なくした記憶となくさない想い








 そして僕は目を覚ます。



 いつも通りの僕の部屋。いつも通りの時間。いつも通りの、ぼんやりとした目覚め。
 夢一つ見ない淋しい朝。

 姉ちゃんが僕を起こしに来る。
 けど、前は僕のことをベッドから蹴り落とすくらいの勢いがあったのに、最近は一声かけるだけ。なんとなく元気がない気がする。

 結局それは僕も同じなのだけれど。


 起きて、身支度を整え、姉ちゃんと朝食。二人っきりの食事は慣れてるし、さびしくならない為にどうしたらいいかなんてもうずっと前から知っているはずなのに、僕も姉ちゃんも何も言わずにトーストを食べる。
 カレンダーを見る。シフト表は不自然なくらい穴だらけだ。毎月初めにちゃんと決めてるのに。

 僕はトーストを食べ終える。向かいに座っていた姉ちゃんはもう立ち上がろうとしている。


 僕の隣には誰もいない。




 学校へ行く。授業を受ける。退屈な数学の授業中、ふと誰かの視線を感じた。
 辺りをそっと見回すと、女の子と目が合った。女の子は慌てて目を逸らし、うつむく。

 ええと、だれだっけ。

 そうだ、西澤さんっていうはずだ。小学校も同じで、でも話したことはあまりない。
 どうしたんだろう。辛そうな顔している。


 結局その場は何も言えず、授業が終わり昼になる。僕は屋上へ行き、お弁当を食べたあと空を見る。
 こんなよく晴れた日にUFOが確認された例は極めて少ないけど、それでも僕は観察する。いや、単に今日は空が見たいだけなのだ。
 昨日も空を見てた。多分明日も空を見るのだろう。何故だか最近、無性に空が見たくてたまらないのだ。


 その向こうに何がある訳でもないのに。




 授業が全て終わり、僕は家路につく。クラブ活動は現在休部状態。部員一名じゃ仕方のないことだ。
 前は、どうだったんだろう。活動はしてたけど、僕だけだったかな。

 僕は歩く。途中の公園を見ると、誰かが寝てるのが目に入る。名前は知らないけど、制服からして同じ学校の先輩だ。授業をサボったのだろうか。
 見ていると、その先輩は不意に起き上がり、舌打ちを一つしてから歩き出す。その先輩は退屈そうに、退屈で退屈で仕方がないという顔をして公園を出て行ってしまった。


 僕は歩く。僕は歩く。歩いていくうちに、前を姉ちゃんが歩いているのを見つける。声をかけようかとも思ったが、友達と話しているようなのでやめた。
 多分、あれは東谷さんだ。僕は会ったことはないけど、2日ほど前に姉ちゃんが少しだけ話していた。去年の6月頃転校してきた子で、友達のはずなのだが、あまり話した覚えがないそうだ。最近になって急に東谷さんの方から声をかけられたとか。不思議な話だ。

 あれ?
 そういえば僕、どうして彼女が東谷さんだとわかったんだろう。会ったことなんてないはずなのに。




 僕は家に帰る。今日は姉ちゃんが夕飯当番だ。僕は洗濯物の当番なので、干してあった分を取り込む。
 家中がどことなく埃っぽい。掃除をしないせいだろう。そういえば掃除当番を決めた覚えがない。
 でもちょっと前まで、確かに家の中はピカピカだったのに。

 姉ちゃんが二人分の夕食を作っている。ママは今日も帰ってこないようだ。この家の食器は、二人で使うにはちょっと量が多い。
 僕はあきらめて、簡単に掃除をした。といっても、適当に掃除機をかけて、棚をふいただけだ。それ以上する気が起きなかった。
 えらく低い位置にひっかかっている空のハンガーも、台所や洗面所においてある使う必要のない踏み台も、何故か片付ける気になれなかった。

 やがて僕は部屋に戻り、ベッドに仰向けに寝転がった。目を凝らしても、天井に邪魔されて空は見えない。






 そして、ふいに僕はどうしようもないくらい悲しくなる。
 悲しくて、淋しくて、なのに涙は出ない。
 泣くための理由が、僕にはない。

 違う。こんなんじゃない。これじゃない。
 僕の知ってること、僕の望むことはこうじゃない。

 なのにぼくには何も変えられなくて。
 ただ「嫌だ」と思うことしかできなくて。


 そして僕は、涙も出ない薄情な心を抱えて。

 そして僕は、混乱していく感情をもてあまして。



 そして、僕は。
































 そして僕は目を覚ます。



 ぼんやりとした頭のまま寝返りを打つと、腕のあたりで「グェ」という音がした。慌てて腕をどけると、そこには。

 軍曹が、いた。

 軍曹。僕の大事な友達。大切な家族。そういえば、昨日は一緒に寝てたんだっけ。軍曹達が、どうして一週間もいなくなっていたかを聞くため。
 それから、僕らが軍曹のことを忘れていた理由を聞くために。

 腕をどけると同時に聞こえてきた平和な寝息に安心して、僕はもう一度ベッドに入ろうとする。


 その瞬間、姉ちゃんに軍曹ごと蹴り落とされた。




 身支度を整え、朝食を取り、軍曹に見送られて家を出る。すると、どこからともなく東谷さんと西澤さんがやってきた。
 姉ちゃんは東谷さんと、僕は西澤さんと一緒に歩き出す。後ろからヒューヒュー、という軍曹の声が聞こえて、僕は顔を赤くする。

 話をしながら学校へ向かう。話題は今日のオカルトクラブの活動のこと、そしてもちろん軍曹達のこと。
 彼女は嬉しそうに、今日は生まれて初めて寄り道をするんです、と語った。タママにお土産を買ってあげたいのだそうだ。彼女が笑うと、何故だか僕も嬉しくなる。ただそのお土産の内容を聞いて、僕の表情は笑顔から驚愕に変わった。


 駄菓子屋一軒丸ごととは、すごい寄り道もあったものだ。




 退屈な授業を終え、西澤さんとイエティについて論じ合い、僕は帰路につく。まだ春先なので、夕焼けには早い時刻だ。
 公園のベンチに誰か寝てる。サブロー先輩だ。僕が声を掛けると、彼は起き上がって手を振ってくれた。

 いくらか雑談をしていると、突然サブロー先輩の携帯が「クックックックック・・・・・」と鳴った。録音着ボイスなんだ、と携帯を掲げて説明してくれたが、どうもそういう問題じゃない気がする。
 メールを見て、先輩が立ち上がる。クルルからですか、と僕が尋ねると、彼は頷いてにやりと笑った。
 今日は久々にクルルが泊まってくんだ。夕飯、とびっきりのモン作ってやらないと。そう語る彼の目は怪しいくらい輝いている。絶対食事に何かする気だ。
 僕は少しだけ、クルルに同情した。


 去っていく先輩を見送り、さて僕も帰ろうかと空を見上げた瞬間、ふたつの影がよぎった。一つは小さく、一つは細い。ドロロと東谷さんだ。
 町のパトロールだろうか。忍び装束の東谷さんが高く飛ぶ。ドロロが僕の存在に気が付き、東谷さんに合図をして僕の前に降り立った。

 ドロロは、しばらくこの町を留守にする、とだけ語った。東谷さんが言うには、なんと修行の為に山にこもるらしい。しかも東谷さんも、学校を休んでそれに付き合うそうだ。夏美さんによろしく言っておいて下さい、と東谷さんは付け加えた。
 せっかく一週間ぶりにまた会えたのに、こうもあっさり行ってしまうなんて。そう思った僕は引き留めようとしたが、彼らは小さく頭を下げ、次の瞬間にはもう消えていた。
 近いうちに必ず戻ってくる・・・・・・そんな声が、風に流れて僕の耳まで届いた。
 僕は彼らが消えていった空をしばらく眺め、それからまた歩き出す。 




 歩く途中でギロロと出会った。僕は驚く。ギロロと道端で遭遇したこともそうだが、もっと驚いたのはギロロの格好だった。
 ギロロは、大きな荷物を背負っていた。テントや武器が色々入ったリュックを背負っていて、どう見たってちょっと出かけてきただけとは思えない。何事かと思い尋ねると、ギロロは、世話になったな、とだけ言った。
 ギロロは、うちを出ていくつもりなのだ。
 理由を尋ねた。まさか答えてくれるとは思わなかったが、ギロロは答えてくれた。

 俺達は敵同士だ。思い出したつもりだったのに、また忘れていた。
 だがお前達は敵で、お前達にとっても俺は侵略者であり、敵なのだ。
 一緒にはいられない。これ以上一緒にいると、本当にやらねばならないことも忘れてしまう。変えられないという事実まで忘れてしまう。
 俺と夏美は、敵同士だ。

 僕は何も言えない。ギロロの決心が言葉から伝わってきて、僕が何をいってもギロロは首を横に振るだろうとわかってしまったから。
 ギロロは最後に、夏美のことを、と言いかけ、かぶりを振った。夏美を頼む、と言いたかったのだろう。けど、ギロロはそれを言うのをやめた。
 ギロロは僕とすれ違い、歩き出す。大きな荷物と、重たい覚悟を背負ったまま。
 ギロロの姿が見えなくなる。最後まで僕は言えなかった。

 姉ちゃんがさびしがるよ、とは。




 少々暗い気持ちで家につく。姉ちゃんはもう帰っているのだろうか。そう考えていると、庭で姉ちゃんが洗濯物を干しているのが塀越しに見えた。
 庭にテントがないことにはもう気付いているのだろう。それでも姉ちゃんは、多少うつむいてはいるが大丈夫そうだ。僕は安心して、家の前まで行く。

 扉を開けると、掃除中の軍曹がいた。廊下はピカピカに磨き上げられている。埃まみれの我が家が軍曹の掃除魂に火をつけたらしい。軍曹は僕に気付くと、笑って出迎えてくれた。

「おかえりなさいであります!」
「ただいま。」

 言ってから、僕はくすりと笑う。軍曹も気付いたらしく、バツが悪そうに頬をかいて苦笑してみせた。本当に帰ってきたのは、軍曹の方なのだ。

 軍曹は昨晩、最後まで僕に記憶消去のことを話すのをためらっていた。軍の最高機密だし、何より僕にショックを与えたくなかったのだと語った。
 でも、僕は軍曹と友達だから。例え忘れたって、また思い出せたんだから。だから僕は、やっぱり嬉しい。


 そして僕らは、互いの言葉を交換して繰り返して。

 そして僕らは、互いの存在を確かめ合って。





 そして、僕らは。

















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 このシリーズを書き始めたのが4年前、書きあがったのが3年前。そして、サイトにUPし始めたのが2年前の6月。
 元は一万ヒット記念だったものが、こんなに遅くなってしまいました。ようやく完結です。

 最初の小雪ちゃんのと比べて異様なまでに長いところはどうぞご勘弁を。色々詰め込んだらかなりの長文になってしまいました。
 今でも、あの第一期最終回を見ると涙が出ます。冬樹君とケロロの友情が、五人と五匹の関係がいつまでも続きますように。

 最後に、三万ヒットまことにありがとうございました!




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