005: 携帯を投げろ。





 最近眞魔国では『ケイタイ』が出来た。



 とは言ってもそれは単なる通信機で、アニシナの試作品であったりするが。
 何でも猊下と陛下がアニシナに必死に頼み込み、骨飛族の通信能力を応用して作りだしたらしい。
 とりあえず試験的に血盟城内でのみ使用することになり、ヴォルフラム、コンラート、ギュンターなどの貴族は皆持ち歩くことが義務づけられた。
 そこまではいいのだが・・・・。

「それで、何故私にまで持たせる。」

 というわけでフォンヴォルテール卿グウェンダルは少々不機嫌だった。
 もちろん通信機を各自が持参すると言うこと自体は別に悪いわけではない。連絡を取り合うと言うことは情報が早く伝わると言うことにもなるし、それならば対処もおのずと早くなる。
 だが。
 ケイタイというものは、元々猊下たちの世界にあった物なのだ。
 地球。魔族がほとんどおらず、人間たちが科学を使って生活している異世界。

 要は、操作が大変にフクザツなのだ。

 『ぼたん』という突起物が山ほどついていて、これらを押して組み合わせる事でどこに連絡を取るか決め、また文章を送ることが出来るらしい。が、その組み合わせは自力で覚えるしかなく、普段書類仕事で脳の容量がほとんど使われているグウェンダルにはこれは酷な作業だった。
 もちろんこのケイタイを使いこなしている者もいる。ヴォルフラムなど歩きながらケイタイを操るほどだ。ユーリが『女子高生かお前は』とツッコんだりもしていた。
 だがグウェンダルにとっては、このケイタイはもはや怪奇そのものだった。


 というわけで今日もケイタイ相手に悪戦苦闘していたのだが。




めるめるめー

「ん?何今のウマゴンみたいな鳴き声。」
「あ、兄上。ケイタイが鳴っていますよ。」
「うそ!?グウェンダル着信音ウマゴンにしていたのか!?」
「渋谷ー、もともと初期設定の着信音はウマゴンだよー。ほら、メールが来たーって感じするじゃん。」
「・・・ということは兄上、ひょっとして初期設定から着信音変えていないんですか?」
「・・・変え方がわからん。」

 などという会話をしてからめーるを開く。差出人はアニシナだった。ちょうど2日前から国外にいたはずだが。

『グウェンダルへ。貴方宛に初めて送ったメールです。私は今、眞魔国に着きました。』

 たったこれだけだった。

「?アニシナの奴、何を考えているんだ?」
「テストメールなんじゃねーのか?よくあるって。」
「・・・返事は出した方がいいのだろうか・・・。」
「兄上、貸して下さい!僕が着信音変えますから!」

 と。

めるめるめー

「え、また?」
「・・・誰からだ?」
 呟いてからめーるを開く。

『グウェンダル。私は今、王都の直轄地に着きました。』

「・・・・え?」

 眞魔国に着いたのが、ほんの数拍前だ。いかに早い馬を走らせようとも王都に着くことは不可能である。

「・・・あの、ごめん村田。今俺、メリーさん思い出した。」
「あー・・・あれね。あの、だんだん近づいてきて冥土に連れていくヤツ。最後は肩に手を置いて『今、貴方の後ろ・・・』って言うんだよね。」
「・・・・・・・・・・。」
「・・・兄上?あの、顔が青・・・」


めるめるめー

 開きたくない。だがそういうわけにもいかず、グウェンダルはめーるを開く。

『アニシナです。今、血盟城に着きました。』


 もう、誰も言葉を発しない。


めるめるめー

『アニシナです。今、城の中庭にいます。』

「・・・近づいてきてるね。」
 村田がボソリと言った。

めるめるめー

 だんだんこの着信音すら恐怖に聞こえてきた。

『グウェンダル、今執務室の前にいます。』

 今皆がいるのは、執務室だ。
 全員ハッとして執務室の前の扉を見た。静かな、扉。

 だが、何の音もしない。ドアの開く軋みも、ノックすらも。

 そこにいた者全員が安堵の溜め息をついた。
 その時。

めるめるめー

「!?」

 グウェンダルは慌ててめーるを開く。そこには。

『いま、あなたのうしろ』

 瞬間。
 肩を、掴まれた。




 この日、血盟城に悲鳴が響いた。










「・・・・まあ、あれだ。」
 村田は溜息混じりに目をそらす。
「もともとメールってのは、その場所でしか送れない訳じゃないし。」
「・・・だよな。『どこどこにいる』って書いておいて違う場所で送信しても誰も分からないよな。」
 渋谷もぽつりと言った。ただし出来るだけ下を向いて。
「・・・・・・・・・・。」
 ヴォルフラムなど全く何も言わない。未だ羞恥心が残っているらしい。


 扉の前でメールを送っていたアニシナが、皆がメールを見た隙に部屋に入り、グウェンダルの肩を掴んだとき。
 掴まれたグウェンダルはもちろんのこと、その場にいたユーリも村田もヴォルフラムも思いっきり悲鳴を上げた。
 当然ながらその大絶叫は城中の者に聞かれ、陛下とその婚約者と猊下と摂政が悲鳴を上げたということが知れ渡ってしまい、なかなか恥ずかしい思いをさせられた。

 隣ではまだグウェンダルとアニシナが少々言い争っている。
「だから!こんなイタズラをして何がやりたかったんだ!」
「別に何がしたいというわけではなかったのですが、しいて言えばあなたのめーるを打つ速度を見るとか。もしもあなたがさっさと私に返信めーるを送っていたら、わたくしだって途中でやめたものを。」

 嘘だ。絶対に嘘だ。
 その場にいたものが全員そう思ったが、口に出す勇気を持つものはいない。

「それにしてもさー、さっきの法則で言ったら普通のメリーさんだって携帯あればできるじゃん。」
「え?そう?すぐ後ろで携帯の音がしたら普通気付かないかい?てゆーか渋谷、あの怪談が初めて出来た時はまだ携帯普及してないって。」
「まったく、この私が扉のすぐ外でケイタイを打っているというのに、グウェンダルったらまったく気付かないなんて!」
「いやあのアニシナさーん、すんません。俺らもまったく気付きませんでした。」
「途中からは仕方ないよね。あれだけ恐怖に包まれていたら。」

 アニシナがさっさとユーリたちと話し始めてしまい、グウェンダルはどこに怒りをぶつけていいのか分からなくなった。
 と。

めるめるめー

「!?」

 アニシナを除く全員が一斉にグウェンダルのほうを見た。グウェンダルは即座にめーるを開く。
 そこには、こうあった。

『グウェンダル閣下へv任務終わりました。グリ江ですv』


「・・・うわー・・・。」
「雰囲気台無し・・・。」
「というかあなた、まだその着信音だったんですか。」

 ぼそぼそとつぶやくムラケンズやアニシナに背を向け、グウェンダルは静かに窓を開けた。
 困惑するヴォルフラムにかまわず、グウェンダルはケイタイを持ったまま腕をあげ。

 力いっぱい外に投げた。



「ケイタイなんぞ二度と使わーーん!!」





「モノに当たるなんて・・・」というアニシナの言葉は、聞かなかった事にした。



end


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