02 しょうもない夏の争い
「和菓子だ!」
「いいや、洋菓子だ!」
全ては、この二言から始まった。
眞魔国血盟城内では、現在政府を二分するような争いが勃発していた。
それは、菓子の好みである。
現在の二大勢力は、第二十七代魔王陛下の故郷での菓子『和菓子』と、もともとから眞魔国にあった正当なる菓子『洋菓子』であり、和菓子側に魔王陛下と大賢者、洋菓子側に魔王陛下の婚約者と魔王陛下の摂政がおり、それぞれ味方もあれば敵もあり、といった状態なのだ。
「どー考えたってやっぱ日本人はあんこだろ!?いやお前らが日本人じゃないことは良く分かってる。けどな、かき氷の上にカスタードを置くのだけは反対だ!」
「それはこっちの台詞だ!なんだあの茶色いブツブツは!あんな豆に砂糖で味付けして、しかもそれを食べるだなんて、僕はお前たちの舌を疑う!」
「黙るんだフォンビーレフェルト卿。君に餡子の何が分かる。あの繊細な味わい、独特の深み、僕らは遥か昔からずっと餡子とともに生きてきたんだ!それを・・・・!」
「それを言えばこちらにも菓子の伝統というものがある。確かに貴様らが異世界から伝えた文化には素晴らしいものもあったが、今回は違う。我々とて昔からの風習を変えることはできん!」
もちろんこのような無益な争いに参加せず、あくまで『どちらもすき』という中立な意見をとる者もいた。しかし、変化は確実に訪れていた。
「全く・・・ヴォルフラムもヴォルフラムですが陛下も陛下です。菓子ごときであそこまでムキになる事はないじゃないですか。」
「ははは・・・まあ、俺も陛下のこだわりようは分かるけどね。確かにあのあんこというのは一度食べると舌に味が残り、いつまでも忘れられない。そういう特別なところがあるから。」
「そうですか?私はあまり好きにはなれませんでしたが・・・あ、いえ、もちろん陛下や猊下が素晴らしいとおっしゃっているのですから素晴らしいのでしょう。・・・しかし、私個人の味の好みにはどうしても合わなくて・・・・。」
「そうか・・・残念だな。」
「ッコンラート!?あなた一体何を・・・ぐっ!」
「悪いな、ギュンター。陛下にも頼まれているんだよ・・・反対勢力がいないか、調べておいてくれと。」
「コン、ラート・・・」
一見魔王と大賢者という双黒の二人が支持する和菓子側が有利なように見えた。が、ここで新たな動きが起こった。
魔王と大賢者が仲たがいを起こしたのである。すなわち、こしあんかつぶあんか、と。
「日本人ならつぶあんだ!現にアンパンマンだってつぶあんなんだぞ!?」
「何を言う渋谷!あのこしあんのまろやかさがいいんじゃないか!あんまんだってこしあんだし、おしるこだってこしあんだ!」
「嫌だってこしあんのおしるこなんて!なんか甘いみそ汁飲んでるみたいじゃんか!つぶあんのあの歯ごたえとプチプチ感がたまらないんだぞ!?そこに白玉が入ってだな・・・・。」
「大体つぶあんのときのおしるこはぜんざいって言うじゃないか!」
「なんだと!?」
かくて、和菓子はこしあん派とつぶあん派が分裂し、お互いを洋菓子派以上に軽蔑しあった。
これを機に洋菓子派はいったん勢いを見せたが、ここで更に新たなる勢力が立ち上がった。
「大体どちらも砂糖を使っている事自体が問題なのです!あのように人工的に甘味をつけたものよりも、コレのようにもともとから自然な甘味があるほうがよほど麗しいです!さあ皆様、この私フォンカーベルニコフ卿アニシナ率いるはちみつ派にぜひ清きご一票を・・・。」
しかし、和菓子にもちろん合わず、洋菓子の生地にも微妙にしっくり来ないこのはちみつ派は両者からの集中攻撃をくらい、あっという間に解散した。リーダーであったアニシナ嬢は洋菓子派に吸収され、他の者もちりぢりになったという。これが後に有名な『クマハチの乱』である。
そうこうしている間に和菓子派はなんとシマロンにもその勢力を伸ばしていた。特に小シマロン国王サラレギー陛下がこのあんこをいたく気に入り、和菓子派を全面的に支持する事になったのである。
それを知った洋菓子派はあわてて大シマロンを味方につけようとしていたが、もともと洋菓子をよく知っている大シマロンにとってはまだ見ぬ和菓子のほうがよほど興味があったらしく、交渉は決裂した。
焦る洋菓子派。しかしここで和菓子派が意外な動きを見せた。なんとサラレギーは魔王率いるつぶあん派より、大賢者率いるこしあん派のほうに傾倒していったのだ。
「待てよサラ!どういうことだよ!一体つぶあんの何がいけないって言うんだ!」
「ユーリ・・・私は、貴方にすまないとおもう。けど、どうしても私はあのつぶつぶ感が好きになれないんだ。」
「それは・・・お前の歯が原因なのか?」
「っ・・・そんなわけ・・・・。」
「いいや、違わない。お前は最近どうも頬の辺りを気にしていた。左奥歯・・・・それも、かなり深い位置に虫歯があると見た。」
「っ!?ユーリ、あなた何故そこまで・・・・」
「俺も、随分虫歯には苦しめられたのさ・・・・。なあサラ、今ならまだやり直せる。確かにつぶあんの皮の部分はお前の虫歯に優しくないかもしれない。けど、そんなもん治療すればいい事だろ?大体、こしあんのほうへ入ったって何も変わったりなんかしない・・・。せいぜい、痛みを感じるのが減るだけだ!」
「ユーリ・・・・ごめんね。でも私はもう決めたんだ。」
「サラ!」
「ユーリは、虫歯に悩まされた事があるんだろう?だったら分かるはずだ・・・歯医者が、いかに恐ろしいか。」
「サラ・・・・サラー!!」
幾多の犠牲者をだしながら、それでも論争は止む事がなかった。何とか和解を試みようとして、話し合いの場を設けたものもいた。が、出すお茶菓子をどちらにするかに迷い、結局その地の紛争は止められなかった。甘味選手権を開催して雌雄を決しようとした事もあったが、両者の溝を大きくするだけだった。
そして・・・今に至る。
「ヴォルフラム・・・・やっぱり、お前が来たんだな。」
「当たり前だ。貴様と決着をつけるのは僕しかいない。」
「決着・・・か。初めて会った時も、こうやって向かい合ってたよな。」
「あの時の決闘とは・・・訳が違う。僕も、お前も、己の誇りをかけて戦うんだ。」
「・・・・ああ。」
「ユーリ・・・・。」
「・・・・・・・・・行くぞ。」
そして。
「・・・・・・確かに眞魔国滅ぼしたいって言ったぜ?けど、こんな終わり方はあんまりにもなぁ・・・・。」
そして。
辛党のアーダルベルトを置き去りにしたまま、眞魔国は和菓子対洋菓子の最終戦争へと突入していく・・・・。
「・・・という夢を見ましたの。」
「・・・・・・・・・・へえ。」
「やはりほら、わたくし巫女でしょう?それで、万が一眞王陛下のお告げだったりしたらと思うと、怖くて・・・それで、猊下にご相談しましたの。」
「大丈夫。そんな未来になりかけたら僕が力の限りとめてあげるから。」
「ああ・・・流石は猊下。頼もしいお言葉。」
「ところでウルリーケ?」
「はい、なんでしょう。」
「要するにさっきの戦争の発端は『かき氷に何をかけるか』なんだよね?」
「ええ、陛下は『うじきんとき』派、ヴォルフラム閣下はカスタード派で。」
「うーん・・・・・・。」
「・・・猊下?どうなされました?」
「うん、やはりかき氷にはカルピスだと思わないかい?」
「・・・・・かるぴすがなんなのかは存じませんが、とりあえずもし何かあったらまず猊下を縛ることにいたします。猊下に任せておくと、そのままかき氷戦争が勃発しそうな気がしてきましたので。」
終われ。
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実はまるマで書いたSSの中ではこの話が一番お気に入りだったりします。
ついでに補足。おしることぜんざいの違いは中に入っているのが白玉か餅かの違いのみだそうです。あんこは特に制限されてないけど、大体つぶあんのほうが多い。
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