「ねぇ、DIO。今日、君が死ぬ夢を見たよ。」
笑いながら、プッチはそう言ってみせた。
他には誰もいない静かな部屋の中で、プッチの声がわずかに反響する。
プッチはそのまま少し言葉を区切り、隣に座る友の反応を待った。
不謹慎だと眉をしかめるだろうか。それとも、ひどいなと言って笑うのだろうか。プッチはほんの少しわくわくしながら、まるでいたずらっ子のように友の答えを待つ。
しかし、聡明な彼にはそんな企みもお見通しだったらしい。いくら待てども望む返答は得られず、まるで「それで?」とでも言うかのように、話の先を促すような沈黙を保っている。仕方なく、プッチは再度口を開いた。
「とても怖い夢だったよ。
しかもね、目の前で死ぬんじゃあないんだ。君がどこにもいなくて、君が死んだという事実だけが僕の胸の中にある。でも僕はどうしてもそれが受け入れられなくて、いつまでもいつまでも君を探し続けているんだ。本当に怖かったよ。
……ああ、もちろん、君が死ぬだなんて現実に思っているわけじゃないさ。安心してくれ。」
彼が指摘する前に、忘れずにフォローを入れる。
本心として、プッチはこの友が死ぬ日が来るとは思っていなかった。人間を超えた、決して老いぬ体であるとはいえ、彼にだって致死の弱点があることぐらい知ってはいる。
それでも、彼を失っても世界が正常に作動し続けるとはどうしても思えなかった。
「……ただ、ね。
時々、不安になることはあるんだよ。
君をもし失ってしまったら、僕は一体どうしたらいいんだろう、って。」
少しうつむいて、言う。
膝の上で組んだ両手に視線を落としたまま、プッチは慎重に言葉を選んで続ける。
「君は死なない。けど、君が僕を置いて行ってしまうという可能性はあるだろう?君がいつか、僕という人間と共にいることに飽きて、僕がわからないような遠い場所へ行ってしまったとしたら、僕にはもうどうすることもできない。それが怖いんだ。
君も知っているだろう、DIO。僕は、失う苦しみに対してひどく脆いんだよ。
ペルラの時のように。」
その名を口に出した瞬間胸の中に鋭い痛みが走り、思わずプッチは己の胸を強く抑えた。
愛妹の死は、未だに思い出す度痛みを伴う。噛みしめた唇を開いて、プッチは続けた。
「ペルラも、そうだった。恋人を失った苦しみが、彼女から生きる気力を奪った。
ウェザーもだ。彼の記憶を読んで知った。ウェザーもまた、世界と私と共に死ぬつもりだったんだ。
……多分、僕たちはそういう風にできているんだよ。大切な誰かを失ったとき、自身も死に向かうようにできているんだ。」
プッチの言葉は止まらない。気づけば、神に仕える身として言うべきでないことさえ、抑えられず口走っていた。
「自殺は罪であると、神は定めた。だが、それがなんだというんだ?
世界には、深い悲しみから立ち上がり、その痛みを乗り越えて再び歩き出す力を持っている者も大勢いるかもしれない。けれど、僕たちはそうじゃない。心に穴があいてしまったら、それを自力で埋める手段を持っていないんだよ。僕たちは耐えきれない悲しみに遭遇した時、死に向かうようにできている。
僕もそうなるはずだったんだ。……DIO、君と出会っていなければ。」
そこまで言って、ようやく息をつく。
次の言葉を探す間に、プッチの顔には知らず知らずのうちに笑みが戻っていた。
顔をあげ、しかし照れくさいので友の方は向かずに、続ける。
「君がいてくれたから、僕はあの時生きられたんだ。ねぇ、DIO。君と出会い、君が『運命』と『引力』について問いかけてくれたからこそ、今僕はこうしていられるんだ。君が矢の欠片を渡してくれたから、僕はペルラを完全には失わずに済んだ。
全て、君のおかげなんだよ。」
言いながらプッチは、自室に保管した2枚のDISCにわずかに思いをはせる。他のDISCとは別の場所に大切にしまい込んだ、二人分の記憶。
運命に翻弄され、離れ離れだった3人は、今やっと同じ場所にいられるようになったのだ。
「今の僕がいるのは、全て君のおかげだ。そして君は、僕を成長させてくれる。僕は君と共に歩みたいとも思っている。
もしも君を失ってしまったら、きっと僕は気が狂ってしまうだろう。
だから僕は、君を失いたくない。消えてほしくないと思っている。」
隣に座る友は、きっと今微笑んでいるのだろう。いつものように美しく。そう思うと、不意に振り向いて彼の顔を見たいという強い衝動に駆られた。
だが、プッチはぐっとその衝動を抑える。なんとなく、今彼の表情を伺うようなことをしたら、彼と自分の間にある信頼に背くことになってしまうような気がした。それに、わざわざ振り向かずとも、彼が今どう思っているかなんてプッチにはちゃんとわかっている。
「君が決して僕を見捨てないという、確かな安心がほしい。ずっとそう思っていた。
だから、君のあのノート。あれを見たとき、僕は本当に嬉しかったんだ。」
微笑み、プッチは言う。
「必要だと、書いてくれたろう?
信頼できる友として、天国へ向かう道として、私を選んでくれただろう?
君が探し求めていた存在に、君にとって不可欠なものになれたということが、あの時確かに伝わったんだ。それを知った時、私はとても安心できた。ありがとう、DIO。」
プッチは語り続ける。
音のない部屋に、プッチの声だけが止まることなく延々とこだまし続ける。
「君は私の欲しかったものを示してくれた。だから、今度は私の番だ。
君と共にある為にも、私は君が望んだその役目を必ず果たしてみせよう。そして、君と二人で天国へ行ってみせる。そうしたら、君はずっと一緒にいてくれるだろう?私の元から去ってしまうことなく、私と共にずっと在り続けてくれる。そうだろう?ねぇ、DIO………。」
と。
そこまで言って、ふとプッチは言葉を切った。
同時に部屋に完全なる静寂が戻ってくる。そのことにも何故かさらに違和感を覚えつつ、プッチは。
「DIO?」
隣へと、顔を向けた。
そこには、骨があった。
乾燥した、白い骨。手のひらに乗るほどに小さく、風が吹けば転がってしまいそうな程の、かつて生物だったものの残骸。
それが、プッチの横の席にぽつんと置いてあった。
かつて『彼』に、謝罪の印として受け取ったもの。22年前に消えた『彼』の、最後に残った亡骸。
「DIO。」
プッチは呼びかける。
返事は、ない。
やがて、プッチはわずかに首をかしげた。そして、
「……ねぇ、DIO。
君は最近、あまり返事をしてくれなくなったね。
どうしたのかい?僕は何か、君の気に障るようなことを言ってしまったかな?」
返事は、ない。
あるはずがない。
しかし、プッチは少し間をおくと、ふっと微笑んでみせた。
そして、まるでその間に何らかの返答が得られたかのように、骨に向かって優しく言葉を紡ぐ。
「………ああ、ごめん。違うんだ、別に、怒ったわけじゃないんだ。
ただ、少し君の声が聞きたいと、そう思ったんだよ。うん、気を悪くしたのなら謝るよ。
それに、そうだね。
君が何も言わなくったって、君が何を求めているかなんて、僕にはちゃんとわかっているんだから。」
そして、プッチは立ち上がった。
隣の椅子の上に乗った小さな骨を拾い上げ、両の手の中にそっと包み込む。
「さあ、行こうか、DIO。そろそろ、彼が礼拝堂に来るころだ。
君のためにも、すべきことをしなければ。」
目を細め、手の中の存在に囁きかけながら。
「君の目的を果たすために。
君と私の望みをかなえるために。
君の世界へと、旅立つために。」
そうして、プッチは歩き出す。
彼の目だけに映る光に向かって。
End
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電波というか病気というか、そんな感じのプッチが書きたかったのに、完成してみたらただのヤンデレでした。おかしいなぁ。
ちなみに、ここで言ってる礼拝堂に来る彼とはスポーツマックスです。
6部読み始めたころから、プッチさんはもう「どっか壊れちゃった人」という印象を持ってました。流石に常にここまで脳内ピンチではないだろうけど、すごい矛盾したこと言ってるのに自分でそれに気付かないくらいの壊れっぷりはいつも発揮していると思います。
あ、そうそう、忘れるところだった。ほもじゃないよ!
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