第二期第十三話Bパート 『ドロロ トラウマからの脱出 であります』




 小さいころ、何度も出会った人がいる。


 誰なのかは、よくわからない。名前を聞いたことはないし、そもそも姿さえおぼろげだ。
 だけど、何度も何度も自分の前に姿を現してくれたような気がする。

 そのケロン人は、多分黒っぽい色をしていた。
 逆光のせいでそう見えていただけかもしれないので確証はない。なぜなら、その人が現れる時、自分は必ず眩しい思いをしていたような気がするからだ。
 年は自分たちと同じか、少し上くらい。他にも一緒に現れた人がいた気もするが、やっぱりよく思い出せない。


 その人がでてくるのは、いつも唐突だった。
 どこから来るのか、どこへ去っていくのかも全くわからない。単に覚えていないだけかもしれないけど、とにかく全てが謎な人だった。
 ただ、その人が現れると、何故か目の前がパァッと明るくなって、胸がドキドキした。そして去っていく時には、なんとなく心が軽くなったような気持ちになった。どうしてなのかはわからないけれど、その人が来てくれて嫌な気持ちになったことは一度もなかった。





 一度だけ。
 その人と、話をしたことがある。


 遠足の時、グループ行動だからはぐれちゃダメだよって言ったのにケロロ君がどっかへ行ってしまって、ギロロ君もケロロ君を追いかけて、結果的に森の中で僕一人だけになってしまって。
 怖くて、寂しくて、しゃがんでうつむいてしくしく泣いていた。このままケロロ君たちともう二度と会えないんじゃないかと思い、余計に悲しくなって泣いた。


 そんな時。

 誰かが僕の頭の上に手を置いた。



「泣かなくていいですよ。」

 上からいきなり声が降ってきて、手がよしよしと頭を撫でてくれた。驚いて顔を上げようとしたが、置かれた手がそれをそっと押さえた。

「心配いらないですよ。もーちょっとしたらあのクソガキが迎えに来てくれますからね。」

 くそがきって誰のことだろう、と思ったが、尋ねはしなかった。
 うつむいた状態で視界に入るのは黒い二本の足だけ。もしかして、いつも突然来てくれるあの人なのかな、と僕は考えた。

「ほらほら、泣き止んで。……君はこれから、強くなるんですから。」
「…え?」
「誰も敵わないくらいに強くなれるんですから、泣いたりしちゃあダメですよ。」

 優しい声で、その人はそう言った。どういう事かと尋ねようとした瞬間、

「ほら、来た。じゃ、僕はこれで!」

 ひょい、と頭の上の手の感触が消え、足が視界から遠ざかってゆく。
 慌てて顔を上げると、黒いケロン人が軽やかに走り去っていくところだった。



 その直後、何故かズタボロで黒こげになったケロロ君と、そのケロロ君に肩を貸して歩いているギロロ君がやってきて、やっと僕は合流することが出来た。

 あの頃の僕は、自分が強くなれるなんて思ってもみなかった。
 だけど、僕に「強くなれる」と言ってくれたあの人の声は確信に満ちていて、自信にあふれていて。

 僕なんかにそんなことを言ってくれたあの人は、きっとすごく強いんだろうと感じたのを覚えている。



 あの人が僕の前に現れてくれていたのは本当に短い期間、訓練所にいた頃だけだ。卒業してからは会った記憶がないし、今も再会したことはない。
 例え今もし会えたとしても、あまりに年月が経ち過ぎていて、もうその人とはわからないかもしれない。あの時の後ろ姿には、まだ尻尾があった。きっと綺麗になっているに違いないとは思うのだが。

 あの人が僕の前に現れるたびに、僕は目の前がパァッと明るくなって、胸がドキドキした。
 あの頃の僕は幼くて、あの気持ちが一体なんだったのかよく分からなかった。


 けど、今になって考えてみれば。
 それは、きっと……。













「……初恋、だったのではないかと、思うのでござるよ。」

 静かに、ドロロはそう締めくくり、そっと湯飲みを置いた。ちゃぶ台の反対側では、わざわざ地下秘密基地にまで来てくれた小雪が、キラキラした目でこちらに身を乗り出していたりする。

「へぇ〜!ドロロの初恋の人かぁ……。きっと素敵だったんだろうね!」
「昔のことゆえ、ほとんど記憶がおぼろげでござるがな……。」
「でもでも、ドロロが好きになるくらいの人なんだから、きっと綺麗な人だよ!それに、とってもカッコイイねぇ!」
「あの頃の拙者は、自らに自信がなかったでござるからなぁ…。あのような事を言ってくれたのも、その方だけだったのでござるよ。それゆえ、今も印象深いのかも知れぬ。」
「ふ〜ん……。」

 小雪に瞳を覗き込まれ、ついつい照れくさくなってしまう。誰にとっても初恋話というものはやはり気恥ずかしいものだ。

 と、不意に小雪は、ニッコリと微笑んで、


「また、会えるといいね、ドロロ!」


 ドロロは、そっと笑みをこぼす。
 強くて、まっすぐで、いつだって自分を支えてくれる、小雪。
 その姿は、記憶の中の憧れの人に少し似ていた。


「そうでござるな、小雪殿。」












 そして、部屋の外では。

「ああああああああ……なんという事に……。」
「うおぉいタママ!今すぐ行ってドロロにわびてこい!かわいそうなくらい記憶に修正入りまくっとるじゃないか!!」
「いいじゃないですか美しい思い出になってるんなら今更壊さなくてもぉ!ていうかんなこと教えたらそっちの方が可哀想ですぅ!」



 哀れなのは誰なのか。
 何も知らず微笑むドロロか、悩み苦しむ緑赤黒なのか……。








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そういやドロロって、昔さりげにモテてたそうですね。病弱で儚げな優等生美少年(家は金持ち)。そりゃモテそうだ。
ちなみにこの話、断じてドロタマではありません。いや別にタマドロでもないけど。基本的に私の書く話ってカップリング色があるのかどうか謎です。






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