K66
得体の知れない液体が身体を包み込む。息が出来なくなる。前が見えなくなる。
目の前にいるはずのガルル中尉たちも、足元で倒れているはずのモアも、何もかもわからなくなってしまう。
やがて全てが暗闇に包まれる時に、ふと冬樹の姿に気が付いた。
暗闇の中で、いつものように笑っている冬樹。夏美や、ママの姿も見える。
その彼らの姿が急速に遠ざかってゆく。自分の手の届かない、どこか遠くへ行ってしまう。
ああ。
これが、きっと。
噂に聞く走馬灯というものなのだろうか。
・・・・・・ちょっと違う気もするが。
遠ざかってゆく彼らの姿を見ながら、ケロロはゆっくり考える。
走馬灯ということは、自分はもしや死ぬのだろうか。
あまり考えたことはなかったが、そういえば軍人というのは死と隣り合わせの職業だった。あまりに平和なペコポン暮らしに慣れてしまって、すっかり忘れていた。
ギロロあたりが聞いたら怒り狂いそうだ。
それとも彼も、慣れてしまった者だったりするのだろうか。
ギロロだけでなく、たぶん他の隊員も。
このペコポンの暮らしに、慣れてしまっているのだろうか。
ちょっとだけ驚いた。
軍人にあるまじきこの発想を、なんだか嬉しいと感じてしまって。
平和に慣れるということが、なんだかとても良いことのように思えて。
結局、無意識のうちに『平和に慣れる事』を悪いことと見ていることから、やはり我々はまだ軍人なのだろうが。
目の前の暗闇がますます深く暗くなってゆく。
夏美やママは、もう見えない。ただ一人、冬樹の笑顔がまだ遠くにかすかに見えた。
いつものように笑っている顔。
『ずっと友達だよ』と言ってくれた顔。
だんだん遠ざかってゆく顔。
自分がもうじき死ぬということは、つまりさっきの『なんちゃって』なしの伝言は、そのまま遺言となるわけである。
だとすれば、都合が良すぎて笑えてくる。
冬樹たちは、もう自分が死んだものと思っているだろうか。そうだといい。生半可な期待などもって此処に来てしまったら、それこそ『抵抗の意志がある』とガルル中尉に殺されてしまう。せっかく約束を取り付けたのだから。
彼らは、もう無事なのだ。
ガルル中尉が約束を守ってくれる限り、きっと。
それが、何よりケロロを安心させた。
遠ざかる冬樹の顔は、もう豆粒より小さい。
それと共に、なんだか意識すらおぼろげになってきた。つまり、これで終わりということなのだろう。
不思議なものである。
つい最近、基地が自爆するという時には、あんなに死ぬのが怖かったのに。今、死が目の前にやってきているというのに、特に何も感じない。感覚が麻痺しているのだろうか。
いや、何も感じないわけじゃない。
たった一つだけ。もう全てが闇に包まれてゆくケロロの頭の中に、ただ一つだけ感じられるものがあった。
それは、あまりに小さな、後悔。
「冬樹殿たちに、『サヨナラ』って言っとけばよかったであります。」
そして、本当に何も見えなくなる。
既に夏美や冬樹が、自分のためにこの日向家に向かっているとは知りもせずに。
まさかこの後、自分がその冬樹たちを追い詰めることになろうとは予想すらできずに。
『ケロロ軍曹』は、短い眠りについた。
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原作のような潔さがなかったことから、多分アニメのケロロは記憶消去について知らされていないんだと思いました。だからここではひたすら『記憶』ではなく『別れ』とか『死』について考えてます。
ケロロも冬樹も、お互いのことを一度は忘れてしまったんですね。冬樹は第一期最終回に、ケロロは今回。
それでも離れず側にいて、しかも変わらずに『友達』といって笑い合える二人をすごいと思います。普通少しはギクシャクしませんか?友達が一度自分を忘れたとしたら。
小隊全員そうなのですが、どうかこの二人にはずっと変わらない笑顔でいてもらいたいと思っております。
さて、これでガルル編アニメ放送記念の小話は終了です。
実はこの背景色、『ケロロお誕生日企画』の時の背景より少し暗い色を選ぼうとしていたのですがどうですか?
暗い話ばかりでスミマセン。結局みんな笑顔で終わってよかったです。
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