君の力になりたい。
 君の願いを叶えたい。
 君を、幸せにしたい。

 それだけが、僕の望みなんだ。
 君が生まれてから、僕はずっとそのことばかり考えてきた。君の幸せのためなら僕は何だって出来る。君に喜んでもらいたくて、僕は今までいろんなことをやってみた。

 でも、なぜか僕は失敗ばかり。何をやっても、君を喜ばせてやれやしない。



 最初は、靴だった。

 家を飛び出して、当てもなく通りを歩いていた君は、ふと電気屋のテレビに目を向けた。ちょうどニュースをやっていて、たまたま映し出されたスパイクを見て、君は小さい声で「カッコいいなぁ」って呟いたんだ。
 あんなのが欲しいなって、君がそう望んだのがわかった。
 だから僕は、すぐにその靴を『掘り出して』君にあげた。

 君はすごくはしゃいで、落ちてきたその靴を履いてみたりして遊んだ。その様子を見て、僕もすごく嬉しかった。
 なのに、そのあとすぐに大人たちがやってきて、君から靴を取り上げてしまった。


 その次に君が欲しがったのは、力だ。

 知らないところに突然閉じ込められて、周りには怖い奴がいっぱいいて、だから、そいつらから身を守るためにも、君は力が欲しいって強く思った。
 だから僕は、一番近くにあった武器のところへ、君の背中をちょっとだけ押した。もしもあの隠されてるナイフを見つけて、それを肌身離さず持っていれば、もし他の奴が君に襲い掛かってきてもきっと大丈夫なはず。そう考えた。

 でも、君は転んだ拍子に、そのナイフで手に穴を開けてしまった。
 しかも、ナイフを見つけたせいでそのナイフの持ち主に目をつけられて、毎日すごく殴られた。
 全部、僕がうまくやらなかったせいだ。
 おまけに君に怪我をさせたことに動転した僕は、焦って掘らなくていい記憶まで掘り起こしてしまった。そのせいで、数日後君の手の穴からは虫が這い出し、おかげで君は何日も高熱にうなされた。


 他にも、数えていけばきりがない。
 「有名になってテレビとかに出たい」と考えていた君のために、未発見の死体を掘り出したりしたこともあった。けど、何をやっても僕は、君の損になるような結果ばかり招いてしまった。

 何がいけないんだろう。
 どうして、僕はいつもうまくできないんだろう。

 ただ、君を幸せにしたいだけなのに、どうして君を傷つけてしまうんだろう。


 長い間、僕は考えた。そして、わかった。
 きっと、僕が自分で考えようとするからいけないんだ。
 僕が良かれと思ってやったことは、全部裏目に出てしまう。それはきっと、僕の頭が悪いせいなんだ。
 だから、君が僕のことに気づいてくれたら。君が僕に命令してくれるようになったら。そうしたら、きっと僕は失敗せずに、君の望むとおりのことができるようになる。

 けれど、君はまだ僕の存在に気づいていない。
 こんなにそばにいるのに、まだ僕のことに気づかない。



 君は今、病院のベッドで一人過ごしている。
 たった一人で、ここからいなくなったあの二人のことを考えている。


「………ウンガロは出ていった。リキエルも。
 二人とも、前を向いて歩き出したんだ。」

 君は呟く。シーツの上できつく握りしめた拳が、かすかに震える。

「俺だって、あるはずなんだ……何か特別な力が…。あいつらと同じように、俺だって、その力さえあれば、きっと前を向けるはずなんだ……!」

 そうだよ。僕は頷く。君の言うとおりだ。
 君には力がある。何だってできる。ただ、まだそれに気づいていないだけ。
 僕は君の前に立ち、君の顔を覗き込む。けど、君はやっぱり僕を見ていない。

 君はギリッと歯を食いしばると、苛立ちに任せてシーツに拳を振り落とした。そして、悲痛な声で「畜生ッ……!」と叫ぶ。

「なんで神父は、俺には与えてくれねぇんだッ!!あいつらにあって、俺にないはずがない……なのに、どうして俺にはその力を教えないんだよッ!!……くそっ……!」

 そして、君はまた唇を噛みしめて、うつむいてしまった。
 その様子を見て、僕はまた悲しくなる。

 だって、僕はここにいるんだよ。
 与えられる必要なんかない。君が生まれた時からずっと、僕は変わることなく君の側に立っているんだよ。


 ねぇ。
 ヴェルサス。

 僕を見て。僕に気づいて。
 そうしたらきっと、今度こそ僕は上手くやってみせるから。

 僕は君の望みを叶えるためにいる。そのためだけに存在している。僕は君の、君だけの能力ちからなんだ。だから。
 お願いだから、僕のことを見てよ。


 ヴェルサスは、まだ顔を上げない。










「……これは白身魚です。
 魚の名前はヒラメ。これにアスパラガスをスライスしてカニ肉をすりつぶしたものをはさみ込んでプリン状に蒸し上げたものです。貝類は入ってません。」

 料理を口にしたヴェルサスがよどみなく答えると、神父は一言「すばらしい」とだけ呟いた。

「でも待ってください、ソースがついたものをもう一口いただいても構いませんか?
 ソースにかすかな香りが……ホタテ貝をペーストして生クリームなどを加えたソースの疑いが……。」

 尋ねながら、ヴェルサスは神父からスプーンを受け取り、手に持つ。

 病室の扉から、かすかに外のざわめきが聞こえてきた。


―――急患だ!8歳の少年が銃弾を受けて出血多量、弾丸を喉に受けている。手術室の用意を……!
―――付き添いの両親が半狂乱らしい……救護隊員に縋り付いて離れなかったとか……
―――無理もない。一人息子が撃たれて瀕死なんだ、心配に決まってる………


(……………嘘つけ。)

 ヴェルサスがちらり、と考える。意識はあくまで目の前の料理に向けたまま、胸の隅で小さく一人ごちる。

(半狂乱?ハッ、どうせ演技だろ……。息子を殺されかけた哀れな被害者ぶって、他人の同情ひきたいだけなんだよ、どうせ。
 腹の底じゃなんとも思ってない……どころか、邪魔なガキがいなくなってせいせいしてるんじゃないか?善人ぶってんじゃねぇよ、どいつもこいつもよォォォォ。)

 扉の向こうから泣いてる声が聞こえる。女の声だ。甲高い、わざとらしいくらい大げさな泣き声。慰めるような男の声も聞こえる。脳裏には、自分を裏切った家族の姿がフラッシュバックのように繰り返し閃いては消える。
 ヴェルサスの持つスプーンが、料理の表面に軽く食い込んだ。

(こっちは徐倫たちの気配がもうすぐそこまで迫ってきていてそれどころじゃねぇってのに……ああ、うるせぇ、イライラする……!
 ……………あんなやつら、いなくなればいいのによぉ……!)


 それは、思考と呼べるほどはっきりした形さえ持っていなかった。
 単なる意識の狭間に浮かんだ、無意識といっていい程度の、取り留めのない思考の断片。

 けれど、僕にはそれが、ヴェルサスが心から願ったことだと理解していた。

 小さい頃は彼が本気で望んでいることとそうでないことの区別がよくつかず、それゆえ命令を履き違えることも多かった。
 けれど今ではもう、そんなことはほとんどなくなった。ヴェルサスが何を求め、何を一番望んでいるか、はっきりと僕にはわかっている。

 だから。



 僕は、彼の『命令』を、忠実に実行した。











 グボッ

「!!」

 ガボッ ガボッ グボォッ







 『真実』など、必要ない。

 君の欲しい『事実』だけをあげる。







































 今日、君が僕のことを見てくれた。
 今日、君が僕のことに気づいてくれた。

 嬉しい。すごく嬉しい。
 僕らは今、向かい合って立っている。僕が今掘った穴の中で、僕と君は互いのことを見つめている。


 君は呆然としたまま、僕の姿を見ている。他の二人が特殊な形をしていたから、まさか僕が人型をしているとは思わなかったんだろう。
 一方、僕はただ嬉しくてたまらない。だって、君がようやく僕の存在に気づいてくれたんだから。


 「…………これが、俺の『力』……過去を掘る力……。」

 君が呟く。

 そうだよ。これで僕は、君の『能力』だ。
 やっと僕は、君の『力』になることが出来る。

 今まで、たくさん君のことを傷つけたね。本当にごめん。
 もしそれが全て僕のせいだったと気づいたら、君は怒るかな?もしかして、僕のことを嫌いになったりしてしまうのかな。
 そうなってほしくない。どうか、そうならないでほしい。これからきっと役に立つから。今度こそ、君のことを守るから。


「過去の出来事を掘り出し……記録を『再現』する力……!理解できる、全部……。
 これが、俺の得た力、俺が手に入れた能力なんだな…?」

 背後で穴に入ってきた神父が「早くしろ」と君をせかしている。
 無視していい。今更そんな奴の言うことなんて、聞かなくていい。君はそいつの手を借りず、自分の力で僕のことに気づき、僕を見たんだから。


「スゲェ……これが俺の………!………なあ、お前は、何ていうんだ?お前のこと、俺は何て呼んだらいい?」

 ああ、ヴェルサス。
 僕は君が生まれた時から君を知っていたし、ずっと君の側にいた。


 それでも。







「……『アンダー・ワールド』ダ。」



 はじめまして、ヴェルサス。

 今日から私が、君の『能力スタンド』だ。





End



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 スタンド発現話もこれでついに3作目です。そろそろ捏造もいい加減にしろと怒られるかもしれない。
 でも好きなんだよ、スタンドが。

 健気でどじっこで主人を喜ばせようとして結局空回りしちゃうアンダー・ワールドって、なんかいいじゃない。
 ヴェルサスの人生の不幸は、初期スタプラの暴走(ラジカセやらビールやら拳銃やらのおもてなし)と同じものだったと思ってます。



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