ケロロと。
久しぶりに帰ってきた親父に手を引かれて歩きながら、俺はここにいない兄ちゃんのことばかり考えた。
両親がともに軍人ですぐ前線に行ってしまう為、俺はたいてい兄ちゃんと一緒にいる。昔からそうで、物心ついたときには家の中には俺と兄ちゃんの二人だけしかいなかった。俺は毎日兄ちゃんと話をし、訓練所に行った兄ちゃんの帰りを待ち、帰ってきた兄ちゃんに今日一日あった事を聞かせてもらっていた。単純で、それ故に幸せな毎日だった。
しかし、兄ちゃんと一緒に通おうと思っていた幼年訓練所に俺が入った時には、兄ちゃんは既にそこを卒業して成年訓練所に入っていた。毎日毎日兄ちゃんとばかり話をしていた俺は、突然見知らぬ奴がうじゃうじゃいるところに一人で放り込まれ大いに困った。しかも、どうやら兄ちゃんは非常に優秀で模範的な生徒だったらしく、事あるごとに教官から兄ちゃんの偉業を語られた。自慢の兄を褒められるのは嬉しかったが、同世代のものとはそのせいで余計に話しづらくなった。
歩きながらため息をつき、兄ちゃんの顔を思い浮かべた。久々に帰ってきた親父が出かけるぞと言った時、兄ちゃんは軍の演習訓練があるからと断った。兄ちゃん以外の奴と出かけるのは何ヶ月ぶりだろう。もしかしたら年単位かもしれない。それほど俺は常に兄ちゃんと一緒にいた。
だが、最近兄ちゃんが妙にうっとおしく感じるようになった気がする。
兄ちゃんの態度は昔と変わらない。軍の事をいろいろ教えてくれ、銃の扱いの手ほどきをしてくれる、いつも通り完璧という単語の似合う兄だ。けれどその完璧さのせいで、永遠に俺の目の前を兄ちゃんが歩いているような気になる。どれだけ俺が走ってもその距離は増すばかりで、時々兄ちゃんが俺のほうを振り返り、少し笑って言うのだ。
『焦らなくていい。お前はお前のペースで行けばいいんだ。』
だが、俺はそれじゃ嫌だ。
頭の、今まで使っていた部分では『兄ちゃんに追いつけるわけないだろ』と言っている。なのにそれ以外のどこかでは、兄ちゃんが前にいることに対してイライラしているような、兄ちゃんが目の上のたんこぶのような感じがしてくる。
兄ちゃんに追いつきたい。兄ちゃんより出来るわけない。兄ちゃんの背中を見ていたくない。兄ちゃんさえいなければ教官たちの期待や兄ちゃんの噂に追い立てられる事もない・・・・・・・。
こんな事、本当は考えたくないのだ。今まで自分の面倒を見てくれていた兄ちゃんの事を邪魔に思いたくなんてないのに。
「ギロロ、着いたぞ。」
親父の声に、俺は慌てて顔を上げた。気付かないうちにうつむいて歩いていたらしい。
目の前にあるのは普通の家だった。それこそ隣の家と区別がつかなくなりそうなぐらい、一般的な家だ。
「・・・・・親父?どうしてこんなところに?」
てっきり軍本部や射撃場や商店街(お袋に買い物頼まれて、とか)に行くと思っていたので尋ねてみる。すると親父は、
「・・・・・・・・・同期の家だ。一度子供をつれて遊びに来いと言われていてな。」
その声の不機嫌さに少し驚いた。表情も、免疫の出来ている家族以外の者が見たら卒倒しそうなぐらいに険しい。同期ということは仲間で、友人のはずなのに、何故こんな苦々しい顔つきなんだろう。
「ほら、行くぞ。」
「う、うん・・・・・・。」
慌てて親父の後を追い、俺は家の中へと入っていった。
「おーっ!よぉ来たのぅ!なんじゃ、相変わらず辛気くさい顔しくさってからに、ちったぁ笑えゆーとったやろぉ?」
「・・・・・・・・・貴様も力いっぱい相変わらずだな。」
親父がぽつりと言う。
家に入った俺と親父を迎えたのは、濃い緑色のケロン人だった。確かに親父と同じぐらいの年代に見えるが、目もとろんとしていかにも普通のオッサンだ。とても軍人には見えない。
その、軍人以外の職なら何でも似合いそうな男が、不意に俺に向かって手を伸ばした。思わず俺は身を固くする。
「っ・・・・・!」
「おーおー、これがお前の息子かぁ?ほんにまぁ可哀想に、親父に似て目つきが悪かぁー。」
「どういう意味だ!」
「そのまま。で?これ一匹か?」
「一匹言うな!長男は軍の演習に行った。そいつは次男のギロロだ。」
「ほー、で、そっちの長男の方も目つきが悪くて老け顔、と。遺伝子っちゅうんはホンマに・・・・。」
「貴っ様ぁ!!」
男二人の掛け合いを、俺は呆然と眺める。
驚いた。いつも厳格な親父がこんなに怒鳴るなんてはじめて見た。
親父たちの会話(?)がいつまでたっても終わらない。途方に暮れていると、肩に手がかかった。
「?」
むにっ。
・・・・・・・・・・・・・振り返ったらほっぺたに指が刺さった。
「あ、ひっかかった。」
「・・・・誰だ。あと、痛い。」
「うっわーこんな一昔前の超古典的罠に未だ引っかかるヤツいたんだなー、超絶滅危惧種。」
「指はなせったら!」
思わずそう叫ぶと、そいつはヘラッと笑って俺から少し離れた。
さっきの親父の友人を、少し色を明るくしてついでに性格も明るくしてサイズを小さくしたようなやつだ。年は多分、俺と同じぐらいだろう。
「今の叫び方、あっちのおっちゃんとソックリだなー、お前がとーちゃんのダチの息子だろ?」
「・・・・・てことは、お前、この家の・・・・・。」
「えーなにー?声が小さい聞こえないー。もーちょっとさっきみたいな叫び声で話せよ、会話せーりつしないだろ?」
ちょっとムッとした。いつもはあまり叫んだりする事は無いし、声が小さいといわれたこともない。兄ちゃんは、いつも俺の言葉を全部聞いてくれた。
「あ、オレケロロっつんだ。お前は?」
「・・・・ギロロ。」
「え、キララ?外見に似合わず可愛い名前ー。」
「ギロロ!」
息を吸い込んで叫ぶ。どんな聞き間違いだ。
そいつはまたけらけら笑うと、
「ん、ギロロだったら外見ピッタシ。ね、外行かね?どーせとーちゃんたちしばらくあのテンション止まんないし。」
「え・・・・・。」
親父たちのほうを見た。いつの間にかちゃぶ台を囲んで座っていて、親父が怒鳴りオッサンがそれを受け流している。とうとう親父が銃を取り出した。
確かに、ここにいても良くて怪我をするだけだ。悪くて死ぬ。
「・・・・・行く。」
「おっしゃ決定んじゃレッツゴー!」
そして、俺とケロロは外に飛び出した。
ケロロと公園に行って、俺は驚かされるばかりだった。
ケロロは、本当にいろんな事を知っていた。俺も兄ちゃんも全くやったことのない遊びだとか、近所に飼われているペットの種類だとかをひっきりなしに教えてくれた。だがケロロはケロロで、俺が一度も公園で遊んだ事がないということで驚いていたらしい。
「マジで!?それじゃガッコ終わったあと何やってんの!?」
「なにって・・・・・・・家に帰るけど。」
家で兄ちゃんが待っているかもしれないし、寄り道しようと思ったことはない。そもそもクラスの中に友人すらいないのだから、遊ぶことも出来ない。
ふと俺は思いつき、ケロロに兄ちゃんのことを話した。驚いた事に、あれほど訓練所ないで有名なガルル兄ちゃんのことをケロロは全く知らず、説明が非常に面倒だった。今日兄ちゃんが演習に行っている事も、最近兄ちゃんに対して感じていることも、全部話した。
全部聞いてくれたあと、ケロロはあっさりと言った。
「そーゆーもんじゃない?だって、ギロロいかにも負けず嫌いって顔してるし。」
「・・・・・え・・・・・?」
「だからー、そのカンペキな兄貴に負けたくないんだろ?ライバル意識持ちゃーいいじゃん。勝ちたいなら。」
「・・・・・兄ちゃんに・・・・・?」
ガルルに、勝つ。考えた事もなかった。負けたくない、とは思ったが、俺がガルルに勝てるなんて思いもしなかった。
いや、最初から俺は勝ちたかったのかもしれない。なんでも自分よりよく出来る兄のことを自慢に思っていたが、同じくらい悔しく感じていたのかもしれない。
今まで気付けなかったのは、多分兄の存在があまりに大きすぎた為。
「っつーかさー、お前兄ちゃん兄ちゃんってちょっとブラコンすぎやしね?普通男兄弟ってケンカばっかりのはずだろーよこのブラコン。」
「っな・・・・俺はブラコンじゃない!第一、兄ちゃんとケンカなんかできるか!」
「だーかーらーその思考が既にブラコンなんだってば。まーいーじゃん、俺のダチにもシスコンいるけど、その妹の方もなんかブラコンっぽいからむっちゃ仲いいし。もーアレだ、あいつら見てるとその愛は家族愛?兄弟愛?それとも他の何か?とか尋ねたくなるし。」
「聞けってば!俺はブラコンじゃなーいー!」
腕を振り回して、俺は親父そっくりに怒鳴った。
次の日、俺は決意を固めて訓練所にいった。決意とはつまり、今日一日の間に誰かと話をしよう、というものだった。
今まで俺の世界はガルルを中心に回っていた。しかし、いつまでもガルルの背中を見ていてはガルルを越える事はできない気がする。
ガルルに、勝ちたい。
やっと自覚した願い。叶えるためには、まずはガルルから離れてみなくちゃいけない。ガルルの周りを離れて、その上でガルルと同じ道を歩く。
せっかく、あいつが気付かせてくれたのだから。
決意して、俺は教室の扉を開けた。
その瞬間、目が合った奴がいた。明るい緑色の、非常に見覚えのある・・・・・。
「・・・・・・・・・・・・・なんで、お前がここにいるんだ。」
呆然と、俺は言う。昨日1日話したせいで俺の小さい声までちゃんと聞き取ってくれるようになったそいつが、俺の思いの正体を教えてくれたそいつが、きょとんとして言った。
「・・・・・・・あ、同じクラスだったんだ。気付かなかった。」
「あほかぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
それが、俺とケロロの出会いだった。
おわり
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という訳でギロロ編。ここから腐れ縁は始まった、みたいな。
実はギロロだけ親ぐるみの付き合いなんですよね。(アニメでケロ父とギロ父が一緒に旅行に行ってたし)
昔のギロロって(アニメ第二期十二話によると)結構控えめというか、声小さいんですよ。それを見て『ああ、ケロロと会ってツッコミしてるうちにあんな怒鳴り声を身につけたんだ・・・』と、妙に納得。昔はツッコミでもかませ犬でもなかったんだろうなぁ…。
ちなみに、ケロロ父の方言がメチャメチャなのはどうぞ気にしないで下さい。
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