隊長と。
降格が、決定した。
普通の奴ならかなりショックを受ける通告だろうが、そう伝えられた時に俺の抱いた感想は『ま、妥当な判断か』だけだった。
ぐい、と椅子の背もたれを使って伸びをする。パソコンと机ぐらいしかない『自室』と称された部屋に今俺はいる。ちなみに入ってから一週間が経過しているが、依然外に出る許可は出ない。食事は来るので不便はしていないが,そろそろもう少し重い刑罰が降りるはずだ。
謹慎という名の監禁から、任務という名の流刑へ。
まぁ、今回俺がやったことを考えてみれば、それだけでも軽すぎるほどなのだろう。何せケロン軍のプログラムを勝手にいじくり、重要機密をそこらにばら撒くなど、前例のない事件だが確実に死刑レベルの犯罪を越えている。
が、ケロン軍は刑罰を軽くした。俺を失うわけにはいかないから。
正確には、俺の頭脳を。
ひとしきり伸びをしてから、また猫背になってパソコンのキーを叩き始める。今回の事件の再発を防ぐ為に、俺の部屋のパソコンのネットケーブルはあらかじめ切ってあったらしい。が、俺の手を持ってすれば修復は朝飯前だった。
ケロン軍は俺を失いたくない、たとえ今回のような事件があっても、俺の頭脳と才能がもたらした利益を手放したくはないのだ。ほぼ無理やりガキの俺を引き抜いて入隊させた時から、軍の思惑なんてわかっている。今回の事件も起こす前から『命まではとらねぇだろ』と予想をつけていた。
しかしなんと陳腐な手だろう。権力を奪って本部から引き離しておく。単純としか言いようのない処罰だ。
もともと階級に全く執着心はなかった。少佐という立場も、退屈すぎる軍の中でも上に行けば何か面白いことがあるかもしれないと思ってあがっただけだった。結局更に退屈した。
暇潰しの為にやった事件だったが、あの退屈極まりない世界から抜け出せたことには少しせいせいしたかな。
カタカタとキーを叩き続ける。強化された、しかし俺には全く意味を成さないセキュリティを突破し、もう一度ケロン軍のネットワークに侵入した。とはいっても別にまた同じような事件を起こしてやろうという気は無い。ただ、今度俺が配属される予定の隊を知りたいと思った。
要するに、俺と言う厄介者を押し付けられる貧乏くじのやつが知りたかったのだ。
ほどなくして、画面にリストが映し出される。どうやらこれからこの中から選び出す所らしい。俺はリストをじっくり眺め・・・・。
ふと、一枚の顔写真に目を留めた。
ケロン人に多い緑色の身体、特徴のない顔立ち。隊長の証であるケロン・スター。
はっきり言ってそこら辺にグロス単位でいそうな容貌だが、名前に見覚えある気がする。
ケロロ。
どこかで・・・・?
「なーちょっとそこのネクラな黄色!」
頭の上から降ってきたでかい声に、俺は一瞬ビクンと震えて顔を上げた。
ここは幼年訓練所の校庭の隅っこの木の下で、俺のお気に入りの場所だ。日の光もそんなに当たらないし、ぎゃーぎゃーと騒ぐくだらない遊びに夢中な奴等の声も少し遠いし、低俗な嫌がらせを仕掛けてくるクラスの奴等のいる教室にいたくないときに最適なのだ。
そこでいつものように本を広げていた時に、さっきの声が降ってきたのだ。
「おーい、返事しろって。目ぇ開けたまんま寝るなよ・・・・って、目ぇ開けてる?開けてないひょっとして?」
「・・・・・・なんだよ。」
やっとそれだけ言えた。緑色のそいつは俺が答えると、何が楽しいのかにっこり笑って言った。
「ドッチボール、好き?」
「・・・・・・きらい。」
質問の意味は全然分からなかったが、正直に答えた。ボールを投げるのは得意じゃないし、ぶつけられて痛い思いをするのも御免だ。何であんな遊びをする奴がいるのか理解できない。
そいつは俺の答えを聞いても笑みを崩さず、突然ガシッと俺の腕をつかんだ。
「へ?」
「じゃあこれから好きになろう!」
「ええー!?」
予想もしなかった行動のせいでろくに抵抗も出来ずにずるずる引っ張られてゆく。読んでた本が落ちたが拾う事も出来ず、俺は無理やり校庭の真ん中へ連れ出された。
「うっしゃあメンバー一人ハッケーン!さーやろうぜスーパーネオ・デスマッチドッチボール!」
「いや普通のドッチだろ!?つーか、その前にそいつ下級生じゃないかよ!」
校庭に書かれた白い枠の中に居た奴がそういった。確かに枠の中にいる奴は全員俺より上級生だ。
「そーだぜー、しかもそいつひ弱そうだし、戦力にならねーじゃんかー。」
「なあ、そいつって確かスゲー問題児だって聞いたぜー?授業にもほとんど出ないらしいしさー。」
「そんな奴いれんのかー?」
口々にそう叫ぶ奴等を見ていて、だんだんと俺はイライラしてきた。こいつらみんな俺よりずっとアタマが悪いのにと思っているから余計に腹が立つ。授業にほとんど出ないのだって、別に嫌がらせを受けたくなくて逃げてるわけじゃなく俺にとって授業の内容なんて意味が無いからなのに。それにもうあと一週間ほどしたら俺はケロン軍に引き抜かれて軍に入隊させられるから、訓練所に来る事がなくなるのに・・・・。
「いーじゃん別に!問題児だろーが不良だろーがスケ番だろーが今必要なのはメンバーなの!第一そっちが『メンバー足りないと不公平』とか言い出したんじゃんか!」
「なら、オレがそいつと同じチームに入る。そうすれば戦力的にはだいたいそれで同じだろ?」
最初に俺を引きずってきた緑とその横に立っていた赤い奴がそういうと、今までぶーぶー言っていたやつらは、
「ん〜・・・・ギロロが入るなら、ま、いっかな・・・。」
「ちょっと何さその言い草!赤ダルマの一声!?」
「うるさい!誰が赤ダルマだ!とにかくオレはあっちのチーム行くから、お前はまたゼロロを盾にしたりするなよ。」
「努力しまーす。」
「まったく・・・・ほら、来い。」
「お・・・・・オレは、まだ参加するなんて、言ってな・・・・・。」
「何か言ったかなそこの黄色君!」
緑がまたばかでかい声を出したため、俺はついに逃げ出すタイミングを失った。
結構、地獄絵図だった。
全員が全員なんでそこまでと思うぐらい真剣で、ビュンビュン飛んでくるボールには確実に殺意に似たものが込められていた。元々身体を動かす事が得意じゃない俺はほとんど半泣きで逃げ回った。
途中で『必殺!友情ガード!!』とか言う声が響いた瞬間青い奴の顔面にボールがヒットし、そのまま保健室送りとなった。足りなくなった人数の事でまたもめて、例の緑が通りすがりの知らないおっさんを連れてきてまた問題になったりした。(おっさんはちゃんと解放された)
なんかもう色々ありすぎてパニックになってたらしく、我に返るともう夕方だった。
赤く染まった空を眺めて呆然と立っていると、ぺし、と頭をはたかれた。振り返ると例の緑の奴がいた。
「よ。お前すごいなー。普通あんだけ避けらんないぜ?ミスターマトリックスって呼んでいい?」
「・・・・お前がむりやり参加させたくせに。」
「いーじゃんべっつにー。とにかくそろそろ帰れよ、遅くなるから。送ってこーか?」
「いらない。」
「あっそ。」
「ケロロー!早く来いー!急がないと、ゼロロの家の門限過ぎるだろー!」
「あ、そーだった!じゃーな、黄色いの!それと、俺ら毎週あの辺でドッチしてるから、また一緒にやろーな!約束だかんなー!」
そう叫ぶと、そいつは今しがた叫んだ赤い奴と、いつの間にか復活している青い奴のいる方向へ走っていった。
決して実現する事のない約束を、勝手に取り付けて。
後ろ姿を見つめながら、ふと、今やっとアイツの名前が『ケロロ』というんだという事を知ったんだと気付いた。
俺が意識を過去から現在に引き戻した時、パソコンの画面はいつの間にかスクリーンセーバーに切り替わっていた。
なんとまぁ、性能のよい俺の脳。これだけ昔の事を、まだこんなにはっきりと覚えていようとは。
俺はマウスをつかみ、元に戻った画面に映るリストの『ケロロ』という男の詳細に目を通した。
ケロロ。階級は軍曹。あの伝説の鬼軍曹の息子で、本人も既に数々の武勲を立てている。希少な『隊長の素質を持つもの』・・・・・。
説明を読んでいて、いっそ笑いがこみ上げた。俺の記憶の中にある破天荒なそいつと、見事なぐらいにかけ離れた記述だ。
なんにしても面白い。そいつの次の任務は地球侵略。他の候補共の任務よりはよほど面白そうだ。たとえ昔の記憶の姿からこいつが大変身を遂げていたとしても、なんとなくこいつの根底は変わっていないような気がする。何より、全く知らない奴よりは知っている奴の方がやりやすそうだ。
俺はまたキーボードを叩き、選別プログラムを取り出した。これから使われるであろうそのプログラムに2、3項目ほどこっそり書き加えておく。こうすれば、俺の所属する隊は『ケロロ小隊』となるはずだ。
別に不正を働いたとは思っていない。俺のこれからの仕事場ぐらい、俺が選んでもいいはずだ。
誰もいない小さな部屋の中で、俺はしばらく笑った。恐ろしいほど発達したこの才能のせいでガキの頃から随分退屈してきたが、やっと暇潰しの種を見つけた。恐らく頑丈だろうし、長持ちしそうだ。しかも、もしかしたらこの俺ですら予想もしないようなことをしでかしてくれるかもしれない。
あんなに地獄絵図だと思っていた出来事をいまだに覚えているのは、多分あの時恐怖や呆れと一緒に『楽しい』と言う気持ちがあったからだと思う。
軍に入隊する日、訓練所のことなんかなんにも未練のなかった俺だが、ただ一つ、アイツが勝手に取り付けた約束を守れなかったことが、妙に引っ掛かっていた。
アイツにまた会えて、これから仕事をするのかと思うと、縁とか巡り合わせとかいうものが愉快でたまらない。そんなことを考え、俺はしばらく笑いをとめることが出来なかった。
数日後、俺はケロロ軍曹の部屋に座っていた。隣では上層部の犬が俺をケロロ小隊の隊長に押し付けようと必死に説得をし続けている。
「と、いうわけで!このクルル曹長という男は非常に優れた技術者であり、通信参謀として小隊に入れるには申し分ない男であり是非とも、ぜっひっとっも!ケロロ小隊に配属されるべきだと思いますわけでして・・・!」
「あーもーお気持ちはツバがかかるほどよーくわかったであります!配属するからもー勘弁して!」
というような会話(?)が終了し、説得係がやっと帰って、俺とケロロ軍曹のみが部屋に取り残される。
なんとなく困惑したような表情で俺の事を見ている目の前の男は、困ったように笑った。
「・・・・えと、改めまして、我輩がケロロ軍曹であります。以後ヨロシク。」
「・・・・ク〜ックックックックック・・・・・・クルルだ。よろしくなぁ。」
困惑したようなその瞳の中に、記憶の中の映像と全く変わらない光を見つけた。大丈夫、やはり根底は変わっていない。ほんの少し安心して、久しぶりにこれからのことに期待をして。
それが、俺と隊長の出会いだった。
おわり
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クルル編。現代版と幼少版のダブルでお得なパックになっております。
このクルルが、前のタママ編で言っていた『ケロロの一存でなく決まっちゃったもう一人』です。
クルル君、やっぱ天才というからには周囲からの孤立くらいなければと思ってこんな感じになりました。短編映画じゃなにやらお友達の女の子がいるそうですが……見なかったことにする方向で。
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