10 閉ざされた瞳は、もう何も映さない
アニシナが宙を舞う。
人が空を飛ぶという事はまるでありえないことのように聞こえるかもしれないが、アニシナに限っては今までにもそんなことは色々あった。
もにたあ役から逃げた私を捉えようと窓から飛び降りたり、実験の失敗による爆発から自分だけ脱出したりする時、アニシナはその小柄で身軽な身体を存分に発揮して軽やかに飛ぶ。私以外の者であっても見慣れた光景だ。
慣れていたから、まさかアニシナが故意にではなく外的要因のために飛ぶなんて、つまりはアニシナが何かに吹っ飛ばされるなんて状況が信じられるはずもなかった。
アニシナは、いっそ美しいほどの放物線を描いて落下している。
自慢の赤毛は風に揺らめき、顔は驚きと苦痛で少し歪められている。
アニシナのあんな表情を、私は今まで見たことがない。ひょっとしたらアニシナ自身、悔しい時以外で歯を食いしばるのは初めてかもしれない。
誰もアニシナが吹っ飛ばされているということに気付かない。いや、気付いているのかもしれないが、誰もそれを現実のものとして受け取れずにいる。事実私ですら、ただ何もせず立ち尽くしてアニシナのいる方向を見ることしかしていない。
このままではアニシナは地面に激突するとか。
攻撃を受けた際に出来た腹部の傷をどうにかしなければとか。
頭では様々な常識的見解が渦を巻いているというのに、身体は全く動いてくれない。
この眞魔国内で、アニシナを吹っ飛ばすことの出来る奴なんているわけがない。
アニシナが負けるだなんて、そんなことが起こり得るはずがない。
常識よりもなお強い確証が、私の身体を縛っている。
幼い頃からずっとそこにあった真理が破られた事を、まだ脳が理解しようとしない。
あまりにも長すぎた滞空時間の末、アニシナの身体が大地に叩きつけられた。
そこでやっと私の足は自由を取り戻し、アニシナに向って駆け出した。
何もかもがあまりに手遅れだったが、何かせずにはいられなかった。
「アニシナ!」
叫び、彼女の身体を抱きかかえる。やはり、軽い。
脇腹の辺りにぬるりとした熱いものを感じる。見ずともわかった。
血だ。
「アニシナ!しっかりしろ!アニシナ!」
重傷の者を揺らしてはならない、大声を出してはならないという頭の中の警告を無視して叫ぶ。
意識がないのか。まずは意識を取り戻させないと。いや、それよりも先に腹の傷を塞ぐべきなのか?ギーゼラを呼ぶ暇があるのか?私の魔力程度で彼女の傷は癒せるのか?
頭がどんどん混乱する。
他の者は皆手がいっぱいだ。ヨザックもギュンターもコンラートも、皆必死に剣を振るって敵と戦っている。
当然私も行かなければならない。眞魔国の危機をこの手で救わなければいけない。
それでも、私はアニシナの名を叫び続ける。
「アニシナ!アニシナ!」
「・・・・・・・・・・グ・・・・・ウェ・・・・・?」
「アニシナ!?しゃべるな、まだ傷が!」
「・・・・・あ・・・・・・な、た・・・・・・・」
「喋るなと言っているだろう!」
アニシナの声に反応するように私の声は大きくなる。
だが、わかっていた。傷口からあふれ出す赤い液体が、彼女がもう長くはないことを示している。
青白い顔をしたアニシナが、不意に私の手を握った。
そして、今まで見たこともない静かな微笑を浮べ、言った。
「・・・・・・・貴方の胸で死ねるとは、光栄ですね。」
そして、目を閉じる。
今まで私のことを映していたその瞳は、二度と開く事はない。
アニシナの細い手が、私の赤く汚れた手から滑り落ちる。
アニシナらしくない、あまりに彼女らしくない言葉だけを残して、アニシナは二度と開かない目を閉じてしまった。
「アニシナぁっ!」
叫んでも、もう彼女には届かない。
私は、アニシナを抱えたまま座り込んでいる。今だ背後から爆音や剣の触れ合う音が聞こえてくる。
皆戦っているのだ。この国の存続を揺るがす敵と。
アニシナを、ただの動かない物体へと変えた、憎むべき敵と。
しかし私は立ち上がれない。戦う事などできない。
それは彼女を失った悲しみからではない。例え私が戦っても、勝てるはずがないという確信のせいだ。
一体、誰が勝てるというのだろうか。
製作者すらも打ち倒した、『絶対無敵安全確実・これ一台で戦争いらず!調停ゴメン君Z』(現在暴走中)に・・・・・・・・・・・。
そして。
「私が自分で作った物に負けるとでも思っているのですか貴方はーーッ!!」
「どわぁぁぁぁぁぁっ!?」
という訳でもはやお約束どおり、私は聞きなれた大声で夢の世界から脱出したのだった。
終了
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何が書きたかったんだかもうよくわからない。
一応言いますと、このアニシナは完全にグウェンダルの願望です、念のため。裏事情では、このグウェンダルはやっぱり実験中で、『本人にとって最も恐ろしいことを夢に見る装置』なるものを試されている最中でした。で、アニシナはその様子を観賞していて、我慢しきれなくなってつっこみを入れてグウェンを起こしたわけです。
つまりグウェンダルにとって最も恐ろしいのはアニシナを失うことだったという(以下略)
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