ネタバレの可能性もあるのでご注意を!
「窓」
窓を開けた瞬間、暖かい空気が勢いよく吹き込んできた。
風と共に運ばれてくる花の香り、草木の目覚めの匂い。それらに包まれ、さんさんと降り注ぐ日の光を浴びて、御剣はただ静かに感動していた。
幼い頃、自分は何故か春が嫌いだった。理由はもう忘れてしまったが、春という季節が早く終わればいいと願っていた。
しかし、それが間違いだったと今なら言える。春はいつでも、こんなにも美しい。自然の雄大さ、優美さがすぐ身近に感じられる。
御剣は小さく伸びをして、それから大きく息を吸い込み・・・・・・。
「窓を閉めろおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」
突然の大声に、思いっきり空気にむせた。
鬼気迫るその怒声に幼い頃の記憶がフラッシュバックする。咳き込みながらも、御剣は必死で何故か頭に浮かんだ悪夢の映像を追い払った。走馬灯だろうか。
慌てて窓を閉め、師の元へ向かう。一体何事かと思って急いだのだが、隣室にいた狩魔検事を見て理解した。
「ギザマッ、我輩をごろず気がっ!ごの時期に窓を開げるどは一体何のづもりだっ!」
そういえば狩魔検事は、花粉症であった。
「申し訳ありません先生、もう4月も半ばですし、スギは3月で終わったと思ったもので・・・・。」
「馬鹿者!奴等は一月ごどぎで消え去っだりせぬわ!ええいっ、忌々じいごとこの上ない!」
ヂーン!と勢いよく鼻をかみ、目を真っ赤に充血させている今の状態では、いかに狩魔検事といえども迫力がない。いや、むしろ別の意味で迫力があると言うべきか。
毎年このように、3月の狩魔検事はもはや花粉との戦争状態にあるそうだ。それでも裁判は絶対に休まないあたり、さすが完璧主義者である。しかし、弁護士会にも狩魔検事の花粉症の酷さは知れ渡っているらしく、『狩魔検事を倒したいならば春が狙い目』とまで言われていたりするようである。
そんな絶不調の状態でも決して敗北することのない狩魔検事を、御剣はとても尊敬していた。
が。
「先生、ティッシュもう一箱どうぞ。」
「ウム・・・・貴様は、随分と元気そうだな。
全く、早く貴様も発病してしまえ。遅かれ早かれ皆なるものなのだ。」
「それはそうかもしれませんが・・・・流石に、なろうと思ってなることはできません。」
「ならば、まだ体内の花粉量が少ないうちにちょっと行って、スギ林とマツ林に火をつけてこい。」
「先生、森林減少は今世界的に深刻な問題なんですが。」
「今やれば、貴様は全国の花粉症の者たちの英雄になれるぞ。」
「その前に放火罪で逮捕されます。」
「大丈夫だ、我輩の調べではたしか裁判官の三分の二は花粉症だ。判決はかなり有利になる。」
「・・・・先生がおやりになっては駄目なのですか?」
「馬鹿者!我輩に自殺しろと言うのか!?あんな花粉の総本山のような場所に飛び込んだら、たとえ非花粉症の者でも2秒で窒息死するわ!」
それでは自分でも不可能ではないか。
矛盾を発見したものの突きつけるわけにもいかず、御剣はただ口をつぐんだ。通常時の狩魔検事であれば、御剣ごときに矛盾を見つける隙など与えないのだが。
花粉症は、人を変える。
鼻うがいをするために洗面所に向かう狩魔検事の後姿を見送りながら、御剣はふと既視感を感じている自分に気が付いた。
遠い昔、今の狩魔検事と同じような言葉をどこかで聞いたような気がする。今と同じように、心を痛め、春という季節に少なからぬ嫌悪を感じていたような覚えが、あるような。
思い出した。
父、御剣信も、ひどい花粉症だったのだ。
この後御剣は、遺伝の影響もあり見事花粉症となる。毎年春という季節を恨みつつ、あの時スギ林に火をつけなかった自分をひどく後悔することになるのだが、それはまた別の話。
End
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狩魔検事と御剣が師弟時代に普段どんなやりとりをしていたのか、考えるだけで楽しい。
あの服装や特徴的なしぐさから考えて、多分日々いたって真面目な顔して変な修行とかやってたんだろうなぁ。
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