ケロロ君と。


 今日もまた、学校に行けなかった。
 今日は熱も下がったし、平気だってママに言ったのに、やっぱり許してもらえなかった。まあ一昨日は42度まで熱があったし、心配するママの気持ちも分かる。けど、やっぱり行きたかった。
 ベッドの上から時計を見た。午後3時。もう下校の時間を過ぎている。マスク越しにため息が零れた。
 実を言うと、学校に行ってなにがしたかった、という訳ではない。勉強は嫌いではないがそこまで好きでもないし、運動はそんなに得意じゃない。というか苦手だ。泳ぎの得意な種族であるケロン人で、僕のようなカナヅチが何人いるだろう。
 普通の子が学校に行く一番の理由である『トモダチと遊びたい』も、僕には当てはまらない。病気がちであまり学校に行けなくて、外にも出ない僕には、友達と呼べる子がいない。学校に行ったって、話のできる子すらいない。
 それでも。
 ひょっとしたら。今日学校に行ったら、誰かと話せたかもしれない。そう期待してしまうから。
 時計を見る。午後3時5分。寝ることにも飽きてしまった。
 少し、外に出たい。
 ちょっとふらつく足で、僕はベッドから立ち上がった。



 脱走するだけの勇気は、僕にはなかった。
 廊下をよろよろ歩いてメイドさんに相談して、ママにお願いして反対されて粘ってママが折れて30分だけと許可を貰って、やっと庭の花畑に行く事が出来た。ちなみに説得までで現在午後3時半。ここまでで僕は既に疲れ果てていた。
 家の庭の花畑、といっても家のすぐ側にあるわけでもないので更に大変だった。家の隣に建ててある温室では育てきれない花を育てる為に、わざわざ少し離れた空き地を買い取って柵を立てたそこは、畑というより箱庭に近いと思う。
 花は好きだった。話しかけても答えることはないが、僕の話を聞いてくれる。花だけじゃなくて、木や、草や、月なんかも。自然だけが僕のトモダチだ。
 そのほかにもオルゴールだとか船の模型だとか、好きなものはたくさんある。今飼っているペットなんかもみんな大切だ。
 花畑の中で座り込んで、ちょうちょが飛ぶ様を眺めていた。空を見上げれば、ふわふわした雲が見える。

 ふいに、息苦しくなった。

「っ!ケホ、コホッ、コホッ!」

 身体を丸めて咳き込む。宇宙ぜんそくの発作だ。ここの所収まっていたのに、急に動いたからだろうか。
 無人の花畑で僕の咳の音だけが響く。空気が足りなくて涙がにじむ。咳が止まっても、喉がぜいぜいと音を立てる。

 苦しい。



ガサッ!


「!?」

 突然、近くの草が大きく揺れた。風ではない。無人のはずのこの花畑に、僕以外の誰かがいる。
 怖い。逃げ出したい。だが身体はぜんそくの苦しみの為に動かない。草の揺れはどんどん僕に近付いてきて・・・・・!

 ガサァッ!と音を立てて、草ではない色の緑が僕の前に飛び出した。

「わひゃあ!?」
「のひょお!!ちょっ、人!?えーっ!?」

僕が悲鳴を上げたのとほぼ同じタイミングで相手も悲鳴をあげた。またガサガサと近くから草の音がする。

「ケロロ!どうした!?」
「ギロロー!てったいー!人いたよ人ー!」
「なんだと!?ほらみろ!柵で囲ってあるんだから誰かの家に決まってるって言ったのに!」

 そんなことを言いながら。ギロロと呼ばれた方が草から出てきた、こっちは赤い色で、つりあがった目が少し怖い。
 赤い子がすぐに草の中に引っ込み、それにつられるようにそのまま僕から離れようとする緑の子の腕を、僕は慌ててつかんだ。ケロロ、という名前は知っていたし、彼のことも何度も見たことがある。
 ケロロ君もギロロ君も、僕と同じクラスの子だった。たまに学校に行った時に、いつも教室の真ん中にいたからよく覚えている。彼らは目立たない僕とは正反対で、いつも注目をあびていた。遊ぶ時もたいていケロロ君が提案していたし、おもちゃやゲームの知識も人一倍豊富だった。ギロロ君も、とっても運動神経がよかったから、いつも人気者だった。

 そんな子が僕のすぐ側に来てくれているのに、すぐに帰ってしまうなんて。

 そう思ってとっさに腕をつかんでしまった。『待って』と言おうともしたのだが、喉が痛くてうまく声が出なかった。

「・・・・どったの?」

 腕をつかんだままゼイゼイいっている僕を振り返って、ケロロ君は不思議そうに首をかしげた。そのままヒョイ、と身体を反転させて、僕のほうを向いてしゃがみこんだ。

「・・・・・・・・・。」

ゼイ、ゼイ。

「・・・・つか、いつまで腕つかんでんのさ。」
「あ、ご、ごめん・・・・。」

 やっとどうにか声が出るようになって、僕はケロロ君の腕を放した。そのまま帰ってしまうかな、とも心配したが、ケロロ君は座ったまま僕を見ていた。

「で?こんなトコで何やってたの?お前。」
「え、えと・・・・・・ここで、花見てて・・・・で、苦しくなって・・・・あの、僕、宇宙ぜんそく持ちで・・・・・。」
「ふーん・・・・・ガッコは行ってんの?」
「たまに・・・・・あの、ケロロ君、だよね?僕、その、同じクラス、なんだけど・・・・・ゼロロっていうんだ・・・・。」
「え!?マジ!?オレ知んないけど!」

 その言葉にうっかり落ち込みそうになる。仕方がないとは思うが、やっぱり覚えてすらもらっていなかった。

「おーい!ケロロー!早く来いよー!逃げるんだろー?」
「あ、ギロロちょいタンマー!ちょっとさー、こいつ俺らと同じクラスだってゆーんだけど知ってるー?」

 ケロロ君が草に向かって叫ぶと、いったん遠のいた赤い姿がもう一度ザガザガ音を立てて進んでくる。その方向を見て、ふと僕は首をかしげた。

「ねえ、ケロロ君たち、どうやってここに入ったの?柵があったんじゃ・・・。」
「ん、あっちに穴開いてた。で、そこくぐって来た。」
「へえ・・・・。」

 庭師の人に言ったほうがいいかな、とも思ったが、すぐやめた。ふさいだら、二人はもう来てくれない。

「お前こそどーやって入ってきたんだよ?他に穴開いてるトコあったか?」
「ううん、普通に扉からだよ。ほら、そこの。」
「ああ、アレ・・・・って、あり?この前来たときそのドア鍵かかってた気が・・・・・ピッキング?」
「ぴ、ぴっ・・・・・・って、なに?」
「だからー、ピッキングってのは・・・・あ、ギロロ。ねーこいつ知ってるー?」
「んー・・・・知らないなー。」
「そんなぁ・・・。」
「名前は?」

 ケロロ君が尋ねてくる。さっき名乗ったような気がしたが、「ゼロロ。」と答えた。

「ふーん、ゼロロね。じゃゼロロ君、今ヒマ?」
「え、えと・・・・。」
「一緒に遊ぶ?」

 投げかけられた言葉の意味を理解した瞬間、嬉しさで心臓が止まりそうになった。
 いつもクラスの真ん中で輝いていた二人を、遠くから眺める事しか出来なかった僕なのに、今その子が僕の目の前にいて、僕のことを遊びに誘ってくれている。
 もしこれが、熱にうなされている僕が見ている夢だとしても、嬉しさは消えないだろう。

「・・・・ちょっと?ひょっとしてなんか用事ある?」

 随分黙っていたらしい僕の顔を覗きこんで、ケロロ君が言う。慌てて僕は我に返り、

「う、ううん!大丈夫!遊ぼう!」
「よっしゃ!じゃまずは宝探しゲームね!地中深くに埋められてる宝を探そう!よーしギロロ、お前ちょっとどっかに埋まって来い!」
「俺が宝役か!?」

 ギロロ君のツッコミに思わず笑った。こんな風に笑うのは随分久しぶりな気がする。そう考えて、また笑った。



 そうして、僕らは日が暮れるまでひたすら遊んだ。宝探しゲームのほかにも、ごっこ遊びとか木の枝を使ったちゃんばらとかいろいろやった。あんまり走れなくてすぐ宇宙ぜんそくの発作を起こす僕はたいていケロロ君とギロロ君の遊びを見るだけだったが、応援するだけでとっても楽しかった。
 二人が柵の穴から帰ってしまってからすぐ、30分と約束したのになかなか帰ってこなかった僕を心配してメイドさんが探しに来てくれた。約束を破ったのだからさぞかし怒られるだろう、と覚悟はしていたのだが、そんなことにはならなかった。何故なら、帰ってきたとたんに僕がまた熱を出して倒れたからである。
 ベッドに運ばれた僕を見て、ママは外に出したことを後悔したらしい。以後3日間,熱が下がっても僕は部屋からすら出してもらえなかった。

 ベッドの上で天井を見つめながら、僕はケロロ君とギロロ君のことばかり考えた。






 3日後、僕はやっと学校へと行く事が出来た。
 教科書の詰まったランドセルを背負って教室へ入る。僕が入ってきても「おはよう。」と言う声は飛んでこない。いつもとおんなじで、誰も僕が入ってきたことにすら気付かない。みんなそれぞれ友達をおしゃべりをしている。一瞬寂しさを感じたが、もう慣れたことだ。
 いつもそうなのだ。たとえほんの少し誰かと話す事が出来ても、次に学校へ行ったときにはもう忘れられている。ケロロ君やギロロ君だって、もう僕のことなんて忘れてしまったのだろう。
 もう、慣れたことだ。
 それより、僕は教室中を見回してケロロ君たちを探した。たとえ忘れられていても、また遠くから彼らのことを見ていたいと思ったのだ。すぐにケロロ君たちは見つかった。教室の真ん中で、机に座って話をしているのが見える。
 不意に、ケロロ君が振り返って、僕を見た。


「あ、おはよ。」
「・・・・・・!」


 信じられなかった。ケロロ君の瞳は、他ならぬ僕のことをしっかりと見てくれていた。
 一瞬喜びが胸に溢れ、その後慌てて「お、おはよう・・・・。」と小さい声で返事を返す。
 どうしようもなく、嬉しい。嬉しくてたまらない。
 ケロロ君は僕の小さな小さな声を聞き取ってくれたらしく、ニッコリと笑った。そして。

「ん、おはよ。ところでお前、名前なんてったっけ?」

 すぐ後にかけられた言葉に、僕は盛大に頭からコケた。




 それが、僕とケロロ君の出会いだった。








おわり
 

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ドロロことゼロロ編。
きっとこの後三回くらい名前忘れられるんだろうなぁ…。ま、存在忘れられなかっただけ、今よりはマシってことで。
ゼロロの金持ちっぷりや病気の部分を出すのに苦労しました。




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