032: 泣け。






 最初から、身分違いな事はわかっていました。

 あの方は、私の想い人は王という位についていて、私はそれを支える者。
 忠誠心以上のもの、まして恋心など持って良い訳もないというのに・・・。

 ああ、だというのに私は、あの人に愛を感じてしまわずにいられません。

 身分違い以外にも、この想いには障害が多すぎます。もちろん私は彼のことを愛しています。それはもう、海をも越えるほどに。しかし、彼には婚約者がおり、大切な方がおり、なおかつ私のあふれんばかりの愛には、ひとかけらさえも気付かれておられないのです。

 それでも、諦める事などできない。私に出来ることは、ただあの方への思いを胸にしまい、お仕えすることのみ・・・・。











「デンシャム、何を泣いて・・・何を読んでいるんですか。」

 カーベルニコフ城にて。
 新作・『冬には積もる恋日記』を読んで号泣していたデンシャムに、その妹アニシナは声をかけた。

「何って、知らないのかい妹ぉ。今話題の恋愛小説だよぉぅ。」

 いつもより語尾を延ばしてデンシャムが答える。完全に涙声だ。

「馬鹿馬鹿しい、一体何を・・・・ああ、それですか。」

 台詞の前半はいつもの通り攻撃的な口調だったが、本の表紙を見たとたん呆れたような顔になる。

「なんだい妹ぉ、君もこれを読んだのかい?いつも恋愛が愚かだとか言っている君が?」
「別に読んだ事はありません。ただその・・・ちょっと知っていて。」

 珍しく歯切れが悪いが、今感動の真っ只中にいるデンシャムにはそんな事気づけなかった。

「いやぁ、僕もあんまりこんなものは読まないんだけどねぇ。ほんっとうに素晴らしいよ!語り手の女性の心理描写が、完全に伝わってきてさぁ!あぁ、涙で前が見えないよう!」
「女性・・・ですか。」
「そうだよぉ?著者は匿名で正体は不明なんだけどぉ、この語りは完全に女性だろうって親衛隊の中で検討が付けられているんだよぉ!ひょっとすると眞魔国初の女性人気作家が誕生するかもしれないよぉ!?」

 いつものデンシャムに比べると熱のこもった調子で叫んだ。彼もその親衛隊の一員なのかもしれない。

「私とて眞魔国初の人気女流作家ですよ。」
「あぁ、そうだったねぇ。妹ぉ、きみもあんな恐怖児童部門など書いていないでこういう涙が出るような恋愛をしてみたいとか思わないのかい?」
「・・・涙の他に鼻水と鼻血も出そうですね。」
「何の話だい?」
「いえ、別に。」

 そういってアニシナは部屋を立ち去ろうとする。デンシャムは気にも留めず、部屋の中にいた愛鳥に声をかけた。

「ミンチー、僕も君のことを愛しているよぉ。たとえ世間がなんと言おうと、きみだけが僕の大切な人だからねぇ。」
「その台詞、これで19羽目ですね。」
「え?い、いや・・・うどわぁぁっ!?痛い痛いよミンチィ!違う違うあれは前・ミンチーとか故・ミンチーであって決して浮気じゃなくて・・・痛い痛いいたいぃぃぃっ!」

 最近魔族語を理解してきた鶏につつかれる兄を見捨て、アニシナは扉に手をかけた。

 と。

「いたたた・・・あ、そうだアニシナ。この『恋日記』だけど、きみの『煩悩のコルセット』さえなければ今年の眞魔国文学賞第一位だったんだよぉ?」




 デンシャムは『日記』を誰が書いているのかまったく知らない。

 よってその台詞をデンシャムが言った時、何もないところでアニシナがすっ転んだ理由など、到底わかる訳もないのであった。






   終了


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