軍曹さんと。


 ほどほどに人の多い廊下を、僕は身をすくませて歩いていた。
 別に、身をすくませて歩くのが趣味なのではない。ただそこらじゅうから突き刺さってくる視線が痛くて、自然と身をすくませてしまうのだ。ここはケロン軍本部のかなり奥。入り口や仮眠室ならともかく、こんなお偉いさんしかいないようなところを一兵卒が歩いていれば、当然視線が集まる。わかってはいるが、やっぱり居心地が悪い。

 もう、帰っちゃおうかな。

 ついそんなことをまた考えてしまい、僕は慌ててプルプルと首を振った。幼年訓練所卒業以降もずっと取れない尻尾も一緒に揺れる。
 危ない危ない。ここで帰ったらこれまでの努力が水の泡だ。何のために滅多に休めない訓練を休んで、使い慣れないパソコンやら名簿やら調べて、二等兵なんていう低い階級じゃ入れもしない本部奥に入る許可を申請して、ここまで来たのだ。
 僕は、どうしてもあの人に会わなくちゃいけない。
 会って、どうしてもお話がしたいから。



 数週間前、僕はどこぞの星の暴動鎮圧に狩り出された。その際、今思うと非常に情けないが、僕はさっさと手柄を立てようと思って単独行動に出た。集団行動が原則の下等兵が、である。気が付けばもう周りに見方の影は見えず、敵がうじゃうじゃいる状態。慌ててかくれたが、かなりあっさりと見つかった。
 銃を持った敵兵が少しずつ僕が隠れている岩に近付いてきて、生きた心地がしなかった。自害とか殉職とか不吉な単語ばかり頭の中を飛び回って、何で軍なんていう危険な組織に就職したんだと自分を呪った。そうこうしているうちに敵の気配はどんどん近付いてきて・・・・・。
 次の瞬間、銃声が響いた。しかし倒れたのは、身を縮ませていた僕ではなく、その敵兵の方だった。
 何が起こったのか全く理解できず、呆然と僕は気絶した敵兵を見つめていた。が、不意に後ろから肩をたたかれ慌てて振り返った。そこには緑色のケロン人が立っていて、『大丈夫でありますか?』と僕に尋ねた。その時、敵兵を倒してくれたのは彼だと判った。
 すごーく、カッコイイ人だった。
 突然現れ、鮮やかに僕を助け、腰の抜けていた僕を救護テントまで連れて行ってくれた人。普通こんな人が目の前に現れたら憧れたり惹きつけられたりしない人はいないはずだ。僕も当然、その名前すら告げなかった人を尊敬した。それどころか僕は更に強い感情を抱いた。

 僕は、その人に恋をしてしまったのだ。



 そーゆー訳で、僕はここにいる。
 作戦終了後数日かけてその人の本名やら部隊名やらを調べて、お礼(を建前にしたアピール)に来た訳なのだ。
 本来ケロン星では同性愛というのはほぼ存在しない。もちろん僕も彼も力いっぱい男だ。が、知ったことではない。好きになった人がたまたま男だっただけだ。しかも彼はあの後、戦死した隊長の代わりに見事に独自の作戦を展開して勝利し、上層部にも高く評価され、次の任務の隊長として大抜擢されたらしい(すべてネットの情報と噂話だけど)。そんなすごい人を好きにならずにいられるわけないだろう。
 ふらふらと、僕は彼の姿を探して歩き続ける。もうそろそろ見つかってもいいのに。ひょっとして、もう次の任務先へ行ってしまったとか・・・・・。

「ケロロ!」

 少し遠くで叫ばれた声に反応して、思わず僕はその声の方向へ走り出した。
 ケロロ。ケロロ軍曹。彼の名だ。
 彼が近くにいるのだ。
 全速力で走って角を曲がりかけ、そこに緑色の姿を見つけて慌てて隠れた。
 彼は今、赤いケロン人と青いケロン人と話をしているようだ。
 あの人が、いる。何度も夢に見た緑色の後姿が見える。優しい声が聞こえてくる。


「あ、ギロロ。探したんでありますよ?」
「探したのはこっちだ!貴様、今度の任務の小隊のメンバーに俺を入れる気なのか!?」
「もちろんでありますが。もう書類にも書いちゃったし。」
「まず本人に許可を取らんか!!噂で知って死ぬほど驚いたわ!」
「まーまー悪かったって。だってさあ、五人小隊で我輩以外あと四人選べって言われたら、とりあえずギロロとゼロロはぜったいっしょ?」
「だからって・・・!」
「ギロロ君、落ち着いてよ。ケロロ君も今ギロロ君にそのことを伝えようと思って探していたんだから。」
「・・・ゼロロ、お前こそいいのか?暗殺兵部隊トップのお前が長期任務なんて・・・。」
「僕より優秀な兵なんていっぱいいるよ。それに、僕ら三人集まっての任務なんて久しぶりだし。」
「・・・まあな・・・。そういえばケロロ、残りの二人はどうする気だ?やはり小隊編成ともなると色々と・・・・。」
「あ、ゴミン。実はもう一人ほど決まっちゃってるんで、あと一人。」
「んなにぃっ!?貴様、んな安直に!」
「いやいやいやこれは我輩の一存ではなくて・・・・と、とにかくあと一人なの!誰か、知り合いでいいのとかいたら・・・・・。」
「その前に。そこに隠れている君。出てきて。」

 しまった。青い人が僕の方を見て、淡々と言った。力いっぱいバレてる。
 僕は覚悟を決めて、角から飛び出した。僕の事をあの人が見ている。
 どうしよう。

「あっ・・・・・・あの・・・ケロロ、軍曹さん、ですよね・・・・?」

 階級やら敬称やらつけずに呼ぶことなんか出来なくて、どもりながら言う。彼(いきなり『ケロロ』なんて呼び捨てには出来ないし、とりあえず『軍曹さん』とでも呼ぶことにする)は、僕を見てちょっと小首をかしげた。

「そうでありますが、君は・・・・?」
「あああのあの!この前の鎮圧作戦で危なかった所を救っていただいた者で僕タママっていうですぅ!か、階級は二等兵で、あの、今日はこの前のお礼を言いたくて来ましたですぅ!」

 慌ててしまって句読点も敬語もメチャクチャだが、それでも一息に叫んで彼を見つめた。軍曹さんは僕の言葉を聞き、ああ、といった。
「あのときAエリアに居た子でありますか。わざわざお礼だ何て、律儀でありますぁ。」
「おい、いつの間にそんなことがあったんだ?」
「お前がCエリア最前線で暴れてた時でありますよ。そっちの方で兵が見つからなくなったって報告受けたからさ。」

 ああ、ということはあの時、この人は僕を助ける為にあの場所へきてくれたのだ。運命とか神とかはあまり信じない方だったのだが、これからはお祈りぐらいするべきかもしれない。僕と彼を引き合わせてくれた神とやらに。

「あの後、大丈夫だったでありますか?怪我とかは?」
「はい、もともとほぼ無傷だったので大丈夫ですぅ。ちゃんとその後の戦闘にも参加したし。」
「タママ二等兵・・・といったな。一体どのように動いていたんだ?」

 赤い人がいきなり口を挟む。一瞬不快に思ったが、そんなことはおくびにも出さずに笑顔で応じた。

「えーっと、大体Fエリアの中央あたりで敵兵蹴散らしてたですぅ。何せ突撃兵ってそれが仕事ですしぃ。」
「突撃兵・・・!?救護兵ではなくてか?」
「はい。そんなによわっちょろく見えましたか?」
「いや、そういう意味ではなく・・・・珍しいな、と・・・。」
「は?」
「ほら、まだ差別とかいろいろあるだろう?」

 言いたいことを理解して、僕はちょっとじと目で赤い人を見る。

「・・・・・・あのー、たまに間違えられるんで一応言っておきますけど、僕男ですぅ。」
「なにぃっ!?」

 あ、やっぱり。
 顔がいい、というか童顔、というか女顔なのは生まれつきなのだが、それで得をしたことはあまりない。今のように誤解される事もあれば年下になめられる事もある。役者なら武器になったであろう顔の良し悪しも、軍人にはあまり関係がない。どうせならこの赤い人のように威圧感のある傷でも欲しかった。

「うっわー、ギロロアッホでー。」
「う、うるさい!それより、小隊のメンバーの話だろうが!」
「あ、そーだっけ。それじゃ君、我々はこれで・・・・・・。」
「あっ、あの!」

 背を向けて、歩き出そうとしていた三人を引きとめようとして、少し大きい声を出す。
 だって、チャンスが目の前にあるのに、使わないなんてありえない。

 頑張るって決めたんだから。

「そのー・・・・つ、次の任務があるんだそう・・・・ですよね?」
「そうでありますが、何故それを・・・・・。」
「あの、立ち聞きしてすみません、小隊編成中なんですよね?」
「あ、そうでありますが・・・。」

「小隊の最後のメンバーに・・・・僕を使ってくれませんか?」

「・・・・・え?」
「せ、戦闘能力なら自信があります!将来の夢は宇宙一の格闘家だから肉弾戦得意ですし、あとあとビームとかそーゆーカンジの特殊能力も持ってますし、この前の鎮圧作戦だってそれで敵も味方も真っ平らにしてきましたし、えーとそれから、僕ぐらいの下級兵なら雑用とかも慣れてますしぃ!」
「お、落ち着け落ち着け!というか今かなり問題発言があったような気が・・・。」

 ぼくの必死のアピールを聞いてくれた軍曹さんは、僕を見つめ、次に青い人や、ぼくのアピールを中断させた赤い人を見た。ほんの少し、促すような目をする。

「・・・・どする?」
「・・・いいんじゃないかな。」
「どうせ他にいないんだ。隊長はお前だ、好きにしろ。」
「何ソレ、さっき『安直だ』とか言ってたくせに。」

 そう言って笑ってから、彼はもう一度僕に向き直った。
 そして、今僕が最も欲しい言葉を発してくれた。


「それではタママ二等!これより君は、我々ケロロ小隊の配属になるであります!共に戦っていこう!」

「はい!」
「つっても正式発表するまでは待つんでありますよ!では、これからよろしくであります!」
「はい!よろしくお願いします!ところで任務ってどんなのですか?」
「って知らんかったんかいっ!」

 ズビシィッ!とツッコまれても、ぼくの喜びはなかなか収まらなかった。

 僕はこれから、この人と一緒に仕事が出来るのだ。この人を尊敬し、この人の命令に従い。この人を守っていくことが出来る。
 嬉しさがこみ上げてきて、僕は力をこめて、今上司になったばかりの彼に敬礼なんかして。




 それが、僕と軍曹さんの出会いだった。








おわり


----------------------------------------------------------------------------------------------------

ケロロとの出会い捏造話、まずはタママ編からです。
一応これは、ケロロと出会ったのが最近順に並んでおります。要するにタママが一番最近、ギロロが一番古い仲、と。
タママもこの頃は、やっぱり最初なんで頑張って猫を被ってますね。この後だんだんと二重人格とか毒舌とかを発揮していって、ケロロに『しまった早まったかも』と思わせるような子になっていくわけです。
ちなみに、タママのケロロと会う前のお話で『赤く染めろ』というのも100題の中にありますので、そちらもよろしければどうぞ。(宣伝)



BACK