03 振り向く、それは許されない行為
過去を顧みることは本来やってはならない事だ。
死んだ者の歳を数える事は無意味だと分かっている。
過ぎた事を考えたとしても、そこにあるのは後悔だけだ。
それでも、たまに思う。
もしも、ジュリアが生きていてくれたなら。
もしもジュリアが死ななければ、アーダルベルトは出国しなかっただろう。となれば彼はジュリアと結婚していたかもしれないし、もしかしたら婚約を解消していたかもしれない。それでも、アーダルベルトが人間側にまわるような事にはならなかっただろう。大シマロンに彼が身をおく事もないし、ナイジェル・ワイズ・マキシーンと出会うこともない。
ジュリアが死ななければ、おそらくゲーゲンヒューバーは深い罪に問われず、魔笛探索の旅に出ることもなかっただろう。人間の土地に行くこともなければ、ニコラに出会うこともグレタと出会うこともない。いつまでも、人間を憎むグリーセラ卿ゲーゲンヒューバーのままだ。
ジュリアが生きているのだから当然ユーリの魂はない。第二十七代魔王渋谷有利などいないし、それどころか地球にも渋谷有利という人物は存在しないかもしれない。魔王は母上のままかもしれないし、他の者がやっているかもしれない。どんな者であろうとも、おそらく今の魔王陛下のように戦争反対などとは叫ばなかっただろう。
ユーリがいなければ当然ヴォルフラムも婚約者などいないことになる。異世界から来た魔王を疑い決闘をする事もなければ人間の娘を養女にする事もなかったはずだ。もちろん、浮気者と叫びながら城内を探し回る事もない。誰かを守ろうとする事もなく、昔のままのわがままプーでいたかもしれない。
ギュンターは教官のままだろう。今のように王佐という名の何でも係をする事も、魔王を探し回って半狂乱になることも、もちろん鼻血を出して貧血で倒れる事もない。容姿端麗、頭脳明晰、剣の腕は国で一、二を争う。そんな有能な教官殿だ。必要以上に魔王に対し忠誠を誓うこともないだろう。何しろ、魔王はユーリではないのだから。
そして、俺は・・・。
そう、俺はジュリアという大切な存在を失うことも、地球に行ってジュリアの魂を運ぶことも、そしてユーリという大切な存在を再び手に入れることもなかっただろう。彼を想い、日々側にいようと誓う事も、野球の話で盛り上がって彼の笑顔を見ることも、ありえるはずがない。それは俺にとって幸福なのか不幸なのか、それはよくわからない。
ただ・・・・。
「ただ、きっとあの二人は変わらない。そんな気がして。」
「うん、それは俺も納得。絶対変わってない。」
隣でユーリが同意してくれる。
晴れ渡った空。悠悠と飛ぶ骨飛族。遠ざかってゆく極楽鳥。
耳を覆いたくなるような悲鳴。骨の髄まで染み込んできそうな特徴的な笑い声。
そして、黒々とした煙がグウェンダルの部屋から出ているのを見てから、俺とユーリは静かにその場を立ち去った。
「グウェンダル、無事かな?」
「大丈夫、彼はタフです。きっと心配要りませんよ。」
多分。
end
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