062: 香水をプレゼントせよ。



 城下なんてほとんど行かないので、買い物にはかなり苦労した。
 道行く人の声であふれかえり、ぶつかられる事もしばしば。何とか辿り着いた香水店で、今度は品物を選ぶのに困った。

 どんなものにしよう。
 香りはどんなものがいいだろう。
 瓶の形はどうだろう。

 買い物に来る前からぐるぐる悩んでやっと香水にしようと決めたのに、買い物に来たらこのざまだ。ひょっとして自分は優柔不断な性格なのかもしれない。

 散々迷った挙句に、店の主人が勧めてくれた赤い香水に決めた。
 赤い色なら、彼女にもよく似合う。なんと言っても彼女は『赤』なのだから。




 そして、三日後。
 きれいに包装された赤い香水瓶を持って、カーベルニコフ城へやってきた。
 彼女の喜ぶ顔を想像しながら、やっと扉の前へ立つ。

 彼女はなんて言うだろう。
 自分はなんと言ったらいいだろう。
 彼女は喜んでくれるだろうか。

 そこまで考え、ハタと気付く。


 果たして、彼女は香水を使うのだろうか。


 ここまで来てそれである。やはり自分は優柔不断だ。
 自己嫌悪に泣きたくなるがそれどころじゃない。
 よくよく考えれば彼女が時折爪を塗っていることは知っているが、彼女の香りといったら殺虫剤しか知らない。
 なんと言うことだ。長い付き合いだというのに。最近ではひとくくりにして数えられるほどだというのに。こんな基本的なことすら覚えていないなんて。

 どうする。今から何か違うものを城下へ行って買ってくるべきか。しかし彼女の誕生日の一ヶ月前から準備をしていたというのに、優柔不断な自分に店で即座に決められるだろうか。それも今日中に。
 無理だ。しかしだからといって、全く使わないであろう香水を贈り物にして果たして彼女は喜ぶだろうか。普段から自分の気持ちに正直な彼女はきっとはっきりと『使わない』と言うのだろう。想像しただけで逃げ出したくなる。

 彼女の部屋の扉の前でもうどれだけ立ち尽くしているのだろうか・・・。


バタム。


「っ!?」

 いきなり扉が開いたのであわてて一歩引く。と、誰かが顔を出したのが分かった。

「あら、そんなところで何をしているんですか?」

 ずっと想像の中で話していた彼女、アニシナの声だ。


 もうこうなってしまってはどうなってもかまわない。
 意を決し、アニシナが何か言う前に手にしていた小瓶を突き出す。そして、精一杯の笑顔で言った。

「アニシナ、お誕生日おめでとう。」


 一瞬の沈黙のあと、アニシナが小瓶を受け取った。
 彼女が微笑むのが分かる。見えないけれど、きっと優しく微笑んでいるのだろう。



「ありがとうございます、ジュリア。」



 私はつられるようにしてまた笑った。





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