100: 幸せになれ。






「おや・・・・・・・これは。」

 いつもの巡回中に立ち寄った河原。ふと座ろうかとした僕の、その足元に生えていたのは。



 『幸福』の象徴だった。















「なー、全然見つかんねーぜー。ホントにここにあんのかよーゼロロー。」
「う、うん・・・・・・・前に見つけたことあったと思うから・・・・・。もっと人の踏むところの近くだったかなぁ。」
「なかなか見つからないから特別なんだろ。だいたい、お前が言いだしっぺなんだから、文句ばっか言ってないでちゃんと探せよ。」
「へーへー。んじゃギロロあっち探せな。俺この辺探すからさ。」

 幼い頃、ケロロ君たちと一緒に四葉のクローバー探しをしたことがある。
 その頃の僕は身体は弱かったが外で自然と触れ合うのは大好きだったので、手で草を掻き分けながら二人と声を掛け合うのは本当に楽しかった。


 手を休めてふと横を見ると、白い花の中に一つだけ赤い花が咲いている。アカツメクサだ、となんとなく嬉しくなって、赤紫色の花びらを指でつついてみた。
 白一色の中に赤が入ると、それだけでそこが華やかに見えてくる。

 この花は一体、どこからやって来たんだろう。


「こらーゼロロ!サボんのキンシー!」
「あわわわ!ご、ごめんケロロ君!・・・・あれ、あっちの方探してたんじゃなかったの?」
「ん、向こーなさげだったから、コッチ来たの。」

 そっか、と僕は笑ってみせる。多分ケロロ君のことだからあんまりちゃんと探してはいないんだろうなぁ、とは思ったけど、言わないでおくことにした。だってそうすればケロロ君とおしゃべりすることもできるし、もっとケロロ君たちと長く色んなところを探していられる。

「うあー腰いてー・・・・・。なーんかもっと楽に見つけられる方法でもないかなー。」
「楽かどうかわかんないけど・・・・四葉のクローバーって、一つ見つけたらその根っこから生えているやつは全部四葉なんだって。」
「ゲロ!?マジで!?」
「うん、だから一つ見つけちゃえば、その近くにあるやつはすごく四葉の確率が高くなるんだよ。」
「なるほどー!おっしゃーそうとわかれば早速・・・・・・・・・・・ってそのいっこが見つからないんじゃーっ!!」

 ズビシィッ!とノリツッコミと共に、ケロロ君の手刀が僕の後頭部に炸裂した。

「い、痛いよぉケロロ君・・・・・・。」
「あ、ワリ。つか意味ねぇじゃん今の豆知識!!ひとつも見つかんないのにまずひとつ見つけてってどーすりゃいーんだよ!」
「で、でも、ようするに四葉って集まって生えるってことだから、たった一つ見つけると思うよりはいいと思って・・・・。」
「気休めジャン。ったくもう・・・・・・・俺どっちかっつーとボケ属性よりなんだから、あんまツッコミとかさせんなよなー。」
「ごめん・・・・・・・・・・あの・・・ねえ、ケロロ君?」
「ん?ナニヨ?」
「その・・・・・・・・・・どうして、いきなり四葉のクローバー探ししようって言い出したの?」


 その日ずっと気になっていた疑問を、僕は思いきってぶつけてみた。


 だって、ケロロ君がいつも興味を持つのは地球産の玩具とか、クラスで流行っているスポーツや遊びやなんかで、花や草、植物の話なんて普段はほとんどしたことすらない。そんなケロロ君が突然「四葉探しをしよう」と言い出したのだから、これは何かよっぽどな理由があるに違いないと思ったのだ。


 ケロロ君は僕の言葉を聞くと、急に顔を下に向けた。そして、しばらく黙った後、すぐ側に咲いてたシロツメクサをちょっといじくり、プチンと引き抜いて、また更に沈黙する。
 やがて、

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ナイショ。」
「ええー!?そんなのズルイよぉ!ねぇ、なんで四葉のクローバー探したかったの!?」
「ダメ。教えない。」
「そんなぁー!『親友の間で隠し事はキンシ』って、ケロロ君前に言ったじゃないか!」
「あのキンシは取り消し!とにかくダミったらダミなの!」

 ケロロ君は腕をブンブン振り回して叫ぶ。
 が、僕だって引き下がらない。普段なら「こんなに追及なんかしたら嫌われちゃうかも」と思ってやめたりするのだが、なんだか今日はどうしても、ここで教えてもらえなかったらずっとわからないような気がしたのだ。

「ねえっ、ケロロ君ったら!教えてよ!あ、ひょっとして、何かお願い事叶えたかったの?今度の席替えで窓際になりますようにとか。」
「違うっつの!」
「じゃあ・・・・・・給食のプリンの余りを貰うジャンケンで勝てますように、とか、算数の時間先生に当たりませんようにとか・・・・・・・・?」
「っもーっ!違うっつってんじゃんか!つかそれもうお願いとか関係ないし!
 あげるの!」
「・・・・・・誰に?」

 尋ねた瞬間、ケロロ君の激しかった動きがピタリと止まる。
 そのまま2秒ほど会話が停止し・・・・・・・・。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ヒミツ。」
「ええーーーー!?」
「あーもーうっさい!これ以上言ったらホントもう絶交ーーー!!」







「こーら、ケロロ君。またそうやって『絶交』って言ってゼロロ君おどかす。駄目よ、そういうの。」





 唐突にそう声がして、ケロロ君の方にぽんと淡い藤色の手が乗っかった。
 驚いた僕が声をあげるより早く、

「のきょひょえわきょっ!?ぷぷぷぷぷ、プルルちゃんッ!?」

 奇声を発しつつ、ケロロ君が思いっきり僕の方に向かって飛びのく。ケロロ君が今までいた場所の後ろには、いつの間にやって来たのか、プルルちゃんが立っていた。その後ろには何故か、向こうを探していたはずのギロロ君までいる。

「まったくもう。ケロロ君、何かあるとすぐ『絶交』って言うんだから。まあ、ホントに絶交したことはないみたいだけど。」
「そ、そんなことより、どーしてまたこんなところに・・・・・?」

 ケロロ君が胸を押さえたまま(多分、まだ心臓がバクバクしているのだろう。僕もしょっちゅうだからよくわかる)尋ねると、プルルちゃんはニッコリと笑って見せた。
 彼女が笑うと、そのあたり一体がぱぁっと華やかになる気がする。クラスでもどこでも、プルルちゃんはまるでさっきのアカツメクサみたいな子だ。たくさんある白の中にいてすっごく目立つんだけど、でも変じゃなくて、むしろとっても綺麗に見える。なんでだろう。

「さっき、ギロロ君から教えてもらったのよ。みんなで四葉のクローバー探しやってるって。だから、私も混ぜてもらったの。」
「お、俺は反対したんだからな!女があんまり男のやることに首突っ込むんじゃないって、言ったのにプルル全然聞かなくて・・・・・・。」
「あら、クローバー探しって男の子だけがするものかしら?」

 プルルちゃんがそう返すと、ギロロ君はうっと口ごもった。それからケロロ君のほうを少し見て、何故か気まずそうにちょっと顔を伏せる。
 どうしたんだろう、ギロロ君。何かケロロ君とあったのかな。それとも、プルルちゃんがいるとなにかいけないことでもあるのかな。

「あっ、それでね!ケロロ君!私、見つけたのよ!四葉のクローバー!」
「ええっ!?嘘マジ!?」
「ホントよ!ほら!」

 言ってプルルちゃんが右手を見せる。そこには、確かに葉っぱが4枚ついた小さなクローバーがちょこんと乗っかっていた。

「わぁ・・・!ホントに四葉だ。プルルちゃん、これ、どこで見つけたの?」
「あのね、あっちの道の側にあったの。四葉のクローバーって、人がよく踏むところの方にあるってよく言うでしょ?だから、そっちを探してたの!」
「すごいなぁ・・・。僕らずーっと探してたけど、全然見つからなかったんだよ。やっぱりプルルちゃんはすごいね。」

 そういえば、僕が前に四葉を見つけたところも道の近くだったような気がする。僕は感心しながら、「よかったね、ケロロ君!」と、隣に立っているケロロ君に呼びかけた。
 が、ケロロ君からの返事はない。

「ケロロ君?」

 横を見て、驚いた。せっかく探していた四葉が見つかったのに、ケロロ君は全然嬉しそうじゃなかったのだ。それどころか、ポカンと口を開いてプルルちゃんの手の中のクローバーを眺めている。それはなんだか驚いたとかだけじゃなくて、がっかりとか、呆然とか、とにかくどうしたらいいかわからないというような表情だった。
 ケロロ君のこんな顔、僕はほとんど見たことがない。僕は混乱した。一体ケロロ君に何が起こったのだろう。せっかく四葉をプルルちゃんが見つけてくれたのに、なんでこんな哀しそうなんだろう。ケロロ君が探していた四葉のクローバーなのに、ケロロ君が誰かにあげるために・・・・・・・・。








あ。








 もしかして。

 もしかしたら。


 ケロロ君の『四葉のクローバーをあげたかった相手』って、プルルちゃん?






「・・・・・・・あ、そう・・・・・・。見つけたん、だ。うん・・・・・・そっか・・・・・。」


 ケロロ君の放心したような呟きで、僕はますます確信した。
 ケロロ君は、プルルちゃんにあげたくって四葉のクローバーを探していたんだ。

 なのにそのプルルちゃんに先に見つけられちゃったから、プレゼントできなくなっちゃって困ってるんだ。




 ああ。
 て、ことは。

 もしかして、ケロロ君て、プルルちゃんのこと・・・・・・。








「どうしたの?ケロロ君。」
「いや、あの・・・・・・うん、なんでもない。」
「変なの。じゃ、はい。これ。」
「ゲロ?」

 プルルちゃんは、クローバーを乗せた手をケロロ君に向かって差し出す。驚くケロロ君に対して、

「ゲロ、じゃないわよ。ケロロ君が欲しかったんでしょ?四葉のクローバー。」
「いや、えと、あの、欲しかったってゆーか、別にその・・・・・・。」
「だって、ギロロ君が言ってたわよ。ケロロ君が四葉のクローバー探そうって言い出したって。」

 ギロロ君がまた気まずそうにそっぽを向く。それを見たケロロ君が恨めしそうな顔をして口を開き、しかし言葉が出る前にまたプルルちゃんが言う。

「どうしたの?私、ケロロ君のために頑張って探したのよ。」
「ほへ?・・・・あの、俺のため、に?」
「そうよ。ケロロ君が一生懸命さがしてるって聞いたから、私も一緒に探してあげようって思ったのよ。」

 そう言われたケロロ君の頬に、ほんのちょっぴり赤が混じる。

「そっ・・・・・・か。ぅん、俺のために・・・・・・。」
「うん。だから、はい。ケロロ君。」
「・・・・・・・・・・ん、あんがと。」

 ケロロ君がそぉっと手を出し、プルルちゃんからクローバーを受け取る。
 ケロロ君が本当に嬉しそうにはにかむ。それを見て、僕の方までなんだか嬉しくなってしまう。ケロロ君の表情には、さっきの困惑したような気持ちはもうどこにも見られない。

 ギロロ君もようやくホッとしたように笑う。僕も笑って、さっき言おうとした言葉をもう一度ケロロ君に向けて言った。

「よかったね、ケロロ君!プルルちゃんってやっぱりすごいね!」
「ん、うん。ま、な。その、あんがとな。大事にするから。」
「うん!そのまんまだとそのうち枯れちゃうから、押し花みたいにしてしおりとかにするといいのよ?」
「へー。んじゃ、今度やってみるな。」
「ケロロ!お前すぐ物なくすんだから、帰ったらすぐにやるんだぞ!?でないとまたすぐどっかいっちゃうんだからな!」
「うっせ赤ダルマ!んなことないっつの!」

 わあわあとケロロ君とギロロ君が言い合い、プルルちゃんがそれを見てくすくす笑う。いつもとおんなじ光景。



 でも、僕にとってそれは、新しい事を知った特別な景色だった。




























 地を蹴り、僕は駆ける。風に乗るようにして走り、目的の地へと向かう。
 手には、この青き星で見つけた小さな幸福を握り締めて。

 きっとあの後、彼はやっぱりあのクローバーを失くしてしまったのだろう。掃除がプロ級に得意になった今でも、整理整頓が苦手なのは幼年訓練所の頃から変わっていないのだ。
 もしかしたら、彼女からもらったということすら忘れてしまっているかもしれない。

 それでも。
 伝えたかった。少しでも早く、故郷から遠く離れたこの惑星でも見つけることのできたこの幸運の証を、大切な友人に見せてあげたいと思った。
 もしも忘れているのなら、話してあげたい。彼女にあげたかった幸運の葉を、逆にプレゼントされたあの日の事を。



 それは彼にとっての特別な日。
 自分のために、恋する人が贈り物をしてくれた日だから。

 それは僕にとっても特別な日。
 親友の心の奥を知ることのできた、記念すべき日だから。



 体が軽くなる。胸が温かくなる。
 この温もりはきっと、潰さぬようそっと手で包んだこの小さな葉が伝えてくれたものだ。




 四葉のクローバーは、幸福の象徴。

 そして幸福とは、きっとどこの星でも変わらない、こんな暖かな気持ちのことを言うのだろう。











 抜け道の扉を跳ね開ける。
 そこに友人の後姿を見つけ、僕は思い切り叫んだ。



「隊長殿!ほら見て、四葉のクローバーでござるよ!」









End



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 この後、17巻のあのトラウマへと続く。(笑)
 ああ、やっぱりギャグオチになってしまった・・・・。

 ケロプル、今度はドロロ(ゼロロ)視点にございます。ギロロ視点のは恋愛お題の「はじまり」で。
 何故ケロプル話は幼馴染ーズにいつも語らせるかというと、ギロやクルと違ってケロプルをケロロに語らせるのがやたらこっ恥ずかしい気がするからです。なんか知らんがケロロに恋心を話させるのって抵抗がある・・・・。原作やアニメで恋愛してないせいかなー。でもそれ言ったらクルモアだって公式じゃないし。うむむ。

 3周年記念のDFL小説でした。まだ欲しいという方がおりましたらどーぞ。



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