塀の上に立ったクルルが、俺の方を見た。
見下ろすアイツの視線と、見上げる俺の視線がぶつかり合う。
たった今俺が送ってやったメールを読んだらしいクルルは、俺の薄笑いをしばらく眺めたあと、口元に手をやりいつもの笑い方。
「ク〜ックックックックックッ・・・・・・。」
笑い声を聞いて、俺はますます笑みを深める。
やっと実感できた。
クルルが、帰ってきた。
なくした記憶とわかれの言葉
『記憶消去』なるものを使うということについて、クルルに教えてもらったことがある。まだクルルが俺の家に住んでたころで、ケロロやギロロなんかの仲間と再会してないころだ。
クルルは俺と初めて出会ったとき、あたりの人間からクルルの記憶を残らず消去してみせた。その事についてたずねてみた時だった。
「つまりさ、アレ使えば、バレても大丈夫なわけ?正体。」
「ま、一応はそうなるが、百や二百みてぇな大勢にゃ流石にやり切れねーからな。アレはあくまで非常事態の緊急用だ。」
「ヘぇ・・・。で、記憶消えるのって、どんな感じなの?やっぱ記憶喪失みたいな感じ?」
「んー?まあ、記憶が消えたことも気付かれちゃまずいから、狙った記憶とその前後の記憶を曖昧にするってところか。ま、いずれはてめーもわかるだろ。」
「・・・?どういうこと?」
「オレたちが地球を侵略し終えるか、あるいは・・・・・ま、あるわけねぇと思うが、失敗して撤退することになったら、お前の俺に関する記憶は全て消える。」
「・・・・・・なんで?」
「そういう規則だからだよ。現地人に俺たちの存在についての記憶を残しておくと色々厄介なんだ。
よーするに、今のギブ&テイクのマブダチ関係も、期間限定ってことだな。」
あっさりとそういってクルルは肩をすくめた。
一瞬俺は、もうちょっと悲しめよとか、いくらなんでもその言い方はあんまりだろとかちょっと思ったが、既に付き合って何週間かでこいつがどういう奴かは大体理解していたので言葉にするのはやめておいた。
その代わり、頭に浮かんだ質問を投げつける。
「じゃ、さ。俺が忘れた時、クルルは俺のこと忘れてんの?覚えてんの?」
「あぁ?覚えてるに決まってるだろ。何で俺らの方が敵の情報忘れなきゃならねーんだよ。アホかお前。」
「キツいなぁ・・・・・。でも、やっぱそうか。」
ふぅん、と俺は相槌を打ち、壁にもたれかかったまま上を見上げた。空か雲か、そういったものが見たかったのだが、あいにくその時いたのは室内だったため見えたのは白い天井ばかり。このインドア、と心の中で何故かクルルを非難した覚えがある。
それでも視線をおとさないまま、俺は呟いた。
「・・・・・・・・・・・・・さみしいよね、そういうの。」
「・・・・・・なんだと?」
ほとんどひとりごとだったのに、クルルがそう問い返した。
俺は視線の先を天井からクルルに戻し、答える。
「だってさ、同じことやったはずなのに、俺は忘れてお前は覚えてるってのは寂しいと思わない?二人とも忘れたなら、なかったことにも出来るかもしれないけど、でもお前は覚えてて、一緒にいたはずの俺は覚えてない。それって、やっぱり切ないと思うんだよね。」
「・・・・・・・・・・・・・。」
クルルはしばらく黙って俺の方を見たあと、静かに嘆息した、
「正真正銘の馬鹿だな、てめぇは。」
「えー?そう?だってそうじゃん。」
「俺らの例はあくまで特殊で異常なんだよ。普通に考えりゃ、敵の記憶を消しておいて自分達が持ってる敵に関する情報は消さないってのは当然のことだろうが。その辺の『敵』に関する認識が甘いのは地球人の特徴だな、」
「あ、そっか。」
「本来なら地球人と暮らすどころか会話をすることすら想定外だったからなぁ・・・ク〜ックックックックッ・・・・・・。」
「ふーん・・・・・・・。」
俺はしばらくクルルの笑いを眺めていたが、唐突にクルルに訪ねてみたいことがまた浮かんだ。思いついた瞬間にそれを口にする。
「ね、クルル。もし俺がクルルのこと忘れちゃったら、寂しい?」
「せいせいする。」
「って冷たっ!!なんだよそれ!」
「クックック・・・・・・てめぇが俺のことキレイさっぱり忘れてくれりゃ、記憶消去のことなんぞねちねち話したりせずに済むしなぁ。敵性宇宙人に対しての情報漏洩まで証拠隠滅ってことになるし。」
「ひっでー!クルルの冷血漢!マブダチに対してあんまりじゃねーのー!?」
「どーせマブダチ宣言してから二週間も経ってないのによく言うぜ・・・。」
「こーゆー友情ってのは、出会ってからの時間は関係ないんだよ!」
「ク〜ックックックックックック・・・・・・。」
俺のクサいセリフを全く気にせず、クルルは笑っていた。
結局、その話はそれでうやむやになってしまったんだっけ。
何故、こんなことを今思い出したんだろう。
多分、今俺のいるここが、俺とクルルがはじめて会った場所だからだろう。
目の前を横切る、黄色い蝶。手を伸ばしてみたが、もとより捕まえられるとは思ってない。
視界から黄色い影が消えていって、見えるのは青い空だけ。春の日差しには焼くほどの激しさはなく、柔らかく辺りを包んでいる。
不意に電波を感じ、仰向けの身体を起こして振り返った。見えたのはまた、黄色い姿。
インドアのクセに、わざわざこんなところまで来るなんて。俺は笑いをかみ殺しながら言ってやった。
「よう、クルル。珍しいね、学校の屋上なんかに来るなんて。そんなに俺に会いたかった?」
すると、返ってきたのはいつも通り、イヤミで自信たっぷりの皮肉気な笑い方。
「ク〜ックックックック・・・・・相変わらず無駄に自信満々の奴だよな。」
「お前に言われたくないよ。とにかく、久しぶり。一週間ぶりだね。でもまぁ、お前よく基地の方にそれぐらい泊まり込んでたし、あんま久々って感じはしないよな。」
嘘だ。
クルルを覚えていた時と違い、この一週間は異常なほど長かった。
「ふん・・・・俺がいない間に、せいぜい羽根は伸ばせたか?」
「おかげさまで。たまに学校とかにも行ってみたよ。面白いことも結構あったし。」
これも嘘。
この一週間、退屈で死に掛けた。学校になんか行ったのも、暇で暇でそれしかすることがなかったからだ。
毎日毎日同じことの繰り返しで、本気でどこか別の場所へ逃げようかとまで考えた。どうしてこんなにも退屈なのかもわからず、仕事のほうも愚痴が多くなっていた気がする。
「そっちこそ、久しぶりの故郷はどうだった?」
「ま、かわりばえはしなかったが、お前がいないってだけで静かではあったかな。」
「何それひっどーい。んで?何で帰ってたの?仕事とか?」
「・・・・・まあな。報告とか提出とか色々あったんだよ。」
恐らく、これも嘘。最初にあった間が何よりの証拠。
きっと何か非常にくっだらない理由で呼び出されたのだろう。全く、そんな理由でいきなり記憶を消されたこっちの身にもなってもらいたいもんだ。
「・・・・・・で?」
唐突な疑問符。
慌てて俺も疑問符で返してしまう。
「え?なに?」
「メールだよ、メール。なんなんだよ、コレは。」
ああ、と俺は頷き、携帯を取り出した。受信箱を開くと、最後にクルルが送ったあのメールが一番上に表示される。
『俺の方が天才。』
たったこれだけの、簡単な言葉。送られたその時は、何のことだかよくわからなくて返信できなかった。
そして今日俺が送った返事が、これ。
『俺の方がちょい天才?』
「なんだよ、この『ちょい』ってのは。」
「そりゃあれ、謙遜だよ。やっぱケンキョだよなー、俺。クルルが目一杯自己主張してきてんのに、俺が返した返事は『ちょい』つき!うーん、俺ってやっさしー。」
「アホか。俺が聞いてんのはくだらねぇタワ言じゃなくて、メールを送った意味だよ。」
「ああ、クルルへの返事だよ、もちろん。クルルの事思い出した瞬間、何はともあれ返事出さなくちゃって思ってさ。」
俺がクルルのことを思い出すまで、メールは記録から消えていた。
記憶ならともかく、携帯のデータまで元に戻せるものなんだろうか。
「・・・・なあ、クルル?アレ、やっぱり『さよなら』って意味?」
「くだらねぇ。最終確認だよ、単なる。」
やっぱり嘘。間はなかったけど、顔が俺のほうを見ていない。眼鏡のせいでわからないが、多分視線もはずしているのだろう。クルルは、俺と同じくらい嘘をつくのが下手なのだ。
下手くそな嘘で固めた、本音の会話。
これが俺とクルルの関係。
「クールル。」
「んだよ、まだ何か用かぁ?」
「なんで俺、クルルのこと思いだせたの?やっぱ友情パワー?」
「ンなクサい真似が出来んのは隊長たちだけ。残りは俺がバックアップしてやった。感謝しろよ。」
「するする。それって軍の命令?」
「軍規違反だ。バレりゃ即処刑かね。ク〜ックックックック・・・・・。」
「うっわますます感謝。それって、危険とかないよね?」
「0.2%くらいは廃人になる可能性もあるけど。」
「えー?そんな危ないこと俺らにしたわけ?感謝取り消し。」
「・・・・病院でもらう薬の副作用より小せぇ確率だろうが・・・。」
あきれるクルルをみて、思わず笑いがこみ上げる。クルルがケロロたちと合流してからはあまりなかったけど、会ったばかりのころはこうやって部屋や外でくだらないことばかり話してたもんだ。
「なにニヤニヤしてやがる。」
不機嫌になるクルルを尻目に、俺はもう一度携帯を開いた。受信ボックスのクルルのメールをもう一度見つめ、それからボタンを押し始める。
クルルはそんな俺を黙ってみていたが、やがてふいと俺に背を向け、出口に・・・・。
いきなり、電子音が響いた。
クルルはその場にノートパソコンを下ろし(ってか非力のクセに何でずっと持ってたんだろ・・・)、立ち上げてメールを開いた。俺はそれを黙ってみている。
メールの内容もわかっている。差出人は、俺。
『おかえり』
たったこれだけの、簡単な言葉。
だが二秒もしないうちに、俺の携帯も震えた。俺はクルルを一瞥してから、メールを開く。
『ただいま』
「目の前でメールしてんじゃねぇよ・・・・・・。」
クルルが舌打ちする。眼鏡で表情はわからない。
ここで頬でも染めて照れてればツンデレ完成なんだけど、どうやら本気でイラついてるらしい。
多分こんなメールをわざわざ出す俺と、それに返信してしまった自分に。
俺はそんなクルルと、届いたばかりのメールを見つめ、にんまりと笑う。
嘘が張り付く隙間もないほど小さな、電波による本音トーク。
それが、俺たちの会話。
終
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前回の小雪ちゃんのよりかなーりわかりにくくなりましたが、ともあれサブ&クルの巻です。
唯一別々に暮らしてるパートナー同士なんで、他四人と比べてむっつんって出番が少なくなりがち。なのでこの回できちんと扱ってくれてた時にはかなりキュンと来た覚えがあります。
クルルが何を思って記憶のバックアップをとっていたのか、そしてどんな思いでそれを発動させたのか。その理由の一端に、きっとサブローの存在があるのだろうと思わずにいられません。本当クルルは、自分の気に入ったヤツに対してだけはものすごく一生懸命になる奴だなぁ……。
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