方も同行してやる。だが、俺は物乞いなんかしないからな!あくまで、一緒に歩くだけだ!」
「うん!」

 嬉しそうにジョナサンは笑い、それからあわてて上着をとりに部屋を飛び出していく。
 その背中を追うように、ディオも扉に手をかける。


 口元には、知らず知らずのうちに笑みが浮かんでいた。




















「ふふ、ふふふふ‥‥‥!」


 目が覚めてからは、しばらくは笑いが止まらなかった。

 塞がれた窓、火の消えた燭台。見慣れた暗闇の部屋の中で。
 『DIO』は一人、ベッドから身を起こした姿のまま笑っていた。

 この部屋に外の光は入ってこないが、身体の感覚で今がまだ夜であることは理解できる。
 最近の自分で考えると、この時間に目が覚めるのは珍しいことだ。息子とともに生活するうちに、いつの間にかすっかり昼間に起きる習慣が身についてしまった。
 もう少ししたら他の者も起き出してくるだろう。もしかしたら起こしに来た息子に笑い声を聞かれ、不審に思われるかもしれない。
 それでも、こみ上げてくる笑いを抑えることはできなかった。


 なんともまぁ、愚かな夢!
 馬鹿げた、子供じみた、おかしな夢だろう!


 こんな都合のいい、生温い夢を見るくらいには、自分は随分と腑抜けてきているのだろう。
 そのことがひどくおかしく、奇妙で、滑稽で、そして―――愉快に思えた。


 やがて、ようやく笑いが収まった頃に、DIOは小さく呟いた。







「‥‥‥‥今日陽が落ちたら、久しぶりにジョジョにでも会いに行くかな。」











End



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 また夢オチだよ‥‥。

 最近の脳内ブーム「仲良し1部」と「立場逆転」を混ぜ込んでみました。いや、4兄弟実父じゃないけどね。
 「仲良し1部」っていいじゃあないですか!一緒に遊んだり普通に会話してるディオとジョジョとか、エリナと混ざって三人できゃっきゃグルグルわんわんしてる第一部って最高に素敵じゃないですか!
 まぁ奇妙な冒険は始まらないけどね!

 夢って見ている最中はおかしなことが起きても『そういうものだから』でなんとなく納得しているところがありますよね。
 ゆえに4兄弟のこと以外にも、ディオ様も平然と携帯使ったり、子供時代にはまだ起きてないはずの切り裂きジャックの話を出したりしています。

 最初に会話書いて後から地の文追加したら大分バランス悪くなりました。いつか直したい‥‥‥‥ってコレ前にもどっかで言ったな。成長してねぇ。



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