1 「馬にはねられて遅刻しました」
ようするにそれは、一つの罰ゲームだった。
昨日寄ったゲーセンの格ゲーで、俺が一番負けた。で、一番勝った村田が、俺に言ったのだ。
いわく、「明日わざと遅刻して、ありえない言い訳をすること」。
・・・どうしろって言うんだよ。
で、現在教室の前でたたずんでいる俺がいる。
現在、時刻は8:40。10分の遅刻だ。おそらく遅刻とはまあこんなもんだろう。言い訳も実は考えてきてある。
だというのに俺がこんなにためらっているのは、実は教師の事だ。
俺は今日、遅刻した。そして言い訳を、教師に話さなければいけない。
それも、ありえないような言い訳を。
本来ならば1−Aの俺のクラスの担任はコンラッド先生。滅多な事では怒らないし、冗談も理解してくれる。今度の罰ゲームのことも、きっとわかってくれただろう。
だがしかし、悲しいかな今コンラッド先生は盲腸で入院中。隣のクラスの先生が毎朝代わりに朝の会をしてくれているはずだ。
隣のクラスの先生。
1−B グウェンダル先生。
1−C ギュンター先生。
どちらも冗談を理解してくれないこと間違いなしだ。おまけにもしもグウェンダル先生に当たってしまった場合、ひと睨みで俺は蛇に睨まれた蛙、鯨に飲み込まれたヨナ。言い訳を言う勇気すら出てこないに違いない。
とはいえ、罰ゲームをしなかったとなれば村田はここぞとばかりに別の課題を用意するだろう・・・。例えば、アニシナ先生の実験台になれとか。
現在、時刻は8:45。これ以上ここでウダウダやっていると、朝の会が終わってしまう。
えーい、一か八か!
俺は目を閉じ、息を吸い込み、ガラッと勢い良く扉を開けた。先生の顔も見ずに叫ぶ。
「すいませんっ!馬にはねられて遅刻しました!」
まだ目は開けていない。入った時とはうってかわって後ろ手でそろりと扉を閉めた。
まだ事態を飲み込めていないのか、教室中はかなりしんとしている。唯一、昨日一緒にいて事情を知っている村田とヴォルフだけが必死になって笑いを堪えていることだけがわかる。
そりゃないぜ、村田。お前のせいなのに。
まだ目を閉じている俺の目の前がちょっと暗くなる。
誰かが俺の前に立ったということだ。
ひー、グウェンダル先生じゃありませんように!ああでもこの背の高さはグウェンダル先生かな、いやでも確か2人とも長身でぱっと見じゃそんなに違いなかったはずだしでもでも威圧感があー!
「ええと・・・渋谷君?大丈夫ですか?」
その優しいような、気弱そうな声は、フォンクライスト卿ギュンター先生だった。
命の危険が消えて、やっと俺の身体の緊張が抜ける。目をあけると予想通り、ギュンター先生が心配そうに俺を見ている。
「なんといったらいいか・・ええと、大変でしたね。怪我は、ありませんでしたか?」
その一言を皮切りに、教室中は爆笑の嵐に包まれた。
正直言って俺も笑いたい。ギュンター先生、アンタ、真面目すぎ。
「えーと、あの・・・ハイ、無事です。」
「本当ですか?どこか痛む所は・・・あ、医務室にはもう行きましたか?」
「ええと、いいえ。奇跡的に無傷で済みました。」
「それは不幸中の幸いでしたね。・・・あ、そうです!」
ポンと手をうって、ギュンター先生は俺と目線を合わせてくれた。
「もしかして、他人の恋路の邪魔をしましたか?」
今度こそ俺も笑いそうになった。
クラスメイトたちも「先生そりゃねーだろ!」とか「腹痛てー!!」などの悲鳴と笑い声が渦巻いている。
ま、その笑い者が俺らなんだけど。
ギュンター先生はその後「席に座りなさい。」とだけ言った。取り立てて俺を叱るつもりはないらしく、そのまま朝の会を再開する。
もちろんその間生徒の爆笑は止むことなく、「静かに!」とギュンター先生が叫んでも、誰も聞くことはなかった・・・。
「いっやー、渋谷サイコー!まさかあそこまでするとはねー!」
「お前がしろっていったんだろ!」
昼休みになってから、村田とヴォルフが俺の席の所に来た。表向きは弁当を一緒に食うためだけど、今日はとりあえず今朝の話がしたいらしい。
もちろん俺らだけでなく、クラス中どころか隣や上級生のクラスまで今朝の事件は広まった。恐らくこの眞魔高校に長く伝えられていく事だろう。タイトルは『馬にはねられて遅刻しました事件』。うーん、そのまんまだなあ。
「それにしても、兄上でなくて本当によかったな。もしもグウェンダル兄上だったらお前は今頃停学だぞ?」
「停学どころで済めばいいけどな。」
そう。もしもグウェンダル先生だったら、俺が叫んでからすぐに『はぁ?』と、あの重低音の声で威圧してくるはずだ。そしてそのあと俺の目の前まで来て、『まだ眠っているのか、それとも教師をなめているのか?』とでも言うに違いない。で、あとは朝の会放りだして俺を生徒指導室まで持っていって、マキシーン先生に引き渡す、と。
完全にシミュレートできてしまった。ぶるぶる。ああ恐ろしい。
「大体渋谷もなんだよアレ、馬にはねられたって。」
「いやさあ、昨日テレビで昔なつかし馬車の話してたんだよ。どっかの地方で馬車を始めたっていうの。あれ見て思いついてさー。」
「ふーん。」
「でもギュンター先生もちょっと真面目すぎだろアレ!かけらも俺を疑ってなかったぜ!?」
「フォンクライスト先生、渋谷のこと気に入っているしねー。」
「ヒイキだヒイキー。」
ヴォルフがぶーたれる。
「そんなこと言ってもさー、やっぱフォンクライスト先生にも悪いことしたよね。他の先生方に知られたら今度こそフォンクライスト先生笑いものじゃん。」
「うん・・・そうなったら、謝りにいこうかなあ・・・。」
「ばれるまで行かないつもりなのか?ユーリ。」
などと話していると・・・・。
バタバタバタバタ・・・
「ん?」
ガラァッ!
「渋谷君、いますか!?」
「あ、フォンクライスト先生?!」
どうした事だ、フォンクライスト先生が廊下を走るなんて。いや問題はそこじゃない。俺を呼んだってことはアレだ。今朝の事がばれたってことか!?
まあ、ばれて当然だけど。
「渋谷君。今朝のことで少し聞きたい事があるのですが。」
「や、やっぱりソウデスカ。」
「今朝渋谷君をはねた馬の特徴って思い出せますか?」
「いやあの、ほんの出来心で・・・え?」
いま、なんと?
「こう、耳がちぎれていたとか、片目に傷があったとか、目つきが悪かったとか、何でもいいんです。とにかく、何か覚えていませんか?」
はい?
今俺の耳が正常に作動しているのなら、この先生は俺のことを疑っているどころか、俺から今朝の事件を詳しく聞こうとしているみたいだぞ?!
何故だフォンクライスト先生!何故あなたはそこまで純真になれる!?
クラスの奴らはいつの間にか話をやめ、ちゃっかり耳をそば立てている。俺がどのように答えるか気になっているらしい。もちろん、村田とヴォルフも俺のほうを見ている。
お前らそれでも友達か?!
「え・・えーと、はねられたショックで覚えてません。」
やはり来る、爆笑の波。
だがギュンター先生はそんなもの聞こえないかのように俺に言った。
「ええ、そうですね。普通自分をはねた馬などよく見ていないものですよね。すみません。」
「い、いえ、別に。で、あの、どうしたんですか?」
まさか犯人、じゃなくて犯馬探しでもするのか!?それとも他の生徒が馬にはねられたら危険だからって、人相書き、でもなくて馬相書きのポスターでも貼るのか!?『この馬、危険につき』とか!?ああもうだんだん混乱してきたぞ!?
「実はですね、先ほどまで学校に来なかった2−Cのサラレギー君が同じく馬にはねられたんです。」
・・・・・・・・・・はい?
一瞬、教室が完全に静かになった。
「え・・・先生?今、なんと?」
勇気のあある村田が聞いた。
「ええ、2−Cのサラレギー君が、今朝から学校に来なくて、何の連絡もなかったので心配していたのですが、つい先ほど学校のそばで馬の踏み跡まみれになって転がっているのが発見されまして。恐らく渋谷君のときの馬と同一犯と思われます。」
「えーと・・・。」
「それで、これ以上生徒に被害が出てはならないということで、急遽情報を集める事になったんですが・・・それからサラレギー君は近くの病院に入院しました。ウェラー先生と同じ病院なので御見舞いに行きたい人は今日の授業が終わってからにしてください。
あ、渋谷君。」
「はい!?」
思わず声が裏返った。
ギュンター先生は教室の扉に手をかけながら言った。
「もしも何か思い出したら、私でもグウェンダルにでもいいので言って下さいね。
それでは。」
ガラリ。ピシャン。
後には、呆然としている俺たちと、静まり返った教室の雰囲気のみ。
そのまま3分ほど経過し・・・・。
ハッ!
とクラスメイトの数名が我に返った。そのまま慌てて俺の側によって来て叫ぶ。
「渋谷、今朝の事本当だったのか!?」
「嘘だよ!」
悲痛な声で叫ぶ俺。それでも納得してくれないクラスメイトたち。
「うっわー、いるんだ馬。」
「いるもんかと思ったのになー。」
「やっぱあれだろ、昨日テレビでやってたあの馬車馬。」
「あれ千葉だぞ!?埼玉まで走ってこれんのか!?」
「サラレギー君って、確かこの前3年の先輩の彼女を略奪したとかって聞いたんだけど・・・。」
騒然となるクラス。その中で、ただひたすらたたずむ俺と村田とヴォルフ。
「・・・ねえ、渋谷。『嘘から出た誠』って知ってる?」
「あー・・・『ひょうたんから馬』だっけ?」
「それは駒だ。」
敗者、俺。(なにが!?)
end
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眞魔高校。いやー、やはりやらずにはおられなかった学園パロディ。
このお題見たときから考えてました。とりあえず一学年3クラスあり、中高一貫校。なので眞魔学園中学校もあります。
グレタは近くの小学校に通っているとかシュトッフェルが理事長だとかツェリ様はPTA会長だとか使われない設定がいっぱいあります。
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