決戦前夜その1 〜頑張る少年〜







「何故だ・・・・・。」

 異臭を放つ鍋を見つめ、僕は何度目かも分からない言葉を呟いた。




 明日は、ばれんたいんでい。恋人同士で『ちょこ』という菓子を送り、愛を確かめ合うという異世界の行事だそうだ。
 猊下が情報を提供してくれた時、兄上などはあまりこの行事を快く思っていないようだったが、僕は参加する気満々だった。なんといっても、常に僕からの愛から逃げようとするユーリに対して明確に僕の心を理解させるのに非常に都合がいい。
 よって僕はちょこを作ることにした。手作りの方が喜ばれると猊下は言っていたし、味は二の次だそうだから料理の得意でない(というかほとんどやったことのない)僕でも安心だ。

 当初の予定では、僕はユーリに作ってもらうつもりだった。
 本来この行事は『女から男へちょこを渡す』ものであり、つまりは妻側が夫側に送るべきなのだ。当然僕も男の尊厳を捨てるわけにはいかないから、花嫁側(予定)であるユーリが作ってくるのが最良だった。
 だが、ユーリはユーリでやはり女扱いされるのが嫌なようで、ちょこを作るつもりはなさそうだった。ここ七日間でばれんたいんのことを全く口に出さなかったことが何よりの証拠だ。

 ユーリに作るつもりが無いから、仕方がなく僕が作るのである。
 どちらも嫌がって結局何もせずに終わってしまっては本末転倒だ。ここは僕が一歩大人になるべきなのである。



 さて、そこまで考えがまとまったのが3日前。

 それから3日間、僕は頑張った。







 結果は、今僕の目の前の鍋の中にある。







「何故だ・・・・?」

 本日(推定)7,8回目のため息をつき、僕はとりあえず鍋の中身を処分した。要するに窓の外に捨てたのだが。

 3日間、僕はユーリにばれないようにこっそりとちょこ作りに励んだ。猊下から手に入れた情報を頼りに材料を集め、それらの最高の食材を使い、ちょこを完成させようと頑張った。
 そりゃあもう、この頑張りようを見たらあの強情者のユーリとて感涙して僕の愛に気付いて慌てて挙式するのではないのかというくらいに頑張った。

 窓の下の黒ずんだ物体を見下ろし、ため息をもう一つ。



 まずい。
 非常にまずい。
 いや別に味の事ではないのだが。

 既にばれんたいんは明日に迫っている。もう母上も愛娘も、それぞれ明日に向けての準備を整えているのだ。
 だというのに、僕だけがちょこを用意できない。ばれんたいんまであと半日もないのに。
 このままでは僕はユーリにちょこを渡すことが出来ない。どうせユーリは尻軽な上に浮気者だから山ほどちょこをもらうのだろう。猊下など「もらったチョコの数で男の度量が決まる」などと言っていた。ユーリはそういう「男の」何かに弱いからすぐへらへらするのだろう。ああ口惜しい。


 それにしてもおかしい。母親譲りで料理の不得手な僕ではあるが、せめて菓子らしい香りぐらいすればいいのに、出来上がるのは異物ばかりだ。材料は最高のものを使っているし、鍋やらなにやらの器具も全て毎回洗浄している。何者かが侵入して妙なものを混ぜ込んでいるかとも思ったが、僕以外が鍋に触れた形跡もない。確かに、猊下が教えてくれた通りに作っているのに・・・・・。








ふと。




 これだけ焦っている頭で、どうやってこんなに冷静に考えられたかは分からない。だが僕は何故か違和感を覚えた。
 僕は散らかっている器具をかきわけ、猊下がくれた「ちょこの作り方」が書かれた紙を取り出した。
 ユーリと違って美しい魔族文字で書かれたそれを、じっくりと眺めてみた。



「カンタン!チョコの作り方v by双黒戦隊ダイケンジャー

 1.チョコを溶かします。
 2.型に入れて固めます。
 3.出来上がりv 」




 簡単だ。それ故僕も作ってみる気になったのだ。

 だが、よーく考えてみて。
 ちょこのない状態からどのようにしてちょこを固めればよいのだろうか?



 つまり、これは。
 猊下の、巧妙な罠だ。













「っていうか僕は3日間一体何を作っていたんだーーーーっ!?」














 ばれんたいん当日まであと半日。
















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