090: 売りつくせ。
12月23日。
一部の地域では「天皇誕生日」等という名称もあるが、地球の大部分の地域では「クリスマスイブイブ」……すなわち、クリスマス・イブの前日という認識を持たれている日。
道行く人は皆、明日という聖なる日を誰とどう過ごすかで頭がいっぱいのようで、余程のことがない限り路上パフォーマンスや街頭販売に目を向ける余裕などない。
それはここ、宇宙横丁でも同じことだった。
「さぁっ皆様、どうぞ御覧ください!
こちらの新商品『超高性能・全自動宇宙流し台』ならば、料理や皿洗いは勿論排水口の掃除から害虫駆除まですべて機械任せ!スイッチを入れればもうあなたは水仕事から完全解放!
今なら専用のバッテリーもお付けして、なんとお値段宇宙円で107万8900円……!!」
張り上げる私の声は、しかし一人の足さえ止めることが出来なかった。
人々はみな私には目もくれず、ひたすらに別の場所に向かって歩いてゆく。ため息を一つ吐き、私は一旦呼びこみを中断した。
私の名前は、ゲイル。
これでも宇宙全土の中でも並ぶものがいないほどの実演販売のプロ、商品販売型宇宙人である。
現在、この宇宙横丁にて家庭用家電の実演販売を行っている最中である。
………ちなみに、クリスマスイブの前日まで仕事をしているからといって、同情などしないでいただきたい。
私はあくまでも生きがいとして、誇りを持ってこの仕事をしている。現にクリスマスだからといって明日も明後日も休むつもりなど毛頭ない。いや、流石に正月の三が日くらいは実家に帰るつもりだが。
しかしいくら私に熱意があろうとも、応えてくれるお客様がいなくては商売とは成り立たない。
赤と緑のボーダー服に身を包んだゲオルガ星人が足早に通りすぎていくのを眺め、再びこぼれるため息。
確かに、こんな日に電化製品を買ってくださるお客様というのはそうそういないだろう。しかし例年ならばそこは私の手腕でどうにでもなる。
今日の不況の本当の原因は、この宇宙流し台のその横に並べられている『あるモノ』だ。
私は少し視線を動かし、その諸悪の根源を見る。
安っぽいアクセサリーや、置物やら本やら、およそガラクタとしか呼べないような雑貨の数々。
恥ずかしい話だが、コレも一応私の本日の『商品』なのである。
これらは全て、今朝方ヴァイパー様が持ってこられたものである。
なんでも最近まで宇宙リサイクルショップに勤めていたのだが、その店が潰れたため不良在庫を店員で分担してもらってきたらしい。
『これも売っとけ』と機械の身体を光らせながら言い放ったヴァイパー様に、私は無論抗議した。こんな物は売れない、頼むから自分で売ってくれ、と。
しかしヴァイパー様はこれからクリスマスの待ち合わせがあるらしく、今すぐにでも発たねばならないと言う。
てっきり一族の集まりかと思ったが、
『ちょっとな。……カエルの嬢ちゃん二人の面倒をみなきゃならねぇだけさ………。』
と、疲れたような、しかしどこか楽しそうな顔で言い、去ってしまった。
一体何のことだったのだろうか。カエルといえばケロン星人だが、まさか狩りにでも行くつもりだろうか。
ともあれ、このような経緯で私の手元には一山の雑貨が残された。
売れと言われればどんなものでも売ってみせるのがセールスマンというものだが、いくらなんでも相手が悪すぎる。
何しろ、ここに並べられたものはいずれも、扱いに困りそうな問題作か、流行遅れの一発ネタ商品化、さもなければ何処にでも売っている安物ばかりなのだ。
しかも、最新式の製品と銘打たれた物の横にこんなモノがあってはいかがわしい事この上ない。ただでさえ最近は偽装表示のニュースが絶えないというのに。
いくら考えたところで雑貨は消えはせず、人々の足も止まりはしない。
私は諦めて、再度声を張り上げようと息を吸い込んだ。
その時。
「あの〜ぅ……。」
不意に、横から声がかかった。
吸った息をそのまま「はいっ!!」と返事に変えて振り返る。
そこには、一匹の黒いケロン人が立っていた。
知らない方ではない。名前までは存じ上げないが、ケロロ小隊の隊員の方だ。
ケロロ小隊は長年地球に潜伏活動中だし、隊長のケロロ様が作戦や日常生活等で普段から色々とお買い上げくださるお得意様であるため、顔ぐらいならばわかるのである。
確か、大抵常にケロロ様の隣にいる、新兵の方だ。
彼は、ちょい、と商品を指差し、
「ええっと……これ、くださいな、ですぅ。」
「はいー毎度ありがとうございます!こちら新商品となっておりまして、料理ならば300品目、皿は脱水乾燥まで完璧、害虫に至っては巣まで根絶やしにするという優れものでございます!
更に本日は特別価格ということで、こちらの浄水装置もお付けしましてたったの108万……!」
「じゃなくて、こっち、くださいですぅ。」
「……はい?」
言われて、彼の指が指し示す方向を見る。
そこには、先程から私の頭を悩ませているガラク……いや、雑貨が並べられている。
それらの中から少年はある一つを手に取り、私に向かってさし出してきた。
それは、黒のカチューシャだった。
プラスチックの薄い作りで、「シック」とか「高級そう」などの形容詞とは程遠いようなありふれた黒色。
曲線の上辺りに申し訳程度に桃色の花の飾りが付けられてはいるが、それ以外は何の面白みもない、何処にでも売っていそうな、安っぽい品である。
「これです、これ。いくらですかぁ?」
私はしばし商品とお客様の顔とを見比べ、やがて控えめな声でそっと、
「………………あのー、お客様……。大っ変申し上げにくいのですが、恐らくそちらの商品は……その、お客様の頭部のサイズにあわないのではないかと……。」
「………僕が自分で付けるわきゃねぇだろこのスットコドッコイナメてんのか喧嘩売ってんならいつでも買うぞゴラァ。」
「もももももも申し訳ございませんっ!!いえあのその、けけ、ケロン人の方全員についてという意味でございましてそのっ!」
真顔のままキレた彼に必死に弁明する。
と、彼はシュウウと立ち上る怒りオーラを沈め、いつもの笑顔で
「あー、それなら別にいいんですぅ、これで。このっくらいがちょうどいいんですぅ。………あ、ただ。」
「はい?」
「ここ、二個ずつ穴とか空けてもらえたり出来ます?左右おんなじとこに。ダメですか?」
「………お客様のご要望にお応えできないことは私としても非常に残念なのですが、なにぶん材質がプラスチックなものですので……。」
ただでさえ壊れやすそうな安い材質だというのに、更にその細い側面に穴など開ければ確実に割れるか折れるだろう。少年は「ちぇーっ」と呟いたが、それでも妥協したらしく私に向かってカチューシャを突き出し、
「じゃ、このままでいいですぅ。おいくらですかぁ?あ、ペコポン貨幣でお願いしますぅ。」
「はい、そうですね………ペコポン貨幣で、300円になります。」
ボッタクリ、と言うなかれ。私は原価を知らないのだから、いくらで売ろうと私の自由。まぁ、確実に100円ショップで売られている程度のものだろうが。
「ええっと、大きいのしかないんですけど。」
「結構でございますよ。えー、千円からのお預かりで…。」
「いや、それ一万円札ですぅ。今日万札しかお財布に入れてなくって。」
………………しまった!三千円だといえばよかった!!
「……えー、9700円のお返しとなります。毎度ありがとうございました。」
「どうもですぅ。あ、それと、プレゼント用のラッピングとかってありますかぁ?」
「い、いえ……申し訳ございませんが、本日特別な包装などのご用意はしておりません。」
そもそも、誰が電化製品をラッピングするというのだろうか。一応紙袋に入れた商品を手渡しながら言うと、
「なーんだ。それじゃ、別のとこでリボンとか探してくるですぅ。じゃ!」
といい、袋を受け取って軽やかな足取りで立ち去ってしまった。
一体、なんだったのだろうか。走る後ろ姿を眺めながら思わず考える。
まさかあんな安物をわざわざ買ってゆく方がいらっしゃるとは。それも、クリスマスの贈り物用に。
あんなもので喜んでもらえるとも思えないが、それともそれ程までにケロロ小隊の財政は逼迫しているのだろうか。
まぁ、どのみち私には関係のないことだ。セールスマンの仕事は商品を買っていただくまで。それに、去り際の彼の表情は、本当に嬉しそうな、満足気なものだった。まるで、贈る相手が絶対に喜んでくれると確信しているかのように。私にとっては謎だったが、あの様子ならば恐らくクレームや返品の可能性はないと考えていいだろう。
ともあれ、これで通常業務に戻れる。私はおもいっきり息を吸い込み、道行く人々への呼びこみを再開しようとし……。
「おい。」
「ひぇあいっ!?」
突然掛けられた渋い声に驚き、変な返事になってしまった。
大慌てで振り返ると、いつの間にか私の背後に音もなく赤いケロン人が立っていた。
やはりケロロ小隊の方で、こちらはお名前も存じている。ギロロ様だ。いつものように仁王立ちで、眼光鋭く私を睨みつけている。まさしく一流軍人の貫禄が漂う佇まいだ。
というか、なにやらいつも異常に気を張り詰められているというか、目がギラギラしている気がする。多少足がすく見ながらも、なんとか私はその赤い悪魔様に言葉を返す。
「な……なにかご、御用でしょうか……?」
「商品を、見せてほしい。」
「は、はいはいはいこちらの全自動宇宙……。」
「それじゃない。こちらの小物だ。……というか貴様、いつからなんでも屋になった?」
「………本日限りの特別商品にございます。」
人は「限定」の言葉に弱い。私の返事に一応納得し、ギロロ様はしゃがみ込んでガラク…雑貨を物色し始める。
と、ふとそのうちの一つに目を止め、言った。
「おい、これは?」
「あ、はいはい、こちらはミルーグ星雲のイーヌ星にて大ヒットいたしました、家庭用防犯護身用等身大人形にございます。」
ギロロ様が指差された巨大な布製人形を手に取り、説明してみせる。
ケロン人の体格よりも更に一回りほど大きいそれは、普段はかわいらしい動物の形状で見るものの心を和ませるが、ひとたび持ち主が危険な状態になれば内蔵された装置を作動させ、獰猛な野獣形に変形させることができる。そのギャップと実用性がウケて、かなりの流行となったのだ。
………ただし、それももう50年も昔の話である。今やとうの昔に流行遅れだ。
しかし私はそんなことはおくびにも出さずに、商品の長所のみを説明し続ける。嘘をついているわけではないので、別段偽装ではないのだ。
「昼間はラブリーな話し相手、夜は頼もしき番犬に!また、表面は全て天然素材で出来ているためお肌にも優しく、更には防火・防水性!一つご購入していただければ前線基地の安全度もぐっと上がることかと!今ならクリスマス価格で特別に……あの、ギロロ様?」
しかし私の売り向上を聞いているのかいないのか、ギロロ様は黙ってぬいぐるみを見つめたまま考え込んでしまっている。もともと軍人の方がこんな防犯アイテムを買われることもないだろうとは思っていたが、しかしならば何故目を止められたのか……と、私が不安を抱えていると、不意にギロロ様は顔をあげ、
「よし、これをもらおう。」
と答えられた。
意外そのものな答えに一瞬「え!」と呆気に取られたが、慌てて応じる。
「は、はい!ありがとうございます!ええと、お買い上げ宇宙円にして……。」
「その前に、すまないんだが、中の装置を抜いてもらえるか?」
「はい、かしこまり………ええええええっ!?」
更に意外すぎる言葉に、思わず声を上げて仰天する。
だって、そんな……内蔵された機械がなかったら、これはただのぬいぐるみになってしまうではないか!
慌ててそれを訴える私に、しかしギロロ様は平然と答えた。
「基地には今のところ、これ以上の防犯器具は必要ない。それに、そいつは見たところ大分過去に発売された型だろう。下手に扱って、暴走でもされたらかなわんからな。」
「し、しかし……。」
「それに…………そもそも、性能のために選んだのではないしな。」
「は…?」
「このデザインだ。……あいつは、こういう形や顔のものが好きなんだ。」
そう言ってギロロ様は、フ、と小さく笑った。
来た時の緊張感や殺気立った様子はいつの間にか消えている。そのかわり、穏やかな微笑がその口元には浮かんでいた。軍人らしからぬその表情は、なんというか、ひどく満ち足りていて。
「別に、機械の分値を下げろだなんて言わん。その分手間をかけさせるわけだからな。」
「はぁ……。」
いまだに納得がいかず、脳内に?マークを散らせながらも、一応要望通りに人形の背中を割って中の機械を取り出す。元通りの形になったただのぬいぐるみを袋に詰め、ギロロ様へと差し出した。
代金をお支払いしたギロロ様は、その自分よりも巨大な袋を何とか背負うと、「邪魔したな」とだけ行ってよろよろと店から離れていった。重くはないだろうが、いかんせん巨大なため非常に危なっかしく見える。妙に心配で、しばらく私は突っ立ったまま、その巨大袋が遠ざかっていくのを見送った。
そして、袋と赤い足が人ごみに紛れて見えなくなった頃………私は、はたと気づく。
私の横に放置された、銀色の装置。
「しまったーーーーっ!!ギロロ様に装置を引きとっていただくのを忘れたーーっ!!」
絶叫し、慌てて目を凝らすも、もう小さな姿は見えない。
なんということだ、ただの装置単品を一体誰が買ってくださるというのか。Oh My God!と私は頭をかかえる。
その瞬間。
「ク〜ックックックックックックックックック………。」
不吉な笑い声が響く。
顔をあげると、店の前には本日三人目のケロン人のお客様の姿があった。黄色に猫背、ぐるぐる眼鏡、常連でなかろうとも誰でも知っている。ケロン人一の危険人物、クルル様である。
一瞬ビビる私に向かって彼は更に笑い、
「見てたぜェ…。オッサン、随分とメルヒェンなもん選んだじゃねぇか……こりゃ、明日が楽しみだねぇ…ク〜ックックックックックック……。
おっと、そいつは俺がもらってくぜぇ。」
と、銀色の塊を指さす。今しがたギロロ様の残して言った、只の装置だ。
驚いてクルル様を見ると、彼はやはりいつものように口に手を当てる。世界のすべてがマヌケでおかしくて仕方がない、というような口調で、
「ソイツを適当な人形ん中にブチ込んで色々イジってやりゃあ、そりゃあもう楽しいビックリ箱ができるだろうからなぁ…。
そうすりゃ、散々タイクツだのつまんねぇだの待ちぼうけだのすっぽかしだの騒いで人の顔の人形量産しまくるようなガキには、ぴったりのクリスマスプレゼントになるだろうよ………ク〜ックックックックックックックックック……。」
……悪魔だ。ギロロ様なんか目じゃない、黄色い悪魔がここにいる。
しかし、求められば売る他ない。それがセールスマンというもの。まだ見ぬ被害者にすまなく思いつつ機械を拾い上げ、電卓を取り出す。
「えー、ということはお買い上げでございますね?でしたらお値段はだいたい……。」
「おいおい〜、まさか金取る気かぁ?
そいつは元々売りモンでもなんでもない、伍長の置いてったただの余りもんのゴミだろうーが。アンタが処置に困ってっから、この俺サマが引きとってやるんだぜぇ?むしろこっちが金払ってほしいくらいなんだがなぁ……。」
再度言おう。悪魔がいる。
蛙の皮をかぶった悪魔は更に楽しそうに笑う。
と、ふとその笑いを止め、足元の商品を一つ拾い上げた。そして、
「へぇ、珍しいな…。おい、こいつも貰ってくぜ。」
「はい?…………え、そちらを、ですか?」
私がそう言ったのは、決して商品をただで持っていかれるのが嫌だったわけではない。クルル様の示したその商品が、このガラクタ(あ、ガラクタと言ってしまった)の中でも特に「売れなさそう」なものだったからである。
それは、小さなキーホルダーであった。付け方を変えれば携帯ストラップにもなるだろう。彗星の尾のような青い紐の先には、惑星を模した形の鈴がつけられている。しかし、それだけならば単なるセンスのいいストラップ。
クルル様が手の中のその紐の先をつまみ、軽く揺らす。響いた音はチリリン、という澄んだ音、ではなく……。
ゴシカァン…。
「………DCS星限定発売のご当地ストラップ、でございますね。」
「もうあそこにも売っちゃいねーよ。宇宙ネットオークションにも滅多に出てこねぇしな。」
当然だろう。この、なんともいえない嫌な音。こんな音を出す物をつけて外出した日には、総スカン間違いなしだ。そもそも毎日こんな音を聞くこと自体が嫌すぎる。余程のコレクターでも、これを手元に置くのはためらうだろう。勿論全然売れなかった。
「……正直、お買い上げになられる方がいらっしゃるとは思いませんでした。」
「そーかぁ?いい音じゃねーか。破滅的っつーか、断罪的っつーか……。例えば星が真っ二つに割れたら、こんな音がすると思わねーか?」
さすがは宇宙一の変人。その発想からして違う。
ゴシカァン、ゴシカァンと楽しげに鈴を鳴らすクルル様に一刻も早くお帰りいただくためにも、私は必死の思いで声をかけた。
「えー、あのー、それではキーホルダー一点お買い上げで、地球円で500円のところ本日は特別に350円とさせていただきます。」
定価の三割引だ。しかしクルル様はわずかに眉間にシワを寄せて、
「ククッ……相変わらずボッてんなぁ〜…。どーせ原価は100円以下だろ?そもそも、テメーがこんなもん渋々並べてるってことは、押し付けられた、つまりは元手ゼロってことじゃねーか。」
ぐぐ。読まれた。さすがは宇宙一の嫌なヤツ。
仕方なく、泣く泣く私は無料で差し出す覚悟を固める。………が。
「……ま、いーけどな。ほらよ、払ってやるよ、350円。」
「は?…………え、あ、ありがとうございます……?」
「クックック……今日くらいはな。特にコイツは、前から探していたし。ま、クリスマスサービスってやつぅ?」
言って、クルル様は再度イヤな笑いと共に鈴を振る。
探していた、とは、まさか前からあのストラップを入手しようとしていたのだろうか?前々から変人だ天才だとは聞いていたが、聴覚に関しても常人とは異なった作りをしているのだろうか。……あるいは、先程と同じく嫌がらせ用とか。
けれど、嫌がらせにしては随分と………妙な顔をしている。
嬉しそうな、それでいて少し困ったような、そんな複雑そうな顔。
「たしかに丁度お預かりいたします。毎度ありがとうございました。」
「おう。…………………さて、あとはどうやって他の奴に気付かれずに渡すかだが…。」
ブツブツとひとり呟きながら、ようやく彼も去っていった。
やれやれ、一時はどうなることかと思った。ともあれ、雑貨も大分少なくなってきた。いい加減宇宙流し台の販売に戻ろう。
「あの〜…もし。」
「さあっ道を行くお客様方どうぞ足を止めてご覧ください!今日ご紹介いたしますのはこちらの『全自動宇宙流し台』でございます!使い方は簡単でまず………。」
「もし、あの、ゲイル殿。」
「………とするだけ!お掃除やお手入れ、サビ落としも一切必要なし!また付属のこちらのフロッピーを挿入することでオリジナルレシピの…………。」
「ゲイル殿〜?もしもーし、あの、ちょっと〜?」
「…………まで可能に!!これほどの高性能商品は宇宙初、宇宙初でございます!皆様ぜひともお買い上げ…………。」
「……………………………暗殺兵法!『母なる力』っ!!」
ボゴォッ!!
「ひええぁぁぅっ!?」
突如地面から生えた巨大な手に押しつぶされそうになり、慌てて私はその場から飛びすさった。
そして、いつの間にやら傍に立っていた青いケロン人のお客様に、
「なななな、なになさるんですかいきなりぃぃっ!!」
「あいや、すまぬでござる。肩を叩こうとしたのでござるが……。」
肩どころか、全身地面にめり込むところだった。冷や汗を拭き拭き、元の立ち位置へと戻る。
それにしても、今日は随分と妙な日だ。ケロン人のお客様ばかりが立て続けにこれで4人目、全員ケロロ小隊所属の方。しかも小隊の方が一度に来るのではなく順番に別々でやってくるとは、全く珍しいこともあるものだ。
そのケロン人のお客様……ええと、ド……いや、ゼ………それともズ……?……まぁ名前はともかく、その方はやはり雑貨の方を目当てに声をかけられたようである。並べられた雑貨のうち一つを手に取り、私に向かって差し出した。
それは、地球製のスノードームだった。ケロン人の掌に乗るほどしかない小さなもので、透明なドームの中には一匹の青い犬の人形が空を見上げている。周囲には雪に見立てた白い欠片がゆらゆらと舞い、人形の上に降り積もる。この乱雑としか言いようのない商品の中で、唯一クリスマスらしい雰囲気を持つ品である。
「これを、頂きたいのでござるが……おいくらでござろうか?」
尋ねる彼に、しかし私はこらえきれずに言った。
「……お客様、もしかしてそちらをクリスマスの贈り物としてご購入なさるおつもりでしょうか?でしたら、おやめになられたほうがよろしいかと思います。」
「……何ゆえでござろう?」
「大変申し上げにくいのですが、そちらの商品は非常に粗悪品となっております。大切な方への贈り物としては、あまり……相応しくないのではと思いまして。」
お客様の求める商品をお売りするのが私の仕事だ。お客様ご自身の選択に販売員が口を挟むなど、本来ならば言語道断。
それでも、納得がいかない時だってある。何しろそのスノードームは、一目で分かるほど安物なのだ。
ドームを形作るのはガラスではなくプラスチックで、しかもあちこちに細い傷が白く光っている。中で揺れる白い欠片も人形と比べるとやけに大きく、ひどくちぐはぐな印象をあたえる。地球のクリスマスが彼の中でどれほどの規模のイベントなのかはわからないが、少なくとも特別な日に贈るプレゼントしてはあまりに粗末だと思えたのだ。
もちろん、彼の贈る相手が誰かなど、私に分かるはずもない。しかし、彼の顔を見れば、それが決して適当な相手に義理で贈るようなものではないと分かる。
瞳の奥に浮かぶ、優しげなまなざし。
先程のお三方と同じ、心地よい感覚。
彼が本当に相手を喜ばせたいと思っているのならば、私も全力で良い商品を提示したい。安物などで妥協していただきたくない。
「スノードームであれば、私どもの通販会社にも在庫がございます。
最高級のガラス製のドームに本物の雪と見まごうばかりのスノーフレーク、更に中の風景も様々な種類を取り揃えております。クリスマスらしくサンタクロースやトナカイの人形を使った物、天使や女神、更には実在の人物をホログラムで映し出すものまで、各種ご用意頂けます。
お値段の方も、クリスマス限定価格ということで特別にサービスさせていただきます。万一明日に間に合わせたいということで時間がないようでしたら、宇宙特急便に掛けあって出来うる限り迅速に手配をさせていただくことも……!」
「ゲイル殿。」
私の口上を遮り、お客様は静かに言葉を続けた。
「申し出は大変ありがたいのでござるが……遠慮しておくでござる。
拙者は、これを彼女に贈りたいのでござるよ。」
「しかし……。」
「ゲイル殿のお気持ちもよくわかるでござる。この品がそれほど上等のものでないということは、拙者にも分かる。
しかし拙者は、決して妥協でこの品を選んだのではござらん。
誰かに物を贈る際、最も送りたいものは、心………気持ちでござる。そして、拙者の心が一番伝わると思えるものが、これなのでござる。」
微笑んで、彼は言う。
しかし私はどうしても納得し切ることができない。思いを伝えるなら、価値のあるものを送った方がいいに決まっているのに。
「価値だけでは決められないものもあるのでござるよ。
美しい品、高価な品を喜ぶ人もいる。されど、拙者がこれを贈りたい人は、価値よりも思い出を大切にする方なのでござる。
だからこそ、壊れやすく触れられない品を贈るよりも、気軽に手に触れて、傍に置いて飾っておける品の方が彼女も喜ぶし……拙者にとっても、うれしいのでござる。
それに、中のこの犬。
この犬の人形が入っていたから、拙者はこの品を選んだのでござる。この犬は、拙者と彼女の共通の友人に、とてもよく似ている。」
お客様は手の中のスノードームへ視線を向け、そっと目を細めた。
丸いプラスチックの中で、青い色の犬の上に偽物の雪がゆっくり降り積もる。犬は凛々しい顔つきで空を仰いでいて。
「ゲイル殿。拙者にとってはこれが、最良のプレゼントなのでござる。」
どうか、これを売ってはくださらぬか。」
静かにそう言ったお客様と、私はしばしの間向かい合い………やがて、私は答えた。
「………お買い上げ、ありがとうございます。」
「かたじけない、ゲイル殿。」
礼など言われるようなことではない。
どの道、お客様のご要望があれば何であろうと売るのがセールスマンの役目なのだ。
商品を箱に入れ、紙袋に入れてお渡しする。
彼は再度私へ頭を下げ、人混みへと消えていった。
一人になっても私はしばらくの間呼び込みもせず、彼の言葉を思い返していた。
価格ではなく、気持ち。
触れるのをためらわれるような最高級品ではなく、常に傍に置いて触れてもらえる物を贈り物として選んだ彼。
安物のカチューシャ。
ただのぬいぐるみ。
誰もが持つのを嫌がりそうなキーホルダー。
彼らも、同じ気持ちだったのだろうか。
にぎやかな声と共に、また大勢の人が目の前を通り過ぎていく。
しかし私はまだ呼び込みを再開する気分になれず、ただ黙ったまま人の流れを眺めていた。
と。
「ゲロ?」
気の抜けた、非常に聞き覚えのある声が、突然人混みから聞こえてきた。
ポコン!と、通行人の波から抜けて顔を出す、緑色の姿。
「ゲイル殿!珍しいでありますなぁ〜、こんなところで。」
と言いながら、ポテポテ、とこちらへ近づいてくるのは、私の大事なお得意様の一人にして恐らく本日最後のケロン人のお客様。
ケロロ小隊隊長、ケロロ軍曹様だった。
「これはこれはケロロ様、奇遇でございますね。」
「本当でありますなー。
いやー、クリスマス前にもお仕事とは御苦労さまでありま…………ゲロォッ!?
そこにあるのはもしや、最近宇宙テレフォンショッピングで話題の『超高性能・全自動宇宙流し台』でありますか!?」
「おおっ!流石はケロロ様、お目が高い!
その通り、こちらの新商品『超高性能・全自動宇宙流し台』は現在宇宙テレフォンショッピングで何と売り上げ5000万台を記録した超人気商品!全国の主婦の方々の日々の苦労を完全に肩代わりする優れ物でございます!
さらに今ならこの専用バッテリー、浄水器、更にレシピメモリー用のフロッピーディスクをお付けしての特別ご提供!!」
「キャーー!なんっという大盤振る舞い!でもでもぉ、最新式だし、お高いんでしょぉ?」
「御心配は無用です!
通常ならば税込み及び送料含めペコポン貨幣で200万円のお品ですが、本日は店頭販売ですので送料は頂きません!更にクリスマス特別割引をいたしまして、なんと今晩限り、108万8000円でございますっ!!
ちなみに、お持ち帰りいただく際の専用リヤカーも特別に無料でお貸し出し致しますっ!!」
「っきゃーー!!やっすぅ〜い!!定価の半分でしかもリヤカーまで付くなんて!ステキー!!」
あぁ……!本ッ当にケロロ様は良いお客様だ……!
打てば響くようなこの反応。私も実演販売員として冥利に尽きるというものだ。
「おっしゃーそれ一台頂くであり…………っとと、イカンイカン。今日は別の用事なのでありました。
ちゅーか予算も三千円しか持ってきてないし。危うく忘れるところだったであります。」
「よろしければ分割でもカードでも……。……時に、本日はどのような品をお探しで?」
予測はついていたが、尋ねてみる。するとケロロ様は照れたように笑いつつ、
「あーいや〜、実は明日皆でクリスマスパーティを行うのであります。
んで、折角だから日頃お世話になってる人とプレゼント交換もやろうかという話になって、今更ながらこうしてプレゼントを買いに来た訳で………。」
「プレゼント交換ですか!大変よろしいですねぇ。
普段過酷な任務を共にする小隊の方々と、イベントを通じて交流と親睦を深める絶好の機会!いや〜流石一小隊の隊長は考えることが違いますねぇ〜。」
「いやいやいやいやー、それほどでもあるけどねー。
まーその、年末締め切りの書類の提出をウッカリ忘れてて、昨日まで小隊全員で事務仕事に追われに追われまくってたせいで、プレゼント買いに来るのがこんなギリギリになってしまったんでありますが……イヤハヤお恥ずかしい。
あ、よければゲイル殿も来るでありますか?クリスマスパーティ。日向家の方々だけでなく桃華殿や小雪殿、サブロー殿も参加するし、賑やかでありますよ?」
「お誘いはうれしいですが、生憎と明日も仕事がございますので……。」
やんわりと言う。
なるほど、小隊の方々が今日次々と買い物に来られたのはそういう訳だったのか。
納得しつつも、心は営業モードへ切り替える。
「参加はできませんが、しかしお客様の素敵な一日をお手伝いさせていただくのが我々販売員の使命!本日のプレゼント選びは全力でサポートさせていただきます!
と、いうわけでいかがでしょう。こちらの宇宙流し台であれば、どんなお相手でも間違いなくお喜びになると思いますが。」
「イヤ、だから欲しいのはヤマヤマなんでありますが、今日は手持ちが三千円しかないんだってば。」
「いえいえそうおっしゃらず!
クリスマスといえばやはり地球では特別な日!特別な日の贈り物ならば、やはり予算に縛られずドーーンといかなくては!大切な方に想いを伝えるにはやはり…………。」
価格ではなく。
「………………………。」
「………ゲイル殿?ど、どうかしたんでありますか?急に黙って……。」
「……あ、いえ………。」
突然言葉を止めた私を見て、ケロロ様が首をかしげる。
私は何と答えてよいかわからず、曖昧に笑って口を濁した。
贈り物は、気持ちを伝える物。
気持ちを伝えるには、価格や価値だけではなく。
先程の彼の言葉が、頭に反響する。
黙ったまま、私は考える。
私にだってプロとしてのこだわりがある。お客様に半端な商品を売りたくない、というこだわりが。
だが、普段の私が扱う商品では、恐らくケロロ様が望まれるようなプレゼントには成り得ないだろう。
けれど、今宵ならば。
「……………よろしければ、ケロロ様。」
「ゲロ?」
「今晩は特別商品として、こちらに安価な雑貨もご用意いたしております。
こちらからでしたら、お客様の予算に収まる額でのプレゼントを見つけられるかもしれないと思うのですが、いかがでしょうか……?」
「おおおっ!!本当でありますか!?ぜひとも見せて欲しいであります!
いっや〜、流石はゲイル殿!カユイ所に手の届くサービスっぷり!」
「ケロロ様にはいつもわが社の商品をお買い上げいただいておりますので、特別でございます。」
人は「特別」や「限定」「専用」の文字に弱い。その傾向が特に顕著なケロロ様も思った通り「特別……!」と目を輝かせている。
私はケロロ様の前に、残り少なくなってきた雑貨を並べてみせた。
すると、並べ終えるか否かの内にケロロ様から「おおおおおっ!!」と声が上がる。並べた商品のうちの一点を手に取り、
「これは、宇宙ハヤブサ包丁!懐かしいでありますなー、一時期すっごい流行ったっけ。
一度に三度切れる上に、柄の部分が肉叩きにもなるスグレモノ!これなら、夏美殿特製ビーフシチューも更に美味しくなるでありますな〜。
おっ、こっちは宇宙ニョロアイロピー。ひんやり冷たく、程良くしっとりな感触がいいんでありますよなー。……そういえば、ママ殿も明日は帰ってこられるそうでありますが、ここんとこ年末進行でまたお仕事忙しそうでありますし、これで少しは疲労回復になるかも……。
ぬおおおお!!これはっ!!ゲイル殿ちょっと、この本開いてもよいでありますかっ!?」
更にケロロ様が手に取られたのは、簡単にビニールパックされた一冊の本。タイトルは、『宇宙生物大全・こども図鑑』。凶暴なものから奇天烈なものまで、有名な宇宙生物を多数紹介する子供向けの学習本である。
一応カラー写真付きの立派な本だが、刊行されたのは大分昔だ。そもそも最近の子供はもっぱら立体ホログラム機能の付いた図鑑を買ってもらうので、この本も立派な時代遅れだ。
しかし、ケロロ様は嬉しそうに、
「この本、我輩持ってたんでありますよ〜。母上に駄々こねてようやく買ってもらって、その直後訓練所の図書室に同じのが置いてあるの見つけてへこんだっけなぁ……。
いやでも、これ確か全ページカラー写真だったし、例え文字が読めなくとも見るだけで十分楽しめるでありますよな。よっしゃ、これは冬樹殿の分っと。
いや〜、流石はゲイル殿。えっらいツボな商品を取り揃えているでありますな〜。よっ、ニクいねっこの商売人!」
「い、いや………それほどでも……。」
そもそも、私が揃えた商品でもない。というか、こんな半端な商品をここまで喜ぶ人がいようとは。
私の内心の戸惑いをよそに、ケロロ様はうきうきと手に取った商品を簡易レジの前に積み上げてゆく。
ふと、ケロロ様の目がまた別の商品へと向いた。
「……これは、モノホンの注射器でありますか?にしては、何か……。」
「あ、いえ、そちらは注射器の形を模したボールペンセットになります。恐らく、地球産の商品ですね。血液型の表記が四種類だけですので。」
四本セットの注射器型のペンは、ボディ部分に血液とおぼしき赤いペイントがなされ、右から順にA・B・O・ABという記号が付いている。これがもし宇宙共通商品ならば、血液型表記も血の色ももっとバリエーション豊富だろう。DとかH2とか、緑とか青とか。
ケロロ様は四本のペンが収納されたピンク色の救急箱型ペンケースを見つめ、「地球産かー……。」と小さく呟いていた。が、やがて決心したようにそれも掴み、レジの前に置く。
「えーっと、これで合計いくらくらいになるでありましょうか?」
「はい、ありがとうございます。えー宇宙ハヤブサ包丁一点900円、宇宙生物大全一冊1000円、宇宙ニョロアイロピー一点600円、そして注射器型ボールペンセット500円で………しめて、3000円ちょうどになります。」
「ゲロォッ!?なんとミラクル!予算ピッタリであります!」
まぁ、そうなるように言ったのだから当然だろう。
ほとんど元々の定価に近い額を言いはしたが、予算内に収まるように調整はした。繰り返すようだが、原価も仕入れ値もわからないのだからいくらで売ろうと私の自由だ。
ゲロゲロと喜ぶケロロ様へ私も営業スマイルを向け、「こちら、まとめてお包みしてよろしいですか?」と尋ねる。すると、
「あーいや、こっちのイッコだけ別にお願いするであります。こっちは今日ちょーっと送っちゃうんで。」
「かしこまりました。ボールペンセットのみ別、と。……ちなみに、どちらへ?」
「ケロン星であります!!………………………ゲロオーーーーーッ!!?」
「!?どっ、どうなさいましたかケロロ様!!」
突然奇声を発して固まるケロロ様へ慌てて声をかける。
ややあって、ケロロ様は小さな声で、
「……………ヤベ。送料忘れてた、であります。」
「え。」
「宇宙横町からケロン星まで、通常料金380円(地球円換算)!更に明日に間に合わせるためには速達で更にもう120円!合計500円っ!!
しかしっ!!我輩の資金は今この瞬間底をついてるというーーーっ!!ゲローーッ!!どーしたらいいでありますかーーーー!!!」
頭を抱え絶叫するケロロ様。
なんというか………いつでもあと一歩が抜けているというか、色んな意味で予想を裏切らない方だ。
とりあえず、落ち着かせようと私も声をかける。
「よ、予算オーバーにはなりますが、自費で出すという訳には……?」
「……年末はなにかと出費が多くて、今口座に残ってんの400ケロン……。」
思わず絶句する。どう考えても社会人の口座じゃないだろうそれは。(ちなみにケロンは円より安い)
「……では、恥を忍んで隊員の皆さまにお借りするというのは……。恐らく皆様、まだ宇宙横町のどこかにおられるでしょうし。」
「隊長の威厳……は、この際置いとくとして、いっそもうそれで………あー、いやでもダミだ、絶対誰に贈るのか聞かれる……。」
「……?知られるとマズいようなお方なのですか?」
そもそも、明日のクリスマスパーティ用のプレゼントならば、ケロン星に送ると言うのも妙な話である。
まさか、プレゼントに見せかけたワイロ………いや、ボールペンをか?
首をかしげつつケロロ様を見れば、
「あ!いやいやいやあの、そんな大したもんじゃないんでありますよ!!
単にそのー、同僚、つーか、昔馴染み、つーか………ちょっとまー、なんというか………。」
先程まで青ざめていた顔を今度は赤くしながら、ごにょごにょと言葉を濁すケロロ様。………これはまさか、いわゆるアレか。アレなのか。
いやはや、ケロロ様にもそのようなお相手がいらっしゃったとは……。正直ガンプラを心の嫁にされているのかとばかり……。いや、今は置いておこう。普段であればお勧めしたい商品が色々とあるのだが、今はこちらの問題が先だ。
「ううう……いっそ、軍の転送装置をこっそり使って……待て待て、前回送ったとこって確か大佐宛てじゃん。駄目ジャン大佐宛てにペンセットって!
送り先の設定変更はクルルの管轄……絶対送料の倍は料金とられるでありますな……。いや、モア殿に頼めばあるいは!?……って送信の履歴残ったら結局意味ねっつの!!あ゛ーーーーもう八方塞がりでありますーーーー!!」
頭を抱えもだえ苦しむケロロ様。その様子を見ながら、私も必死に考える。というか、隊長でも料金をとられるのか。
こんなことならば、あと500円安く価格を設定すべきだった。
いっそ今からでも価格変更を申し出て……いや、今言っては明らかに同情して値引きしたと思われる。わが社のモットーは『分割は許すがツケは許さず』と『オマケはつけても値引きはするな』である。
こればかりは、一人のセールスマンとして譲れない。プロの販売員として、お客様に「いざという時どうにかなる」と思わせてはならないのだ。
だが、今のケロロ様の状況をお救いするには分割もオマケも意味をなさない。一体どうすればいいのか。
購入する商品4点のうち、ただ一つでもケロロ様が購入を諦めれば、送料分は確保できるだろう。だが、それを勧めることはどうしても躊躇われた。
商品を選ぶときの、ケロロ様の表情。
相手のことを思い浮かべ、相手に似合う品、少しでも喜んでもらえる品を探し、そして相応しいものを見つけた時のあの嬉しそうな顔。
ペンセットだけではない。どの品も、ケロロ様にとってとても大切な方に贈られるのだろう。
そんな品を、一点でも「諦めろ」などとは言いたくない。
明日の聖夜を、最高の気分で迎えていただくために。
私に今、できることは。
「……………ケロロ様。」
「ゲロ……?」
「大変、申し訳ございません。」
私は深く頭を下げる。
「……?な……何がで、ありますか?」
「わたしく、今の今まで失念しておりました。」
「は……?」
そして、私は頭を上げ、はっきりと告げる。
「本日は、クリスマス特別サービスとして……雑貨を3000円以上お買い上げの方には、送料を無料とさせていただいております。」
3秒ほどケロロ様は動かなかった。恐らく、私の台詞を脳が理解するまで多少時間がかかったのだろう。
ややあって、ポカンと開いたままだった口が動く。
「………………マジで?」
「はい、マジでございます。」
「……速達分も?」
「全額、こちらで負担させていただいております。
ご通達が遅くなってしまい、誠に申し訳ございません。」
呆然としていたケロロ様の表情に、徐々に生気が戻る。
次の瞬間、ぐわしぃっ!!と私の両手をケロロ様が掴んだ。
「ゲッ……ゲイル殿ぉぉーーーーぅっ!!」
「いつもお買い上げいただき、誠にありがとうございます。今後もご贔屓のほど、どうぞよろしくお願いいたします。」
掴まれた両手をこちらからもしっかりと握り返しつつ、営業用スマイルで応じる。
あくまでも、「セールスマンとしてのサービス」という姿勢を崩さないように。
その後、ケロロ様に速達用の伝票に宛名を書いていただいている間に、残りの商品を包装しておいた。
とはいっても、単純に個別に小さな紙箱に入れて袋にまとめただけなのだが。
「あ!そーいやメッセージカードとかいるでありますかな!?品物だけだとクリスマスプレゼントだってわかってもらえないかもしれないし!」
「ああ……確かに、一言添えておくと心配りが感じられますね。」
「だよねーやっぱ!んじゃ早速……ゲロゥッ!だーかーらー残金がもーないんだったー!」
「……よろしければケロロ様、こちらのメモ帳でよければお使いください。」
スーツの胸ポケットから社内メモ帳を取り出し、差し出す。右下に『邪魔ネット』と印刷された、正直色気も減ったくれもないデザインだが、何もないよりはマシだろう。
ケロロ様は「メンボクナイ……」とメモ帳を受け取り、下手くそな字で『メリークリスマス ケロロ』と書き込んだ。しばらく考えてから、その下に『地獄で会おうぜ』と書き加える。
「……ケロロ様、その言葉のチョイスはそれでよろしいのでしょうか……。」
「え、なんか間違ってた?」
ともあれ、書き終えた伝票とメモをケロロ様から受け取り、お預かりしたペンケースの上に置く。
「それでは、こちらの商品はお預かりいたします。
本日中に速達で発送し、必ず明日までに宛先に届くように致しますので、ご安心ください。」
「頼んだであります!」
ビシィ!と敬礼を送るケロロ様。私も「はい!」と、きっかり90度の礼でそれに応えた。
「いやーゲイル殿、今日は本当に助かったであります!パーティ用のプレゼントは全員分決まるし、予想外の掘り出し物まで見つかるし、本当言うことなしであります!
ちゅーかもう、ここまでやってもらっちゃっていーのかなー、ってくらいでありますよ!」
「ご満足いただけたようでなによりでございます。
お客様に最高のお買い物をして頂くために最大限お手伝いするのが、我々販売員の役目。これからも是非、当社をご利用くださいませ。」
「おお、勿論であります!素晴らしいサービスの数々、感謝であります!んでは!」
再度敬礼をしたのち、ケロロ様は笑顔で商品を抱え、人の波へと戻っていった。
その後ろ姿を見送って……そして、私はようやく一息つく。
横を見れば、ケロロ様からお預かりした救急箱型ペンケースが鎮座している。
「……さて、と。」
ズボンのポケットを探り、小銭入れを取り出す。流石にプロのセールスマンとして、売り上げに手を付けるわけにはいかない。
小さな財布から取り出したのは、一枚の500円玉。
ケロロ様には、一つだけ嘘をついた。
別に、送料無料の話は嘘だとは思っていない。
何度も言うようだが、今日の雑貨の山は私の商品であり、いくらで売ろうと私の自由だ。つまり、どんなサービスを新たに作ろうとも、やはり私の売り方の自由だろう。
ついた嘘とは、先程の台詞。
『販売員の役目』なんてものは、単なる建前だ。
私は、ただ私がやりたかったから、ここまでしたのだ。
彼らの笑顔の為に。
彼らの最高の明日の為に、私にできることをしようと思ったのだ。
大きく伸びをしてから、売り場を見回す。
いつの間にか、あれだけ山になっていた雑貨の数々はすっかり無くなっていた。
今売り場に残っているのは、宇宙流し台一台のみだ。
立ったまま私は考える。これが売れたら。
この宇宙流し台を売り終えたら、そうしたらケロロ様からお預かりしたペンケースを発送しに行かなければ。いや、今晩中に出さないと明日までにケロン星に着かないので急がなければならないか。では、あと30分だけ街頭販売をおこなって、それでも売れなければ発送手続きへ行こう。そうしたら、今日の仕事は終わりだ。
仕事が終わったら……その後は、実家に電話でもかけてみようか。
いや、実家より先に銀河鉄道のチケット案内へかけたほうがいいだろうか?
クリスマスイブに銀河鉄道に乗るカップルは多いだろうが、今からでも一席くらいゲイル星行きのチケットが取れるかもしれない。
運よくチケットが取れたら、予定を変更して明日から休みをとって、故郷でクリスマスを過ごすのも、悪くない。
今日のお客様、ケロロ小隊の方々の姿を見ていたせいだろうか。
私も少し、大切な人とクリスマス・イブを過ごしたくなった。
「あの〜う……すみません……。その商品、ちょっと見せてもらいたいんですが……。」
背後から声がかかる。
「はいっ!!毎度ありがとうございます!!」
私はとびっきりのスマイルと共に、お客様の方へと勢いよく振り返った。
End
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げ、激長……!
下手するとサイト内最長記録更新です。
ちなみに、執筆期間でもぶっちぎり最長です。5年越しのクリスマス。
長くかかった分、自分の中で理想のケロロ小隊(と、地球人の関係)を詰め込んでみました。
ゲイル(原作ではダガダ)主役話。最初ダガダの名前で書いてましたが、サブローの名前が出たのでアニメ版で合わせました。
3年目からアニケロは見てないので、細かい口調の間違いはどうぞスルーの方向で。
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