002: 未知との遭遇。





「最初、国外で仕事ってなった時は、ゲゲって思ったよ。
 だってそうだろ?出張の仕事の好きな奴なんてそうそういない。」
「はぁ・・・・。」
「君はまだ働くような年齢じゃないからよく分からないかもしれないけどね。けど、よっぽど自分の家か、一緒に住んでいる奴が嫌いって場合でない限り、人ってのは自分の暮らしている家や街からそう離れたいとは思わないもんだ。ま、私は家など持たないのだがね。」
「あ、そうなんですか。」
「ああ。だが、今回はラッキーだった。仕事を断ったりしなくて本当に良かったと今心底思ってるよ。
 まさか仕事先でこんなに居心地のいい場所に再び巡り会えるだなんて、夢にも思わなかった。いや、本当に私はついている。」

 そんなもんなのかな、と僕はちらりと思った。なにせ仕事をしていないどころか、僕はこの『部屋』から出て遠くへ行ったことさえ、一度もない。

「けど、ここも居心地は非常にいいが、住むとなると多少不便だろうな。
 本が多いのは退屈しなくていいが、元が音楽室ってだけあって生活感がない。ベッドがないのは致命的だよな。ピアノやパソコンも、別段そう使うわけでもないし・・・・・・。」
「普段はピアノをベッド代わりにしてるんですよ、みんな。」
「みんな?ああ、他にもいるんだっけか。なるほど。しかしどちらにしても苦労しそうだな。ピアノで寝るのも、同居人に煩わされるのも。君もなかなか大変だろう。」
「そうでもないですよ。にぎやかなのも好きだし、僕。」
「ふぅん。・・・・やはり、私の理想となるような場所ってのは、なかなか見つからないものだな。でもまぁ、こういう場所は世界中色んな場所にあるそうだから、気長に探すとしよう。以前行った場所は素晴らしかったが、代わりに酷い目にあってね・・・・。
 ん〜、それにしてもいい香りだ。紅茶を楽しむなんて、もしかして死んでから初めてなんじゃないかな。」

 言って、彼はティーカップを少し揺らして、僕の出した紅茶をゆっくりと楽しむ。
 その様子を見て、僕はやっと彼が本当に「幽霊」であると確信できたような気がした。

 紅茶の幽霊は普通の人でも飲むことができるけど、きちんと胃に入っていくわけじゃない。チョコバーやオレンジジュースと同じで、味は感じてもすぐに顎から外に流れ出てしまう。
 けど、この人・・・・・・僕が部屋に戻った時、いつの間にかこの部屋に既に入っていた目の前の男は、今ごく普通に紅茶を飲み下している。多分、同じ幽霊だからなんだろう。


「・・・・・・ん?どうかしたのか?」

 不意に彼が、僕の視線に気が付いてそう言った。僕は慌てて、

「あ、いや、すいません。死んだ『人』を見るのって初めてで、つい。」
「おや、そうなのかい?そういう能力だから、てっきり見放題なのかと思ったんだが。刑務所だから、死者なんて数え切れないほどいるだろうし。」
「さぁ・・・・。あ、身動きが取れるなら、みんなもう出て行ってるのかも。死んでまで刑務所にいたい囚人なんて、そうそういないだろうから。
 僕のほかにも、見える人って結構いるんですかね。」
「普通は大体見えないもんなんだが、たまに動物とか、修行を積んだ坊主なんかには見える奴がいるな。
 君の場合は、やっぱりその能力のせいなんじゃないかな。」

 と言うと、何故か彼は急に俯いて押し黙ってしまった。
 僕はちょっと焦って、もしかして何か失礼なことでも言ったかな、と考える。それとも、幽霊を見た人ってのは寿命が尽きる寸前の場合が多いとか、そんな不吉な法則を思い出しちゃったのかも。
 何か考え込むかのように沈黙を続ける彼に、僕はこらえきれずに尋ねた。

「あの、どうかしましたか?」
「・・・・ん、いや、なに・・・・・大したことじゃないんだがね。・・・・私も以前、そんな・・・・特別な『能力』を何か持っていたような気がしてね・・・・・・。」
「え・・・・それって、生きてた時スタンド使いだったって事?」
「スタンド?いや、実は生きていた時の記憶がほとんどなくてね。自分がどんな人間で、どんな状況で死んだのか全く思い出せないんだよ。」

 あっさりと言った彼に反して、僕は内心仰天する。
 まさか初めて会った幽霊が記憶喪失の幽霊だったなんて、思いもよらなかった。しかも、彼の様子はあまりにも落ち着いていて、見ただけじゃとても記憶がないだなんて思えない。
 もしかして、ウェザーと同じで、ホワイトスネイクが何か関係していたり・・・・・・いや、いくらなんでも幽霊のDISCなんて奪えるもんなんだろうか。

「そうなんですか・・・・あ、それで記憶を取り戻すために、仕事で色んな場所を回ってるんですか?」
「いいや?別に。」
「あれ。」
「仕事は単なる生きがいのためさ。それに、別に昔のことにそんなに興味もないんだ。
 仮に、生きていた時に私がなにか不思議な力が使えたんだとしても、今使えないんだったら結局意味なんてないしな。」
「そっかぁ・・・・。」

 なんか拍子抜けしてしまった。僕だけ色々考えて盛り上がってたのがちょっと馬鹿みたいだ。

「なんだかなぁ・・・・ウェザーといい、あなたといい、記憶のない人に限ってあんまり自分の過去に執着しないもんなのかな・・・・。」
「記憶が無いからこそ、なんじゃないか?そのウェザーって奴はどうか知らないけど、思い出ってのは覚えているからこそ価値の出てくるものだろう。
 もしも消えた記憶の中に何か私にとって大切なことがあったとしても、それが大切だったことさえ忘れていたら、思い出す理由なんて私にはないわけだし。」
「そうかなぁ・・・・もし僕が記憶喪失になんかなったりしたら、必死になって思い出そうとすると思うんだけど・・・・。」
「まあ、普通はそうかもしれないな。でも、それは自分が何者かわからないから思い出さないと不安、って思考なんだろ。
 記憶ってのは、要は基準なんだと私は考えている。自分がどこで生まれ育って、何が好きだったのか、そういったことがわからないと、自分の立ち位置がどこなのかわからなくなる。自分がどんな人間に分類されるのか、元々どこに属していたのか・・・・そういうのを記憶を基準にして決めてないと落ち着かないんだよ。」
「はぁ・・・・・・・・。」

 なんだか、随分と哲学的な物の考え方をする人だ。僕も年の割に難しいことを言うと言われたりするけど、この人はもっと根本的に理屈っぽい性格なのかもしれない。

「・・・・・・まぁ、それだけじゃないのかもしれないのだが、ね。」
「え?」

 小声の呟きに、僕は顔を上げる。
 彼はわずかに肩をすくめて、ひどく複雑な表情をした。静かで、哀しげで、それでいてどこか薄っぺらいような、そんな顔。


「もしかしたら、私は自分の記憶を取り戻したくないのかもしれない、ってことさ。
 時々思うんだ。私は、生きていた時、何かとんでもないことを経験したんじゃないか、と。もしも思い出したら私が私でいられなくなるくらい、とんでもなく恐ろしかったり、辛かったりするような記憶が、私の過去にはあったのかもしれない。
 何か昔のことを思い出しそうになるたびに、いつの間にか心の中でブレーキがかかる気がする。私は無意識のうちに、私自身の精神を守ろうとして、あえて生きていた頃について深く考えないようにしているのかもしれない。」

 そんな気がするんだよ、と彼は小さく口元だけで笑った。

 僕はどう答えていいのかわからず、ただ沈黙する。
 目の前の男は、ただの普通の人にしか思えない。幽霊であるとか、記憶がないとか、そんなことは関係なしに、ただ紅茶が好きでちょっと理屈っぽい、どこにでもいる普通の人だ。少なくとも、僕にはそうにしか見えない。
 けど、彼の中にあるかもしれない闇、それを彼が怖れているということだけはわかった気がした。

 ウェザーも、そうなのだろうか。彼の過去にも恐ろしい秘密があって、それをウェザーは思い出したくないと心の底で思っているのだろうか。


「・・・・さて、と。随分長居してしまったようだし、そろそろ失礼させてもらうとしよう。」
「え、もう?」
「長々と話し込んでしまったしね。普段はそんなに自分のことを話したりはしないんだが。」

 言いながら、彼はカップを近くの棚に置いて、ピアノにもたれていた背を伸ばす。
 僕はなんとなく、このまま別れてしまうのがもったいないような気がして、引きとめようと口を開く。

「あの、アナスイやウェザーもそろそろ昼食が済んだ頃だろうし、もう少ししたら戻ってきますよ。折角だから会っていったら・・・・。」

 ただ、言ってから、そういえばアナスイはともかくウェザーはなんだか幽霊が見えるようには思えないなぁ・・・・とちょっと考えた。
 どことなく、目の前の彼とウェザーは少し似ている気がした。記憶がないってだけじゃなくて、物静かな所とか、無表情に見えて語るときにはやたらと饒舌になるところとか。

「いや、遠慮しておこう。あまり人に会いたいとは思っていないんだ。
 それに、こちらにもまだ仕事があるのでね。ここの囚人を一人、迎えに行かなくちゃならない。」
「迎えに?え、もしかして脱獄とか?」
「そんな素敵なものじゃないさ。仕事が終わったらすぐに帰国するつもりだから、これでお別れだな。紅茶、どうもありがとう。しばらくぶりに平穏な時間を過ごすことができた。」

 そう言うと、彼は深く帽子を被りなおした。

「また、会えますかね?」
「どうかな。こっちにまた仕事が入れば・・・・まぁ、滅多にないとは思うが、可能性はゼロじゃないだろう。」
「そうですか・・・・。それじゃ・・・・・・・・あ、そういえば、名前・・・・・・。」

 呆れたことに、僕は今頃彼の名前を聞いていないことに気が付いた。
 彼は既に僕に背を向け、部屋の出口へと足を運んでいる。首だけでこちらを小さく振り返りながら、彼は僕に言った。


「基本的に、人に本名は教えないことにしているんだ。何か面倒があると嫌だから。」
「えええ・・・・そんなぁ・・・・。」
「けど、通り名ならある。事実そのまんまの、ひねりも何もないセンス最悪な呼び名だけどね・・・・。」

 言いながら、彼は扉に手をかけた。






「人には、デッドマンと呼ばれている。それじゃ、またいつか。」









End



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 既出ネタ&オチ無しですんません・・・・!幽霊つながりで一度書いてみたかったんだ。
 最初台詞のみで書いて後から間に文章入れたら意味不明になった。いつか書き直したい。

 『デッドマンズQ』はホントいいですよ。衝動的に買ってしまったがいまだに後悔してない。
 そして全然お祝いになってないけど吉良吉影さんHappy Birthday!!(遅刻したけど)






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