私という存在が確かなものへと成ったのは、吉影が社会人になって数年目のある晩のことだった。




 その日、吉影は悩んでいた。
 自分の生まれ持った異常な性癖と、その性癖が生み出す欲望を満たすために行ってきた犯罪が発覚しそうになっていたのだ。
 10代の頃にある一家を皆殺しにしてから、吉影は既に何人もの人間を手にかけてきていた。吉影の望む平穏な生活に支障が出ないよう細心の注意を払いながら、自分の欲しい「手」を持つ女を動かぬ物体にし、その手を切り取るという行為を続けてきた。

 しかし数日前、彼は一つ失敗を犯した。その日殺した女の血痕を発見されてしまったのだ。
 じきに警察により、死体の捜索が開始される。もし死体が発見されてしまえば全てがおしまいだ。しかし死体を別の場所に移そうにも、絶対に見つからない隠し場所なんてこの時代そう都合よくあるはずもない。


 会社から帰り、自宅の扉を開ける頃には、吉影の指先からは僅かに血がにじんでいた。

「ん?」

 無意識のうちに左手を口に持っていこうとして、吉影はふと部屋の中央に目を留めた。そこに見慣れぬものが落ちていることに気付いたのだ。
 古ぼけたつくりの、石の鏃のついた・・・・・・一対の、弓と矢。


「なんだ?これは・・・・・・。こんな物が、なんだってうちに?」

 かがみこみ、ボロボロになった爪で茶色い木をつついてみる。そして吉影は、そっとその矢を拾い上げた。
 と同時に、カシャ、という音が部屋中に響きわたる。

 その瞬間、石の矢は自我を持ったかのように動き出した。
 生前スタンド使いとなり、そして既に死者となって自身のスタンドの中に留まり続ける吉良吉廣の能力により、矢は吉影の身体を狙い違わず貫いた。

「がッ・・・・!?」

 突然の苦痛に短い悲鳴をあげる吉影。矢は肩に突き刺さり、致命傷にはなりそうもなかった。しかしその矢は吉影の身体を貫通し、鏃が赤く濡れて光っている。畳にもその赤はじわりと広がり始めていた。





 そしてその時、「私」は形成された。




 それまで『才能』だとか『資質』、あるいは無意識の底に潜むような曖昧で判別できないものでしかなかった何かが、石の矢という確かな刺激を得て「スタンド」という名の存在へと変化する。
 この瞬間のはるか前から、私は吉影の中にいた。が、この時に「私」は確かな存在と力を持って、そこに形作られたのだ。


 そして私は、小さくうめき声を上げている吉影にそっと囁いた。


 欲しいものがあるんでしょう。



 私の言葉は吉影には聞こえない。だが、自分が何かに呼ばれたという事は感じられる。
 痛みに顔をゆがめ、肩に刺さった矢を抜こうとしていた吉影の手の動きが止まる。

 私はさらに言葉を続けた。






 欲しいものがあるんでしょう。
 手に入れたい物があって、でも色んなものが邪魔をするから手に入らなくて悲しいんでしょう。

 大丈夫。私が手伝ってあげる。
 吉影の必要なもの以外の、色んなイラナイモノを全て跡形もなく消し去ってあげる。
 嘘だと思うなら、あの女のところへ行ってみて。隠す必要はもうない。吉影が望めがそれだけで、あの死体は吉影の欲しい「手」だけを残してこの世から完全になくなってしまう。

 それが私の力。
 それが貴方の力。


 もう誰も、貴方の邪魔をすることはできないから。









 吉影の表情が変化した。痛みによる困惑と混乱は消え、いつもの理性的な、静かな表情へと戻る。
 しかしそこには、平常の時とは決定的に違う感情が微かに含まれていた。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・本当、に?」

 吉影が、呟く。
 抑えきれずその声にわずかに滲み出ている感情は、『興奮』。


 首だけを動かし、吉影が肩越しに振り返る。
 そして吉影は、初めて私を『視』た。














 全てを消し去る力。
 彼の目的を邪魔するもの、望みの妨げになるものをこの世界から消滅させる能力。

 それが私。
 それが、吉影の得たもの。


 吉影は、私に名前をつけた。

 『キラー・クイーン』

 何もかもを葬る、殺害の女王。




 そうして、私は生まれた。









End




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『キラー・クイーンはメス説』を当サイトは強く支持しております。よってこのキラー・クイーンも微妙に女言葉風味。あっ、石を投げないでー。
吉良とキラークイーン邂逅の瞬間。絶望する吉良を救おうと、吉良親父がどっかにしまっておいた石の矢を使ってスタンド発現させた、という感じです。
キラークイーンの吉良の呼び方、「吉良」か「吉影」かでかなり迷った。親父もいるから一応名前呼びで。ザ・ワールドだったら「我が主」でとか決まりなんだけどなー。




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