1.一言が命取り




 明日を生き抜くための10の心得、毒女編。
『毒女の前で決して「実験」の二文字を口にしないこと』







「おや、グウェンダル。そんなところで立ち話ですか?」
「な、アニシナ・・・・・。」
「あっ、アニシナちゃんお久しぶりー♪」
 今ちょーど、閣下と実験のことについて話してたんですよー♪」
「まままままま待てヨザック!!いつ私がそんな不吉な話をした!貴様一体何が恨みでそんな事実無根なことを言っ・・・・!」
「まぁグウェンダル!またこれは随分と殊勝なことですね!!さてはまたあなたの実験されたがり癖がむくむくと湧いてきたのでしょう!いいでしょう、そこまで私の研究の発展に協力したいと望むのであれば仕方がありません。現在開発中の魔動芝刈り機『こんぜつクン』のもにたあでも勤めさせてさしあげましょう!まだ若干切れ味を抑えた方がよいかとも思っていたのですが、まああなたならば一応仮にも軍人ですし大丈夫でしょう。それではいざー!!」
「はぁぁぁぁぁなぁぁぁぁぁせぇぇぇぇぇぇぇぇ・・・・・・・・。」



 あっ。
 という間に閣下の首根っこが軽々とつかみ上げられ、そのまま引きずられて廊下の向こうへと退場していく。
 意気揚々とした後姿は、俺が和やかに手を振って見送るうちに猛スピードで角の向こうへと消えていった。悲鳴もだんだんと小さくか細くなり、やがて途絶えた。

 後に残された俺は、なむさん、と陛下の母国の祈りの言葉を唱えてから

「しっかしまー・・・・・ホントだったんだねぇ。対毒女限定の禁句『実験』の威力っつーのは。」

 と一人ごちつつ、懐から薄っぺらな小冊子を取り出した。
 最近兵士の中で出回っている「眞魔国にて生きる術」シリーズのうちの一冊である。特に十貴族および魔王陛下に使える兵や侍女たちの間で大好評で、この「毒女編」の他にも「獅子編」「摂政編」「鬼軍曹編」などなど実に様々な本が出版されていたりする。
 要するに心得のような形式で間接的に貴族の方々のお人柄を紹介する、という主旨の本なのだが、「王佐編」の巻末についていた「軍服等に付着した血しみの上手な落とし方」には不覚にも吹きだしてしまった。

 一体誰が書いているのかは知らないが、恐らく城内のあの方々をそれはもう詳しく知り尽くしている奴なんだろう。
 今だって、本を読んでちょいと試しに「禁句」とやらを言ってみたら、閣下の命と引き換えに予想以上の結果が見れてしまった。


 そう、予想以上。






 希望通りでは、なかったけど。






「・・・・・・・・・・・・ま、言ってもしょうがないかね。」

 そう言って、俺は壁にもたれかかった。
 目だけを僅かに動かして、先ほど閣下たちが消えていった廊下の角を見つめる。今頃は既に実験を開始している頃だろうか。
 知らぬ間に、口から一つため息がこぼれた。


 それにしても、嗚呼、さっきのアニシナちゃんの瞳の、なんと輝いていたこと!
 日頃からくりくりとよく動く美しい目をしてると思うけど、実験が絡んだ時の彼女の目は本当にキラキラしている。一度姫さまが「空をそのまま閉じ込めたみたいだよね」と言っていたっけ。
 美しい水色の中に、太陽みたいに輝く好奇の光があって、まさにそれは空そのもののようで。




 そんな彼女の瞳が、俺を映すことはない。





「完全無視かぁー・・・・・。そりゃ、俺じゃー魔動の実験は無理だけどさ。」

 一人ごち、もうひとつため息。


 俺たち混血は、大抵魔力を持たずに生まれてくる。そして、ほとんどの者はそれを幸運として受け止めている。
 魔族として生まれたからには力を持ちたかった、と望む奴もたまにはいるが、普通は「厄介なものを背負わずにすんでよかった」と思うものだ。魔術というのは確かに便利だが、契約だの血継だのと色々と面倒なことも多い。ましてや魔力の高さゆえに毒女の餌食になる者(閣下に限らず、王佐殿や陛下、ぷーなど)を普段見ている者にとってはなおさらだろう。



 けど。
 あの空色の瞳の輝きを俺が真正面から受けることは、多分ないのだ。




 たかが魔力がないという、それだけのことで。

 『命取り』とまでいわれる言葉を言ったにもかかわらず。




 興味一つ、持ってもらえない。













「『命取り』ねぇ・・・・。・・・・・・・・・・一度くらい、取られてみたいっての。」



 罰当たりなことを呟くと同時に、愛しい人の起こした爆音がかすかに耳に届いた。










fin




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