9 ソファの上で、ゆっくり昼寝
暖かな陽射しが、さんさんと窓から入ってくる。
電気をつけなくても充分明るい午後の居間のソファの上で、日向冬樹はケロロを膝の上に乗せて座っていた。
ケロロは健やかな寝息を立てていて、起きる気配もない。たまに小さな指をぴくぴくさせたりもする。そんなケロロの星マーク付きの腹を撫でながら、冬樹はとろけそうに柔らかい微笑を浮べた。
「ああ・・・・・・・幸せだなぁ・・・・・。」
「・・・・・何をやってんのよ、あんたは。」
そう声を掛けると、冬樹は夢から覚めたかのような顔をして、部屋に入ってきた夏美を見た。
「わ、姉ちゃん。いつからいたの?」
「いまさっき。つーかアンタは、一体何がしたいのよそんなところで。」
「何といわれても・・・・ただ、平和と幸せをかみしめているだけなんだけど。」
「・・・ま、確かに平和といえば平和よね。ボケガエルは眠ってて何か企むわけでもなし、とりたてて問題も事件もおこってないし。」
「うん、それもそうだけどそれだけじゃなくて・・・。」
というと、冬樹はまた夢の中に突入したのかうっとりとした表情になり、呟く。
「こう・・・・静かで、あったかくて、僕がいて、軍曹がいて・・・・それだけでもう、この宇宙で一番幸せって感じがするんだよ。」
「アンタ、それ普通恋人と一緒にいるときに使う台詞よ。」
「あはは、何言ってるのさ姉ちゃん。僕と軍曹は友達だよ?」
「たまーにその台詞が信じられなくなるのよねあたし・・・・。」
ため息交じりに夏美がぼやく。この弟は、宇宙人と仲がよすぎるところが悩みの種なのだ。
これだけ色々話をしているにもかかわらず、ケロロは身じろぎ一つしない。家事当番もあったはずだし、たたき起こしてもいいかとも思ったのだが、なんとなく今起こすと冬樹にどつかれそうだ。
第一こんな暖かな日であれば、昼寝ぐらいしてしまってもしょうがないかもしれない。冬の最中にもかかわらずこんなに暖かい日というのも珍しい。小春日和とは、まさしくこのような日を言うのだろう。
夏美の呟きを無視したまま、冬樹はまたケロロの腹を撫でている。たまにケロロが半開きの口から「ふみゅー・・・」と言う音を出して、小さく寝返りを打つ。
「ほらほら、軍曹っておなかのとこ撫でると喜ぶんだよ。知ってた?」
「いや、そんなトリビアも真っ青の無駄知識はちょっと・・・・。」
「えー?無駄じゃないよー。ついでに言うと起きている間は絶対に触らせてくれないから、寝てる間だけなんだよねー。なんでかなぁ?」
「そりゃ普通の反応だと思うけど・・・・。」
あ、でも猫とかは顎撫でられると喜ぶかな、などと夏美が考えていると、冬樹はもう夏美の存在など忘れたかのように膝の上のケロロを見ていた。
すうすうと寝息を立てるケロロを見つめ、冬樹はそっと、いとおしそうに目を細めた。そして、
「ああ、このまま時が止まればいいのに・・・・・。」
「・・・ごめん。あたし付き合いきれないわ。」
そういって夏美は、幸せムード漂うその部屋から退却した。
「うーん・・・・・そろそろ冬樹も末期よねー・・・。昔はあんなに犬猫大好きで、カエルなんかさわれもしなかったくせに・・・・。」
洗濯物籠を持って庭に向かいながら(ケロロのサボった洗濯物干しをしなければならないのだ)夏美はため息混じりに呟いた。ちなみに夏美は、ぬめぬめ系は苦手でもカエルは案外平気で、幼い頃ストローを刺そうとして冬樹に止められたという過去を持つ。
「まったく、あのボケガエルを可愛いとか思っちゃってるあたり冬樹ももうマズいわよねー。ひょっとしてこれもあいつらの作戦だったりして・・・・。」
などとブツブツ言いながら庭に出て、ふとテントに目をやった。よく知っている小さい赤い奴が銃を持っている。見慣れた光景だ。だが、いつもと少し様子が違うように思えた。
近付いてみると、なんとギロロは眠っていた。いつものように銃を抱え、テントの前に座ったままで、こっくりこっくりと舟をこいでいる。
夏美はちょんと隣に座り込み、そーっと寝顔をのぞき見る。
そして。
うっかり、可愛いとか思ってしまった。
「・・・・・あっちゃー・・・・。」
ギロロを起こさないように小声で独り言。ギロロは起きる気配もない。
以前は、この家に来たばかりの時は、眠っている時に近付くと必ず起きたのに。
警戒されていたのに。
突然夏美の頭の中に映像が浮かんできた。
例えば、優しく子守唄を歌ってあげてから、眠るタママに毛布を掛けてあげる桃華。
例えば、パソコンのキーボードに突っ伏して寝ているクルルのメガネをはずそうと努力しているサブロー。
例えば、トラウマスイッチで泣き疲れて眠り込んだドロロをそっと撫でてやる小雪。
「ったく・・・・。こーゆーのって何てゆーのかしら・・・・。」
親バカ。ペットバカ。
どちらも自分達の関係とは違うが、要するに。
「・・・・・・『うちの子が一番可愛い』ってことかしらね・・・・・。」
そういって、夏美は観念したように笑うと、ギロロの背中をそっと撫でた。
おわり。
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